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認知症のリアル

レス15
(トピ主 1
🙂
あやの
ヘルス
後学のために、周りが疲弊するタイプの認知症のリアルや経過を知りたいです。 アルツハイマー認知症になり、一応診断はされたけれど、本人の元々の性格(自分の意見を正しいと思い込んでしまい、周りに過干渉)がさらに悪化するタイプの形で、周りの家族が老若男女疲弊してメンタル崩れ、悪循環になっていくというパターンの話を周りで聴きます。 施設はなかなか入れず。定期的な診察も拒否するか、事実は言わないか。包括センターも打つ手なしで、本人の死を願う人も出てくる始末。 私の母方祖母も細部は違えど、似たような部分があり、家庭内は大変でした。最終的には特養に入ってもらえたのですが、その血を引く実母も、多様性尊重が苦手な過干渉気質なので、心配です。 (そしていつかは自分もそうなるのかもしれませんが、私は子どもがいないので、夫を看取ればあとは施設に入るか孤独死覚悟です) しかし、世の中の皆さんはどうしているんだろう、どういう顛末になっていくんだろうと気になりました。 皆さんのリアル、知りたいです。

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足腰丈夫な認知症の方

🙂
介護パート
私が経験した周りが疲弊する認知症のタイプは 体(特に足腰)がとても元気な人ですね。 とにかく歩き回り、しかもその人はぶっ壊すんです、その辺のもの。 火事場の馬鹿力並みに力、強いんですよ…見た感じか弱い女性なのに。 人生に怒りでも持ち続けたのか…? 施設に来られたばかりの時は穏やかで朗らかな人だったのに。 どんどん進行して。 そして排泄。 トイレはもう分からず、所構わず。 ずっとその人にだけついてるわけにもいかないので大変でした。 施設なので壊したところは修理代頂き(お相手がまあまあお金持ちだったので良かった…)、排泄は、しても何とかなるように設備を整え… これが家庭内だったらどうなるだろうと震撼してしまいます。 その人は、とうとう立ち上がるとか歩くとかそういう動作も分からなくなって今は車椅子生活になりました。

トピ内ID:93945966d26f9db0

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病気以外が原因でも認知症になる

🙂
こぼね
リアルと言うことで、私が実際に経験した認知症の方は。 旦那さんが詐欺にあい、自死を選択し、仲の良かった奥さんを残して逝きました。 (まだ夫婦も高齢者ではなく中年世代でした。) そのショックで、奥さんは50代の若さで認知症になりました。頼れる旦那さんもおらず、高齢者に囲まれる認知症専門施設に入居しました。 とても穏やかな性格の女性だったので、職員さんも手をかけることもありませんでした。 ただ詐欺にあった経験から、とにかく紙を収集する癖が顕著でベッドの下には大量の紙類、ティッシュ類が敷き詰められていました。 昔も今も詐欺が横行してますが、犯人は知らないんですよ。詐欺はお金だけじゃない、精神や人生までをも狂わせる残酷な犯罪だと言うことを。

トピ内ID:5e47b25dd19eabed

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うちの母の場合でいいですか?

🙂
にゃんこふぁーすと
初期のころは 意味不明な電話をかけてくる。 かけ間違えがふえて、「どこにかけても繋がらない」と怒る。 家事もやろうとするが、途中でわからなくなったり忘れたりで、例えば洗濯機に洗い終わったものがそのまま、干さずに数日放置。レンジの中に温めたものの忘れたご飯が放置。 母は1人暮らしでしたので、病院で診断をしてもらったのち、包括支援センターに相談。 ヘルパーさん、デイサービスを各週2でお願いして、後は土日は私が行っていました。 母はその年齢のなかでは高学歴な方で、教員をしていたこともあるし、知識が豊富で尊敬する面も多かったのです。ですから認知症が始まったころは何かの間違いではないか、と娘として受け止めきれないものを感じていました。でも受け入れてからは頓珍漢な発言も可愛く思えたりしました。 まあ、母はそれほど迷惑行為のない症状で収まっていましたので死を願うなどの感情は沸きませんでしたが、そこまで行きつくケースも見聞きしますので本当にお気の毒だと思います。 発症後の経過としては、転倒して足を骨折して手術するも歩けなくなり、車いす生活に。 1人暮らしは無理、と本人も感じたらしく施設に入所。 入所後1年半くらいで肺炎で亡くなりました。

