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悪いことをした子供に罰を与えること

レス41
(トピ主 1
🙂
うるるっぷ
子供
子供に罰を与えるのは教育として良くないというのをよく見るのですがなぜでしょうか。そもそも昭和の教育ならあからさまな体罰も多かったようですが今は体罰どころか怒りすらもしない人がいますよね。 子供も同じ人間ですから、人に迷惑をかける、まして犯罪などしたりしようとした場合は然るべき罰を受けるべきなのでは?と思ってしまいます。もしそうでなければ子供は悪いことし放題になっちゃいますよね。特に自分勝手、性格悪い子の場合。 悪いことの程度にもよると思いますが、明らかに意図的に人に迷惑をかけている場合、やめるように注意しそれでも治らない場合は罰を与えなければ逆に親としてダメなのでは?と思います。 罰を与えるのをやめて、誰が得をするのでしょうか。止める者がおらず悪いことし放題だったらまず普通、人から嫌われますよね。学校で怒られ、友達、先生から嫌われて孤立やいじめられる原因にもなります。嫌われていたら、何かをしようと思っても人の助けや協力を得られにくくなる。いじめる側になれば社会的に傷が残る場合がある。結局いずれは子供が損したり不利になると思います。 家庭内の話ならば親から嫌われることによってお小遣いは無くなる、おもちゃやお菓子など、必需品以外の物を買ってもらえない、食事に好きなものを出してもらえない、高校からの学費出してもらえない、旅行も遊びも連れて行ってもらえない。可愛がられなくなる。 これらを罰とし一つずつ実行されれば、悪事を働けば自分が損する事につながるといずれ身をもって学習しますよね。家庭内での罰が存在しなければ、単純にその事に気づくのが遅くなるだけだと思います。 (次に続きます)

トピ内ID:266b8f77535f5f11

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トピ主。続き

🙂
うるるっぷ トピ主
大人なら犯罪したら捕まりますし、罰則罰金があります。ムカつくからといってぶん殴ったりせず堪える人が多数でしょう。犯罪じゃないからと言って自分勝手なことばかり平然とやってると周りから嫌われ、生きづらくなる。何をやっても子供だからと許してくれる親の元に育ったところでいずれは社会に出ることになるのですから、早い段階から社会のルールを理解させたほうが自分で考える力のない子にとっては有利だと思うのですが。 そう考えると罰を与えるのは有効としか思えません。特にやってはいけないとわかってるのにやるような性格の悪い子の場合。自分の損につながる事が逆に悪事の抑制になる思います。ネズミでさえも、電撃を喰らうと分かっていると餌を取るのをやめるという研究があるそうです。成長の程度に差はあれど人間は様々なことを経験によって学習していくしかないですよね。罰=明らかな暴力とかは絶対だめですけど。 もちろん、頭のいい子や生まれつき性格に恵まれた子なんかは、そんなことしなくても自然に周りを見ていい人に成長していくと思います。 ただ、全ての子供がそんないい子ばかりじゃないし、自分勝手で人の事が考えられない子も多いと思うので、私は罰は必要だと思うのですがどう思われますか?

トピ内ID:266b8f77535f5f11

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子どもが罰を受けたから許されたと解釈するリスクもあります

🙂
にこにこ
罰を与えたら改心してよい子になると言うパターンはそうそうないと思います。 罰を受けて心身傷ついて 罰が辛かったーとそっちに焦点がいってしまうリスクもあります 何でこんな罰受けることになったんだよ! チクった奴誰だよって他の人を逆恨みするリスクもあります また、罰受けたんだ俺だって、だから被害者も許してくれるはず、俺だって辛いと認識になってしまうリスクがあります 周囲の大人は連携する必要があります。 皆罰を与える人間になってはいけません。 その子を叱る大人、 叱らないで寄り添う大人、 どちらも必要だと思います なぜその子が悪いことをしてしまったのか 偶発的なものなのか 被害を受けた子に過失がないか 過失とまで行かなくても原因はないか その子の思考や認知に歪みはないか その子の親兄弟など同居家族はどんな人たちなのか いろいろ考えて その子に相手の立場にたち どれだけひどいことをしたのか わからせるには 罰よりも声かけ、話し合いの方が重要だと思います トピ主さんは自分から罰を与える覚悟はありますか? 配偶者や教師とか他の人が罰を与えてくれたらいいなーと思ったりしてませんか 罰を与えるなら、信念と覚悟をもってください

