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心の不調についてどのくらいオープンに話せますか?

レス9
(トピ主 1
🙂
クリームティー
ヘルス
アラカン、女性です。 約30年前、あまりの過労で体調を崩しました。 そして、脱力して倒れそうになるたびに、何の理由もなく涙がぶわーっと出たりして、これは 精神科の領域だ、と思いました。 ところが、主治医の内科の先生(昭和の初め生まれの方)に話すと、「精神科??」「何か身に覚えでもあるんですか?」と まるで異常者扱い。 日頃温厚な方なのに、驚きました。 結局、仕事も辞めて、2年近く 療養しました。心身症かな、という診断でしたが、典型的な鬱状態の日もたくさんありました。 しかし、父は親戚達に「娘は交通事故の後遺症で」と話しているのが聞こえ、複雑な気持ちでした。(実際、事故はありましたが、軽い鞭打ちでした) 数年前に、東京で働く友人が、 同僚のうちで何人も鬱病の人がいて、と言います。全然抵抗なく話してるよ、と言います。 他人に詮索しない土地柄もあるし、時代も変わったのだな、と思いました。 皆さんの周りは、「鬱病です」と言える環境ですか?

トピ内ID:598e6d4b0476fba2

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50代です

🙂
ウィンドミル
私はプライベートなことは周りには言いません。 血縁の濃い薄い、情のあるなしに関係なく、わかる人にはわかるし、わからない人は分からないものだと思ってます。 なので、私はリアルな知人には話しません。知人が私の噂話をするという訳ではないかもしれませんが、受け止めきれないかもしれないからです。 人は生きているだけですでに重荷を背負っています。私の分も背負わせると、私はいいかもしれないけど、話された人は負荷がかかって大変だと思うのです。 逆もまた然り。相手から何も言ってこなくても「この人、ちょっと違和感あるな」と思ったら、速攻で距離を取ります。 割といますよ、うつ病や認知症が始まっているけど人に話さない人って。自分が病んだ経験があるからこそ、相手の言動でそうと知れます。私も自分のことでいっぱいいっぱいなので、人のことまで負いきれないのですよね。。。 冷たいかなとも思うのですが、中途半端にかかわってたっぷり依存させてしまった後、その人が辛くてたまらない時に、自分が「しんどくなったから」とはしごを外してしまうようなことになる方が残酷だと思い、最初から関わらない方向でやっています。 なので私の場合、悩みはカウンセラーに話します。ですが、カウンセラーも人それぞれで得意不得意分野や相性がありますので、私をうまくあしらえないカウンセラーのところには通いませんし、カウンセラーも一人には絞りません。 トピ主さんの東京のお友達の同僚達は、おそらく、仕事に関係するのである程度の情報を開示して職場の理解を仰いでいるのだと思います。同僚がうつ病だとわかれば自分が余分な負荷を負うことに対して納得しやすいでしょうし。

トピ内ID:1bb366f5d36becac

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レスします

😷
東京在住の還暦です。 50代の時に、持病からくる重度な発作が何度かあり「心」が、すっかりやられました。 心療内科を受診し薬を処方され、途中から薬依存が鬱を悪化させることに気付く。今度は薬を抜くのに四苦八苦。なんとかパートナーに叱咤激励され、薬既存から抜け出せました。 現在、月イチで通ってる内科の先生とは10年ほどの付き合いです。持病から来る鬱や精神的な弱さについて、まぁ普通に話してます。とてもフレンドリーなドクターなので、雑談としてアドバイスしてくれます。 先日の診察では不定愁訴で…なんて話をすると豪快に笑い飛ばされました。 いやいや先生、笑い事ではないんですけど…(笑) 昔って自分は鬱病だと言うと、なかなか理解されづらかったと思いますが、私の周囲の方たちは「鬱病」になった…というよりも「鬱になってねぇ」なんて現代病の1つのように話してます。

