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余命宣告は必要だったのか、、自分が死ぬことを知らずに死んだ母

レス45
(トピ主 2
🙂
ひろみ
ひと
昨年亡くなった母のことです。 亡くなる3ヶ月前に、「もう何も治療はできない、緩和病棟に行くくらいしかないです」と医師に言われました。 その場に母もいましたが、いまいち自分がもう助からないと理解している感じではなかったです。 その後コロナのせいで、入院してしまうと死んでからしか会えない、と在宅介護に切り替え、猛ダッシュで色々な手配をし、自宅で看取りました。 父と兄と何度も「母に伝えるべきか」を話し合いました。 きっと亡くなる前に会いたい人もいたと思います。 でも、結局母の性格を考えて、ずっと「先生の言うとおりにしていたら大丈夫だから」としか言葉をかけることができませんでした。 いよいよ意識が混濁し始めた時には、親しい従姉妹や友人を家には呼びました。 亡くなって半年経ちますが、これで本当に良かったのか考える瞬間が多いです。 死ぬのが分かっていたら伝えたい言葉もあったかもしれません。 希望の葬儀もあったかもしれません。 何も聞けなかった私たちは、きっとこうしたら喜ぶ【だろう】で全て進めてきました。 私自身は余命がわかった時点で知らせてほしいタイプです。 動けるうちに行きたいところ、食べたいもの、会いたい人、伝えたい言葉を残したいから。。 その機会を奪ってしまう形になってしまい、これで良かったんだ、と、伝えた方が良かったと揺れています。 もう過ぎてしまったことですが、天にいる母に聞きたいです。 みなさんなら伝えますか?

トピ内ID:eefa6e42233a5937

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レス数45

このトピックはレスの投稿受け付けを終了しました

その人の人生だから

🙂
ねこ
伝えます。 とはいえその人の人柄によるかな。認知症で話しても理解不能な状態や、もしくは暴れ回り、暴力、暴言、物を壊し続ける、人を傷つけ、車を暴走させたり、犯罪をおかし、自暴自棄に人を巻き込んだり、法の秩序を破り社会に迷惑をかけるタイプなら言いません。 それ以外なら、伝えます。嘆き悲しむのもその人の人生の特権。 どう受け取り、どう残りを生きるか、全てその人が受け入れるかはその人の人生の特権。

トピ内ID:4c6e03d063f41fb8

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我が家は取り決めしています。

🙂
あやや
親ではなく、夫婦の間で元気なうちにどうしたいか、取り決めをしております。 主人は知りたくないと。 私は自分の余命は知りたいです。 人それぞれですし、実際その時になってみたら、考えが変わることも有ると思います。 非常に難しい問題だと思います。

トピ内ID:9528b235d05a4bb8

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どうなんでしょうね

🙂
はなこ
私の祖母は50代で胃がんを患いました。 ステージは末期でしたが、胃潰瘍と誤魔化しました。結果、90まで生きました。死因は老衰です。 叔父は50代で肺癌でした。 数年生きられるということでしたが、ショックが大きかったのか、宣告から数か月で衰弱死してしまいました。 私自身も分かりません。

トピ内ID:9d3b444a47132085

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本人が考える課題ではないだろうか

😉
意地悪猫
過去の遣り方を踏襲する遣り方であれば、心身の状態が難しくなった前後に近しい関係の方に声掛けをしていたように記憶しています。 クールな言い方になりますが、先に逝かれた人は考えることはできません。何時の時代も、残された人があれで良かったのかなと偲ぶのだと思います。 終活を控えて考える時があります。自分的には、元気な内に「お別れ会」をして置きたいと思うようになりました。命は、何処まで生きても、もうこれでいいと言う事はないのではありませんか。別れは、誰もが辛いですょね。