トピ内ID:650c309d363c2a96

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嫌いません

041
カイト
>家庭内の話ならば親から嫌われることによってお小遣いは無くなる、おもちゃやお菓子など、必需品以外の物を買ってもらえない、食事に好きなものを出してもらえない、高校からの学費出してもらえない、旅行も遊びも連れて行ってもらえない。可愛がられなくなる。 根本的な誤解をしていますが、嫌いません。親や教員からの躾は「あんた嫌いになった」では成立しません。

トピ内ID:f8ed352bf0ba84ab

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発達に合わせた教育

041
匿名
一定の年齢以下の子どもが犯罪を犯しても罰は与えられません。 教育を受けるだけ。 子どもに罰を与えることも法律で禁止されています。 これらが日本のルールですし、多くの先進国でも法律で決まっています。 ご存じないなら覚えてください。 子どもには教育が必要です。 そして教育の場合は「罰」より「適切な褒美」が有効です。 褒美は「称賛」などが最も有効とされています。 これらは行動経済学などの学問において様々な検証を重ねた結果、実証されていることなのです。 (具体的には専門書をお読みください) ただし「ご褒美」を与えても、なかなか自制が効かない年齢もあります。 合理的思考による欲求のブレーキが効かない年頃があるのです。 しかしその時期は飴を与えようが、罰を与えようが、効かないブレーキには効果はありません。 また、生まれつきの障がいで自制が効かない人もいます。 だから結局は「罰」には効果がないんですよ。 しかもマイナスの効果を与えてしまう危険がある教育方法なんです。 トピ主さん 教育に関する専門書は、それはもう数多出版されています。 心理学の本でもよろしいかと。 少しお勉強なさってはいかがでしょう。

トピ内ID:203da91ab368d95d

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人によるのでは

🙂
嫌いにはならない
>自分で考える力のない子にとっては有利だと思うのですが。 トピ主さんの考え方だと、考える力のない子を育てているように思ってしまいます。 悪いことの区別のつかない子に、悪いことをしてから罰で教えるのではなく、そもそも悪いことなのか考える力の方が大切なのでは。 そもそも悪いことをしても子どもを嫌いにはなりませんが、トピ主さんの考え方だと親に好かれたい、罰を受けたくないから悪いことをしないってことですよね。善悪の区別は親が決めるって怖いですよ。親が間違っている場合もあるからです。親の顔色をうかがう子になりますね。先生の前では悪さをする子になりますよ。親の意見を聞くけど、自分では考えられない子になりませんか? 可愛がられたいからと悪さをしないってことは、愛情不足を産むことになりませんか? 好奇心から悪いことを誤ってすることもありますが、それもダメなのかな。我慢ができるかもしれないけど、自分から何もできなくて、一つ一つ確認をしてからでないと動けなそう。窮屈な印象です。 私はそういう子は、外で他の子どもへあたるようなきがします。(実際にいましたので) 子どもは自我が芽生えれたころは自分勝手でしょうね。まだまだ成長過程なのに罰を与えるのは良い影響とは思えません。悪いことをして罰を受けたとして、子どもはどんな悪いことをして罰を受けたかを理解できるのかなあ。罰の怖さしか残りませんよ。 昭和時代と比べるなら、悪いことをする子が少ない印象です。 早い段階から社会のルールを教えるのはその通りだと思います。 子どもだからルールを破っていいはダメですね。これは親が教えることです。

トピ内ID:82b2eba4bcc59dff

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罰によるのでは?

