本文へ

骨折を繰り返す特養の姑

レス14
(トピ主 6
🙂
ぎんねこ
ヘルス
四月の初旬、特養に入っていた姑が、夜中に尻餅をつく形で、部屋で転倒したそうです。センサーがなった時にはすでに時は遅しで、転んでいたそうです、翌日、併設の病院に外来がやっていたので、その時の先生に診てもらって、レントゲンを撮りましたが、骨には異常がないと言われて、安堵していたところでした。 しかし痛みを訴えるため、痛み止めを処方したところ、蕁麻疹ができ、アレルギーの血液検査をしますということで、アレルギーと痛みを調べるために入院になりました。整形外科の医師がCTを撮ったところ、左足に大腿部頸部骨折で、人工骨頭が入っているのですが、人工骨頭を差し込んでいる大腿部の骨が、剥離しているように、亀裂が入っており、骨折だそうです。 先週、主人と医師の話を聞きに行ったところ、手術を人工骨頭の手術をした病院で、ワイヤーをぐるぐる巻きにするか、人工骨頭を入れなおすかになるそうですが、八十九歳と高齢なのと、体力的な負担を考えたら、温存療法で、二週間ほどで、仮骨化するのでそれを待って、半荷重をかけていくようなリハビリを開始すると、車椅子に乗り移るぐらいのことはできるようになり、早ければ、一か月で特養に戻れるそうです。ただリハビリ次第で、未定です。 姑は、ここ二年ぐらいの間に、大腿部頸部骨折(左足)で人工骨頭置換手術、第一腰椎圧迫骨折、そして今回の大腿部の骨折と三回骨折しています。 骨が、全身もろくなっているので、仕方ないことですが、この繰り返しで、車椅子が手放せない状態になっていると思います。 どうかこのような状況の身内の方を看ている方のお話が聞きたく、ただ人工骨頭を入れた後は、家の中ぐらいは、杖なしで歩いていました。二年前は歩いて、近くの喫茶店にも行ったなと思うと、涙がにじみます。

トピ内ID:7a61b0549cec1b1a

これポチに投票しよう!

ランキング

レス

レス数14

このトピックはレスの投稿受け付けを終了しました

亀裂骨折

🙂
ぎんねこ トピ主
CTを見たところ、大腿部の亀裂骨折というのが当たっているように思います。温存療法になって、もうすぐ二週間になります。そろそろ半荷重をかけていくリハビリを開始している頃かなと思います。 姑は病院で嫁の私の名前を怒鳴って呼んでいるそうです。主人や、職場の同僚が言うには、心細いから頼りになる人の名前を呼ぶんじゃないかと言っていました。 せめてもの罪滅ぼしに、郵便局の再生はがきの季節のお花が書いてあるものに、俳句を認めて、ポストから出しました。今頃二通ぐらい、届いていると思います。 主人の妹が、お手紙を封筒に入れて、送ってきました。週末に、主人が届ける予定です。

トピ内ID:7a61b0549cec1b1a

...本文を表示

病棟の看護師さんに会ってきました。

🙂
ぎんねこ トピ主
今日は病院に行き、義妹の手紙と、私の手紙を病棟の看護師さんに聞いてきました。もうリハビリは進んできて、介護付きですが、車椅子に乗れるそうです。 ただ認知症が少し進んだらしく、夕方ベッドの上に乗りながら、「これから夕刊を配達に行かなくちゃ」と言って飛び降りそうになって困ると言っていました。姑は新聞屋さんに若いころ務めていて、何十年も前のその当時のことを思い返すようです。また、骨折して病院にいるということが、理解できないそうです。 姑は何十年も前の若いころに戻っているのだな、と二人でため息をつきました。お食事は完食しているそうです。 骨折のほうは、ぼちぼちなようで、特に心配したことはないそうです。 風薫る五月には、新たな動きがあるでしょうか。何とか乗り切ってほしいです。

