本文へ

母が末期がんです

レス3
(トピ主 0
🙂
おれんじ
ひと
56歳の母がステージ4のがんです。 1年半ほど前から抗がん剤や放射線治療を頑張ってきましたが、ここ3ヶ月でガクッと悪くなり、今は痛み止めのみの治療に切り替えています。 主治医からも、もうこれ以上よくなることはないので緩和ケアに移行していくと話があり、母本人も現状はわかっています。 今はこのまま病院で過ごすか、在宅にするか迷っているところです。 激しい痛みに襲われ、体重も減り、弱っていく母を見ているのは、本当にしんどいです。 こんな事態になって、私はまだ精神的に母離れできていなかったんだなということに気づきました。 父ももちろん大切です。母とは友達のような姉のような関係で、何かあれば話をして、一緒に愚痴を言い合って、笑い合って、、、。 愛情深く、かけがえのない存在でした。 母がいなくなるのがこわく、さみしく、毎日泣いています。 私は28歳独身で、母には孫を見せてやれなかったことが後悔です。 もし母が天国に行ってしまっても、私のことを見ていてくれるでしょうか。 また、同年代の人々はほとんどが両親健在で、なかなかこの気持ちを分かってもらえないし、話しにくいし、羨んでしまう自分がいます。 街中で同世代くらいの母娘が歩いているのを見ると、思わず目を逸らしてしまいます。 親がもうすぐ死ぬかもしれないなんて悩みもなく、人生を謳歌している同世代は、私にとっては眩しいです。 こんな気持ちを一生抱えるのかと思うと、、、。 まとまりませんが、なかなか話せる人がいないので書き込ませてもらいました。

トピ内ID:a9bd21a343689c90

これポチに投票しよう!

ランキング

レス

レス数3

このトピックはレスの投稿受け付けを停止しました

辛いよね、思い切り泣いていい

041
パピコ
私は25の時に母親を癌で亡くしました。ステージ4と聞いた時のことを今でも覚えています。それはとてもとても恐怖でした。うちの場合、担当医からのアドバイスと父親の見解で母には知らせなかったんですね、その状態で10ヶ月仕事しないでつきっきりで看病したので、その後の人生に大きく影響を来たしてしまいました。心の闇や物の考え方、キャリアにも、そしてその時仕事を継続していた兄弟との関係性にも。 もちろん母親に告知していなかったせいで友達にも近所の幼馴染にも言えず、母方の祖母にも言うなと言う(今思えばおかしな判断ですが、当時はみんな父親もパニック状態でした)ことで本当に苦しかったです。唯一入院先の看護師をしていた友達の母親が知り、その友達が心配して電話をかけてきてくれました。その時はすでに自宅で最期を待つ状態でしたので、そんな電話も聞かれないように、泣いた顔を見せないように、と苦しい生活でした。亡くなった後も喪に服す期間があったりそんなにすぐに周りの友達の様に20代特有のキラキラな生活は送れませんでした。恐ろしいのは人生そこから下り坂ということ、ご両親健康でみんな仲良しなんて普通にいます。その上裕福だったりもして恵まれている人は恵まれています。親子3世代で楽しそうにしている他人様を見ても、思い出したりして悲しい気持ちになります、生きていれば・・・って考えてしまいます。辛い記憶は薄れますが、やはり若い時の母親の死は大きく何歳になっても引きずります。どうしてこんなに世の中不公平かと思うくらい。これは経験した人にしかわからないので仕方ないです。(中学生時代に母親を癌でなくしていた友達は寄り添ってくれました) トピ主さま、どうか私みたいに下り坂にならず、自分の人生をしっかり歩んでください。自分を責めないこと、運命と受け入れて力強く生きてほしいです。心からエールを送ります。

トピ内ID:e372758f2a6de7b7

...本文を表示

辛いですね

041
りんご
わかります、なんて軽々しく言えないけど、私が28歳のときの状況と似ていて胸が痛くなりました。 お母さまの体調が日に日に悪くなり、体調が良い日もほとんど無くなり、いつも苦しそうで、そんな母を看ている自分も辛いしんどい苦しいと思います。 友達はお母さんと買い物や旅行してるのに、どうして自分だけ、、、と思いますね。 結婚相手や孫の顔見せたかったし、年齢があがるにつれ色んな話しもしたいですね。 お母さまのそばにいるだけでいいと思います、泣いてもいいし、笑顔になれなくていいし、そのままのおれんじさんのままそばにいて一緒に時間を過ごしてほしいです。

トピ内ID:70b0aabf38c652bf

...本文を表示

今が一番つらい時

🙂
海賊の妻
最近母を亡くしました。49日は近くにいると聞いて、毎晩「ママ。ママ」と言って家の中を探したりしていました。私は70歳にもなるのに変ですよね。キリスト教では49日ではなく50日だそうです。まだ死んだばかりだからその辺にいると思い毎日探しては、もう50日が過ぎ去りました。そして身内を呼んで家で50日の祈りの日を過ごしました。本当にいないんだなあ。お骨も拾ったしお墓に埋葬もしたしいるわけないよなあと、一人悲しんでいました。 主様は今が一番つらい時だと思います。なぜなら私は本家の一人娘なので沢山の身内を看病し余命宣告も受けて泣きながら看病した経験が何度も有りました。一番つらい時期は病気が重くなり助かる見込みがないと言われた時でした。 母は自宅で死ぬのが望みでしたのでケアマネージャーと相談して訪問医療を受けました。亡くなった時「足が痛い」と言うので足をさすっていました。看護師が点滴を早めたとたんに顔に痙攣が起きました。「大事なご家族とのお別れの時ですよ」と言われて母の死がやってきたことを知りました。母は90歳でしたが、主様の場合お若いお母様で本当に痛ましく感じます。かわいそうに。せめて、激しい痛みは何とかできませんか。家の場合本人が痛み止めの点滴に同意した時に医師が来て「何時何分、本人、娘さん、看護師と医師の4人で点滴に同意確認」と言われました。すでに用意はできていてお腹に点滴の針が刺されました。母は苦しみから解放されて数日後に亡くなりました。 お医者様にお願いしてせめて痛みだけでもやわらげられませんか。そしてできる限りそばにいてあげましょう。私の母の最期の願いは「今日1日どこにも行かないでママのそばにいて」と言うものでした。悲しいけれどあなた様のために祈ります。どうか耐える力を与えてくださいと。

トピ内ID:a38ddefca90eb887

...本文を表示
[PR]
気に入ったトピを保存するといつでも読み返せる
気に入ったトピを保存するといつでも読み返せる
使用イメージ
使用イメージ

マイページ利用でもっと便利に!

お気に入り機能を使う ログイン
レス求!トピ一覧