🙂
匿名
殴る蹴る、暴言を吐くもNGだけど、お小遣いを与えないなどは意味もないと思う。 外国で未成年に罰で社会奉仕活動を何ヶ月とか命じてるものがあったけど、そういうのなら有りかなと思う。 殴られるのが怖いからやらない、じゃあ力が強くなって親に体力で負けないようになったらどうやって静止するんだろう? 考える力のない子はいないですよ。考え方が未熟というのは年齢であるけど。 ただ、躾というのは親の考え方が大きいから、トピ主さんがご自分のお子さんを罰を与えて育てても、真冬に裸で外に放り出すみたいなものでなければ、周りはなかなか止められないし、好きにしたらいいと思います。虐待してる親は大抵口を揃えて「躾をしていただけだ」と言います。罰を与えると、エスカレートするんですよね。一回殴ってダメだったから次は2回、3回殴るって。

トピ内ID:ebd8010ddf1b58a5

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罰って何?

🙂
いちごジャム
悪い事をした子供への罰ですが、何をしたときにどんな罰が適しているのか、例を挙げてほしいです。 他の罰ではダメで、その罰ではならない理由も、教えて欲しいです。 その効果(自分がしたことの理解・反省・再発防止等)も示してほしいです。 今のところ、トピ主さんのおっしゃる罰ってとても大雑把な感じで、客観的な書き方がされていないように思います。 悪い事も千差万別ですし。 その意味で、「私の気に障った奴はゲンコツだ!」と叫んでいるだけに聞こえます。 もっと客観的・具体的にお願いします。

トピ内ID:0074fc97ea5df59b

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ちょっと短絡的であるように思います。

🙂
そらまめ
人間は、大人も子どもも、本当に全員が違いますよね。 とてもじゃないけれど、性格が悪いなんて一言で括れません。 持って生まれた特性もあれば、 親が自分で葛藤を抱えていて、その葛藤を子どもで解消しているが故の子どもの問題行動も、本当に数多くあります。 単に親と相性が悪く、愛が愛として伝わっていない場合の子どもの問題行動もあります。 つまり子どもの問題行動は、その原因も人それぞれ家庭それぞれであり、子どもの性格が悪いなんて判断を大人が安易にして罰する事自体、的外れの恐ろしい暴力になり得ます。 被害者であるが故に、問題行動を起こしていた子どもが、更なる無理解と暴力に晒されたら、下手すると、人生を、人格を、破壊されてしまいます。 虐待を行っている親は、自分が正しいと思ってやっています。 躾だと。 DVもそうです。 自分を正しいと思い、自分を正義だと思っています。 罰を与える事ができる人は、絶対的な権力者であるわけですが、ではその権力者の価値感や判断が正しいかどうかは、誰が決めるのでしょうか。 良い子悪い子。 それは誰が決めるのでしょう。 そしてその判断は本当に、正しいのでしょうか。 自分に対する客観的な視点を持たないと、人は簡単に傲慢になってしまうし、簡単に加害者になってしまうと思います。

トピ内ID:2e3b97ffcf5a3f40

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色んな子がいるからね

🙂
リュック
その子なりの発達段階があることを 親がそもそも理解してない 同じ親から生まれた子でも性格や相性がある いまでこそ発達障害、グレーゾーンなんて 言葉があるけど そもそも脳に病気がある子に 体罰を与えて治ると? 例えばチック症って知ってますか? 本人の意志に関係なく声を発生したり 不快な単語を発してしまうのです まだまだ解明されてない病気があるのに 単なる躾とか体罰ではすませられない 果たして何人の大人が見分ける能力が あるのでしょうか? 怒る1つでも受けてが違うと 逆ギレする子 恐怖でトラウマになる子 聞き流す子 泣き出す子 ただ子育てをしていて不思議な事に 理不尽に怒ったり、手を挙げる親の子は 大概、問題児です 罰を日常的に受けているので、全然怖くないのですよ 大声でいつも怒られ慣れてるから 周りの親子がチビリそうになっても 当の本人はヘラヘラ笑ってます 私は黒目がちで一重 理不尽に先生から 「何か不満があるなら言ってみろ」と 絡まれた事が度々あります 「人を不快にさせるな!」 とキレられた事も 風邪で声が出なくて朝から1言も話てないのに、クラスが騒がしくなった時 「お前が1番うるさい!」と怒鳴られた事も クラス全員が声出ないよ!と言っても 謝ってくれませんでした 先生と呼ばれる人間ですら こんなんですよ もちろんトピさんの意見には同意しますよ 我が子が被害者になったらね でも、効果的とも思えません 両親ともに愛情注いで育てられてる子にも 暴力的な子はいますが 親にとって可愛い、優しい子の1面を 知っているからこそ受け入れられない みたいですよ 本当に難しいですね