トピ内ID:da378a6ab7791a12

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人によると思いますよ

🙂
ハルコー
長年一緒に居て性格を熟知している夫と二人の子供が「お母さんには無理」と思ったのなら、それが正解だったんだと思いますよ。 私も自分の余命は知りたいです。でもいざとなったらどうかは分かりません。 結局思うようには何もできずただ絶望して無為に終わるかもしれません。 私の母はめちゃくちゃしっかりした人だったので、余命宣告されたら恐るべき勢いで終活して きれいに死んでいきましたが、義母は「死」とか「病気」など悪い事からとにかく目を逸らそうとする人で、「悪いことが起きるかもしれない」という予感だけで落ち込んで具合を悪くするタイプです。もし義母が余命宣告されても私は言わない方がいいだろうと思っています。もちろん実際には夫や義弟が決める事ですが、自分に決定権があるなら言わないです。受け止められないだろうと思っています。 実際の所は良くならない体調や周囲の様子から薄々察知している事の方が多いのかもしれませんが。 それよりも、コロナであればほとんど会えないからとご自宅で看取られたことは本当に素晴らしい事だと思いますよ。 いくら緩和治療とはいえ相当気を遣われたことと思います。 コロナ後に亡くなった親戚や知り合いは、面会は1日15分一人だけとか、洗濯物の受け渡しだけなどで全然会えず、当人も寂しい思いをし、残された方も悔いが残る見送り方になっていました。 トピ主さん達の愛情や、精一杯やったことはお母さまには十二分に伝わっていると思います。 こういうことは誰に何を言われても悔いは残るものだとは思いますが、私はトピ主さん達は正しかったと思うし、ご立派になされたと思います。 お疲れ様でした。

トピ内ID:370b1acb7279f176

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伝えてもらったとしても、、、、

🙂
来年、70歳
そういう状況になってしまったら、 自分の望むように、、、とするのも、自分一人でできるのか? 何かあったら、廻りに迷惑かけるかもしれない、 そうでなくとも、病人抱えて、アレコレと気を使い、手間をとらせてるのに、 ご自宅に帰れて、世話して差し上げただけで、充分、親孝行されてますよ。 行きたい、食べたい、会いたい、、、 どれも、日常の生活がおくれていてこその、プラスのおまけ。 一番大切な家族に囲まれて、大事な最後の日々を送ることができたお母様、 ご満足だと思います。 余命宣告って、向き不向きがあるようにも思います。 父、兄、娘のトピ主さんが、よく知るお母様のことを考えてのことですし、、、 それに、 「余命宣告」聞きたいという方だと、 ご自分から、ご自分の病状に疑問を持ったり、 余命宣告あるんじゃないかと問いただしたり、されそうで。 よほどのしたい事があるのなら、 余命宣告あっても無くても、「~~したいのよね」と言ったりもあるでしょうし、、、。 私も一男一女の母親ですから、 もし私が亡くなってから、子供を悩ましてしまう方が、辛いなぁ、と思ってしまいました。 お母様も、そんなことで悩まないで、 と伝えたいと思っていらっしゃるんじゃないでしょうか。

トピ内ID:147d9ce69f6ade8c

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どっちでもいいかな

🙂
わーまま
私も、知りたい派だったのですが 基本いつ死ぬかは決められないのですよね 子供が幼くして死ぬなら、いろいろ準備してあげなきゃならないけど 例えば70以降なら、病気になっても延命はしないつもりなんです なるべく苦しくない方向で あれこれしたいのも面倒なので、やらない方向で 別段自分が誰かに何したいと思うかなと思って 伝えたい人、あいたい人って実はそんなにいないので 苦しみたくないし 毎日のんびりして過ごせるならほかにもういらないなぁと思いました 自分のために苦しんでほしくない だから、旧友とかその辺とかなら会いたくない 元々あんまり未練がないのかな? きれいさっぱりなくなって、何もかもから自由になれるのかな? と考えています ただ いざ、死を目の前にしてどうなるかなんて、正直想像もつかない 知ってしまったら知ってしまったなりに 知らないなら知らないなりに 何か考えるでしょう 余命でも癌宣告でも本人にしっかり伝えましょうって時代の生まれだから きっと知ってしまうのだろうけど 残された家族くらいは悲しむのでしょうね でも、私も母親なのでこれだけは言えます 子供には あなたのしたことは間違ってないよ それでいいのよ

トピ内ID:64051ab7e46af898

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最善を尽くした

🙂
posuyumi
コロナだと連絡もらっても会いに行くことをためらったろうなと思います。 万が一、自分が持ち込んだら、と。 なので会いたい人に会いたいと言っても叶わなかったかもしれません。 それはとてもとても、相手に負担をかける話ですよね。 それよりは、自分の亡き後、思い出してもらえるならそれをきっと天国で嬉しく思うのではないかしら。 人は亡くなっても終わりじゃないと思うので。