トピ内ID:7a61b0549cec1b1a

...本文を表示

お優しいトピ主様

🙂
昭和
お義母さまは大変な幸せ者です。 心配して涙を流してくれる優しいお嫁さんがいて。 その一つ一つの行いやお義母様を思う姿をご主人や親族の方達、特養の方達は見ています。 お義母さまだけでなく皆さんが見守ってくれていると拝察します。 私は87歳になる義母と同居中で、今年に入って3回転倒しました。 大腿骨頸部の骨折は治りましたが筋力が落ちました。 一時的に寝たきりになりましたが本人の努力の甲斐あって自力で歩けるまで回復しています。 学生の頃母方の祖母と同居していました。 99歳で鬼籍に入りました。 95歳で特養に入所、少しずつ孫である私の事を忘れ、婿である父を忘れ、最後は娘である母の事しかわからない状態でした。 ある日風邪をひき、そのまま肺炎になり、意識が戻らず、点滴から栄養を摂るように。 点滴は腕から首になり、それでも吸収が悪い為胃に直接流すようになり、そのまま意識が戻らず虹の橋を渡りました。 まだ子供だった私は、衰えやせ細っていく祖母の姿を見て何とも言えない気持ちになったものです。 戦争を乗り越えてきた人だったので認知症のせいで身の回りをゴミ袋だらけにして、人を見ると泥棒と叫び、食事の直後に1週間ご飯を食べさせてもらってないと騒いでいました。 優しかった祖母の理性がどんどん失われていく、人間の老いって残酷だなと思う反面、みんな同じ道をたどるんだろうなと、当時思ったものです。 変なコメントですみません。 でも、トピ主さんのお義母さまは間違いなく幸せな方です。

トピ内ID:63a7918d016e3e54

...本文を表示

心配ですね。

🙂
花菜
義母さん、心優しいお嫁さんに出会えて喜ばれていると思います。 私の母も尻もちで圧迫骨折完治後、転倒で肋骨11本で入院中に認知症が進み、そのまま精神科に転院、2か月の入院予定でしたが、また恥骨骨折しました。 高齢者には骨粗しょう症の治療はされないのかなと考えました。 私の母は骨粗しょう症の注射や投薬はありませんでしたが、 やはり、今さら治療をしても効果はないのでしょうか? お大事になさって下さいね。

トピ内ID:5787e3bd4a8ed053

...本文を表示

骨粗しょう症の治療について

🙂
ぎんねこ トピ主
最初左足の大腿部頸部骨折のあと人工骨頭を手術した総合病院の整形外科の先生が言っていましたが、カルシウムを投与しても、高齢女性だと骨への定着率が低く、七パーセントぐらいしか効果が見込めないそうです。よって、カルシウム剤の経口薬は処方されませんでした。もちろん入院中はなにかしら投与しているとは思います。退院してから特に何か処方されたことはありません。 そうこうしているうちに同じ年内に、第一腰椎圧迫骨折、また立てなくなり、同じ総合病院の整形外科で一か月半ほど、入院しました。そう長くはコルセットによる温存療法だと預かってもらえず、そのあとの療養は認知症の老健に託されました。最初の大腿部頸部骨折のあとは一か月半ほどの入院で、そのあとリハビリテーション病院に転院しました。そこで、リハビりと訓練を受けて、何とか家の中や周囲ぐらいは杖なしで、老健の中はピックアップ歩行器を使いながら、歩けるようになりました。自家用車もセダンでしたが、杖を突きながら、載ることができました。 しかし、圧迫骨折によって、さらに動けなくなってしまったのでした。 現在は特養に入所していますが、車椅子と歩行器と半々ぐらいでした。トイレは歩行器を使いながら、一人で行っていたようです。 併設の老人病院に、現在は入院していますが、リハビリを開始したらしく、介助があれば、車椅子への移乗と座ることはできると聞きました。 もともとわがままな人ではないので、病院の人たちのいうことをきちんと聞いて、動いているんだと思います。 良い嫁かどうかはわからないけれど、姑の生きる姿勢から、何か学ぶものはあると思います。何とか特養で、介護士さんと仲よくやれるまで、日常が戻ってほしいです。

トピ内ID:7a61b0549cec1b1a

...本文を表示

車椅子でもいいでしょ?