トピ内ID:6e84521bdfc414d0

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罰を与えられました

🙂
ポポ
アラフォーですが幼い時、学生時代に罰がありました。 実家では、門限を1分でも過ぎて守れなければ締め出され入れてもらえない。  小学校では掃除中に担当以外の場所に移動したという理由で教師からの明らかな暴力行為がありましたし(ビンタ)、中学校では、何だか忘れましたが、教師の意にそぐわない事をすると、机ごと廊下に出されてキチンと謝罪するまで教室に入れてもらえず授業が受けられないとか。 高校と大学ではそれなりに自由を謳歌しましたが、医療系の専門学校では、爪が規定よりも伸びている、髪色が講師の求める黒色ではないなどの理由でペナルティが課されました。ペナルティの内容は、居残りで校内の掃除だとか雑用です。 それらが果たして本当に必要だったのかはわかりませんが、当時はそういう事が多かった。 専門学校でのペナルティ方式は今でもあるんじゃないかな。 私は比較的聞き分けの良い良い子だったと思いますが、そんな良い子でも罰は普通に受けました。 悪い事をしても要領の良い子は上手く罰から逃れていたイメージです。先生に取り入るのが上手いので、罰を受けない子=いい人では無いですね。 この様な経験をしてきて思うのは、本当にその行為は罰を与えるに等しい行為だったのか、と言うことです。罰を与えるにしてもどの重さの罰をどの期間与えるか、誰がどの権限で行えばいいのでしょうか? 家なら親が子供に与える事になるのでしょうが学校では?整合性も取れないのに、教師が生徒に罰を与えられる権限などがあるでしょうか。 私が学校で受けてきた罰は、全て理不尽な事柄からで今でも納得出来ていません。裁判にかけて両者の言い分をキチンと聞いた上での判決では無く、全て一方的に押し付けられた罰です。教師の思い込みや勘違いもありました。罰を与える人の裁量による所が大きくなりますので不満も大きくなるのでは。 果たして正しく罰を与えられるでしょうか?

トピ内ID:aec5c62906bba72b

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よくわかりませんが

🙂
はな
〉犯罪などしたりしようとした場合は然るべき罰を受けるべきなのでは? 少年院に送られるなど 法に沿った罰を受けますよ。 法の罰が間違っているから 体罰にするべきということですか。

トピ内ID:633dbe2aa68b0f6e

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少し考えを整理して

🙂
暇蝦
トピ主さんの意見は子供に対する躾、倫理観の育成、善悪の判断の価値基準の教育、様々な行動における損得勘定等、本来は切り離して考えるべき事柄が混在している様に思えます。 「罪を犯し罰を受ける事は自らに損であるから、罪は犯さない」という考えは、確かに様々な法律における罰則規定(抑止効果)の根本的な考え方です。しかし世の中の犯罪者は「罪を犯しても罰を受けない様にすれば、罪は得である」と考えています。という事は、罪と罰の関係を損得勘定で一義的に判断するのは正しいとは言えないと思います。 寧ろ我々の社会は「犯罪は法律と人としての道徳に反するから罪を犯さない」という倫理観によって立っていると思います。なので子供に教えるべきは損得勘定ではなく、法と道徳を守るという倫理観ではないでしょうか。そして、その倫理観を教えるために罰を与える事は本末転倒なので、罰を与えない教育というものが存在するのです。 2022年、民法が一部改正され、親の懲戒権が廃止されました。これは躾に名を借りた体罰、児童虐待を防止する事も目的ですが、近年の様々な研究により、子供の教育において様々な形の戒めが必ずしも奏効しない事が明らかになった為だと言われています。法務省の様々な情報発信がありますので、1度探されてみて下さい。 更に申し上げさせていただけば、憲法第18条に「苦役からの自由」という規定があります。罰により人を従わせる事は、この苦役と根本的な思想を同じ様にしていると思いますが、トピ主さんはどう思われますか。 ついでに申し上げさせて頂けば、物事を損得で測るという事は、極めて高度な意志の働きによるものです、トピ主さんが何歳位の子供を想定しているのか分かりませんが、小学低学年以下では判断は難しいと思います。ネズミの話をされていましたが、あれは一種の反射学習なので、教育とは少し違う話だと思います。