トピ内ID:79e47ed68953a27d

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穏やかな病状の進行

🙂
ぎんねこ
姑が認知症で、アルツハイマー型なのですが、大体行動がおかしくなってきたのは、五年か六年前です、そのころ、実家で、お茶が入れられない、つまりお茶を入れる手順を忘れる、というのが起きて、後電子レンジの温めが使えない、すべて同居の舅が細かく指示出して、その通りにはできるでした。老々介護で、三歳年上の舅がぼけていなかったので、姑に細かく指示を出して、その通りにさせて、何とか生活していました。 姑が八十七歳の時、舅が亡くなりました。突然死でした。その時団地内のかかりつけ内科には、物忘れの薬は出してもらっていなかったけれど、精神科で確定診察は受けていませんでした。私たち息子夫婦と同居になったのだけれど、団地内の包括支援センターにまず駆け込んで、介護認定を受けて、意見書は内科医に書いてもらい、要介護1でした。同居しながら、家族3人は仕事に行かなければならないので、デイサービスに行っていましたが、大腿部頸部骨折して、半年ぐらい入院生活→老健でした。その後老健のデイケア(認知症の老健)に通っていましたが、結構行きたくないとか、具合が悪いから休むとか、仮病使ったり大変でした。仕事に行かなければならないので、主人も私も必死だったと思います。そのうち圧迫骨折をして歩けなくなってきて、また認知症も少し進んできて、トイレの始末の仕方も忘れるようになったと思います。もちろん服なんかも、着る順番がわからなくて、こちらから指示を細かく出す状態です。 もうだめだと思って、特養捜し始めました。幸い空きがあって、早めに老健から移ることができました。 認知症って、相当昔のことや、一緒に育った兄弟のことはよく覚えているんですよ。最近のことは忘れるんです。面会で会うと、昔話しています。また、家庭画報など写真中心の雑誌を差し入れています。 昔の旅行や食事や経験は覚えていますから。不思議なおばあさんです。

トピ内ID:3dc7d59c1fa48402

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体が元気な人は大変です

🙂
なな
当人には理由があるけれど周囲にはわからない 出て行ったきり行方不明で探し回り、60km以上離れたところで発見されたりとか 昔の人は使い方が違うので足腰が丈夫です 一人暮らしでは火事も怖いしゴミ出しトラブルも嫌ですね 変な人に入り込まれ一千万近くすってしまったりも困りますね 実の親子だとうまく行かないことも、他人ならうまくいくこともあります 当人の中ではその時、我が子を産んだ年より若い頃の自分だと思っているときは特にそうです なんでそうするのか その人の歴史を振り返って、なんとなくこれじゃないかなぁというのがあったら、そのシチュエーションに合わせてあげると巧く切り抜けられることもあります そして、また振り出しに戻りエンドレスおしゃべりに突入したりします 人間80年以上生きれば、色々な立場の時がありますからね 心と体と時間に余裕があれば聞き取りで自分史が書けるくらい話を聴いてみるのも愉しいですよ とても難しい人がかわいいお年寄りに変貌したり とてもしっかりした慈母のような方が手がつけられないように変貌したり なってみないとわからないことはたくさんあります

トピ内ID:1a74376a4783b2ae

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私の母はせん妄と言われました

🙂
海賊の妻
こんな人だったのかと思うような不愉快な事を沢山されました。特に赤い手提げに通帳や現金や保険の証書を入れて置いて「全財産」と言いました。この全財産が毎日のように無くなるのです。お断りしておきますが、私は盗りません。必ず何かでぐるぐる巻きにして箪笥の奥の方に入れてありました。 見つかっても「もっと沢山あった。この手提げがパンパンになる程だった」と言い、通帳を鉛筆で一行ごとにチェックしました。それも忘れて「誰が鉛筆でチェックしたのか」と騒ぎました。ある時すごくご機嫌で「ママのあのお洋服を見て」と言いました。「あの赤い所がぴかっと光ると謎の銀行員が来て通帳をチェックして行くのよ」と言いました。ぞーっとしました。あまりにも「お金が合わない」と言われて盗ってもいない40万円を返しました。役場で貰った認知症のパンフレットに「5000円入れたのに3000円しかないんだ」と言われた例があり「ちょっと集金人が来たからお借りしたのよ」と言ってお金を足してやる。と言うのが有りましたが、その通りしたら40万円で、桁が違うわと思いました。 母はその後夜中に襖をバンバン叩いて奇声を上げたり驚かせました。そして亡くなる前日「ママはどこかに行くの」と言いました。「なんでそんなこと言うの」と言うと「一人では何にもできなくなったから」と言い、翌日亡くなりました。亡くなる少し前に初めて昼食が食べられませんでした。体がぐにゃぐにゃになり起きていられなくなりました。そして「ママの物はみんな〇子に上げるからね。全財産の袋も宝石もみんな上げるからね」と言いました。3時に亡くなりました。下顎呼吸と言って下あごだけで呼吸しました。私は友達や庭の草むしりさんまで呼んで声を掛けました。他県の息子が電話で「ママ、今までありがとう」と言うのを聞いて息を引き取りました。母には40万円取られましたが、税金を払うほどの相続をしました。