🙂
元職員
 「例え寝たきりでも、(使ってない)人工関節のケアは大変」と知ってますか?  今後トピ主は儀保を介護するつもりはないですよね。そのケアをするのは介護士です。  全て夫と施設に任せて、ぎんねこ様はかやの外であるへきです。  以前働いていた施設に人工関節を入れていた90近くの人がいました。  施設に来たときは既に寝たきりでした。でも、人工関節をケアした介護が必要でした。  高齢者の三年前なんてあっという間です。  別の病気の高齢者(60代)ですが。高度な認知症が入っていること、歩く方が危険なので、敢えて歩く事は諦らめて貰いました。  しかし、自力で立つ事は本刃の為にも、介護をする人にも楽な事です。  ですから、立つ事の練習、足の運動自体はします。残存能力の温存です。    多くの骨折高齢者は自分の意志がない限りは自然治癒に任せて、体力温存が実情です。  医師はすべての可能性を話す義務があるのではなすだけ。  無理です、とは言えない関係者の気もちをくまずに、手術を繰り返す人の多いこと。  手術は延命に近いモノがあります。介護をしない人が手術を諦めないのはよくあること。  幼い頃から車椅子ユーザーを何人か知っています。  当て所のない手術やリハビリをやめた途端に、人生が楽しくなったそうです。  ぎんねこ様は人生をリハビリで終えたいですか?  ぎんねこ様の昔を偲ぶキモチより。本人が余生を楽しく過ごせる方が先決では?  手術でなくとも、理学療法、作業療法で結構楽しくやってますよ。    早くに両親を亡くされた人には知らないことですが。末期はこういうものです。 

トピ内ID:b190ebc89bfc9adb

...本文を表示

今のうちにご希望を

🙂
ごめんね
お年寄りのリハビリは現状維持が精一杯だそうです。 何回も骨折されているならそのままでいることを受け入れる心持ちも、周りの者は持った方がいいかも知れません。 嫌なこと言うようですけど。 何かご希望があるなら今のうち聞いて差し上げると、リハビリにも意欲が出ていいでしょうね。

トピ内ID:b0de12bf4127f108

...本文を表示

今週退院になります。

🙂
ぎんねこ トピ主
今日、病院から動きがありました。病院という環境が、認知症にはよくないみたいで、進んでしまうから、退院して今週特養に戻るそうです。 病院の中では、寝たきりになってしまうし、特養では、姑は皆さんと歌を歌ったり、交流があったそうで、テレビも見られる環境に戻すそうです。退院手続きの時には、姑の妹も、実娘である義妹も駆けつけるそうです。私も午前中は、仕事ではないので、駆け付けるつもりです。 皆が来るということは、少しの間姑に会えるかもしれません。 介護職員の方の書き込みを読んで、そういうことなのかと思いました。温存療法というのは、年取った人にとっては当たり前のことなんですね。手術は先生も勧めてはいなかったです。わたしたちが食いつけば、元居た整形外科でと話されたのかもしれません。しかし全身骨がもろくなっていて、もう何度でも骨折は起こるだろうし、私もあきらめのような気持になったのは確かです。 良い時の特養に入ったのだなと思います。今回の骨折があれば、家で寝たきりだったでしょう。 神様が姑を愛しているとしたら、特養や車椅子をタイミングで与えたんだと思います。最初の骨折の時は、まだ歩くことができるかもしれない、その思いで、手術にかけました。二年のうちに三回の骨折、老を本当の意味で、受け止めなければならないのかもしれません。

