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父の死に目に会えませんでした・・

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(トピ主 0
041
ゆり
ひと
6月に倒れた父が亡くなりました。
延命治療は一切しないでとお願いしてた事もあり、5分ほどの差で死に目に会えませんでした。
それも、家族全員です。
倒れてから毎日、面会時間いっぱい通ってた母も会えませんでした。

「今すぐどうこうではないけど、早めに来てもらった方がいい。」と電話を受けてから亡くなるまで30分程度の事です。
お医者さんもビックリするぐらい急変だったそうです。

一人で死んでしまって、寂しかったと思います。
なんで誰も来てくれないんだろうと、情けなくなったかもしれない。
怒ってるかもしれない。

お葬式もとっくにすんで日常が戻ってきた今、急に
父はいないんだ死に目に会えなかったんだと思い泣けてきます。
取り返しのつかない事をしてしまった後悔でいっぱいです。

どうしたら許してもらえるでしょうか。

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すべておわかりだと思います

041
じぇいん
お気持ちを考えると軽々しく書けないのですが、お父様がご臨終のときに立ち会えなかったのは、残念なことですけれど、きっとお父様はご家族のかたたちのそのときの気持ちを汲み取っていらっしゃると思います。 どうぞ、ご自分を責めないでください。 お父様のためにも、できなかったことで苦しむのはやめて(ご自分があっという間に旅立ってしまったことで悲しい思いを娘がしている、というのが見えると―わたしは見えると思うのです―、お父様もつらいと思うのです)、今までお父様と過ごした日々を思い出して、感謝の気持ちで心の中で話しかけることが、なによりの供養かと思います。 お体、お大切に。

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辛いですね

041
私も会えなかった
うちの場合は母だけは寝泊りしていたので会えましたが 姉と私は家に戻っていた為間に合いませんでした。 二人とも子連れで、遅くまで病院にいる事が出来なかった為です。 辛いですよね。会いたかったですよね。 でも・・・きっと分ってくれていると思います。 心では繋がっていたことをお父様は分っていらっしゃるのではないでしょうか? 私も・・・パパごめんね。

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おなじでした

041
ブチネコ
この10月に父が逝きました。真夜中の就眠中(午前2時)だったために、入院先の看護師さんが呼吸をしていないのを見つけて家族に連絡が入ったそうですが、父は文字通り誰にも看取られずに逝ってしまいました。私の父は6月に倒れ、危ないといわれながら4ヶ月寝たきりになったあとですからゆりさんとは少し異なりますが。私自身は海外在住なので、この間2度父に会いに行っただけです。 私の二人の祖母はそれぞれ7年間寝たきりになったあと亡くなっています。ですから、私たちは看護する方もされる方もどれほど大変か知っています。ずいぶん昔の話ですが、“ああはなりたくないよ” と父も言っていました。 “楽になれてよかったね。最後は眠っているうちに苦しまずにすんだね” と言ってあげたいです。 ゆりさんのお父さんもきっと怒ってなんかいないと思います。

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わたしもです。

041
さくら
とぴ主さん、私もそうです。 家族全員、父の最期に会えませんでした。とぴ主さんには何の慰めもかけられなくて、申し訳ないのですが、一緒に悲しませてくださいね。

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大丈夫

041
かりん
何をバカなことを言っているんですか? お父さんは死んで終わりではないんですよ。 貴方はお父さんが居なくなったように見えるでしょうが、お父さんには貴方が分かっている。今、現時点で。 これはお父さんが幽霊になって貴方の側にいるという事ではありません。今、お父さんの魂は貴方の魂とつながっているいるということです。今、貴方と一緒なんです。幸せなはずです。  お父さんは亡くなるときに、もしかすると死にたいする不安はあったかもしれません。でも今の時点では寂しいなんて思っていません。だって、トピ主さんがこれほどにお父さんを思っているんですから。「へー死ぬってこんなもんか。おや、俺の娘が辛そうだ。おいおい、大丈夫か?」なんて日常語で思っているかも。 だから、許すとか許さないとかいう問題ではないです。取り返しのつかない事をあなたはしていません。元気を出して、お父さんのことをいつも楽しく思いだして下さいね。幸せ者のお父様ですね。

