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60代 寿命がいつまでか不安で生活を楽しめません

レス23
(トピ主 3
041
孤独な過食マダム
ヘルス
つまらないトピにお目をとめていただき、ありがとうございます。 同世代の単身者の方はどのような毎日ですか。 私は上場企業数社で合計21年勤務、介護保険のない時期に介護離職をしてからは国民年金を払い、今年から年金受給者になります。 正規の定年をかなり残しての退職ですから受給金額は大したことはないのですが、両親は年金受給年齢まで生きられず、特に早世の母の年齢を越したことが感慨深いです。 都会の富裕層出身の両親から受け継いだ遺産で経済的な心配はないはずですが、この約20年何をしても楽しくなく、いつまで寿命があるのか、ぼんやり考えながら無駄に1日が終わります。 介護保険施行前に複数の重病人を抱えて乗り越えた褒美のような時間だからと精神科医に言われましたが、心が晴れることはなく、引籠ってばかりは足腰に悪いと週に3回から5回は食事に出かけます。 似たような立場の方、単身者(未婚)の方からレスをお願いできると有難いです。

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レス数23

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暇なだけの日々が続いてます

😅
久生十蘭愛読
一般的な日常生活の家事や通院などを除いて、日々しなければならないことがありません。勤めていた時も質素な暮らし方で、無職年金暮しになったからと困窮する心配もありません。友達いないし、一日誰とも話しません。 そして、暇なだけの日々が続いている状況で、事故に遭わない限りは当分生き続けられそうです。 さて、勤めていた当時にはリアルタイムで楽しむこともなかった映画やテレビドラマ、音楽などを少しずつ楽しんでいます。また、初めて自動車を購入して、まだ行ったことのない地方にひとりで出かけています。観光地などひとの集まる所は苦手なので、単なる街や畑、小さな神社、見晴の良い緑地帯、地場スーパー店舗なんて覗いてます。高速は使わないで寄り道、回り道、旧道にて、一日200キロメートルまでの移動ですね。 そこで最近思ったことは、あとそんなに生きていないのだろうから、好みの美味しいものを食べてみようです。 量より質、お得感より味わい、ですかね。温泉旅館などの食事もあれこれあってうれしいのですが、おひとり様では頂けないことが多いのが残念です。割烹旅館や漁師民宿だと、おひとりでも美味しい和食が期待できます。たまに、ホテルのレストランなんですが、畏まった洋食はなんとなく苦手です。地方の街の定食屋さんも、なかなか良いので冒険できます。 そんなこんなで、そんなに生きとらんので、動けるうちに旨いもんを求めることとしています。寿命が不安ですが、それで忘れています。

トピ内ID:bc131f1f12ce36b9

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35年間、一人暮らしです

🙂
一灯
誰でも、将来のことを考えると不安になります。 将来のことを考えて安心できる人はいません。 悲観的に考えれば、どんどん悲観的になっていきます。 将来のことはなるようになる、と考えるしかありません。 それが人生です。