トピ内ID:7a61b0549cec1b1a

...本文を表示

姑に会えました。

🙂
ぎんねこ トピ主
今日は退院の日でした。退院手続きを主人がして、姑の妹と主人の妹と私で、姑を出迎えました。姑は車椅子で、病棟のエレベーターから、現れました。茫然自失か、せん妄になっているかと思いきや、しっかりしている様子。姑の妹はすぐわかったらしく、〇美ちゃんね、とすぐ言っていました。義妹は姿を見ても思い出せなかったですが、名前を言うと、ああ、〇〇子ね、と懐かしそうに言っていました。私は聞くのも野暮なので、名乗りませんでしたが、なんだかわかっているような感じでした。 併設病院から特養まで、中庭を通って、車椅子で、移動しました。みんなついて行きました。 すこしの間、会議室で、姑と話すことができました。携帯で写真を撮ったりしました。主人が言うには、実は一か月ほど前に、特養から電話がかかってきて、姑が、一晩に十回もベッドから起き上がりトイレに行くと言われたそうです。頻繁にトイレに行くため、夜中に転倒したわけです。 足が不自由なのだから、起き上がらないで、リハビリパンツをしているのだからすればよいと話しました。わかったのか、わからないのか、トイレに行くのが、本人にとって残された自由なんでしょうね。 介護施設の人も、大変だったわけです。 春物を特養に預けて、今日は帰宅しました。薫風の五月のころには、もう少し回復した姑が、特養にいるかもしれません。

トピ内ID:7a61b0549cec1b1a

...本文を表示

昨年特養で母を見送りました

🙂
専門家
私の母がお世話になっていた特養では、とても良くしていただきました。 しかし、歩こうとして尻もちをついたことは2度ほどありました。 まあ、老齢になると 現状維持すらできなくなるわけで ある意味自然の摂理というか仕方ないと思います。

トピ内ID:75c91912798e23e4

...本文を表示

自分と友人数人の親が人工関節手術を受けました

🙂
なな
人工関節にしたことでてきなくなったこと、気をつけなければならないことがありますよね どんなに気をつけていても、駄目なときは駄目だし 認知症もなく自分でもわかっていても、うっかりやってしまったり、自分の愛する人を救うために火事場の馬鹿力を発揮して、あちこち砕けたりすることもあります 病院に連れていっても、手術は怖くて出来ない!と言われることもあります 蕁麻疹が出たそうなので、これから、使えない薬が出てくるかもしれない 血管はぼろぼろになり、注射をすることも困難になるかもしれない 少しずつ少しずつ衰えていくのに伴走するなかで、本当は覚悟を決めておくべきだし、聞いておくべきことは聞いておかなければならない 明日でなく、今、出来ることはしておかなければならない それでも、明日は来るし、明後日も来る 少しずつ衰えても、まだまだ生きていてくれる、とおもってしまう 受け入れていただけるところがあることに感謝して 衰えていくのが当たり前なのだということを忘れずに もうこれ以上は無理と言われる日が来るかもしれないことを常にココロの片隅に置いて 会いにいけるときは、笑顔で対面する それ以外に出来ることがあるでしょうか 私は数年、毎回これが最期かもとおもいつつ会っていました どんなに近くの病院や施設でも、死に目に会えないことだってあるのです ぎんねこさんのお義母さまの日々が穏やかであるよう、願っています