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前向け、前を。

041
no n
死んだ人の想いを考えられるのは生きている人だけ。 あなたが「父は私たちを許さない」と感じているならば、そうなんだろうし、「父は恨んではいない」と感じるならば、そうなんだろう。 要するに、あなた達が自分で前を向けば良いのでは? 私自身は3年ほど時間がかかりましたが。(生物学上、まだ死んではいないが) まぁ、あなたの文面から察するに、多分あなたの親御さんは良い人生だったと思いますよ。そんなにも良い家族なのですから。(私の家族とは大違い…) 21歳の都内の大学生(男)より

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私の父は健在ですが・・・

041
Kei
去年父が大きな手術をしました。 8時間半もかかりました。 姉と姉の子供(生後半年)と3人でずっと待合室に居ましたが、お医者様からは手術中になくなる可能性もあると聞かされていました。 万が一の場合はもちろん最後を看取れませんよね…。 お陰様で私の父の場合は、元気になりました。 もし私が同じ状況だったら… やっぱり後悔してしまうとは思いますが…。 結局、同じ状況ではないので 私の気持ちでお話させていただきますが ゆりさんのお父様は怒ってないと思います。 ゆりさんや他の御家族の気持ちは必ず通じていると思います。 御自分を責めないで下さい。 亡くなってから49日はこの世に魂があると言われてますよね? だからお父様に話しかけてみては如何でしょうか? きっとお気持ちは届くと信じてます。 あまり御自分を責めずにね。

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そんなふうに考えないで・・・

041
あひる
お父様はご家族の皆さんが悲しむ顔を見たくなかったからそっと先に逝かれたんだと思います。 死に目に会えなかったことを「許さない」などと仰るようなお父様でしたか? きっと、そんな方では無かったのではないかと思います。 ご冥福をお祈り致します。。。 http://pya.cc/pyaimg/pimg.php?imgid=6468

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怒ってないと思います

041
きこ
私も今年母を亡くしました、トピ主さんと同じように最期に付いていてあげられませんでした。 直後は今のトピ主さんの様に「怒ってるのでは」・「寂しい思いをさせて申し訳ない」という気持ちで一杯でした。 でも今は自分の気持ちにも区切りがつきましたよ。 私は私が出来る事を精一杯母にしたと思っています。 そして何より、死に目には会えませんでしたが、それはそれでよかったと思っています。泣きじゃくる私の姿なんか母に見せたら、母も安心して天国に行けませんから! トピ主さんのお父様もきっとトピ主さんやご家族の泣く姿を見たくなかったのだと思いますよ。それだけお父様はご家族の皆さんに感謝していらっしゃるのだと思います。けっして怒ってなんかいませんよ。

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お父様のご意思だったのかも。。

041
とるまりん
ご愁傷さまです。 主人の祖父が、いつもいつも病室に詰めていた祖母と義母がたまたまほんの20分ほど洗濯物を取りに家に帰った間に容態が急変して亡くなりました。 死に目に会えなかったと祖母ははじめ嘆いていたようですが、祖父は最期を祖母に見せたくなかったのかもと今は言っています。 祖母が悲しむ姿を見ると自分が辛くても逝けないと、もしかしたら祖父も苦しかったのかもしれないなと思っています。 今はお辛いでしょうが、「どうしたら許してもらえるか」ではなくて、お父様が最後にトピ主さんにして下さった愛情表現だと思うことはできませんか? 沢山の思い出に、お父さんからもらった命に感謝してしっかりと生きて行ったら良いと思います。

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私も会えませんでした。

041
後悔
病院から父が危篤という知らせが入りました。でも、その時は私、どうかしていました。父が危篤という言葉にピンと来なかったのです。そして子供1才と3才の子供の用意で戸惑ってしまい、そして何故か急いで仕度するのでもなく、ノロノロと仕度をして病院に付いたら、もう父親は亡くなっていました。兄が言うには15分程前に息を引き取ったと言うのです。もっと急いで仕度していたら、きっと父の死に目に会えたと思います。今でも何故、あんなにノロノロと仕度していたのか今も後悔が残ります。