トピ内ID:dffec8b26607f177

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長い黄昏どき

🙂
はな
トピさんと似た環境、同世代です。 トピさんの不安と倦怠は、早世のお母様と己を重ね合わせ、また長く仕事に介護に拘束された年月によるものと思います。 60(65)歳後過ごす年月は飛躍的に伸びています。 社会も人も感覚が追いつかないけど、私たちはかつての60歳とちがい、20~30年の長い長い黄昏どきを生きていく初めての人です。 モデルケースもないし、日々のお楽しみで過ごすにはあまりに長い年月に思われます。 私も拘束が長く(介護中)、まだまだ仕事も持っておりますので、 落ち着いたらまず身辺整理(不動産家屋処分、墓しまい等)。 その後は、自分が生きてきた場所、時代(社会変動)を俯瞰してみたい。 できれば宇宙から眺めてみたいけど(笑)、さすがにどこかのお金持ちとはちがうので。 たくさんの地方地域、仕事で駆け抜けただけ、メディアでしか知らない社会、国々をこの目で見たい。そこで生きる人々と話したい。世界のあり様を見たい。(あぶない所へは行きません!) 「この世界の片隅で生きてきたんだ」と思えれば…。 いえ大げさなことじゃありません。バアさんのブラブラ旅行+ご当地グルメです。 今後はips技術も進むから、20年後は難病や認知症すら解決の糸口があるかもしれない。 メタバースも急速に進化するでしょう。実際に動かなくてもアバターでコミュニケーション可能かもしれないから、お時間があればVRは慣れ親しんでおかれたらいかがでしょう。 >似たような立場の方、単身者(未婚)の方 と限定されていますが、独身でなくとも同じですよ。 私は立場上(自治会)地域のお世話をしています。昨今は熟年離婚も多く、女性寿命が長いこともあり女性高齢単身者が急増しています。子どもは遠方疎遠、通っていたとしても不安や寂しさに苛まれるのは一人で過ごす夜。 人は最後は一人ってことをもう少し自覚した方がいいようにさえ思います。

トピ内ID:e0fb2542cabc1c5b

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経済的な悩みがないんですね、幸せですね♪

金色まり子
経済的な不安から「あとどれくらい生きるんだろう、、」と思い悩む人が多いと思いますが、トピ主さんのお悩みを読んで、お金の不安がまったくなくても、無気力になっちゃうのか、、、と驚きました。ごめんなさい!! お金があれば、いくらでも、好きな時に好きなことが出来て、気分をリフレッシュさせることが出来ると思っていたからです。 お金がないと、長生きしたら生活できない、、、と思うと、すごく不安になると思うから、トピ主さんの不安は、「不安」というより「少し疲れている状態」ではないでしょうか? お金の心配がいらないなら、たとえばマッサージに行きたいだけ行って、気持ちの良さを味わったり、対面のカウンセラーのルームを予約して、思う存分悩みを聞いてもらったりしてみてはどうでしょうか? 友達5人に相談するより、信頼できる1人のカウンセラーに相談する方が、悩みがしっかりと早く解決される、という意見を聞いたことがあります。 もちろん友達や家族に相談することもいいことだけど、期待しすぎはよくないと思います。 カウンセラー料金もマッサージの料金も、決して安くはないので、そういうことにお金をしっかり使って、トピ主さんの気持ちを前向きに整えていかれたらいいと思いました。

トピ内ID:44921c63fca5181b

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静かな時を過ごしています

🐤
戸惑い緑
60代に入りました。 仕事はいったん退職して、今は趣味を中心とした生活を送っています。 介護のために休職していた時期を除いて25年ほど同じ職種で働くことができて、私としては満足しています。 趣味がいくつかあるので、退職した後も孤独を感じたり、退屈したりといったことはありません。 趣味のひとつは短歌です。 50歳を過ぎてから始めたので、限界を感じることも多くありますが、勉強をするほどに奥深い世界に触れることができて引き込まれます。 また思いがけず、素敵な短歌を作る心優しい趣味友にも恵まれて、感謝しています。 トピ主様も、エッセイや小説、詩、短歌、俳句、川柳など、書くことを始められてはいかがでしょうか。 先日ネットで読んだのですが、外国語と音楽は認知症予防のために効果的みたいです。 私は家族の認知症介護を経験していて、その大変さを痛感しましたので、認知症だけにはなりたくありません。 現在英会話とピアノの個人レッスンを受けていて、この2つの習い事はずっと続けるつもりです。 英語は中1の時から始め、ピアノは小中の頃に10年ほど習いました。 トピ主様は幼少期に習い事などなさいませんでしたか。 衣食住を楽しんでいます。 特に食べること。 家族の記念日や良いことがあった時などに、お取り寄せをしています。 トピ主様のように、ホテルで非日常を味わうことができればいいのですが。 都会のホテルはレストランは無論のこと、スイミングプールやジムなどの施設が充実していていいですよね。 先ほども書きました通り認知症が心配ですので、家の内外で人と話すように努めています。 これ以上ないくらいに人間関係には恵まれてきました。 分をわきまえて無理をせず、他人と比較することなく、現在の手持ちのカードを最大限に利用して楽しんでいます。