トピ内ID:60b07233d5517690

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私の母は医師に言われた

🙂
海賊の妻
心臓病で入院した母はせん妄を起こして暴れました。病院を強制退院みたいな感じで家に帰りました。母は医師に「このままにしておくと2年ですね」と言われましたが、どれだけ分かっていたでしょう。「先生90まで生きたら十分ですよ。もうこれ以上結構です」と言いかかりつけの先生に紹介状を書いてもらい家で介護が始まりました。後2年と言われた母は3年たっても生きていました。私はだんだん死なないのではないかと思いました。しかし病状は悪くなる一方で終末医療の医師に代わると間もなく亡くなりました。母はクリスチャンでしたので「牧師を呼んで昇天の祈りをしてもらおうか」と聞くと、自分で祈るから牧師は呼ばないでと言いました。足が象の様に太くなり、亡くなる日には瞼に水泡ができていました。「ポンポンしましょうね」と言い顔をこすらないように拭いたふりをしました。 その日はとてもゆっくりだけれど随分話しました。「ママは年を取ったら〇子とご飯を食べるのが夢だったの」と言うので「これまでもずいぶん食べたしこれからも食べられるよ」と言いました。「〇子有難う。ママは幸せだった。ママの物はみんな〇子に上げるから幸せになってね。お願いがあるの。今日一日だけママのそばにいて。何処にも行かないで。お家に帰りたいなあ」と言うのが最後の言葉でした。お家と言うのは昨日から、介護ベッドに寝せられたのがよほど嫌だったのでしょう。自分のベッドに戻りたかったのです。今考えると涙が出ます。医師に言われたので私はあえて言いませんでしたがあなた様と同じように間もなく半年になります。私はこれで良かったです。前もってどうなったら死が近いか医師に聞いておきました。その通り下顎呼吸になり、私の友達や介護の人たちに言葉をかけられて、他県の孫にも電話で声をかけられて亡くなりました。私は夫が亡くなって9日目の事で、そこからの記憶が無くなりました。

トピ内ID:6d9e4d771df02486

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よくやったと思いますよ。

🙂
まるこ
良いこども達に、自宅で看取ってもらえて、お母さんは幸せだと思いますよ。 コロナ禍で会えないままってケースは沢山ありますから。 丁度今日、高齢母の定期検査に付き添いました。 「寿命あと2年」と言ってました。 癌手術からあと2年で5年が経ち解脱になります。 母なりにあと2年頑張るつもりなんだと思います。  トピ主さんときょうだいの意見がまとまって、お母さんを看取ったのは幸せですよ。 家族間で意見が別れるなんてザラにありますから。 高齢の親を持つ子が必ず通る道ですから。トピ主さんはスムーズだったと思います。 私はどうなるか、きょうだい、父の意見が混在してスムーズにいかないかもしれないなぁと、トピ主さんのお話を読んで感じました。 私がトピ主さんなら、迷うなら、お仏壇に手をあわせてお母さんと会話して落ちつきますね。

トピ内ID:ce824a2e8c7b1d52

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それで良い

🙂
うし
わかっていたと思うよ、本人も。 この体の具合ではもう長くないだろうってことは。 自宅で家族と過ごせて、お母さんはお幸せな最期です。 正解はないと思うけど、私はわざわざ言わなくても良かったと思う。 よくがんばりましたね。 お疲れ様でした。

トピ内ID:012f770a2fee58cf

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トピ主です。

🙂
ひろみ トピ主
皆様、コメントありがとうございます。 どれも正解のレスだと感じております。 涙が溢れるコメントもあり、とても救われたような思いがします。 病院が大嫌いで、定年退職してから人間ドックは1度も受けていないような母でした。 怖がりで、死期を伝えてしまうと、残りわずかな時間すら生きることを諦めて しまうのでは、と伝えることを諦めました。 後腹膜の癌で、排尿障害で気付いた時には腫瘍は15cmを超えていました。 自宅介護に切り替えてから、すぐに麻薬系の痛み止めを使うことになり、せん妄もすぐ始まりました。 きちんと会話ができたのは数日でした。 夫と小学生の上の子供を置いて、新幹線で5時間の実家に保育園の下の子を連れての介護は、 たった2ヶ月だったけれど、容易ではなかったです。 夜中に起こされる父に代わり、隣でお布団を敷いて下の子と寝たり、最後は数時間置きの痰吸い。 とにかく母が痛くない、苦しくないを第一優先でやりました。 介護についての後悔は微塵もないです。 心残りは、余命宣告もそうですが、もっと大きな街の病院だったら切除できたのでは? もう少し生きられたのでは?と亡くなった後も後腹膜癌の症例が多い病院を調べてみたり。 しばらくは母を思う時間が減りそうにないです。

