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空気の良い田舎で静養、の謎

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(トピ主 0
🐤
めい
話題
昔の日本が時代背景にある小説やドラマを見ると、体の弱い子を空気の良い田舎で静養させる、というような状況がたびたび出てきます。 疑問なのですが、実際に田舎へ行くことで治療になっていたのでしょうか? 昔の日本ではどこに住んでも今ほど空気中に化学物質があったわけでもなさそうだし、現在のように飛行機や新幹線といった交通機関も発達していなかったであろう中、家族がバラバラになってまで田舎に移り住むことにそれほどの治療効果があったのかと疑問に思います。 住む場所を変えるだけで治療になるような病気が昔は多かったのでしょうか。それとも逆に、体が弱いという症状に対して環境を変えるしかできることがなかったのでしょうか。 それに、田舎には大きな病院もなく地元のお医者さんにお世話になるわけで、田舎には自然療法のエキスパートな先生がいたということなのか?というのも疑問です。 現在だったらむしろ、最新の治療を受けるため、都会に転院するという逆の現象になるのではと思います。 感染症と思われていて隔離として田舎に住まわされたケースもあるかと思いますが、それらを除いて、実際に小説やドラマでよくある「空気の良い田舎で静養」がどれだけ効果があったのか、実体験などありましたらぜひお聞かせください。

トピ内ID:3e86d8c941541879

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いつの時代か

🙂
神無月
パターンと時代にもよるでしょうが、 公害病の場合には地域を変えることで悪化防止や回復の可能性はあり得るでしょうし 排気ガスが今よりずっと汚かった時代であれば気管支系の病気は良くなる可能性もあるでしょう。 もっと少し昔の日本をイメージすると医療は発達しておらず 都会にいても最新治療が存在せず、湯治のための長期滞在はあったはずです。 別の可能性としてホスピス的な意味合いはあったのではないかと思います。 当時の医療技術では治療方法や薬が無く、大人しくしておく以外の手段がない。 田舎で静養させられる家ですから裕福な方になるかと思いますので 病弱で役に立たない子を家から追い出していないことにしてしまうという感じです。 実家に預けるという手段もあろうかと思いますが どちらにしても看病できないかしたくないかで他者に任せてしまう状態です。 そういう子供の中には大人になったら丈夫になったとか 小児喘息が改善して問題なくなったとかいった子供もいるでしょうから 結果論として田舎で静養し、元気になったから戻ってきたというストーリーが出来上がる。 と勝手に思ってます。

トピ内ID:364d5dd0302aa9a7

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いました

🙂
りりこ
都心で育ったものです。隣の家の子が喘息で、行事の前になると発作を起こし遠足や社会科見学に行けたためしがありませんでした。小4のとき一家で鎌倉に越していき、後から聞いた話ではすっかりよくなったそうです。大学生で再会したらすっかり健康的な湘南ボーイになっていました。

トピ内ID:961d52073327672e

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いやいや

🙂
ハリネズミ
昔の方が環境に対する意識も低かったでしょうし、対策なんて何もしてなかっただろうから、大気汚染は結構ひどかったんじゃないでしょうか?公害とかありましたよね? 排気ガスもディーゼルでひどかっただろうし、工業地帯とかだと、煙突から煙がモクモク出てるイメージがありますし、水質汚染とかもあったんじゃないでしょうか? なので、そういう地域だと転地は効果があったんじゃないですかと思いますが。

トピ内ID:87923e2e90742015

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そのくらいしか

🙂
りーず
出来なかったのではないでしょうか。 もっと昔の日本なら 神に祈る事しか出来なかったように。 薬や手術も過剰すぎても困るし 昔みたいになすすべなしも嫌だし 難しいね。

トピ内ID:f3235bd3cc861db3

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関西の某政令指定都市にいました

🙂
目が痛かった
50年前は夏によく光化学スモッグ情報が発令されて運動場には出られませんでした。 その頃子供だった私は今でも川は汚い、ヘドロどろどろの印象です。 道頓堀で舟遊びなんて考えられない汚さでしたよ。 その感覚でいくと、田舎はやはりかなりマシだったのでは?