トピ内ID:e7dcdeebead6b24d

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レスします

🙂
みか
ごめんなさい、単身者ではありません。でも、同じ60代女性という立場でレスしますね。 わたしの母は70代なかばで死にました。実は、母の姉も、母の妹も、まったく同じ年齢で死にました。だから、遺伝ではないにしても、なんとなくわたしも同じくらいの年齢で死ぬのかなという気持ちでいます。トピ主さんのお母さまは早逝だったとはいえ、心のどこかにそのような気持ちをかかえていたのではないでしょうか。それがひとつの目標のようなものになっていたのではないかと思います。その目標がなくなり、新たな目標が見つけられないような気持ちになっているのかもしれません。そのため、心から人生を楽しめなくなっているのかもしれませんね。でも、それならそれで、これからの人生はおまけの人生と考えることもできると思います。 トピ主さんは、単身者は誰かのための人生ではないと考えているかもしれません。でも、夫がいてもそれは同じです。まず、人生は自分のため、自分を喜ばせるためのものです。結局、同じだと実感しています。まして、人の生き死にに関して差はありません。死は等しく誰にでも訪れます。そして、たとえ夫や子供たちに見守られていたとしても、死ぬ瞬間はひとりだと思うんですよ。それに、実際には誰もいない隙に死んでしまうかもしれませんし。と、わたしはよくそのようなことを考えます。でも、それが生きる力になっていると感じます。 その最期の瞬間を迎えるために、いまの瞬間を楽しまなければならないと思います。好きな海外ドラマを観て、好きな勉強をして、好きなものを食べます。もっとも、ひたすらだらだらする日もあります。でも、ぼーっとする時間も大切なはずです。いつかは必ず死ぬのなら、死ぬことを考える必要はありません。何かをしてもしなくても絶対に死は訪れるからです。それよりは、いまを楽しみましょう。気持ちのままに生きてみてくださいね。

トピ内ID:6f541b2d6a59da5b

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不安は誰にもあります

🙂
フリージア
トピ主さんと年齢や環境はほぼ同じです。 違うのは私には大した資産はありません(笑) 私も日々趣味や夢中になる事もなく、ボンヤリと毎日が過ぎて行きます。 寂しいからと知り合いを誘ってお出かけやランチをしても、モヤモヤする事が多く逆に疲れてしまいます。 最近はひとりで外出したり旅行ツアーに参加しています。 今の世の中、先は全く予想がつきません。 私も不安ばかり考えますが、先々の事はなるようにしかならないし、人間関係に悩む生活でも無い事に感謝して生きるしかありません。 もし大きな悩みが有れば、ボンヤリと過ごす事も出来ないと思うのです。

トピ内ID:8e262699738246de

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あら、勿体無い

ヨガの先生
マダム、 ランチやディナーのお出かけの前に ヨガのレッスンを受けてはいかが? ヨガは柔軟体操みたいに思われて わたくしは身体が固くて ヨガは嫌だわと思われる方が多いのですが 本当はそうでは無いのです。 マダムのような方にこそ 受けて頂きたいのです。 座ったり、立ったり、寝転がったりしながら ゆっくり呼吸に集中し、ご自身の内側に丁寧に目を向けていると、自然と今に集中できてリラックスし、 過去への執着が消え、未来への不安が無くなるのです。 ごく一般的な、スポーツクラブで行われているようなヨガのクラスは オールレベル対応ですので 全くの初心者も安心して受けられるコスパの良いレッスンを提供しているのでおすすめ。 施設によっては広いスパが併設されている所もあります。 おしゃべりするお友達もできるし、とても楽しいですよ。 デパートなどに行けば 色鮮やかで心躍るような素敵なヨガウェアが手に入りますよ。 おめかしする楽しみも増えます。 ぜひチャレンジしてみてください。 不安は貴方の思考ぐせ。 手放す方法をぜひ身につけて 毎日を生き生きと過ごして頂きたいと思います。