トピ内ID:eefa6e42233a5937

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トピさん

🙂
匿名
本当に優しくて素敵な娘さんですね。 私は伝えなくてよかったと思いますよ。お母様も天国で安心して見守ってくれていると思います。

トピ内ID:5ce6abedcb2dc259

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出遅れましたが。

🙂
今回は匿名で。
60代半ばのおばさんです。 30歳目前の時。癌を患い、余命宣告を 受けた母を看取りました。告知をして いませんでしたが。最後は悟っていたと 思っています。本来であれば、再入院 なのですが。本人頑なに拒否でした。 私は当時、独身一人暮らしでした。 姉が2人いましたが。あなた1人には 押しつけないと言っていましたが。 な~んにもしませんでした。最後まで 頭はしっかりしていましたが。動けなく なりまして。居間で、テーブルの前が 定位置でした。(低いテーブルだった。) 朝、テレビ版を見て。○チャンネルに していってと言われ。一日中テレビは つけっぱなしです。病院に入れようとしたら、 ベランダから飛び降りるとも言われました。  仕事から帰宅したら、亡くなっていて。 後悔半分。安堵半分。今思いだしても 複雑な心境です。  その経験から。余命宣告はともかく。 病院を拒否するのはよそうと思って います。ただ、主人とお互いに。 余命宣告受けたら、教えあうと しています。以前は、家族に告知は しても本人に告知することはなかった ように思いますが。現在は、本人に 告知することも増えているようですね。  ただ、身辺整理したいので。告知して 貰いたいなと言う面もあります。  よって。手紙・葉書類は。昔はそれなりに 複数年保存していましたが。三年をめどに、 処分しています。例えば、今年は。2020年の 分を処分しました。洋服とアルバムはね。 今現在も着ている訳ですし。写真は自分では 処分出来ません。ですから、主人と子供に 自分が亡くなった後。悪いが処分してくれと 頼んであります。話がそれましたが。 正解はないのかななんて思います。

トピ内ID:9c11da0e4e91482a

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夫には言ったけれど覚えてませんでした。

041
さらしな
>>きっとこうしたら喜ぶ 充分です。 夫の肺ガンが見つかったときは、肺に直径4㎝のガンができていて、手術もできないということでした。 お医者さんの説明を一緒に聞いたので。 「あと半年から1年の命です」とはっきり言われたし、家族も聞いたし、本人も聞いたんですが。 どうやら「聞かなかったこと」にしたいらしく「頑張って治さなきゃな」とよく言ってました。 強がりだったのか、覚えてなかったのか、聞けなかったのでわかりません。 病室は個室でしたし、携帯電話は自由に使えたので、会いたい人ややりたいことがあれば、自分でやったと思います。 ときどき、病室に珍しい人が見舞いに来ることがありました。 入院してから、亡くなるまで、4カ月。 一緒に闘病していた私にとっては、気が遠くなるくらい長い時間でした。 思い返せば、後悔ばかりです。 仕方ありません。今は、そのときに比べて、15年の経験が積まれています。 介護の仕事をしているので、お世話の仕方だって、今ならもっとうまくやれます。 でも、15年前にはできなかった。 それは仕方無いことです。 しばらくは、どうぞ、お母さんにやってあげたかったことを挙げて、悔やんで泣きましょう。 もしかすると何年後(私は7年後でした)かも知れませんが、そういう気持ちもすっかり晴れたら、今度はお父さんの最期のときは何をしてあげればいいのか、自分の最期には何を用意しておけば家族が後悔したりしないのか、よく考えて準備しておきましょう。 いくら用意しても、そのときそのときで必要なモノは異なるので、無駄になったり足りなかったりする、とは思いますが。 のちの後悔を減らすために、準備に時間を取っておくのは必要だと思いますよ。