トピ内ID:9efb0ca77d7e94f8

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長くなります。

🙂
ルク
子育て中につき、発達心理学の本や子育てセミナーに参加し独学で勉強しています。 罰を与えるのは良くないということがあるのですね。そちらは勉強不足でした。 >罰を与えるのは教育として良くないというのをよく見るのですが とのことですが、大体はこれに理由が付随しているものなのですが、そちらの情報はないのでしょうか? 『交換条件』というものは、物事の本質を見失う為、しつけとしてはよくないそうです。 ここでいう交換条件は、「後でお菓子あげるから、遊泳禁止エリアで遊ばないで」などのような例です。溺れたり、事故になったり、サメが出たりと、危険だから禁止というのが本質なのに、お菓子をあげるからが理由だと全く意味を持ちませんよね。 罰則も、因果関係や筋が通っていないと本質を見失うのではないでしょうか。 トピ主さんが挙げた家庭内における罰は、そこに因果関係が明確にあり、尚且その子にとって有効な場合のみ、各家庭のやり方なので別にいいのではないかと思いますよ。 例えば ・人様の作った食べ物を粗末にする→食事に好きなものを出してもらえない ・自堕落な生活で学業を怠る→高校からの学費出してもらえない 等。 おもちゃやお菓子や旅行に関しては贅沢品だと捉えます。それがなくなることが罰とは、優しいなと感じました。 ただ、その理由が【親に嫌われる】という表現がピンときませんでした。親は、確約された無償の愛情を注ぎ続けるものと認識していますので、子供を嫌うことはないのではないでしょうか。もちろんイライラすることはありますし、怒ってしまうこともありますが、嫌うという現象はないですね。 もしもトピ主さんの例が、【親が子を嫌いなので罰を与える】というストレートな意味なら、それはNOです。虐待に当たると思います。そこには因果関係が全くないので。特に『可愛がられなくなる』は辛辣ですね。 続きます。

トピ内ID:412cc870f4770012

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長くなります

🙂
ルク
続きです。 嫌うとしたら、子供が親を嫌うことから始まると思います。まさにこういった理不尽な罰則を不服と感じ、親に不信感を持ちはじめ、徐々に嫌っていくのでは。 社会に出てから嫌われ、子供が困ると懸念されているようですが、恐らくですがトピ主さんが想像されているような悪い子像は、99%劣悪な家庭環境が原因でしょう。 むごい理由の離婚や家庭不和、育児放棄や無関心、虐待(DVや教育虐待など全て)、過干渉、親の強すぎるこだわり、そもそもの親の素行等。そういった家庭に、意味のある罰則を求めることが難しいと思います。 なので、・犯罪をおこすような・明らかに意図的に人に迷惑をかけている・やめるように注意しそれでも治らない・性格の悪い子は、罰ではなくてカウンセリングの方が必要だと思います。児相とか。 そうでなくて一般的な家庭で、ただ自分勝手な場合。 私は、『社会に出てから嫌われることを未然に防ぐ為だけ』に、早い段階から仕込んどいた方がいいので家庭内でまず罰則を行う、という意見なら、そこは賛同しかねます。というのは、別に社会に出て嫌われても、そこで学んだらいいと思っているからです。 うちの家庭のやり方は、世間とは合わなかったんだな。子供はそこで気付いて改善していけば、それでいいと思います。世間に好かれる為に育児してるんじゃないので。 とは言っても、そうやすやすと考えていられない場合もあります。それは子供の自殺です。 叱られもせず温室育ちで、この理不尽な世の中に、少しでもショッキングな出来事に遭遇したら命を絶つ。こういう危惧もあります。だからこのご時世、育児は本当に難しいと感じます。 まあうちはまだ3歳に満たない子供達なので、これからどんな性格になっていくのかわかりません。毎日毎日罰!罰!ばーつ!だったりして。