トピ内ID:fe9718ce8e5f536f

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好きな事をすればいい

🙂
レモネード
経済的に困らないなら尚更です。好きな事を好きなだけすればいいと思います。  自分が何歳まで生きるかはわかりませんが、確実なのは今日の自分が一番若いということです。  動けるうちに旅行をするのもいいし、美味しく食べられるうちに食べたいものを食べるのも有りだと思います。  新しい出会いを求めるのもいいし、何か楽器を習うのもいいでしょう。なんなら働くのも悪くありませんよ。  私は一度目の定年を迎えましたが、上記のような考えなので、働きつつ、好きな事をしています。  私は乗り鉄なので、長い休みの時は、電車乗っています。  もう少し経って、時間に余裕がでたら、桜や紅葉の時期に合わせて旅をするのを楽しみにしています。  私は経済的にはトントンの見通しなので、トピ主ほど余裕はありませんが…。

トピ内ID:9fabdf092e221497

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お金や健康があるからこその悩み?かなあ

🙂
長生きはイヤ
友人もしくは知人程度のお知り合いはいないんですか? やはり、人との交流がこれからの生活に潤いを与えてくれると思うんですが。 趣味とかボランティアとか探してみてください。 又、植物を育てるのもいいですね。 日々のお世話できれいな花を咲かせてくれた(咲いた、じゃないんですよ)ときにはお花にありがとうという気持ちが湧きますよ。それこそ自然からのご褒美です。 私は持病があるので不便な生活になりました。でも、寿命には関係無いんです。 ただ、この不便なまま、長生きはしたくないです。 ですから「今、この時」をどう楽しめばいいのか模索中です。 「今この時」を感じるには瞑想が良いとか。 仏教寺院巡りとかしてみるのもいいかなあと思っています。

トピ内ID:67fb75284f5953f8

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家を飾って、食事を用意することから

🙂
ぎんねこ
週に三回から五回の外食というと、美食家で、ご馳走ばかり食べているのでしょうか。余命十年しかないとかなら、そういう贅沢もいいけれど、お財布にも健康にも優しい生活のためには、家を片付けてお花でも飾り、外食したつもりで、フルコースでもいいから、お食事を手作りされたらどうでしょう。 ご親戚や、お友達招いて、食事してもいいですよ。 今日は、私は午前中、ピザを焼きました。シーフード、ヤングコーンの春野菜ピザ、アスパラガスの春野菜ピザと焼きました。何気ない日常に、手作りの食事がある生活、いいと思いませんか。 毎日の食事を考えていくと、きっと、健康的になっていくと思います。買い物にも出るし、お掃除もするし、季節の移ろいも感じられそう。 一生懸命生きているうちに、きっと、人生は充実していくと思います。寿命、そんなものは自分についてくるだけだと思います。

トピ内ID:3b314795c37f91ea

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暇なんで続きを

😅
久生十蘭愛読
現在の暮らしぶりに不満などはないですが、寿命まで平穏で居られたら良いなと思っています。先々のことは不確実で、軽微な心配事や漠然とした不安感などに理由もなく苛まれることもあり、暗い思いになることもあります。 寿命がきた時に、どちらかといえば楽しかったかもと思えるように、残りの時間を過ごそうと考えてました。 さて、そのひとつが自分好みの旨いもん追求なんです。薄味好みで甘い味付け料理は苦手なゆえに、外食やお店の総菜もんを食すのはさほど多くはありません。もっぱら良さそうと思う食材を購入して、自分好みの味わいに調理してます。 残りの時間は、自分が楽しめるような状況に向かうことを考えますね。それが何かを見つけるのも楽しいかも知れません。ただし、他人から勧められることって、わたしの場合は殆ど自分好みではなかったりして残念です。それに、寿命で尽きるまでに人生の悟りを得るもんでもないですから、気楽に行こうぜ、ですかね。

