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コドモノセカイ

レス19
(トピ主 7
🙂
ピーター
話題
私は60代です。
トシのせいか、町や通りやスーパーなどで子どもたちに出会うのが楽しみになりました。

商店街など、色違いの敷石が敷かれているところで、同じ色の敷石だけを選んで飛びうつったり不自然に大股になったりしている子どもを見ることがありませんか? ああいうとき、子どもたちはどういう世界にいるんでしょう。

白い敷石にベージュで幾何学模様が作ってある、そのベージュだけを選んで進んで行く子どもがいました。やがて、その子には飛び移れないくらい次のベージュが離れているところがありました。どうするかなあと見ていると、その子はしばらく考えて、立っていた敷石からぴょんと飛び降りると平泳ぎのように両手で空気を掻いてベージュの敷石にたどり着いたのです。

ああ、キミにとって白いところは海だったのか。小さい島から島へ渡っていたのだね、と思いました。

私も子どものころ、同じことをやりました。(母からはちゃんと歩け、と叱られました)
私の場合、敷石と敷石の間は落ちたら体が焼けてしまうマグマだったり、果てしなく落ちるだけの無限の空間だったりしました。海だったこともありますが、サメがいるという設定でした。

皆さんもやったことあるのではないでしょうか。
そのときの世界はどんな景色でしたか?

子どもはみんな面白いです。
歩道に縁石があれば上がりたいし、暑い真夏でも意味なく走ったりします。
子どもは、いつから分別を身につけて(つまらない)大人になるのでしょう。子どもの世界を忘れない大人でいたいと思います。

通行の迷惑とか、親が手をつなぐべき、などのお考えもあるでしょうけれど、今回ちょっとそこはおいといていただけるとありがたいです。

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レス

レス数19

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たしかにー!

まご
そういう風に感じられる主さんもかわいいです!

トピ内ID:270a8aecabd56bc8

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父の想像する遊びはコドモノセカイでした

🙂
通りすがり
子供心をくすぐるのです。 和室に敷布団を敷き、和服の紐で布団の両端を縛ります。あらなんと、カヌーが出来ました。母には叱られましたが姉とふたりでお玉やフライパン返しやへらをもって 出発です。 そこは底なしの沼で父がワニです。 ワニは最初の内は遠くにいて何もしてこなかったのですが近づいてきてカヌーを濡らします。 私からしたら景色はジャングルに囲まれた底なし沼ですから落ちたら大変! しかもワニに食われるかもしれません。 キャーキャー叫びながらお玉などでワニを撃退します。 (本気で父の頭を叩きまくった笑) そのうち怖すぎて泣き叫び過呼吸みたいになり母の終了宣言で終わりました。 ワニも父に戻って沼も畳になりました。 でも本当に緑色の底なし沼だったのです。 父は遊びを考える天才で多忙で帰宅もままならない職業だったのですが 休みの日にはたっくさん遊んでもらいました。 母からの愛情が無かったので私の思い出は父との遊びの思い出で詰まってます。 幸せな父と私の時間。 そういえば父は二度ほど大病したのですが一時ICUに入りました。 病院からも知らせを聞いて家族が集まった際に手を片方あげて死んだふりしてました。父曰く死後硬直の真似だそうです。ICUに入ってもこんな悪戯をする父のことは家族や夫まで大好きでした。 お父さんありがとう。

トピ内ID:81043050e082ca8b

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あれは願掛けだった

🙂
ヤン
まさに今日、息子が保育園からの帰り道で白いタイルだけ踏もうと四苦八苦していました。 私もやりましたねー。私にとっては、大体が願掛けでした。 黒いとこだけ踏めたら、XXが叶う、という。

トピ内ID:97d0044bf0709b2e

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つまらない大人より

🐤
ケイトウの花
私が四歳くらいの頃、道路での思い出は母親と一緒に商店街に行った帰路、おもちゃ屋の前で「買って、買って~」と道路上に大の字になって泣き叫んだことです。 今にして思えば、その頃わが家は貧しかったと思います。あの時の母親の、困り果てた顔が今でも忘れられません。 そんな母親も今では鬼籍に入りました。この事は母親が亡くなってから思い出したので生前、謝れなかったのが悔やまれます。 大晦日の紅白で、さだまさし さんが「残された人間がもっと頑張らなければ」(だったかな?) の言葉には、グッときました。