トピ内ID:412cc870f4770012

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そうとも限らない

🙂
オーツ麦
罰というのがどういうものか分かりませんが 罰が嫌だからという理由だけなら親に分からないようにやったり、やってないと嘘をつくようになる可能性もありますよね? 親の目の届かないところで悪いことをするようになる方が悪い結果になると思います。 叱らない育児は反対ですが子供の時に繰り返しなぜ駄目なのかを話し、なぜしてしまうのかを聞くことは重要と考えます。 犯罪したら子供でも捕まりますしトピ主さんの言っていることには無理があると思います。

トピ内ID:fdd88f922eeecfa5

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悪事を働かないのは罰則のせいじゃない

🙂
そうかなー
4歳?くらいまでの子供は「怒られるから」、 つまり自分が損をするから、自分が困るから、 悪いことはするまい、という理解しかできないそうです。 でもそれ以上の年齢になると、悪いことをしないのは、 人を傷つけないため、人を悲しめたり 苦しめたりしたくないから、 という気持ちから行動するようになるそうです。 もしも罰則がなければ、 頭に来たら人をひっぱたき なんなら殺してもいいと思いますか? 欲しければ人のものを盗ったり、邪魔なものは排除、 ただ自分がムカつくから、自分にとって不都合ならば 相手をぶったり傷つけてもいいと思いますか? 大人になってもそういう人は一定数いますが、 多くの人はそうではない。 人を悪事から遠ざけるのは、罰則ではない、 ということです。

トピ内ID:f5f42b40de1d92f8

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罰の前にあるプロセス

🙂
色々考えますよね
自分は生まれつき性格が良くなく、弟を可愛がった記憶もなければ 誰とでも仲良くもできない、自らの欠陥を自覚しても治せない子でした。 頭ではわかっているのですが、好奇心や自分中心の考え方が過ぎて 周りの人を平気で傷つけていました。 だからかわからないですが、幼稚園に入る前?くらいから 外の倉庫に閉じ込められたり、平手打ちはもちろんのこと 猿ぐつわをされて背中にお灸をすえられることもありました。 痛みと熱で騒がないようにしてたのかなと思います。 遠方に住む祖父母の家でも、わがままを言ったという理由で 手の甲にお灸をすえられ、小2のお正月でしたが数十年経った今でも痕があります。 他にも母親からの無視や蹴る殴るなどは時々ありました。 すべて教育的指導です。 ちなみに1970年代前半生まれです。 上記のようなことをされて、何が身についたかというと痛みへの耐久性と 鋼のようなメンタルの強さです。これは背景に憎しみがあると思います。 そして子どもを生み育てることへの興味は完全に消失し、迷わず子どもを 産まない人生を選択しました。 子どもを可愛いと思えないということと、暴力の連鎖が怖いと思ったからです。 指導されなければ、どうしようもない子どもだったのかもしれませんが 確かに言い聞かされても、ひとつも素直にきくことはできない子だったので。 理由はわからないですが、もしかしたら一年も開けずに生まれてきた 弟への嫉妬もあったのかもしれません。 また、最近になって母親が 「女の子は外へやる子だから。」 と話すのを聞いて(そう思ってたのか)と納得しました。 ただ罰を与えるだけでは、精神的な歪みや人生観に暗い影を落とすことも ありますので、そこに至るプロセスも大切かもしれないと思います。 また、体罰はあまり良い結果にはならないです。憎悪を生むだけです。