トピ内ID:54df69097c5caef0

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転地療養で調べてみてください。

🐶
効果はある程度ある。
転地療養、転地療法、と呼ばれるものですね。 治療法のない病気や風土病の治療として、用いられたものです。転地療養は、治療法の一種として認められています。 今も俗称ですが、気象病などという言葉がありますね。天気が体に作用して病気になるなら、気候が全く違う場所へ行ってその影響で体調が安定するなどは、あり得ることだと思います。 それから、空気だけでなく、水や取り巻く自然環境、気候を含めて変わりますから、そういう影響もあるでしょう。 息子が喘息ですが、今は治療薬などあるので別に転地療養はしませんが、台風が近づいたり気圧が変わると発作を起こすことがありました。台風が近づくと発作が出やすくなりました。 治療薬がない時代なら、台風が来ないところへ引っ越したら、発作が出る回数が凄く減ったことでしょう。 田舎なら、食べる物も地産地消で、新鮮なものを食べることができたり、収穫したての物を食べることもできたでしょう。 転地療養は、日本だけでなく、他の国でも行われていて、万能ではないですが、治療法が確立していない時代には一定の効果があったのだと思います。

トピ内ID:b5d579992642060b

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昔の方が公害がひどかったんですよ

🙂
ろうねこ
空気の良い地域で療養する一番の病気は喘息です 私の近所にも田舎で療養(なんて言い方はしてませんでしたが) ぜんそくで母親の実家に住んでいた子がいました トピ主さんは多分お若いんでしょうね 今は公害に対する対策がしっかりしているので都会や工場地帯に住んでいても 度ってことないのでぴんと来ないかもしれませんが 自動車の排ガス 工場の排煙や排水  光化学スモッグって言葉知ってますか 注意報が出て校庭に出てはいけないなんた日がある地域もあったんです ぜんそくは今でもそうですが症状を抑える薬などはありますが  一番いいのはその原因を取り除くことです そうしているうちに体が成長して耐性が出来る場合もあるという事です

トピ内ID:478c10c9468a03f8

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今でもありますよ

🙂
ピチカート
喘息や虚弱等の子供達が健康回復や体力増進するための 区が提携している全寮制の特別支援学校です。 うちの子が小学校の頃、2年程かな? 喘息が酷い同級生が行ってました。 とても元気になって帰って来られたと思います。 トピ主さんがお住まいの市区でもあるのではないでしょうか。

トピ内ID:6556eefb735fc9f5

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公害の歴史を学んでみると良いと思う

🙂
この機会に勉強
昔は今よりも有害物質に対する基準が低くて、空気も水も意外と今より汚かったんですよ。 というか「汚い」の意味がちょっと違う。 「危ない」のほうが正しいかも。 今も話題になる話で言うと、アスベスト。 昔は有害性がわからずバンバン使われてたけど、今は扱いがものすごく慎重になってますよね。 印刷物のインクなども、昔はちょっとでもなめたらやばい物質がかなり使われてました。 そういうものは田舎にも存在しますけど、やはり都会に比べれば少ない。 でも田舎にもいろいろあって、例えばアスベストやその他有害物質を使う製品を生産する工場が山奥にあったりして、その周辺はやっぱり空気も水も綺麗じゃなかったりしたわけです。  だからそういう地域では特定の疾患が多発したりした。 今の地元住民の方々にもつながる話だから、今回は浅いところをボンヤリ書いただけです。 だから私の書き込みでは核心的なところはわからないじゃんと思うかもしれません。 その場合は、図書館にでも行って公害の歴史の本を一冊読めば大体わかります。 難しい専門書籍に抵抗があるなら子供向けのコーナーに置いてある本でもかなり詳しく書かれてますよ。

トピ内ID:c363a7e18573cf31

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ほかに治療法がなかったのかも

🙂
もったいない症候群
昔の日本というのが戦前(太平洋戦争前)という意味であれば、その病は肺病(肺結核)が多かったかと思います。 抗生物質が普及するまで特効薬はなく、都市にいてもできる治療はなかったので、少しでも肺への負担を少なくするために空気のきれいな土地に転地したのではないでしょうか。 肺病に限らず昔は病気の治療法が限られていたので、ほかの病気でも転地療法は一般的だったのかもしれません。 また、昔は、炭や薪、石炭などが燃料として使われていたので、人口の密集した都会の空気汚染はそれなりにあったかと思います。 換気などへの意識も低かったでしょうし。