トピ内ID:92a1f57143181b98

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子供に白い目で見られた時(笑)

🙂
ニック
あー、ごめんそれ40代の私も時々まだやります(笑) 楽しい大人ですいません(笑) ただ、一応私ももう大人ですから分別はわきまえています。 人がたくさんいる場所ではしゃいだりはもちろんしませんし、周りからどう見えるかによって遊んで良い時とそうでない時を分けてます。 で、まあこれなんですよ「周りからどう見えるか」。 これを意識した時に子供は大人への階段を上がるんですよ。 「周りの目」とは、多くの人にとっては主に大人の目だと思います。 大人が子供に対して「もうキミの年齢的にそれはダメだ」と言ってるんですよ。 トピ主さんもやったことあると思いますよ。 私もある。 ただ私に関して言うと、大人への反発心が昔から強かったのと家族だけでなく親戚の中でもぶっちぎりで最年少だったため大人からのそうした圧はあまり影響受けませんでした。 じゃあつまらなさを身につけたのは何時かと言いますと、社会人になってから子供に言われたんですよ。 大学卒業後に学習塾の講師になったのですが、多くの子供からは子供っぽさを残す私は大人気でした。 でも少数の子から、「大人なのに…」「教師なのに…」と言われることが時々あって。 少数ではありますけど母数が多いもので、何年も続けてると結構な人数から言われることになるんですよね。 それで徐々につまらなさを会得していきました(笑) 子供に言われるのは効くんだなこれが… ちなみに今でも精神的に子供な部分を発揮することはできるんですけど、もう体力が追いつかないって部分はありますね。 横断歩道の白いところだけ歩くにも途中抜けてるところがあっても飛び越える跳躍力がもうないからさ(笑) 子供の運動会ではしゃいで骨折する親御さんみたいなもんで、結局体の状態に応じて落ち着かざるを得ないもんです。 私だって体力さえあれば今でも木登りしたいけどさ。そうもいかないんだよね~ってなわけで。

トピ内ID:73b655e3688a3e37

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ふしぎの時間割

🙂
りーず
岡田淳さんの本。 図書館にあります。 表紙もまさにその瞬間。 あなたが見た世界がそのまま 色々な話になっています。 小学生が生きる世界には 本当の事は消せない消しゴム 同じ色のタイルを踏んでくる猫 授業中に何か訴えてくるヤモリ。 子供達が大人になっても 好きな本のひとつです。 ぜひ。

トピ内ID:859c98b812547cce

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トピ主です 1

🙂
ピーター トピ主
>まごさん 「かわいい」って、いい言葉ですね。ありがとうございます。 ひとり酒する老獪なばあさんですが、子ども心を忘れないでいたいです。 >通りすがりさん 素敵なお父様ですね!  布団は、丸めたり広げたり、色々なアイテムになりました。母や祖母からは「綿が切れる!」と叱られましたけれど。 そして、本当に緑色の底なし沼があったのですね。沼もワニもそこにあるし、落ちたらおしまいだと本気で思うんですよね……。かけがえのない世界の思い出ありがとうございます。 姪が小さかった頃を思い出しました。姪は2、3才。握った片手を肩のあたりまで上げて道を歩いていたのです。横断歩道で母(姪の祖母ですね)が手をつなごうと、その手をぐいっと引っ張ったところいきなり泣き出した。わけのわからない母と、思うように説明できない姪。そのとき、この子の2才上のお姉ちゃんが「妹ちゃん、今赤い風船持ってはったんよ」と言ったのです。 この子は空想の赤い風船を持って歩いていたのに、母が手を引っ張ったのでそれを離してしまって、風船が飛んで行った……それで泣き出してしまったのでした。 この子の想像を現実にする力と、子ども同士だからか、それがわかったお姉ちゃんが二人とも愛おしかったです。 >ヤンさん 息子さん、やってましたか。彼にとっては白いタイルの世界はなんだったんでしょうね。 そして、願掛け! それ、よくわかります。 私は、願掛けは電信柱でやっていました。学校からの帰り道、次の電信柱のところへ行くまでに後ろから車に追い越されなかったら願いが叶う、と決める。でも、車の音が聞こえても絶対走っちゃダメなんです。(実は、これは今でもやることがあります)