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お父様は分かっておられます

041
トコ
お辛い気持ちお察しできます。でも、きっとお父様は分かっておられますよ。臨死体験を経験された複数の方の証言では、亡くなった後、自分の亡骸や家族の様子を上から見ていて、会話など全部聞こえていたそうです。臨終の後も、耳だけはしばらく聞こえているとも言われています。だから、駆けつけた御家族のお心も全部お父様に届いておられるはず。 それに、仲のよい家族は、また次に生まれた時にも、近くに生まれてくるそうですよ。9年前、父を亡くした時、弟が父の死に目に会えず、本当に苦しい思いをしていました。その弟が出した喪中ハガキの印刷で、ハワイ旅行が当たり(「年賀状印刷で○名様にハワイ旅行」だったそうですが、何故か喪中ハガキで当たりました)、「父のプレゼント」だと感じました。ゆり様のお父様も何かメッセージを下さるかもしれませんよ。

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静かな死

041
nana
毎日面会時間ぎりぎりまで家族が会いに来てくれた お父様はどんなにお幸せだったことでしょう。 十分に家族の愛を感じながら、皆さんの事を思いながら、静かに亡くなっていったのではありませんか。家族の泣き声を聞きながら逝くよりも、もしかしてそんな息のひきとりかたは、悪くないのではないかと感じることがあります。 私も97年のクリスマスに家族を亡くしましたが、飛行機で12時間も離れた国にいたため会えませんでした。電話をもらってからまる3日もかかって実家にかえったときはたいそう嘆いたものです。今は会えなかったことより、一緒にすごした時間の幸せを思い出しています。

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私も会えませんでした

041
ぽんせん
 今年春、母を亡くしました。  家族皆が仕事等で不在にしていた間に、いわば突然死でした。  数ヶ月というもの夜何度も目を覚ましては、「寂しい死に方をさせた」と自分を責めましたが、半年経過した現在はそういうふうに思っていません。  だって、母の性格からして、テレビドラマみたいに 「うわああああん、お母さあん! 死んじゃいやああ!」 なあんていう愁嘆場、お互いハデに吹き出しかねないし恥ずかしくて嫌だったろうから。  自分もそうですもん。見守られて死にたいという願望はありません。家族をカンオケに連れ込めるわけじゃありませんしね。  今はただ、どこかにいる母に心の中で「こっちはみんな元気だよー、安らかでいてね、何十年か後でまた会おうね」と呼びかけつづけています。

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許してもらうって?

041
大きな背中
こういうのって誰の責任でもないと思います。お医者様でさえ予測できなかったのですから。 私自身も父親の死に目に間に合いませんでした。自分が中学生の時のことでした。父は病気持ちで何年にも渡り入退院を繰り返していましたが、父がもう生きられないかもしれないと聞かされたのは亡くなる前の晩のことで、それはもうショックでした。 当時病院まではバスか電車で約1時間かかり、自宅に車がなかったため、前夜に親戚に乗せていってもらって父を見舞ったのが最後でした。すぐに駆けつけられない距離なので、早めに連絡したいと付き添ってた母が医師に話してあったのですが、状態が急変し、連絡を受けてから行ったときにはもう駄目でした。ベテラン看護士がそれとなく言ったときに連絡を受けてれば間に合ったのですが、それを医師がまだ早すぎると否定。母は後々医師をひどく非難しました。でも怒ったところでどうなるわけでもない。悔やんだところで過去を取り戻せるわけではないのです。お父様は怒ってなんかいらっしゃいませんよ。それだけは私には確信できます。お父様が見たいのは、あなたの笑顔だと思いますよ。

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お父様わかっていますよ、きっと

041
だいじ
私の友達にもお父様が亡くなった時海外にいてあえなかった方がいます。先日、いわゆる見える方に彼女が会ったとき何もいわなかったのにお父様亡くなってますね、死に目に会えなかったとあなたは後悔していますが、逆にお父様が待っててあげられなくってごめんねといってますよ。いまでもたまにあなたの事守りに来てますよ。と言われていました。なんだか、信じがたい話だと思いますが他の話も怖いくらいあたっていてああ、私たちの見えない世界があるのかも・・と思いました。そんな私も祖母が亡くなるとき海外に居たのであっていませんが私のところにもちょくちょくきて仕事の事や妊娠のことを助けてくれてるみたいです。 うまくいえませんがトピ主さんのお父様も心臓が止まっても霊というか見えない形でご家族が来るのを見てたと思いますよ。逆に、会えなかったと後悔しつづけるほうがお父様も心苦しいんじゃないかな。みなさんが精一杯だったのきっとお父様がいちばんわかっていますよ。