トピ内ID:4c6074d063e8a25f

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まずは家庭を大切に

🙂
かな
十分すぎるほど頑張ったと思います。 コロナのせいで入院を諦めたのですね。 こんな言い方していいか分からないけど、遠方で幼い子供のいる家庭で、しかも働いているトピ主さんにそこまでのことをさせるのかと父親に対しては違和感を覚えました。 こういう時女性はすごく優しいから手助けしたいのは分かるけど、介護っていうのは夫婦がいるなら夫婦でやらないと。 今後、状況的にどうしてもご主人が同じように夫側の親を介護はできないと思うし、 保育園のお子さんがその状態のお母様に付き添わなきゃいけない状況は、ちょっと酷なように思います。 家族がそれに全面的な理解を示してくれたのなら、お母様亡き後でも、まずは家庭のことを第一に考えてほしいなとお節介ながら思いました。 あとこれは本題についてですが、お母さん自身が医師の余命宣告ともいえる言葉を受け入れることができなかったのなら、また改めてはっきりとそれを家族が伝えるべきではないと思います。 症状はかなり重く大変だったと思うけど、治療する先が良ければ劇的によくなるかと言うと、癌っていうのはそんなに簡単なものではないよね。 介護は「痛くない、苦しくない」を第一に考えたということですが、症状そのものはこれまで人生で経験のないほどひどく辛かっただろうし、寿命が延びるってことになれば、つらい期間がただ長引くだけだったかもしれません。

トピ内ID:ada630cd089dfa91

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トピ主さん、ありがとう・・

🙂
ファン
トピ主さん、お母さんのお世話をしてくださってありがとうございます。 他人の私からもお礼申し上げます。たった、2カ月だなんてそんなことはありません。看る方は1カ月は一年同様です。 私の母は、昔、50代の時、テレビで抗がん剤の効果や副作用の番組を見て、それ以来、抗がん剤を飲めば副作用が起きるっとの思いで、医者嫌い、薬嫌いになって、70代半ば辺りから、胃が痛むのに、病院に行かないで、最後の最後まで我慢をして、いざ病院に行ったら、胃がんの末期で手術も無理でした。 医者も母には胃潰瘍と言って、我々、5人の子供もそう言い続けて、一応医者も薬は出しました。一時は入退院を繰り返しまたが、母は、薬を飲んでも、具合が悪くて、起き上がれないし「もう、薬なんか飲まない」っとヒステリーを起こしてゴミ箱に薬を捨ててしまったんです。 私たち、子供は絶句して何も言えませんでした。確かに薬を飲んでも治るわけもないんですし、母の好きなようにさせましょうと、暗黙の了解でした。 それから、末期患者が入る、施設系の病院に転院して(平成14年)3か月ほどで亡くなりました。ただ、今思えば、最後には、母も薄々は気が付いてたような気もします。 丁度、私の家から、平日はバスで20分くらい、土、日は車(10分)で, お見舞いに行きましたが、私なんて病院に顔を出すのが精一杯でした。夫が単身赴任をしていて車が土、日しかなかったんです。 トピ主さんは遠方で小さい子供さんを連れて、実家に通って一生懸命、手を染めて面倒を看た、私なんか、トピ主さんに比べたら、大違いで恥ずかしいです。 我々子供も、それ以来、病気に対して予備知識が出て、検診を受けることにしました。 お母さんは娘のトピ主さんに思う存分、看てもらえて、とても幸せだったと思います。 本人には助からない病気なら、告げない方が良いと私は思います。