トピ内ID:81cccbde459128cc

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トピ主です 2

🙂
ピーター トピ主
>ケイトウの花さん そんなにも欲しかったのは、どんなおもちゃだったんでしょう? 幼くても、その状況でも、困り果てたお母様の表情を覚えていらっしゃる。 かなしくてやさしい思い出、ありがとうございます。 私の母が幼女だったのは、まだ第二次世界大戦が始まる前でした。母の父は、黒いインバネスの似合う口ひげを生やしたお洒落な人だったらしいですが、ある時どういう事情か二人だけで町を歩いていて、果物屋(八百屋?)の前を通りかかったとき、ザクロの実が並んでいた。母はそれがなんだかわかりません。妙な形をした赤い実、そして皮の間からはガラスのビーズみたいなきらきらした赤い粒が見える……。母は、黙ってそれを指差したそうです。すると祖父も黙って、ザクロを買ってくれたのだそうです。 母は、何度も何度もこのザクロの思い出を話していました。 母がすっかり認知症になったとき「お父さん」というのはこの祖父のことでした。(自分の夫のことは忘れ果てていました) この祖父は、昭和20年の8月、終戦の2日前に病気で亡くなっています。私は祖父を写真でしか知りません。 >ニックさん 楽しい文章、ありがとうございます。子どもに白い目……確かにあります。 娘が高校生だった冬、一緒に出かけた役所の駐車場にプランターが並んでいました。冬のことで、中には土しか入っていませんでした。そして、その土を高々と持ち上げて、白く輝く見事な霜柱が立っていたのです。 私は何も考えずに、片足をプランターの中に入れて霜柱をサクッと踏みました。大変踏み心を誘う素敵な霜柱でした。 そこで娘に霜柱より冷たく言われました。「かーちゃん、大人はそういうことしないんだよ」 以来、霜柱はこっそりと踏むことにしています。

トピ内ID:81cccbde459128cc

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トピ主です 3

🙂
ピーター トピ主
>りーずさん 岡田淳さん、大好きです! ありがとうございます。 『ふしぎの時間割』読んだことがあります。だいぶ前なのでうろ覚えですが……。 確か、色タイルの廊下があるのは学校でしたよね? 主人公が緑のタイルを踏んで行くのだったかな。 学校の廊下がこんなだったら、子どもたちは廊下でタイル渡りをして大変なんじゃないでしょうか。(特に低学年)「廊下を走ってはいけません」ではなく「廊下で跳んではいけません(ついでに別の世界に行ってもいけません)」なんて貼り紙が作られるかも。 図工の先生だった岡田淳さんは、ご自身で挿絵を描かれている本も多いですね。そして、学校を舞台にした作品も多い。学校に怪談がつきものなのと同じように、子どもたちの日常の裏地にはファンタジーが欠かせないのかもしれません。子どもの世界は、非日常と隣り合わせなのだと思います。 児童文学者(『ノンちゃん雲にのる』など)・英米児童文学翻訳家(『くまのプーさん』など)だった石井桃子さんの言葉に、こんなのがあります。(うろ覚えなんですが) 「今のあなたを作るのは 子ども時代のあなたです」 子ども時代に満喫してきた「子どもの世界」で、今の大人は育ってきたのではないかと思います。 児童文学は、子ども向けと思われがちですが、その本を読めるようになった年齢の子どもたちから、それ以上年齢制限なく読んでいい本だと思います。大人もたくさん読んでほしいと思います。いい本たくさんありますよね。 また何かお薦めの本があったら、ぜひ教えてください。

トピ内ID:81cccbde459128cc

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「千と千尋の神隠し」

🐱
ケイトウの花
昨晩、日テレで放送された、お題のスタジオジブリ作品は、エンディング中にデータ放送で宮崎駿監督が作品に込めた想い、というのを読むことができました。 この作品は、10歳の子供達に向けた宮崎駿監督からのメッセージだそうです。特に現在あらゆるメディアで発信される「言葉」に対する無責任さを危惧していました。 なかなか読み応えのあるメッセージでしたので、主さんも機会があれば目を通してみては? スタジオジブリ公式サイト、もしくは民放の、番組見逃し配信サイトからでも見られるかもしれません。 余談ですが最近は、個別レスをする小町ユーザーが減りましたね。それ自体の是非は置いといて、主さんから何かしらのレスポンスがあると嬉しいものです。 たかがネットの掲示板、されど・・・です。