トピ内ID:6eb49f519634b660

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昔を知らないから

🙂
昭和
昭和40年代生まれですが、当時は転地療養的な転居が多く、私もそうでした。 舗装されてないエリアも多い中で、どんどん地方から首都圏への流入があって、排気ガスや土ほこりがすごかったです。 昔は転ぶと、傷口に砂利が沢山つくのが普通でしたよ。

トピ内ID:445f32c9ae6e4af4

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レスします

🙂
みか
パッと考えて、理由はふたつあったと思います。 まず、実際に空気がいいところで症状が良くなるケースがあるということ。気管支系の病気などは都会より田舎のほうが良いのではないでしょうか。効果が認められるケースはあったと思います。 それから、家庭から外へやることによって家族の手間が軽減されることです。病人がいればどうしても家族の誰かが手間を割いて世話をしなければなりません。そのぶん労働力が減ります。それよりはどこかへ預けて外部の人に世話してもらったほうが効率的なのだと思います。たぶん、こちらの理由のほうが多かったのではないかと思います。

トピ内ID:2f52d40bd4a92783

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結核の療養先 @東京

😷
都内の話です。 現在50歳の弟が28歳の時に結核に罹患して、清瀬市の療養施設に入院しました。 当時アパート暮らしだった弟は、カップ麺みたいな食事ばかりで、軽い栄養失調状態だったようです。

トピ内ID:3e6ed3c9413f7e19

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クラスメイトが

😅
醤油水
地方都市に住んでいます。 小学生の時、転校してきた子がいました。 喘息のため、空気のきれいなところへ、と我が校区へ引っ越してきたそうです。 もと住んでいた街(工場地帯)とは、鉄道の駅6つ分ほどの距離があるのですが、 症状は改善されたみたいでしたよ。 そんなに緑の多い街でもないのですが。

トピ内ID:3717fdad2be4fb06

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療養まではしていませんが

🙂
なめこ
東京住み・昭和生まれです。子供の頃、地方に行くと鼻水ダラダラがピタリと止まるというのは本当にありました。アレルギーでしょうね。電車で東京に近づくとまたダラダラ…。 知り合いは喘息のため東京から地方に転校しました。 実家が蕎麦屋で、子供がそばアレルギーのため寮に入ったなどもありました。

トピ内ID:80522588d9a1f330

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基準

🙂
ss
他の方もおっしゃっていますが。 >空気の良い田舎で静養、の謎 あの時代は、実際に田舎の方が空気がよかったのです。 都会は都会の道は未舗装で、動物のフンも落ちていたりして、ほこりだらけです。 生活排水や、産業排水等は何もせずに川や溝に流していましたし。 生活や産業で物を燃やした排気はこれも何もせずに大気中に放出していました。 東京でもスモッグで一日中空が赤かったことがあるという話ですから。 それに、結核(肺の病気)は国民病と言われていましたから、「空気の良い」は意味があったでしょう。 今の現実、状態を基準にして昔を考えると誤りますよ。 それだけ、先人の苦労があったのです。

トピ内ID:14a37208ccf7a24d

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アルプスの少女ハイジから言わせて頂きます。

🙂
ピンキー
クララがアルプスに行った理由は、空気だけではありませんでした。 いつも生活している所だとできない友達を作り、健康的に生活するハイジを見てうらやましいと思うことで立とうという気概を奮い立たせて自発的に頑張ろうとする気持ちを持つようにと考えてアルプスに行くことになります。 街中で生活する人と、田舎で生活する人の人間関係の違いも含めて、静養に集中できると言うことではないでしょうか。

トピ内ID:c9c0c80cb860da8d

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なってたはず

🙂
のの
地方住まいの50代です。 中学生のとき修学旅行で東京へ行ったのですが、バスから降りた時の空気が明らかに臭くて驚きました。 ちょうど学校で公害やスモッグについて習っていたのでその臭いかな、と思いました。 昔は排気ガスの規制とかが緩かったんですよね。 社会人になって、出張で東京に行くことが多かったのですが、その頃には異臭はなくなっていました。 私が子供のころはすでに大気汚染が問題になっていて、それを抑える取り組みをしていました。 そのころでも空気のにおいがはっきりと違っていたのですから、急速な近代化や工業の発展が起こっていた時代だと、もっと汚染は酷かったと思います。