トピ内ID:388e8ff0f3547fb7

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祖母と母を介護して

🙂
お先真っ暗
介護保険制度が無い時代の私が10代後半〜20代前半、祖母を介護しました。 もともと性格異常と周囲から言われてた人だったので認知症だとは気がつきませんでした。 最初は家に来る郵便物を全部開封するようになり、孫が財産乗っ取って自分を追い出そうとしていると吹聴を始めました。(10代の私にそんな力があると?) 物盗られ妄想が酷いのに、30万の健康器具、50万の羽布団セット、10万の鍋セット、高額商品買いまくる。 お酒を飲んで泥酔して放尿してその上で寝る。 ここらで有料の施設に入ってもらうが、馴染みの店に注文の電話をかけ家に送りつけてくる。 性的好奇心が強く卑猥なことを連発し、他の同居者とトラブルになって退所になる×3。 最終的に行き着いたのは老人病院兼精神病院でした。 脱走するのとヒステリーを起こすと攻撃的になるので閉鎖病棟にいました。見舞いに行くと時々ベッドに拘束されてました。(30年前) 長期休みは家に連れてくるのですが、徘徊が酷いのと異食(紙だの布だの)するようになってたので目が離せず。あとオムツを外して居間で大便したり放尿したり。夜中に抜け出されて警察のお世話になった事も。 母と私と祖母の3人暮らしだったので大変だったです。 祖母が亡くなって20年後、今度は母に介護が必要になりました。母はそれまでは施設行くと言ってましたが、いざその状況となったら私のやることなすこと抵抗しました。 介護保険申請してもヘルパー拒否、宅食拒否(フルタイムの私に昼に戻って支度せよと言い張る) 火のついた煙草を放置するので取り上げたら知り合いに頼んで私に秘密で差し入れしてもらうとか。 あと勝手に料理して火をつけたまま台所を離れてしまうので元栓閉めてました。 そこまでになる前、免許を失効してるのに私の車を運転したがるので鍵を隠してました。 …私もいずれそうなるのかな。

トピ内ID:e89b5b76c885f8c9

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のんきにしていた方が楽みたい

🙂
母は認知症
母がアルツハイマー型認知症でした。 施設のお世話になり、発症後8年ほどで亡くなりました。96歳でした。 母の場合の症状は、決定的に記憶力が衰えることでした。 認知症というとよく「物盗られ妄想」のような話を聞きますが、母にはその手の疑心暗鬼的言動はほとんどありませんでした。 幸いと言ってよいのかもともと足に障害があったので、杖歩行から次第に車いすに移行し、徘徊等の問題も起こりませんでした。 母を見ていた私の感想としては、認知症の本人のつらいのは「不安感」ではないかと思います。 それまで当然だったことがわからなくなり、できなくなり、この人誰だっけ?これどうするものだっけ?の連続の世界になっていくのです。 それまでしっかりしていた人の方がそのギャップが大きく、本人の不安も強くなり、疑心暗鬼から攻撃的になったり、自分を取り繕おうとして問題行動を引き起こしたりするのではないかという気がします。 母の場合、もともとのんきでわがままな性格で、誰かがやってくれるなら任せた方が楽だわ~、面倒なことは人に押し付けちゃおうという人だったので、必要以上に不安にならずに済んでいたような気がします。 もちろん当初はいろいろトラブルもありましたが、施設関係者への信頼関係ができるとなじむのも早かったように思います。 年老いていくことはそれ自体なかなか大変なことですが、こんなおだやかな認知症もあるということで。