トピ内ID:92a1f57143181b98

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ケイトウの花さん

🙂
ピーター トピ主
情報ありがとうございます。 検索してみましたが「これがケイトウの花さんのおっしゃってたアレだ!」というものはまだ見つからず、でも、『千と千尋の神隠し』作成についての宮崎駿さんの思いを要約したサイトがありました。 「10才の子どもたちに『大丈夫、あなたはそのままでやっていける』と本気で伝えたい」 という言葉がありました。 「大丈夫」って、安心できる言葉ですね。信頼できる大人に「大丈夫」と言ってもらえたら、子どもたちはどんなにか落ち着いて今を生きることができるだろう、と思います。 『ライフ・イズ・ビューティフル』という映画がとても好きです。 状況は過酷で、第二次世界大戦下のヨーロッパ、強制収容所での父と子の物語です。(でもコメディなんです。ファンタジーとさえ言えるかも) 父は幼い息子の世界を守るために、いつでも「大丈夫」な状況を作り出していきます。もしご覧になってなかったら、機会があれば見てみてください。 「あらゆるメディアで発信される『言葉』に対する無責任さ」ということには、とても興味があります。 ぜひ全文が読めるよう、もっと探してみますね。 『千と千尋の神隠し』は、柏葉幸子さんの『霧のむこうのふしぎな町』という児童文学の影響を受けたとも言われています。これは小学6年生の少女が主人公で、テイストもだいぶ違いますが面白いです。

トピ内ID:81cccbde459128cc

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空想へキ

🙂
2役者
とても興味深いトピでみなさまのレスもふくめて心がほっこりしました。 小さいころから空想へキの激しい人間でした。 太平洋側の海の近くに住んでいてそこの海岸には階段がついていいて上まで登れる大きな岩がありそこのてっぺんに登れば外国が見えると固く信じて向こう側に手を振っているような子でした。 なにしろ 5歳のころから日本について「この国はせまくて自分に合わない」などど生意気な口をたたくような変わった子供です。ところが、学生になって留学したところは中西部。まさに夢見た通りの大平原の中をバスで移動したことは忘れられません。自分としては馬に乗っての移動のつもりでした。 内緒ですが、イマジナリー・フレンドもいましたね。(なぜか会話が日本語だったけど)。 おとなになっててからも何かに駆り立てられるような感じでいくつかの国々にくらし、旅もしました。 還暦を過ぎた今でも海を見ると気持ちはあの頃のまま。「またいつかこの海を渡ってみせる」と心に誓うのでした。ちなみに、カウガールにはなれませんでした。

トピ内ID:8b1e008901c957fd

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今のこどもたちの心象風景もゆたかなものでありますように

🙂
5mほど段差のある敷地の境で 敷地同士は段差があり出入り口の道路の部分だけ下り坂になっているところで どの高さまでなら、ジャンプして下りれるかを試していたのを今でも覚えています 高さの変化が連続しているのですが 自分の限界が(練習すると?時がたつと?)伸びていくんですよね おままごと遊びをしていた時 ベランダが突き出た形のマンションで、1階のベランダの下が砂場みたいになっていたのです 箱型のマンションが何棟も並んでいて 家の下に砂場が延々ならんでいるのは、地下世界みたいで歩いていくだけでちょっとした冒険でしたし (高さが1mあるかないかのそんなところに入る大人はいません) 隣の家、隣の棟と歩いて行っても次の砂場が現れて 時には何かの落とし物があり、あるいはアリジゴクの巣がきれいな逆円錐の模様を作っていて 宝物探しと称して落とし物を集めたり、円錐の砂の造形をさわってみたり 木登りする木にはみんなのお気に入りと自分のお気に入りがあって どこまで高く、どこまで枝の先まで登れるかこだわって、自分しか行けない枝がありました 職人気質だったんでしょうか 細っいところまで行ってゆらゆら揺らしていました(大人目線で見るとひやひやしますね) そんな時はまわりの大人より、りすの方を近しく感じていたかもしれません 廊下はスケートリンクでした 「毛糸の靴下」をはくとよく滑るんですよね 材質のいい廊下、いい部屋の前の廊下ほど滑りがよくて障子を破ると見つかるとしかられていました 今より寒く道路もでこぼこだった冬の初め、凍った水たまりを まずすべって 次に氷を割る 氷が割れなくなってくるのに冬が進んだのを感じたりして 子どもって、視覚優位じゃないのかな? 五感と身体能力で環境の中をはずんでいるゴムまりみたいですね こどもたちにとって世界が楽しく明るいものであるように 願わずにはいられません