トピ内ID:189070c78632aa10

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来てましたよ

🤔
通りすがり
田んぼに囲まれた地域出身です。 何が違うって、水が違います。 都市部から母子だけで引っ越してきた子とか、毎年いましたよ。 アトピーとか、アレルギー持ちのてんかんの子とか、喘息の子とか。 私はアトピーという肌の状態を初めて目にしたのが、その引っ越ししてきた友だちでした。 集落にはスーパーが一店しかなく、そこの野菜は近所で採れた新鮮なものでした。 環境はよかったので、静養に適切な場所だったと思います。 気になるその後ですが、30歳になって同窓会をしたとき、全員集まって話をしたのですが喘息の子は投薬卒業していたし、「こどものうちに田舎に行っておいてよかったー」って話してましたよ。 場所によると思いますが、良いところなら静養の地にえらべば結果は良かったと思います。

トピ内ID:780b3a7c805ba1ce

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時代にもよるけど

🙂
まち
皆さんのレスには高度成長期の都会の環境の悪さが書かれてますが、それもそのとおり。 ではもっと昔は? 江戸時代、明治時代の江戸(東京)は世界でも指折りの大都市でした。 その時代、料理や風呂焚きはもちろん薪ですから、ぎっしり家の並んだ都会の空気はかなり悪かったようです。 冬になれば暖房も薪ですしね。 江戸は下水整備などかなり進んだ都市でしたが、それでも汚水は海や川に垂れ流し。 世界的に見れば下水整備されてないどころかトイレもろくにない「先進国の大都市」も普通にあり、都市の生活環境は良いとは言えなかったのです。 ヨーロッパの産業革命(18~19世紀)の頃の公害のひどさは有名です。 都市は煙突だらけで始終煙モクモクだったんですからね。

トピ内ID:b79080da17ad597b

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そもそも治療薬がない。

🙂
三人娘の母
医療でできることも今ほどなかったし、治療薬が発見されてない時は、どこにいても最新医療とか変わらないかと。 そのため結核は、1964年に画期的な治療薬ができるまでは、大気安静療法が結核治療の主流を占めていたかと。 療養施設であるサナトリウムは、空気の綺麗な必要があるし、他の人への感染を減らすために、田舎にあるかと。 それに昔はその病気が多いところが、医療の最先端だったのではないしでしょうか? 例えば、野口英世さんは、黄熱病の研究のために滞在していた今のガーナで51歳で死去していますし。 専門家も、その患者の集まっているところに集まっていたのではないかな。 それと公害問題って聞いたことありますか? 大気環境を保全するため、昭和43年に「大気汚染防止法」が制定されています。 わざわざ、決まりあるってことは、それだけ大気汚染が激しかったってことです。 工場からだけではなく、車が少なくても、排気ガスの質は悪かったし、道も砂利とかで、埃もあったかと。 下水が整備されて、川の水もかなり綺麗になりました。 水道水も田舎の方が昔は綺麗だったかと。

トピ内ID:a938560c84b5147a

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都会の空気で具合が悪くなる

🙂
りんご
ちょっとした旅行で、都会に行くと、空気に変な臭いがあり、 反射光が強くて、本当に具合が悪くなります。 毎日、山や川を見ている故、 山や川に癒されていないと、心が落ち着きません。

トピ内ID:ab7598a15d0e7916

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医師の違い

🙂
鳥魔族
>田舎には大きな病院もなく地元のお医者さんにお世話になるわけで、  そもそも、昔は「最先端の治療=大きな病院」ではありません。  現代では医療が発達したため、医師も専門が細分化され、結果として大病院で複数の医師や医療スタッフが入って先端治療をやりますが、 ・抗生剤が初めて発見されたのが1929年 ・全身麻酔の最古の記録が1804年 というくらいで、昔は治療手段が少なく、田舎で少人数でも(あるいは、たった1人の医師でも)、十分に最先端の治療はできました。 また、サナトリウムとか結核療養所とかの大規模入院設備が田舎に作られた程度の昔なら、そこにエキスパートの医師達がいたので、医療レベルで問題はなかったと思います。 今は国立病院機構(元・国立病院)の大病院で、前身が国立結核療養所だったところも多いです。だいたい「空気のよい田舎」だった場所にあります。