トピ内ID:bc131f1f12ce36b9

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私もそうです

🙂
東京
66歳未婚。去年から年金を受けています。私は、親の遺産をすべてもらえた一人っ子なので、年金を繰り下げてもよかったのですが、いつまで生きられるのか、自分としてはストレスの多いい職場、介護をしてきて、健康ではないので、早死にしそうな気がして65歳で年金受給者になりました。 今思うのは、似たような環境(独身、未婚、金銭)にいる友人以外は、しっくりきません。 わかってもらえないからです。フリージアさんがおしゃっていたように、人間関係で嫌な思いをすることを極力避けています。嫌な思いをたくさんしてきたので、もうこりごりです。 現在住んでいる親からの家も、維持が大変になってきたので、多分70歳までぐらいで、自分で引っ越し整理ができる年齢で、同じ区内(23区)にある目を付けているホームへ入居する予定です。そのホームは、私と似たような人生を送ってきている比較的若い(60代後半から)の入居者がいるユニークなところなので落ち着けるような気がします。 60代で大切なことは、次の70代でどういう生活人生を送るかの準備をすることではないでしょうか?どんなに健康な人でも、確実に年を取っていくのですから。80代の諸先輩方からのアドバイスです。 引っ越しを伴う人生変化は、70代初めまでに!

トピ内ID:b5ff6fed7a4c3f46

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農家のように生きる

🙂
はな
父方母方親族の9割が士師業、事業経営者という環境なのでそもそも定年という感覚がありません。 私自身、お勤めから独立後は士業で生きてきたので、やはり定年という区切りはありません。 さすがに皆年金をもらえる年齢になれば意識しますが、60代は働き盛り。 難病やガンを患おうが、誰もが復帰してほぼ一生働きます。(もちろん第一線からは退きますが) 先日亡くなった伯父も倒れて1週間後の逝去でした。皆平均年齢ピンピンコロリです。 奥様も働くご主人のお世話は一生続くし、家を空けられないから旅行にも行けない。 資産はあれど大きく使うのは家屋敷くらい。ものすごく地味な生活です。 若夫婦も似たような家庭から嫁いでくるので、この地味な毎日に不満はないようで離婚もなし。 暮らしぶりのせいか、嫁いできて血筋のちがう伴侶も含めて長患いや認知症はいません。 一気にやることがなくなる、必要とされないというのは精神衛生的によろしくないのでしょうね。 社会や人、家族から必要とされる毎日を送ること、ちゃんとごはんを食べること。 目の前に広がる茫漠とした時間を見ることなく、 毎日、すべきこと必要とされることに頭と身体を使って(仕事、家事、介護等)、粛々と生きていく。 土を耕し、糧を育てる農家のように一生過ごす。 それが思い煩わない生き方、ピンピンコロリにつながる生き方だとだと感じます。

トピ内ID:e0fb2542cabc1c5b

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ありがとうございます トピ主です

041
孤独な過食マダム トピ主
自宅の修復で1週間以上留守にして確認が遅くなりました。 皆様のレス、有難く拝読申し上げました。 東京様のレスにございますように似た境遇同士でなければ理解するのは難しいと私も感じます。 一人で静かにしているのを良いことに常に利用されるばかりで親しくしていた方々とは徐々に距離を置いて現在に至ります。 私の場合、既婚で子育てが済んだ学友からのマウンテングが特に厳しく、無理に日程を調整して会うことはやめました。 年金の担い手を育てて来なかった分、驚くほどの納税で貢献してきたのだから堂々としてくださいと会計事務所から言われますが、なかなか難しいです。 維持をするのが煩わしくなった戸建て数軒は今世紀に入ってから既に売却済ですが、利便性のよい場所にある自宅は年間の維持費が数百万円必要ですが、手放す勇気がなく、四半世紀も経過致しました。 東京様のように気に入った施設が見つかれば、気が変わるかもしれませんが、今のところは気が向いた時に庭の手入れをしながら住むと思います。 介護離職後は累進課税の問題もあり、無職ですが、代々関係のある福祉団体への寄付などは継続しております。 私が生まれた国ではTVを観る習慣が余りなく、現在は観ても週数回ですし、持病の為に運転も数年前に卒業しました。 都会在住ですとホテルやデパートも徒歩圏内で運転をやめても生活に支障がございません。 毎年受診する人間ドックの数値は気になりますが、還暦を越したのだから好きな物を好きな時にと割っております。 母の最後の入院の際、何でもお好きな物をと担当医に言われましたが、既に身体が受付ませんでした故、それが忘れられないのだろうと思います。 家事が大の苦手で家の片づけを頑張らなければと思いつつ、20数年も経ち、お恥ずかしいです。 期限のあることだけは頑張れるのですが気が重いです。