トピ内ID:16af97dd888d3720

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妄想で話されるのも困りもの

😅
人生泥沼
他の方も書いていらっしゃる様に 印鑑、通帳、財布が物取られ妄想の3種の神器ですが・・・これは1度も出てきませんでした。 母の場合は ・黒縁眼鏡・・これを掛けると以前の様に物が見える。 母は黒縁眼鏡は持っていた事はない。新たに作っても物が見える様にはならない。 ・白いブラウス・・正月に着た。 正月に着た事はない。イメージを聞くとはっきり答えられない。うちにあるものは違うという。 ・みかん・・・施設の皆に自分で配っているのに。 施設では取った人(もちろん違う)に話に行くといって、施設長さんを困らせました。施設の介護士さんとは謎の黒メガネ、謎の白ブラウスといって笑っていました。 (こういう行動は良くなかったと思うのですが) しかも、娘が薬物をやっているという。(そりゃ、娘も年齢的に薬はたくさん飲んでいますけど・・・・)、この施設は某国の秘密基地だ。 妄想がでた時、うまくは周り(娘、施設の介護者)は対応できませんでした。 ユマニチュードとかいってられない。 結局、精神科のお医者さんより向精神薬をもらって、言わなくなりました。 薬ってすごいもんだなと思いました。 それから、4年たって誤嚥性肺炎でなくなりました。 最後の介護認定(死ぬ1年ぐらい前)では聞かれたことは、それなりに答えられていました。最終的に要介護2でした。 以上 ご参考になれば。

トピ内ID:46ccfa9c24da4f38

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喫緊の課題ですね

😉
意地悪猫
人間と言う生き物は、生きている間「俺様が一番」的な言動をしているものです。しかし、いよいよお仕舞いだと言う時には、殆どの者が周囲に迷惑を掛けながら亡くなって行きます。 これは、動物として逃れるとが出来ない宿命なんじゃないでしょうか。 多くの方が迷惑を掛けたくない、迷惑者になりたくないと考えるのではないかと思いますが、形はどうあれ残念ながら逃れる術はありません。 世の中は、人権の尊重などと喧しいようですが、個々人の持つ生きる権利の終焉を個々人が選択できる世の中が早く来ることを願っています。社会や親族は、人間の終わりについて、何故責任を持たなければならないんですかね。互いに綺麗な終わり方をしたいものですね。

トピ内ID:7ef4642818a1e999

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トピ主です

🙂
あやの トピ主
認知症のリアル、じっくり読ませていただきました。 ありがとうございました。 皆さん、紆余曲折あったのでしょうが、いろんな試行錯誤をされていて、参考になりました…。 やっぱり包括支援センターでは上手くいかないとなると、精神科病院ですかね。 私もいつかその時が来たら、覚悟しておきます。

トピ内ID:333f272445871b95

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レスを読みました

🙂
万年筆
うちの家族がまさに今、精神病院に入っています。措置入院からのスタートです。 認知症以外の症状もあり、有名な精神科の病院で検査を受けて、この結論になりました。 最初の病院で3ヶ月入院(まだ激しい症状アリ)、その後、そちらの紹介で長期の療養病院(半年くらい激しかったものの、穏やかになっていった)に入っています。 ちなみに、包括支援センターが大いに助けてくれて、最初の一歩が踏み出せました。 しかも、疲弊する前に手が打てた方だと思います。本当に感謝しかないです。 今の精神病院では、症状が大変良くなりました。 前の性格よりも良くなった?と思えるほど。穏やかにお話しができます。 今は薬も最小限まで減っています。環境要因って、本当に大事。 モノのない生活が、「盗られた」をなくしたようです。 長期入院ですが、生け花、書道など、レクもあり、おやつもあり、 医者は常駐、歯医者、整形外科もあり、看護師さんも穏やかで、理学療法士のリハビリも完璧と、 本当にありがたいです。 とても心配されているようですが、お金(とは言ってもホームと同程度です)と、 助けを求める力、1箇所で諦めずに他もあたる力があれば、なんとかなるようです。 こういう事例もあるので、参考にしてください。