トピ内ID:45a00fbfcec3159f

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皆が難病ではないので

🙂
ふたば
>現在だったらむしろ、最新の治療を受けるため、都会に転院するという逆の現象になるのでは 逆に、体の弱い子を大病院で医療漬けにしても、体が強くなるわけではありません。 小児がんなど、大病院が必要な病気ばかりではありません。 今ほど冷暖房設備が整っていない「昔」は、関東の朝晩の冷え込みさえ、身体にこたえた可能性があります。 空気がきれい、かつ、寒暖差が少ない、作物も簡単に育つような地域であれば、身体が弱い子も成育しやすかったと思います。

トピ内ID:45a00fbfcec3159f

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クルマのない昔から都会の空気は汚れていた

🙂
お年寄り
クルマがなければ排気ガスは出ませんが、 田舎より道路が多く、その全てが未舗装で、土埃、砂埃がすごかった。 田舎より、樹木も少なかった。 化学物質はなくても、細かい埃で呼吸器がやられた。 そんな感じです。

トピ内ID:b2d9d6719881baba

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静養とは少し違うけど

🙂
チョン
某TV番組で、「1週間森を見続けると視力は回復するのか?」を実験していました。 結果は、視力回復していました。 山を眺めるだけで視力回復に効果があるので、実施方法次第では他の感覚器官や内臓にも良い影響をもたらすのではと思います。

トピ内ID:8892d47149cc44c6

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70年位前の話ですが

🙂
とら猫
生きていたら90歳の母から聞いた話です。 20代の時に 肺結核になり国立療養所に入院していたそうです。 「昔 結核は澄んだ空気と栄養のある食べ物が必要だから ぜいたく病と言われてたんだ」と母から聞きました。 揶揄されてたのでしょうね。 烏魔族さんの言ってる通り 国立療養所は各地域でも少し外れた場所にありますね。 私の田舎でもそうですし 今は首都圏に住んでますが 都市部から少し外れた丘の上にあります。 空気のきれいな田舎で療養は 感染症(結核)  喘息など呼吸器系の病気を指している可能性ご高いでしょうね。

トピ内ID:5dbb63e7a50e7640

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隔離の意味合いもあったんじゃないかな?

🙂
さしすせそ
もちろん実体験はありませんが、昔で言えば病気の子供が身内にいると体裁が悪いという価値観があったように思います。病気を近所に隠すために田舎で生活させる面もあるように思いました。 昔は医学的にわかっていないことも多かったでしょうから、伝染病じゃないかと噂されてしまっても否定することも難しいでしょうし…。 まあ、ぜんぶ私の推測ですが。

トピ内ID:026bd89e9854f2a6

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昔は八王子で田舎

🙂
しろやぎ
おそらく昔は八王子近郊でも十分、「空気の良い田舎」です。 宿場などで栄えている地域を、ちょっと離れたら田畑があって、小説やドラマに出てくる「田舎」に該当する可能性があります。 昔は輸送手段が未発達で、滋養のつく食べ物も多くありませんでしたが、田舎なら新鮮な卵や牛・山羊の乳が入手しやすいですし、栄養面でも優れていた可能性があります。

トピ内ID:45a00fbfcec3159f

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肺結核などの療養所

🙂
ぎんねこ
現在実家のある駅の近くの海側のある場所ですが、肺結核の療養所の病院の名残が残っています。まだ平成の最初のころは、木造の建物が残っていて、祖母が入院していました。転地療法といったと思いますが、空気の良い海辺の病院で、栄養をつけて、結核などの病気を治療する方法です。 死語かもしれませんが、サナトリウムとも言いました。 鎌倉文学館で、田山花袋だったか、ある文学者の記録を読むと、転地療法で、この実家のある街の結核療養病院に、入院していたことがかかれています。高名な病院だったようです。風だちぬというアニメ作品の中にも、主人公の彼女が山間の長野の宿で、療養しながら滞在しているシーンがありますね。 あのように文学などは、この転地療法とは切っても切れないつながりがありますね。 意のでは実家の近くの高名な病院もなくなりつつあり、別の病院に生まれ変わりつつあります。令和の世の中では、もう死語なんでしょうね。

トピ内ID:fd371bd92d8c9742

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