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そんなに落ち込まないで

041
由良
ほとんどの人が病院で死を迎える時代、死に目に会えない人は沢山いると思います。 また、嫁ぎ先が遠くて間に合わない人もいるでしょう。実際私もその一人です。 仕事の関係で遠方に住んでいて早朝5時に連絡を受けて自宅に着いたのが夜の7時。父はエンバーミング処理を受けていて自宅にはいませんでした。帰ってきた父は棺の中で本当に寂しかったです。 また、病院から連絡を受けた家族も(車で20分)死に目に会えませんでした。 それでも私は羨ましかったです。 死に目に間に合ったとしても「○○の治療をしたらもうちょっと生きられたんじゃないか」とか長患いしてれば「あの時すぐに病院に行っておけば死ぬことはなかったんじゃないか」とか、遺族はとかく悩んでしまうと思います。 でも、そんなに自分を責めなくてもいいんですよ。 いつもお父さんのことを思い出して家族で話題にするのが一番の供養になると思います。 今はただ辛いかと思います。そう遠くない先に皆でお父さんの思い出話ができるといいですね。

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逆に

041
かのん
みんなが悲しむ姿を見たくないから、誰もいないうちにひっそりいったんじゃないかなってちょっと思いました。 怒ってるはずなんてある訳ないじゃないですか。 そんな風に悔やんでる姿を見て、「もっと待てばよかったかな」って悲しんでるんじゃないでしょうか?

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怒ってなんていない・・・

041
こうめ
お父様に許しを請う必要はないと思います。 「間に合わなかった」は「行かなかった」ではありません。 ひょっとしたらお父様は「最期の時・姿」を ご家族に見せたくなかったのかもしれません。 日常が戻った今でも、ふと思い出す その事は供養につながると思います。 お父様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

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そんなことで怒らないでしょう

041
早川
お父さんのことをずっとほったらかしにしていたわけではないですよね。 お見舞いにもちゃんと行っていたんですよね。 お父さんは怒ったり淋しかったりはしていないと思いますよ。 私も父を最近なくしました。 その日は母が見舞いにいきしばらくそばについていて、家に戻ったら病院から急変の電話があったそうです。 母から連絡があり、私も病院へ急行しましたが、すんでの差で臨終には間に合いませんでした。 でも、私も母も悔いはありません。 病院の先生や看護師さんにはよくしてもらったし、父も苦しまずに亡くなったそうなので。 そもそも親の死に目に間に合う人ってどのくらいいるのでしょう。 それまでずっと一緒にいてもたまたまちょっとはずしたときに息をひきとることだってあるんです。 亡くなっていく人はそのあたりはわかっていると思います。 お父さんが怒るとしたらいつまでもトピ主さんがくよくよすることじゃないですか? どうかお母さんを大事にしてあげてくださいね。

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きっとお父様がそれを望んだのです

041
ぴゅう
わたしの両親は既にいませんが, わたしはどちらの死に目にも会えませんでした。 介護はしました。毎日病院に通いました。そのために一生続けるつもりだった仕事も辞めました。 でも,その日に限ってわたしは肌身離さず持っていた携帯を忘れて外出し,その日に限っていつもはわたしがいる時間に妹と交代していたのです。 その寸暇をぬって親はわたしのいぬ間に妹の前で死にました。 わたしには死に目を見せたくなかったのだろうと思いました。 親自身が望んだのだと思っています。 トピ主さんも,精一杯お父様のお世話をなさったのでしょう? だったら,きっとお父様は1人で逝かれることを望んだのですよ。 そして,トピ主さんが後悔することはきっと全くないと思うし,お父様も満足していらっしゃると思います。 きっと,いい人生だったと思っていらっしゃいますよ。