トピ内ID:04848f4d3cfd773a

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時代と土地柄

🙂
メロ
今はよくなられたようでよかったですね。症状的には過労によってホルモンバランスが崩れ、その頃早い更年期障害が出たのではという印象も受けますが。 昔は精神的な病気に対する世間の偏見が強く、世間にはなるだけ隠そうとする傾向があったと思います。 治らないとか遺伝とか、親族の縁談に関わるとかそういう不安を抱く人もいたのでは。 主治医については本当に異常者扱いしたのか不明かもと思います。突然精神科などと言い出すので「精神科受診を考えるような症状が何かあるんですか?」と驚いて質問しただけのようにも思える。 貴女が症状に苦しんだ時から10年ぐらい経った今から20年ぐらい前頃から、「鬱は心の風邪」というキャッチコピーで「鬱は誰でも掛かり得るもの」という認識を広めるキャンペーンが繰り広げられ、その後は鬱と言いやすい社会状況になって来たと思います。 そう言えば「鬱の人に頑張ってと言ってはいけない」とも盛んに言われたな。 時代の違い、そして東京と地方では認識に差があるのではと思います。

トピ内ID:f3f3284d33d1cbc0

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とてもオープンです

🐤
皆違って皆良い
20代関東在住です。 類は友を呼ぶなので、そういう人間しか集まっていないのかもしれませんが。 とてもオープンです。 つい最近、長年の友人が自殺未遂で入院しました。 鬱病を患っていることは知っていました。 他の病気を併発していることも、何の薬を飲んでいるかまで知っていました。 むしろ、どうやって改善したら良いのか、薬がどのように影響するのか、本人を含む友人で集まってディスカッションしていました。 他にも鬱病経験者がいます。 私自身も摂食障害があった事を公にしています。 セクシャリティ、政治観、なんでも話します。 国籍も性別も多種多様なグループで、タブーがありません。 それぞれが違う意見を持っていますが、根拠をしっかり持っているのでリスペクトがあり、友人関係に影響するような対立にはなりません。 あくまでディスカッションの範囲内です。 なるほど、そういう考えなのか/意見なのかと納得/触発されます。 日本はと言ってしまうと何だか嫌な感じがしますが、まだまだ心の病やマイノリティに対して否定的な風潮が強いですよね。 誰もが抵抗なく胸の内をスっと話せる社会になると良いなと思います。

トピ内ID:4f59db749c02ce28

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間柄にもよりますが

🙂
心は揺らぎます
大嫌いな人でなければ、やんわり言えます。超仲良しで絶対的に信用できる人なら、ほぼストレートに。それ以外の人には、やんわりと。 ストレートには、言葉の通りですが、相手の境遇によって言わないほうがいい言葉は使用しません。自分が使う単語が相手にも不安を与えてしまう場合ですね。 やんわりとっていうのは「精神が不安定になってしまうことがあったんだ」という感じです。 お医者様はその人によって本当に対応が違うますよ! 子育て終了しましたが、子どもを診てくれた小児科でも、自分が診てもらったいろんなお医者様も、寄り添ってくれる人も、パッときつい言葉を言う人もいます。 心の問題はまずは心療内科がいいと思いますよ。 また本当にきつい時だけは、強めのお薬が必要な場合もあるようだし。 悩みの問題にもよるけど、通院したりお薬もらったり、時間をかけてストレスを逃して行けるようにするといいですよ。 私も数回、落ち込んでしまったり、精神が不安定になったこともあったけど、対策や時間、新しい楽しみが見つかったりで、回復できました。 一度、心療内科に半年ほどかかったけど、お話を聞いてもらったり元気づけてもらう感じでした。

トピ内ID:495cb821b1dc4b36

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ありがとうございます

🙂
クリームティー トピ主
地域差はあるものの、昔に比べたら、かなり心の病に関して、オープンにしてもいい空気はできてきましたよね。 私の友人の例は、たぶん東京でもかなり進んでいる方では、と思います。風邪で熱がある、というのと変わらない気楽さで話しているようでした。 でも、いつか、全国的にそうなるといいな、と思います。