トピ内ID:ec565c950dba35a9

...本文を表示

トイレ問題

🙂
なな
足が不自由なのだから、起き上がらないで、リハビリパンツをしているのだからすればよい というのは健常者の 上から目線の物言いです 本人にとって残された自由ではなく 尊厳の問題です 本能に近いものです 膀胱に尿がたまった!トイレに行こう!と、尿意を感じれば誰でも反応します 自覚しながら『オムツにすればいい』と、できるなら悩みは激減するでしょう また、そのようにする時間が長くなるほど、尿意を感じにくくなり、尿意がわからなくなり、自己制御はできなくなります 手術後などに点滴もあるしとカテーテル入れると、混乱してせん妄を起こす方もいらっしゃいます そして、親族泊まり込みで数週間から数ヵ月を過ごし、トイトレもして、復活される方もいらっしゃいます(それでも何度か大腿骨骨折を繰り返せば徐々に歩けなくなりますし、立つのだって覚束なくなってはいきます) この24時間毎日誰かが付き添うのは、フッと目覚めたときなど「トイレ行かなきゃ!」と動こうとして落下等しないようにするためです たぶんこのくらいのときが介護の山場のひとつだとおもいます お粗相をした衝撃で、その事実を受け入れられず、全てを手放してしまう方もいらっしゃるのです なかには、認知症になって、全てから解放され、比較することも不安におもうことも怒りにかられることもなくなり、ある意味とても幸せなのではないかとおもう方もいらっしゃいます

トピ内ID:ec565c950dba35a9

...本文を表示

オムツをしているのを忘れている姑

🙂
ぎんねこ トピ主
夜中、トイレに起き上がらず、リハビリパンツに夜間パッドをしているのだから、そのまますればよいとみんなで話したのですが、姑が私オムツしていたの?えっと言っていました。 果ては骨折していることさえ忘れていて、なぜ病院にいるのかわかっていないそうです。尿管のカテーテルも引き抜いてしまうらしいです。 夜中頻繁に起きるのは、骨折前からで、そのころは自力でトイレに行けたから、トイレに行けましたが、人工骨頭になってからは、老健に通っていて、結構めいっぱい講座やら何かやっているので、夜はぐっすりでした。そのため、二回か三回程度でしたが、私たちはみんな働いているから、夜中寝なくてはならないので、その意味で施設を捜しました。基本的に神経質なんだと思います。 やはり転倒を二回ほどしたという方の書き込みを読んで、そうだろうなと思いました。 大腿部骨折前は、尿失禁のパンツ程度で、快適に過ごせていました。骨折を繰り返すに従い、リハビリパンツにパッドを当てるようになりました。夜中寝てないような不眠がもともとある人で、かかりつけの内科では、睡眠薬を処方されていましたが、神経質だから飲むのを嫌っていました。 認知症の老健の先生から見ると、夜中ふらつくので睡眠薬は出さないほうがいいと抜いていましたが、今度は骨折だから、睡眠薬で寝かせるかもしれませんね。 なかなか難しいですね。夜中歩き回らないなら、睡眠薬は使えるけれど、歩き回るなら、ふらつくから使えないし、頻繁に起きるを繰り返すんでしょうね。

トピ内ID:7a61b0549cec1b1a

...本文を表示

コロナで今は無理でしょうけど

🙂
なな
忘れちゃうから、親族が交代で付き添って 気配がしたら トイレに行きたいのね ごめんね 骨折しちゃったから、いま歩けないんだよ 点滴もしてるしね (といって管をみせ) 心配しなくてもカテーテル入ってるから、漏れないからね (と、貯めたおしっこをみせ) そこまですれば、忘れていても『そうなんだ』と思ってもらえるから、やりすごせたぞ!やったー!を日中なら5分とか15分とかおきに繰り返し繰り返ししていくんですよ 私は毎回短時間しか参加しませんでしたけど 本当に頭が下がります 病院(急性期でも慢性期でも)や施設に、そこまでは求められないですから なるべく元気に復活してほしいから、皆さん信じて頑張ってされてました 施設に夜間のを言われた時点で、親族で情報共有をしておかないと、後々困ることが出てくるかもですよ

トピ内ID:ec565c950dba35a9

...本文を表示
[PR]
気に入ったトピを保存するといつでも読み返せる
気に入ったトピを保存するといつでも読み返せる
使用イメージ
使用イメージ

マイページ利用でもっと便利に!

お気に入り機能を使う ログイン
レス求!トピ一覧