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無題

041
カサブランカ
例え臨終時に立ち会えなかったとしても、容態の急変では、誰にもどうする事もできません。 どうして、お父様がそこまで毎日献身的に看病した家族を許さないと感じますか? もし誰かがそのような趣旨の嫌がらせを、トピ主さんやご家族に言ったとしたなら、むしろその人を恨むと思いますよ。私がお父様の立場なら憎みます。 何かここに書ききれない後悔があるならば、後はお母様を大切にすれば良いと思います。 月並みですが、時間だけが亡くなった人への悲しみを癒してくれると思います。

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お辛かったですね。

041
kennnon
私も父を亡くしました。最後看取る事が出来ました。が、姉は出来ませんでした。   危篤の電話を私がした時、姉は何故か、少し前から急に胃が痛くなって急いで来れませんでした。でも出来る限り頑張って病院に駆け付けました。 姉は自分を責めたように泣き崩れました。私は思わず姉を抱きしめ、「姉ちゃんのせいじゃないよ!きっと父ちゃんがこうしたかったんだよ」と言っていました何故か父がそう言ってる様に思いました。 父は胃癌で、最期は鼻のチューブから吐血して亡くなりました。ショックでした。 当時、姉は妊娠中で、きっと父は身体に障らない様にしてくれたんだと思います。姉の胃の痛みは偶然じゃないと思っています。 お父様は怒っていませんよ。 お亡くなりになる前後の事はお父様の意志だったと思います。 ご自分を責めるのはもう止めて、お父様がきちんと成仏されてお幸せになれるように思いましょう。 きっと、一生懸命看病してくれた事、感謝されていますよ。 大丈夫ですよ。

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死に目に

041
通りすがり
会える確率の方が低いものと思っています。 私も数分差で母の死に目に会えませんでした。 誰でも大切な人の最期には側にいてあげたいと思うでしょう。。。 でもそれを決められる時ばかりではありませんから。。。 自分を責めないでください。 >毎日、面会時間いっぱい通ってた お父さんはそんな皆さんに感謝していたと思います。 あまり責めてますと、お父さんも「待てなくてすまなかったな・・・」と悔やんでしまうでしょう。。。 「いままでありがとう」という感謝の気持ちで見送ってあげて欲しいと私は思います。 ご冥福をお祈りいたします。。。

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トピ主です 補足です

041
ゆり
たくさんの励まし・ご意見ありがとうございます。 泣きながら読みました。 私は父が大好きでしたが、親孝行な娘ではありませんでした。 書ききれなかった事を補足します。 父は6月にくも膜下で倒れました。 3ヶ月意識不明の後、なんとか意識を取り戻しましたがいつ死んでもおかしくない状態でした。 私は結婚し遠方に暮らしていますが、手術の時に2週間、その後も「もうダメだ。危ない。」と、何度戻ったかわかりません。 亡くなる3日前にも主人と往復8時間かけて見舞い、戻った途端「状態が変わった。」と電話がありました。 次の日、朝一番でかけつけたら山を超え小康状態でした。 正直、うんざりしてたと思います。 「もう覚悟してるから死んでから呼んで。」と母に言った事もあります。 意識もなく寝たきりだった時、意識が戻り痛みで苦しんでた時、何度となく「死んだ方が父のためかも。」と思いました。 亡くなる前日は「お父さん、死なないでほしいけどあまりにもしんどかったらもういいよ。」と声をかけてしまいました。 それで、父はガックリきてしまったのかもしれません。 私が、生きる気力を奪ってしまったのでは・・と思うのです。

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今はきっと一番ツライ時だと思います

041
乾パン
死に目に会えない人というのはたっくさん居て、それに対して許しを請う程後悔される事ではないですよ。周りに人が居ようが居まいが、人間は逝く時は一人なんです。どんな人も平等です。トピ主さんがこの世を去る時もそう。 私も同じく死に目に会えませんでしたが、それをそこまで深く後悔はしませんでした。それよりももっと他に後悔する事がありましたから。トピ主さんはその1点だけが後悔の様なんでちょっぴり羨ましい。(不謹慎ですいません) 「死」というものは、私たちがドラマや映画で見てきた様なドラマチックなものではない、という事です。必ず周りに誰かがいて「お父さん、ありがとう!」と泣きすがって…みたいなものじゃあないです。そうあるべきでもないと思います。人間が死ぬって本当に自然現象ですよ。雨が降り終わる時の最後の一粒を見つける事が出来なかったと悔しい思いをしてもしょうがない。 冷たく聞こえてしまったら御免なさい。 でも、本当にお父様の死に際に関してそこまで思いつめないで下さいね。今は、唯、お父様が心安らかにいられる事を感じられるようになる事の方が大事だと思います。