トピ内ID:598e6d4b0476fba2

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時代は変わってきました

🐤
りんご
私は10代の終わりから心の病を抱えてきました。 もう40年前のことです。 当時うつ病と診断されましたが、周りにはひたすら隠していましたね。 数年前に親戚の一人がうつ病になりましたが、「死にたいとの思いが襲ってきて辛い」と言っていました。 自分の経験からも、うつ病は 心の風邪 なんて甘いものではないと思います。 30年前のトピ主さんの主治医の先生は、精神の病気についての偏見がとても強い時代を生きてこられたのでしょう。 時代は確実に変わってきています。 どの人にどこまで打ち明けるかはケースバイケースですが、少なくとも私は目の前の方にうつ病だと打ち明けられても驚きません。 私自身はもうアラカンですので、アラカンのおばさんのいろいろに興味を持つ人はあまりいないと思っています。 作家の北杜夫さんは、躁うつ病だということを公言していました。 若い頃、北杜夫さんの本を読みましたが、独特のユーモアが感じられて癒されました。 世の中に公言してそのキャラクターが認められると、ある種リスペクトさえされて、生きやすくなるんではないでしょうか。 私はその線を目指したいです。

トピ内ID:9756bd4bb73914f0

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高齢の親にはノイローゼと言われてます

🙂
なんとかやってます
50歳で双極性やADHDがありますが、普通に話しますよ。 この歳になると知識や理解もある程度ある方が多いし、他の何らかの持病だったりを抱えている人もいますしね。そんなに問題無いかと思っています。 大抵「そんな風に見えないね」と言われますよ。 どの職場にも一人や二人は精神疾患の方はいましたし、その人の周囲でも同じ様に精神疾患の友達やら家族やら知り合いやらがいる事が多かったです。 オープンにすることで情報を得られる事が最大のメリットだと思っています。 こういった障害の情報はなかなかリアルな声が聞けないですからね。 他にはオープンにしたことで距離を置く人もいると思いますが、そういった人とはこちらも関わり合いたくないので、かえって好都合でした。 そもそも病気関係なく合わない人は合わないし、退職後に付き合う程の深い関係になる人もいないので全然気にもしないですね。

トピ内ID:ad52aa8577f4e33f

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かかりつけに話したら

🙂
海賊の妻
苦しい時が有りました。母の介護と夫の看病と息子の病気が重なり母は私にお金を取られたと思い会計士に頼んで通帳を監査させました。夫は後で分かったのですが脳が委縮して私を侮辱したり虐めました。息子は理科室の骸骨みたいに痩せて随分我慢したのですがかかりつけ医に「死にたいのですが。今日は仕事先のビルから飛ぼうとしました」と正直に言いました。医師は「ストレスが多すぎるよね」と言い内科医が出せる軽い安定剤をくれました。その日私は初めてぐっすり眠りました。夜中の12時から始まる外国のドラマをベッドで見る予定が始まりの音楽を半分も聞かずに眠りました。 夫はコロナワクチンをした翌日透析中に意識不明になり私は毛布でくるんだ夫を自分の車の後部座席に乗せて帰るなり救急士に部屋に運んでもらいました。母には盗ってもいない40万円を上げました。また会計士を呼んだのでお断りしました。 息子は1年休職して職場に戻りましたが、以前のような明るい良くしゃべる息子ではなくなり、夫は散歩中に倒れて亡くなり母は9日後に亡くなりました。それはそれで私を苦しめました。母と夫の生活が私のすべてだったからです。息子が2つの葬式の喪主をしてくれ私を支えてくれました。ほっとしたのもつかの間私は立てなくなり、今家から遠い病院に週一で通い手術待ちです。 こんな私ですが行きつけの医院では看護師さんがいつも背中をなでてくれます。受付は笑顔で迎えてくれます。医師に話して良かったと思いました。 今は銀行に行けば単位を間違えたり母の名前を書いたりお金をおろすのにも失敗します。看護師だった父の従妹が「死にたかったんだ。大工がすごく良い場所を作ってくれたんだ」と言うと「うん。苦労したね」と言い決してお説教しません。私は家業のため赤ちゃんの時から働きました。3歳でも祖父と上京しました。チャイルドケアラーもしました。しかし人にだけは恵まれました。

トピ内ID:630f643e220650fa

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