トピ内ID:4b9e16971ba4bb07

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トピ主です 4

🙂
ピーター トピ主
>2役者さん 私もよく意識をよそに飛ばす子どもでした。(空想癖、かな?)小学校の授業中、先生に「ピーター、こっちの世界に戻りなさい!」と怒られたことがあります。 2役者さんの空想はグローバルですね。雄大なお話ありがとうございます。 中西部の平原を走るバス……というと、グレイハウンドとか、そういうのでしょうか。サイモンとガーファンクルの「アメリカ」という歌の中に「ピッツバーグでグレイハウンドに乗った」「月が平原の上に昇った」というような歌詞があったと思います。私自身は行ったこともないところですが、情景が想像できるとても好きな歌でした。 私も、太平洋側の海のある町で生まれ育ちました。自立してから関西と南東北に住み、昨年退職して空き家になった実家に戻って来ました。今年の元日には海まで散歩してきました。 >sさん 高いところから飛び降りる! やりました! ありがとうございます。 友だちの家の脇に、なぜか知らないけれどコンクリートの階段だけがありました。階段があるだけで、その向こうは何もなくすとんと落ちていました。 そこからよく飛び降りていました。私は運動神経だけでなく度胸もなかったので、なかなか天辺から飛び降りられず、初めて天辺を制覇したときは「やったー!」な気分でした。着地のとき痺れたかかとの感覚も思い出せます。 階段は夢にも出てきました。無限に続く階段を踊り場まで飛び降り、そこからまた次の踊り場まで飛んでいくのです。怖くて、気持ちいい夢でした。 子どもって小さいから、大人が思いもよらないところに入り込みますよね。あるとき(私はもう大人でした)小学校の近くを歩いていたら、側溝の中から子どもが出て来ました。ドブ板の切れ目から入って、次の切れ目で出てきたらしいです。知っている子でした。入学したばかりの1年生でした。注意することなど思いつかず、感心してしまいました。

トピ内ID:81cccbde459128cc

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生きる世界

🙂
通りすがり
自分がピョンピョン飛ぶ時は現実が広がっていました。 色違いのタイル。道の縁石。横断歩道の白線。それがそのままありました。そらとぶ地上もマグマもサメも落ちたら死ぬルールもありません。 現実は生きているだけで楽しかった。 今は多くのルール、人の話、創作物、海の生物、地上の生物、空飛ぶ飛行機、海行く船、でかい入道雲のある現実世界で生きています。 大人の世界はワクワクします。まだまだ知らないこの現実が今も楽しいのです。 コドモノセカイはいつまでも、私の世界だったようです。

トピ内ID:60d0b81f8e8ad270

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小3の息子

🙂
ゆきんこ
まだやります。 黒いところしか踏んじゃいけないよ! と言い合って、友達と黒いタイルを渡っていき、次の黒いタイルまで間が空くと、「影の部分は黒いから、踏んでもオッケー!」だそうです。 いつまでやるんでしょうね? 小6の上の息子は、もうやりません。 いつの間にかやらなくなりました。 歩くペースも、上の子は大人と同じように一定。 下の子は突然走り出したり、ピタッと止まったり、スキップしてみたり。 もう2、3年すると、この子もそういう動きをしなくなるんだろうな、と思いつつ楽しんでいます。