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もう17年たちますが

041
じじ不幸
わたくしごとですが。 けんかばかりしていた祖父に あっという間に逝かれてしまったことを いまだに 悔いています。 反抗期真っ只中だった10代の私。 明け方に、(何度か倒れてはいたけど、その頃は元気だった) 祖父の咳き込む声が「うるさい!」と 捨て台詞して学校にいきました。 お昼に電話があって祖父が、その後倒れてなくなったと。 祖父にかけた最後の言葉が「うるさい!」だなんて(涙) 当時、まだまだ覇気のあるガンコ爺だからこう言えたのですが この後悔は・・・・・・墓場まで持っていくしかないんだと覚悟してます。 今は、神様が、祖父の死のタイミングを通じて 私に大きなことを教えてくれたのだと思っています。 私と違って(比べてはいけませんね。比べ物にもならないし) 最期に立ち会えなかったとはいえ トピ主さん家族のやさしいお気持ちは  お父様が天国へ持っていったと 私は考えます。 今は、葬儀当時のショック状態からさめて 色々と悲しむ余裕が出てきたのですよ。 悲しみ、思い出を語り合い、癒しあって、 いつか落ち着いた気持ちで天国のお父様に語りかけることができますように。

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最期のあり方はいろいろです

041
ミーシャ
半年前、家族を看とりました。私の場合は在宅看病だったのですが、24時間目が離せない状態でした。 同じ部屋に寝ていましたが、看病疲れでぐっすり寝てしまう状態だったのでもし万が一就寝中に異変に気が付かずにそのまま息を引き取ってしまったら・・・と心配をしました。すると、年間100人近くの人を見送っている往診の先生はこんなことを話してくれました。 「患者さんの最後を看とってあげられることは素晴らしい事です。でも、それは家族側の想いであって必ずしも患者さん本人がそれを望んでいるとは限らないのよ。みんなに最後の瞬間のつらい悲しみを味あわせたくないから一人きりで静かに逝きたいと思う人もいるの。だから朝起きて亡くなってしまっていたり、最後の瞬間に立ち会えなくても自分を責めたり、悲しんだりしてはいけないわ。それは本人が望んだことだと思うのよ。」 その言葉を頂いてから、心が少し軽くなりました。 ゆりさんのお父様も決してゆりさんを責めているなんてことはないと思います。 心の痛みは時が解決してくれます。 どうぞ心穏やかに過ごしてくださいね。

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2度目の投稿を読みました

041
Peko
トピ主さん、辛いでしょうね。 私の父も、くも膜下出血で亡くなり、状況は全く異なりますが、私にも、父の死に関して、一生悔やんでも悔やみきれないことがあります。このことを考えると、今でも父に申し訳なくて涙が出ます。 父が亡くなってから10年ほどが経ちます。今は、『後悔してばかりいても、父は喜ばない。私自身が幸せになることで、父に喜んでもらおう』と思っています。(私の勝手な解釈かもしれませんが)父も、それを望んでいるだろうと思っています。 また、残された母が寂しい思いをしないよう、自分なりに色々と気遣うことで、父に安心して貰っているのではないかとも思っています。 トピ主さん、今回のことで、色々と感じられたのではないかと思います。今回感じられたことを生かすことで、一層、気持ちの深い人間になれるのではないでしょうか。

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父の遺志だと思っています

041
なな
私の父は脳内出血で亡くなりました。前夜から徹夜で病院にいた私を気遣って「自宅に一旦帰って少し休んだら?僕達がいるから」との叔父の言葉に甘え、心を残しながらも、朝、帰宅してしまったのです。 お昼頃自宅に危篤の知らせが入りタクシーでかけつけましたが、5分遅く、死に目には逢えませんでした。母と叔父だけが看取りました・・きっと私には自分の亡くなる姿を見せたくなかったのでしょう。父の死から早3年が経ちますが、もし、父を看取っていたら、そのシーンだけが頭から離れず一生、正常な精神状態ではいられなかったでしょう。後悔はしていません。

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