トピ内ID:0b6b6971f3675d42

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それでよかった

🙂
すす
後悔はないけれど後悔が尽きることはないですよね・・。 でも、それがどんなものだとしてもそれが真に母を持っての選択だったのでしたらどれもまた正解なのだと思います。 こればかりはたった一つの正解なんてありません。 身内の中でも兄弟の中でも意見なんて違うような内容だと思います。 みんなが一致しみんなが納得し、本人も周囲もみんな受け入れられる結果なんてあるのでしょうか・・。 私はそんなものはないと思っています。 自身の介護で経験しました。 私の選択は、(故人の希望もあり私が矢面に立つ形で独断決行しました。)故人本人と配偶者一緒に暮らす親には理解されましたが、それ以外の身内からはとても反発非難を受けましたね。それもわかります。彼らはコロナもありほぼ会えずに最期に顔を見ただけで葬儀も同居家族だけでひっそりでおこないましたから遠慮していただいたので。 誰が何をいおうと私は、周囲の悲しみよりも本人と配偶者だけを守りたかったのでそうしました。 とても憎まれていますがそれでいいです。 話がそれましたが、それだけしてもらってお母様もお幸せだったと思います。 あとは、いつまでも執着し依存しお母さんお母さんと嘆き続けるのではなくて、自分はこれでよかった、母がこれを選んだのだと尊重して(スピリチュアル的になってしまいますが、人って誰しも意識があっても無意識であっても自分の人生や自分の生まれる場所死ぬ場所死に方関わる人産まれる家族したい経験などを自分で決めて生まれてきてるそうですよ。だから可哀想とか他にも出来たなんて他人がいうのは傲慢なことです。それがその人の選択だったと受け入れるのが尊重かと思っています。自分は神様ではないですから本人以上に本人をよくすることなんて出来ません。それが本人の選んだ最高の今回の人生でのベストです)あとは主様はご自分の人生を自分で創り納得できるよう生きていかれないとですね。

トピ内ID:ccc76d399280ef2d

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私だったら知りたい

041
匿名
私の父は末期ガンで余命二ヶ月と医師に直接本人に告げられました。 その晩は泣いたそうですがやりたいことをやっていました。 自宅をオール電化に。母親が灯油ストーブに困らないようにです。 税金全て口座引き落とし。 お墓を購入(本家の墓は父は次男ですので入れない) そして自分のきょうだいたちに会う。 戦中に産まれ戦後は戦死した父親の代わりに母親が幼い子供たちを 苦労して育て、それぞれきょうだいたちが学生時代からバイトしたり 進学を諦めたきょうだいもいて、本当に支えあったきょうだいたち。 そのきょうだいたちに会って話したいと。父方の親族のみで集まって貰いました。その時に形見分けもしたそうです。 ホテルでまるで披露宴のようにきょうだいやその子供たちとその子供も含めひとりひとりと美味しいものを食べて笑って。 結局、半年後に亡くなりました。 私は父方の従姉から聞きましたけど、 「こんなふうに最後のお別れなのに、みんなで会えて。会えるようにしてくれたおばさん(私の母)に感謝しかなかったです。」 危篤の時にも駆けつけて下さいましたけど、あの宴会での 思い出があったからこそ覚悟ができていたと思います。 事故や突然死ではないのだから。 本人次第ですから何とも言えません。 父だって告知された時は病院で号泣したのですし。

トピ内ID:57a89885f7d41a02

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トピ主さんの看とり方は……

🙂
はなこのはな
トピ主さんの看とり方は、私(アラ還・癌経験者)にとって理想的です。 最後まで、自分がもう死ぬなんて知りたくないです。希望を持ったまま意識が混濁して、気がついたらアチラの世界にいたというのが理想です。 「死」は単に概念なので、「生」が終わった瞬間に「死」も終わると思っています。故に死ぬことそのものは怖くない。私が怖いのは「死ぬ前の恐怖」です。 痛みや苦しみもいつか治ると思えば耐えられます。 でも後には死しか待っていない痛みや苦しみは地獄です。 トピ主さん、お母さんはお幸せに旅立たれたと思いますよ。 私なら羨ましく思ってしまうくらいです。 お母さんを一番愛している御家族の選択ですもの、最善の選択をしたのだと胸を張っていいのです。

トピ内ID:7617cd65080fe2de

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実際余命を知っていたけれど

🙂
ぎんねこ
父の場合ですが、がんの告知をある四月に受けて、およそ半年ぐらいと宣告されていました。長生きして一年生きていたのですが、最後は、リビングに介護ベッドを入れて、家で看とりました。 国立大卒の頭のいい父であるはずなのに、第三クール期、第四クール期と抗がん剤治療を続けていくうちに、ある時、もう癌は治ったと言っているときがありました。本当に治っていると思っているようでした。 亡くなる前の三月、私は年休消化を理由に、月に三度ぐらい三日ほど帰省して帰っていました。だから亡くなる間際の様子を覚えていますが、後亡くなるまで二週間前ぐらいだと、九州の伯父に携帯で電話して話させそうとしても、一言いうだけで、別に話したくはないんですよ。 あれだけ、九州に恋い焦がれて、自分の兄たちのことを話していた父で仲もよかったですが、携帯で、話せる現代を不思議に思うだけで、思い出すのは、兄弟たちのことではなかったんです。 恐らく現在いる家族と静かな日々を過ごして、人生を全うできればそれでいいんだと思います。