トピ内ID:0b67857cec8fe1ab

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トピ主です 5

🙂
ピーター トピ主
>通りすがりさん なんと表現したらいいかわかりませんが……、誠実で上質な世界観を感じました。ありがとうございます。 きちんと作られた保存のきく瓶詰めとか、質が良くて何度洗濯してもしなやかな木綿とか、そういう感じです。失礼な言いようでしたらすみません。 私が大好きだった俳優ロビン・ウィリアムズの映画『いまを生きる』で、「Carpe Diem(カーぺ ディエム 今を生きる/生きよ)」という言葉を知りました。ラテン語だそうです。 これは、刹那的な楽しみのことではなく「いまこのとき」をいきいきと生きることだと思っています。レスを拝読してこの言葉も浮かんできました。 先のことを心配したり、過去を懐かしんだりするあまり「いま」を台無しにしてはもったいないですものね。 >ゆきんこさん 息子さんのお話、ありがとうございます。小学3年ということは、9才くらいでしょうか。 先にいただいたレスにも「10才の子どもたちに」という言葉がありましたが、このくらいの年齢って何か一つのラインがあるのかもしれませんね。 高校生の頃、J.D.サリンジャーという作家が好きで、訳されているものは全部読みました。有名なのは『ライ麦畑でつかまえて』という小説です。その小説の最後に、主人公の少年(16才)の妹(確か10才くらい)が公園でメリーゴーラウンドに乗っているのを彼が見ている場面があります。 妹のブルーのオーバーが上下しながら通りすぎていき、また回ってきて通り過ぎていく。彼には、その光景がとても美しいものに思えて、(おそらくは)妹のコドモノチカラによって、落ちそうになっていたみぎわから救われることになった……と私は思っています。 子どもたちにはゆっくりと大きくなってほしいです。大人になっても何かのチカラがある、でなければ何かのチカラを感じ取れるようでありたいと思います。

トピ内ID:81cccbde459128cc

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外国の子も

🙂
ソバス
翻訳短篇(たぶん,ロアルド・ダール,あの『チョコレート工場の秘密』の作者)に,地面に引いた線の上を歩いて遊ぶ子ども・・・という小説がありました.“線は,地獄の上に渡された橋.踏み外すと地獄に落ちる”という想定で遊んでたのだけど,本当に地獄の炎が見えてきて,足がすくんで動けなくなった・・・そんな怪談めいた話だったと思います. 作品名など,正確なところを覚えていないのですが,洋の東西を問わず,子どもは同じようなごっこ遊びをするんですね. 因みに私は保育所に行ってた頃,保育所の周りあった雨水溝のコンクリートの縁を線路に見立て,その上を脱線しないように(笑)歩いて遊んでました.

トピ内ID:f770253c98cca031

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トピ主です 6

🙂
ピーター トピ主
>ソバスさん ロアルド・ダール、好きです。奇妙な味わいの怖い、面白い短編もありますね。私は『あなたに似た人』は読んだ記憶がありますが、その話は覚えがありません。(忘れている可能性もあります)教えていただいてありがとうございます。 私は高いところが好きですが、堤防のふちなど、つかまるところのない細い長い通路を歩くのは苦手です。堤防のふちは、幅は十分、高さもそんなにはないはずなのに。 だから、線の下に地獄の炎が見えてしまったら、その場にしゃがみこんで、そのまま這いずっていくことになると思います。 映画『指輪物語』で地下のゴブリンから逃れるための最後の橋(ガンダルフが落ちたところ)、『ホビット』の森のエルフの城に続く通路(ビルボが指輪をはめてみんなの後をついていったところ)など、絶対這って渡る自信があります。線路ならまだ大丈夫だと思います。 と、ここまで書いてきて、皆様のコドモノセカイから、私はこれまで読んできた物語や観てきた映画などを思い起こすということに気づきました。 夢中になれる物語を紡ぎ出す人々、豊かな映像作品を作り出す人々は、どなたもコドモゴコロをそそるエッセンスをお持ちなのかもしれません。 私は本を読むのが好きな子どもでした。夢中になって読んでいて「何やってるの、ご飯だってば!」なんて呼ばれて、はっと我にかえるとき、そこがプリンスエドワード島のキンポウゲの原っぱや、ナルニアの森の中ではなく、四畳半の畳に座った私の目の前に築何十年かの日に焼けた襖があることに愕然としたものでした。 こうした物語が、私のコドモノセカイに大きな影響を与え、今なお忘れがたいものにしてくれているのだと思います。 中学の頃出会い、私にSFへの扉を開いてくれたレイ・ブラッドベリが言っています。 「私は大学へは行かなかったが、図書館を卒業した」

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