トピ内ID:eac9378bc5aefcb1

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2回目の投稿の東京です

🙂
東京
人に利用されてきた人生で、特に友人と思っていた人間からの裏切りはつらく、だまされた自分が悪かったとはいえ、もうこりごりです。 私の幼少期は、複雑な家庭で、両親の最高の愛情表現はお金でした。 特に食事で、小さい時から超一流のものを食べていました。そのため肥満児でした。今も太っています。なので今でも楽しみは食べ物です。検査数値が悪いのですが、目をつぶっています。変な話ですが、贅沢な食事を食べに行くと、両親との楽しい時間が戻ってくるのです。だから一人でも高級レストランへ行きます。コロナ禍は、取り寄せしましたが、今また外食できるのがとてもうれしいです。 今の家は、都心で大きい敷地のため、頻繁に不動産会社が売ってほしい、と連絡が入り、維持も大変になってきたので、体力のある前に売ることを考えています。一人でこんなに大きい家に住むこともさみしいですし、長年お勤めしてくれたお手伝いさんが近いうちにやめるので、その後釜を見つけるのも大変です。 お近くならお会いしたいくらいですが、こういう女性もいる、ということを覚えていてください。

トピ内ID:b5ff6fed7a4c3f46

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都会なら、大丈夫です。

🙂
みたの
車で15分走った所にコンビニが一軒あるド田舎に住んでいます。どこまでが庭?山?隣の家までも、距離あります。外食なんて、25分車で走らないと・・・17時には閉まるし そんなところで、一人暮らし。多分同年代かと・・・年金頂いています。倒れたら、腐ったころに気がついてもらえるかな?と、心配しています。 でも都会なら、大丈夫でしょう。老人会以外のサークルもありそうだし (笑) その場限りの知り合いを見つけて、楽しんでください

トピ内ID:097e89a78af82688

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恋をなさいませ

🙂
エスパー
婚姻せず、恋のみなさればいいのに。 火傷してもいいじゃないですか。 なんて思うのです。

トピ内ID:e048eb4af95ac881

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ひょっとしたら

🙂
ブレッド
トピ主さん知能が高いのではないでしょうか?もしくはHSPかな? その様な方は頭が良いことの裏返しとして不安感が高く、ある程度の年齢になると死に対してもそう感じるようです。 私の周りでは50前後から同じようになる人が多いですよ。 また、相手の気持ちや状況がわかるため利用されやすい傾向もあるようです。 人の役に立つことに意義を感じたり、無知の知があると言う長所の裏返しとして自分に自信がなかったり。 昔は性格や人間性で片付けられていたことが、現在では様々な傾向で説明がつくようになりました。 良かったら一度HSPや高知能向けの本を読んでみたらいかがでしょうか。 ちなみに、良い成績=高知能 ではありませんので学校の成績は関係ありません。 読んだ方はみなさん「30年前に知っていたら人生変わったのに」と言っていますよ(笑) 少しでも楽しい毎日を過ごすことが出来ますように!