トピ内ID:c0f4ab19cd5772af

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お母さまはわかっていた

🙂
ICHICO
自分の余命ってね なんとなく察するものだとおもいます ですから「若年者でない限りは」余命宣告は不要です そう思います ありがとう ああ、トピ主様の家族でもないのにね でも言いたくなってしまった ありがとう お母さまもそう思って旅立たれたのではないでしょうか 私は仕事柄、闘病患者さんやその家族と接することが多いです 本人に余命宣告をするか これはかなり重いテーマでしょう 本人にとっても 家族にとってもね でも、これだけは言えます 自分の余命がどの程度なのかは本人が一番把握しています 本人が「がんばる」というなら支えてあげるしかない ほんにんが「解放されたい」というなら緩和ケアを提供するしかない 残された遺族としての心情もよくわかります でもね、お母さまはすべての事をご自身で感じ取っていたはずです 延命治療とか ほかの病院に移ってみてもらうとか これってストレスでしかないの お疲れさまでした 家族に見守られて、お母さまはお幸せだったことでしょう 悔やまないで

トピ内ID:c0edbe19cd51744a

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3か月前に宣告されていたから大丈夫

🙂
精神保健福祉士
3か月前に医師に母同席で聞いたときにわかっている感じではないとして、娘のあなたが医師の話に同席する以前からお母さんは治療をされていたのですよね。いよいよADLも低下して最期までどこで過ごしていくかの課題に向き合った。ご家族によって日ごろからいろんなことを語る家と語らない家があると思います。 生理のこと、よその不倫話、延命治療、胃ろうについて、、それぞれのもとも家族の形があるので急に死期が迫ってから家族の形が変わりゆくわけではありません。それぞれの形があるでしょう。 ひろみさんのお母さんも在宅にいることで長くないことは理解されていたはず。口にだす家族ではなかったのでお互いに何も言うことはなかったでしょうかね。 15センチになるまで放置(経過観察)されていたお母さんだからそれがお母さんにとっての一番良い旅立ちかたをされたのではないでしょうか。 生き物は必ず死にます。あなたたち子どもが先でなくてよかった。 それでも6~70代?は早い?これがあなたも60代になっていらして90代の母親を見送るのとはわけが違う。後悔されている気持ちもわかります。 でもだんだん弱っていくがんという病気、そう悪くないと思います。きっといつかあの世であなたが再びお母さんにあったら、その時は口に出してきいてみてはどうですか。 きっとありがとう、という感謝のことばとわかっていたよ、気を使わせてごめんねとおっしゃるでしょう。治療方針や死に方を決める権利はお母さんにあるもの。麻薬を使い疼痛コントロールもできて最後痰吸引ということは点滴されたりしていたのかな。吸引が必要だった、というところだけ少し気になりました。でも、今もあちらからあなたたち娘の暮らしを見守ってくれていますよ。 どうぞお力落としのないように日々を穏やかにお過ごしになれますように。

トピ内ID:61c0bf4c8a864f68

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お母様の心残り

041
母の娘
3年前に亡くなった母を想いながら トピを拝読しました。 大きな夢を実現させるため 独り立ちしてからも、自分で決めた道だからと踏ん張り続ける中、思いもしなかった幸不幸がありました。 その度に、自分も強くなれた 成長できたと 感謝の気持ちを持って前進してきたつもりでしたが、母が亡くなった後の 余りにも大きな喪失感は、私が子供の時のままの悲しみでした。 トピ主さんも、お母様が亡くなって 悲しみに浸っている間もなく、お通夜 お葬式と、休みなく来客のお世話をされていた事と思います。自分の人生の中で 最も大切だった人を失ったあと、参列して下さる方々のお世話をすることは、私は神業だと思っています。 今 少しだけ、体力的にも力を取り戻されたのでしょうか。 だからこそ、今度は もっと自分に何か別の事で、できたことがあったのではないかと、考えておられるのでしようか。 トピ主さんのような 心優しい娘さんを育てられたお母様は、きっと 同じように 心暖かい方であったと想像します。 私も母を想うとき、のけ反って大笑いしている顔を思い出します。 ドアノブを支えに、いつも大声で " お帰りっ!" と言って迎えてくれていた母がいないと思うだけで 今でも涙が出ます。 天に召されたお母様の心残りは、亡くなる1秒前まで、トピ主さんに "有り難う" の連打ができなかった事ではないでしょうか。 2ヶ月も我慢して下さった 心優しいお主人様の温もりこそ、お母様がトピ主さんに望んでおられる事だと思います。 どうぞご自愛ください。