トピ内ID:bb491a421471d05d

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うちの母の場合

🙂
ポポン
80代前半の母 要介護3 認知症 昨年から施設に。 70代半ばから少しずつ進行しました。本人も薄々なんか変だと気付いており、神経内科に通ったり、脳トレの問題集をやったり。 穏やかで、あまり怒らないタイプでしたが、余裕がなくなってきたのか些細なことでパニック、一つのことに固執するようになりました。 通帳紛失、キャッシュカードの暗証番号間違えてロック、いろんな物がないないと夜中に探す、やかんは空焚き、味噌汁の鍋は焦げる。 母の承諾得てヘルパーさんを頼んだら、スパイを送り込んだと大激怒。 内科的な疾患で入院手術を繰り返しており、退院してくると、認知症扱いされた病院を訴えると錯乱したことも。 母の気持ちに寄り添いながらと頑張りましたが、昨年、要介護の父が亡くなり、自分が倒れて、施設に入所となりました。家で暮らすと抵抗されましたが、母は食事も取れなくなり、ケアマネさんが手伝ってくれて最後は無理矢理な感じで施設に連れていきました。 施設の方々が丁寧に対応してくださり、3か月ほどで家に帰ると荷物をまとめることはなくなりました。 今でもたまに、いつここから帰れるのと聞かれますが。 身びいきですが、この何年か、優しく聡明な母の変化に少なからずショックを受けて、いまだに介護うつの状態です。 今はわりと穏やかですが、時々不穏になります。 どんどん忘れていく、なんでも忘れてしまう その認識があるうちは思い出せないことがもやもやとたくさんあり不安になるようです。 忘れたことすら忘れるところまで進行したら、私の顔もわからなくなっているかもしれません。 認知症は本人が辛いのです。周りの人間は悲しいのです。 親の老いに向き合うのがこんなに大変だとは思いませんでした。

トピ内ID:aec1a2dc04b49acd

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海外から

🙂
あ。
夫の祖父(90間近)が10年前からあれ?ということが出てきて、5年程前からアルツハイマーだといわれたようです。田舎で祖母と二人暮らし、車で5分の息子が毎日様子を見に行っていました。真夏なのに冬と間違え暖炉に火をつける、暖炉と間違え別の場所に火をつけ火事になりかける、息子を忘れ暴力的になる、等々があり、子どもたちが交代で住込みで面倒を見ていましたが、子ども世代も皆健康に問題があり世話ができないので、施設に入れることになったのですが…そこで問題行動をおこし退去させられました。 今祖父一人になりましたが、義母が一緒に住んでいます。義母と一緒だとまぁ穏やかにすごせるようですが、彼女は「ヘルパーがきてくれる時(週2回2時間ずつほど)しか自由な時間がない」「世話と家事しかできないから退屈」だといいます。夜中に起きだす、トイレの場所を間違えどこでも排便してしまう、などもあるようです。 こちらでは70歳から「遺伝的にアルツハイマーになる可能性の有無」の検査ができると義母がいっていまして、70になったら検査して、危険性があるなら元気なうちに早めに色々整理してホームに入る!と言っております。 アルツハイマーに関係あるかわかりませんが、周りの毎日散歩している高齢者は90過ぎても足腰・頭ハッキリしてるように思います。頭ハッキリしてるから散歩できる、とも言えるんですが…。私の祖父は怪我して散歩できなくなった途端、物忘れが始まり散歩再開したら元に戻りました。夫祖父は車生活で日常的に歩いてなかったです。

トピ内ID:2bc4377035db4929

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ご近所の親子

🙂
通りすがり
私の両親は二人とも他界しましたが認知症にはさいごまでなりませんでした。 しかしご近所の家の父親と息子さん(40後半)が認知症になりました。 息子さんのほうは若年性アルツハイマーで早期退職。 お父さんの方は老年性アルツハイマーだったそうで とても大変でした。 まず二人とも 徘徊しました。 裸足で何十キロも歩いたらしく電話が来た警察署は遠い場所の警察でした。 最初の内は家族や近所の人たち総出でさがしましたが見つからず。 そのうちだれも探さなくなりました。 保護を待つ感じですね、やみくもに探しても見つかりませんから。 ドアにカギを何か所もかけてもあけて出て行ってしまう。 洋服に住所氏名連絡先を書いた布をゼッケンにして縫い付けても破ってしまう。 息子さんのほうは中性洗剤をなぜか全部飲んでしまって救急搬送され 一時はアルツハイマー専用の病棟に隔離されてました。 息子さんの方は色々と医師が考えてくれたりしてましたが打つ手なしという感じで、お父さまのほうは我が道を行く感じで会話も通じなかったようです。 レカネマブの承認が待たれるところですね。 家族は消耗しきっていて誰が倒れてもおかしくない状況でした。 体力はあるので徘徊と言っても近所だけではなく本当にびっくりするくらい遠くまで行ってしまう。 一度だけ我が父が怖かったと言えに返ってきたことがあります。 用事で近所に出かけたが夕刻になって暗くなったら自分がどこにいるのかわからなくなった!とパニックになってました。 一度切りでしたがその日はご近所の人が家まで送り届けてくれました。 それからは夕刻には出ないこと!と厳しく言ってそういう事案はなくなりました。 症状は色々でしょうね。。。

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