トピ内ID:7491cb3a44e37a81

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そのままの自分を認める・否定しない

🙂
在外邦人・女
友人というものは幻想、と思い至ってからは生きるのが楽になりました。 友人は、衣食住の心配がいらない、親に養われている子供時代という非現実な世界でしか存在しないもの。 巷では人との関わりは尊いという意見が溢れていますが、それはリターンがあるからこその意見であり、ずっと他人にあげる・利用されることを余儀無くされる立場なら、こんな言葉は出てきません。 人と人は利で繋がっているのだと、今なら言えます。 そしてそれは何も悪いことではないということも。霞を食べて生きていけるわけではないと年を重ねるほどに人は思い至るから。 その人の稼ぐ能力が望む生活を下回るとき、足りない分を他人に貰いに行く人がいます。 私は余裕が出てきてからいくつか不動産を持ちましたが、噂を聞いた古い学友から連絡が入り、久しぶりに会いたい、すごく大切な友人と思っているなどと(=ホテルと足代わりをして欲しいと後に判明)嬉しい言葉を並べたので、喜んでお招きしました。しかし、お金の節約のために利用されていることが徐々に浮き彫りに。 裕福と他人に知られると、心優しい控えめな人達はお返しに気後れしてしまうのか、おつきあいが途絶えますし、残る人は「持っているんだから、ちょっとくらいくれたって良いじゃない」と考えるようです。色々と否定的な言葉を投げかけて思い通りにしようとした人も。 主さんは、他人の言葉でご自身を否定しないこと。 そもそも、裕福であることを悪いことのように感じる必要はありません。あなたやご両親ご先祖様方が工夫して増やしてきたもので、本来なら全てあなた自身に使って良いのです。 寄付は上手く運ばせるのが非常に難しい。艱難辛苦の末に手に入れたお金は大切に使うが、天から降ってきたようなお金(寄付金)は、人を堕落させるからです。 裕福なら他人の為にお金を使えと言う主張、裏を返せば自助努力を放棄したい物貰いの思想です。

トピ内ID:0ed234463a664320

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トピ主です

041
孤独な過食マダム トピ主
もうどなたもご覧になっていらっしゃらないと思って居りましたところ、レスが増えていて嬉しかったです。ありがとうございます。 久生十蘭愛読様のレスにございます他人から勧められることは好みと違うということ、仰る通りと思います。 仮に身内でもAの方に良いことがBの方にも良いとは限りませんのに熱心なお勧めをする方が世の中には意外と多いものです。 このトピで私の生活の一部を打明けた上で同世代の単身者の方の毎日をお伺い致しました。 女性の適齢期をクリスマスケーキに例えられた私の世代では25歳までに見合い結婚をしている大学の学友が多く、私は少数派ですので、実生活で似たような立場の方に出会えない為、小町でお伺いした次第です。 私には兄弟姉妹が居りましたがどなたもご存知の大きな人災で命を落として一人になりました故、墓守になる覚悟もなく、最初から一人っ子でしたら生き方が変わっていたかもしれません。 東京様のレスにございます不動産会社のこと、よくわかります。 自宅は広い通りに面した角地の為、日中庭に出ていると仲介会社の社員から話しかけられて困りますので、庭に出るのは日没後と決めていて外出の際も機械警備会社のモニターをすべて確認してからと注意深くなりました。 売却した物件の一つはパーキングビルになっていて両親存命でしたらどのようなことを言われるかと思いますが、維持費が高額でやむを得ませんでした。 残り時間を怒りで消費するのは嫌ですので、距離を置いた方々と偶然に出会えば、ご挨拶程度はするかもしれませんが、一方通行で利用されて時間も大金も失った記憶はしっかり残っていて平常心でいられるかはわかりかねます。 前回のレスで「割切って」と入力したつもりが「割って」になっていて意味が通じなかったと思います。 失礼致しました。 東京様と思われる方にもしどこかでお会いしたら今回のことを忘れずに感謝したいです。