トピ内ID:30e08243c9303109

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どちらがいいか分からない

🎶
アイボリー
私は一度、危篤に陥りましたが、医療の発達により 命を拾いました。 自分が死ぬことを知っていた方がいいか? 知らない方がいいか? 今でも分かりません。 ただ危篤状態の時の記憶は全くありません。 目が覚めたら手術後の病院でした。 人にもよるし、その時の状況にもよると思います。 ただ、一度、死ぬ思いをすると、いつ人生を終えてもいいように 覚悟をして生きるようになります。 それでも、自分の人生が終わる瞬間を知りたいか?、知らないままがいいか? 分かりません。

トピ内ID:078138d03d04d4fb

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家族で悩んだ結果が正解だと思います

😢
nico
はじめまして。 私も母を13年前に癌で、告知を受けてからあっという間に亡くしました。 母は57才でした。 手術ももうできず、抗がん剤はやりましたが効果は全くありませんでした。 母に告知はせず「治療すれば大丈夫、早く元気になってまた働いてもらわないと困るよ」なんて冗談も含めて言ってました。 ご家族でお母様の事を想い、悩んだ末に告知せずに送り出したならそれが正解なのではないでしょうか。もちろんたくさん後悔したり、あの時こうすれば良かったと思い悩む時もまだまだあると思います。 私だったら告知して欲しいとか思う方もいるかもしれませんが、トピ主さんのお母様のお気持ちは誰にも分かりません。なので、ご家族で出した結論が正解だと私は思います。 今になって、私もそう思えるようになりました。 トピ主さんとご家族様、本当に心も身体もお疲れになった事と思います。その時に精一杯できる限りの事をしてお母様を大切に想い、送り出されたのですから、どうかこれからは穏やかな時間をお過ごしください。 長くなり失礼いたしました。

トピ内ID:e825284fc1b44d0f

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きっと、

🙂
るるるる
ありがとう、ありがとう、 心優しいひろみちゃん、笑っていてね。 って、お母さん、天国で言ってると思うよ。

トピ内ID:0eb491499d3efabd

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性格による

🙂
いまる
タイトルの通りです。 宣告後、残りの命を充実させるためのエネルギーがある方と、宣告したがために塞ぎ込み残された日々を鬱々と過ごす方もいらっしゃると思います。 私は後者です。家族や医師にもがん宣告はされたくないと強く言っています。癌家系です。 医師はそういう時代ではないと言いますが、私はメンタルが弱いので宣告された時点で立ち直れず、病気が怖くてどこにも行けずただただ部屋に引き篭もるのが目に見えてます。今難病にかかっていますが病名を聞いて半年は引きこもりになりました。 トピ主さんも良かれと思ってされたことなので、それでいいのです。 悩まないでくださいね。 お母様の分まで穏やかに楽しく生きてください。

トピ内ID:d8e3eb19c617cfc0

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伝えるべきでした

🙂
異数合計
ご自身は「余命がわかった時点で知らせてほしいタイプ」なのに、お母さまからはその機会を奪った。どこをどうしたら、「これで良かったんだ」という判断ができるのか微塵も理解できません。お母さまを亡くしてお力落としのトピ主様には酷なレスと思いますが、ただご自身が楽になりたい為に肯定の言葉を求めるのは卑怯ではないですか?  悔いがあれば、それだけお母さまを想う時間も長いでしょう。今回の出来事を前向きにとらえるならば、そういうことです。

トピ内ID:1fb10260aee0b535

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お母様はどうだったのか

🐤
ピヨピヨママ
主さんは教えて欲しいタイプとのことですが、お母様はどうだったのでしょうか。 主さんの二つ目のレスを読む限り知りたくないタイプだったのでは? 宣告は一度してしまったら取り返しがつきませんね。 私は最後まで貫き通したご家族の判断、正しかったと思いますよ。

トピ内ID:c751401a5f8b1300

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