トピ内ID:110b828a51a80d15

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親族に何人か似たような境遇の者がいます

🙂
日本生まれの日本育ち
大叔母は、朝起きてお手伝いさんの用意した朝食をとり、若い頃好きだったラテン語の勉強や刺繍を日がな一日しています。 父方が海外の資産家で伯母が実業家なのですが、還暦となった今でも経営に精を出し、週末は読書や園芸などしています。プライベートは大体一人で過ごしています。 思えば、他人からの助けがあった方が良い人は、人との交流が必要だと考え、いつも他人を助ける側の人間は、人との関わりはできるだけ減らす傾向にあります。 だから、人との交流は大切だ、いや必要ない、と正反対の意見が出るのでしょう。 同じ国の言葉を話していても、社会に所属する位置が違うと意思疎通が難しくなる気がします。 父方の言語を子供の頃から父と話して育ちましたが、上流階級出身なので、言葉が非常に柔らかい。 ネイティブレベルだと自惚れて留学しましたが、同級生にとにかく意図が伝わらない。 例えば、本気で嫌がっているのですが、相手は私が本気で嫌がっているのがわからない。逆に喜んでいると思われたことも。 多分どの国でも上に行けば行くほど、遠回しで柔らかい言い回しになり、平均的な生活をしている人には非常に不明瞭な自己主張の弱い言葉や態度に映るのでは、と感じています。 トピ主さんの生きにくさも、同じ日本語を話しているという誤解の上にあるのではないでしょうか。 日本語は日本語でも、昔は身分制度もあり、周りをよく観察すると、今でも町人の子孫は町人の言葉(思想)を、士族の子孫は武士の言葉(思想)を話しています。平等を謳われる今日でも、似たような家庭の子達が一緒にいるのは、誤解のないスムーズな意思疎通が気安いのかも。 日本は出身地でも言葉に含まれるニュアンスが本当に異なり、お互い話が実は噛み合っておらず意図を間違えて汲み取っているのに、本人たちは全く気付かずにそれぞれ傷ついている。 私は留学して初めて上記のことに気づきました。

トピ内ID:63b69a9f9f1c6cd4

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トピ主です

041
孤独な過食マダム トピ主
一つ一つ、大切に拝読申し上げました。 レスを賜りました皆様、ありがとうございます。 >他人の言葉でご自身を否定しないこと 在外邦人・女様のお言葉、大変に有難いです。 私が相次いで病人を抱えていた時期は事情を知りつつ、誰一人として優しく接してくださる方がいらっしゃらなかったので、借りを作っていないことが私の財産と思って参りました。 時が経過してご縁が遠くなった頃にご家族がいらっしゃる恵まれた方々から面倒な依頼の連絡が来て驚きました。 私が過去に何かご尽力賜りましたのでしたら今度は返礼として尽力するのはわかりますが、何の実績もない方々の理解しがたい甘えに困惑致しました。 相手側から観たら時間もお金も自由になる単身者だから甘えが許されると勘違いをなさっているようで不愉快でした。 >社会に属する位置が違うと意思疎通が難しくなる 日本生まれ日本育ち様の仰る通りと感じました。 親戚でも友人でもない単なる地方在住の知合いから興味がない件でお誘いが来て大変に困りました。 私の周囲では「いずれ機会がございましたら」とご返事を差上げる時は柔らかなお断り(否定)と解釈して二度とお声かけをすることは控えます。 ところがご自分達の都合の良い解釈をしているこの方に出会い、同じ日本人でも意思が通じないことを初めて経験し、地域によって他人との距離感が全く異なることも学びました。 大して親しくない他人にいろいろと頼み事をするなど、私には考えられないことでしたから次は何を頼まれるのだろうと嫌悪感が恐怖感に変わり、我慢の限界を迎えてようやく距離を置きました。 似たような環境同士でなければ関わることは厳しいと学び、用心するようになりました。 当然かもしれませんが、小町でも私のような者は少数派のようで少々寂しく感じます。

トピ内ID:110b828a51a80d15

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