トピ内ID:ce1dca2629e30fcf

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罰を与えなくてもいい

🙂
緑の風のアニー
子どもは、まだ、この世に出て、日が浅いのですから、よくないことだと、わからないこともあります。 それは、教えてやらなくてはいけません。 それと、失敗のフォローの仕方、迷惑をかけた相手への、謝罪の仕方を、です。 何が悪かったのか、よく考えて、理解すること、相手の目を見て、誠心誠意、謝罪すること。ときには、親も一緒に頭を下げる姿を見せること。 その上で、弁償せねばならない場合が、あること。 そうして、なるべく年齢の小さいうちに、挫折を乗り越えて解決する、成功体験をたくさん積むことが、善悪の判断がしっかりできる、しなやかに強い、人間関係調整能力に長けた人間を育てるのです。 大人になれば、なんでもできる、なんでもわかる、のではありません。 大人になるまでに、子どもは、さまざまなことを、学習するのです。 「罰を与える」発想だと、それが、善悪の判断に結びつけばいいのですが、そうはならないことがあります。 自分のしたことは忘れてしまい、罰を与える人間に、いたずらに恐怖を感じたり、迷惑かけた相手を恨んだり、罰を逃れる方法に長けるようになったり、誠実でなくなったり、 バレなければいいんだ、という発想になったりしませんか? それだって、学習の結果ですので、親の姿勢が、そこで問われると、思います。 主さんのお子様は、いかがでしょうか。

トピ内ID:4d816cd8c6989653

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指導できればいいだけです。

🙂
レモネード
「罰則があるから、やってはいけない。」という価値観を見に付けるのは、余り良いことではありません。 誰に責められなくても、誰も見ていなくても、やってはいけないことはいけないのです。「ならぬことはならぬ。」のです。これを倫理観とか道徳観とかいいます。 子供はにはその根本を身に付けさせなければなりません。それには大人が、冷静にきちんと、何故、それをしてはいけないのかを教えなければなりません。だから必要なのは罰では無く指導(躾)です。 だから「✻✻に怒られるよ。」とか、「✻✻が恐いよ。」などと子供を脅かすのは効果が無いのです。 大人が毅然と指導すれば子供には通じます。それができずに罰に頼るのは浅はかなことです。

トピ内ID:ebd1860ddf161bf6

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嫌わない

🙂
嫌わない
>家庭内の話ならば親から嫌われることによってお小遣いは無くなる、おもちゃやお菓子など、必需品以外の物を買ってもらえない、食事に好きなものを出してもらえない、高校からの学費出してもらえない、旅行も遊びも連れて行ってもらえない。可愛がられなくなる。 悪いことしたって、親は子供を嫌わないです。どうしたらいいのか悩むけど。何がその子をそういう衝動に狩り立ててるのだろう、どう伝えたらやってることは悪いことだと伝えられるのだろうと。 あなたはそうやって悪い子で親に嫌われて愛してもらえないという罰を与えられながら育てられたから、それが正しい姿だと主張したいの?

トピ内ID:ebd8010ddf1b58a5

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難しい

🙂
はるはる
私も以前はトピ主さんのようなことを考えてましたけど、トピ主さんが考える罰を与えないといけないような子は、何らかの特性を持ってる、境界知能、親が虐待してるなどの要因がある場合が多いと知ってからはそう思わなくなりました。 罰は有効な場合もあると思いますけど、その罰のせいで別の歪みが生じたりもありますから、なかなか罰与えときゃいいみたいにはならないようです。 少年刑務所にもそういうお子さんが増えてるそうで、それこそ刑務所に入るという罰を与えても再犯して戻ってきて問題になってるそうです。ドキュメンタリーもあるので見てみたらどうでしょうか?

トピ内ID:e3caf48cc37e4d5b

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罰はいらない

🙂
わーまま
叱れば事が済むので、罰はいりません 大好きな母親が悲しい顔をするだけで子供は十分通じます なんてきれいにまとめましたが 私が叱るとめっちゃ怖いらしく、子供はギャン泣きします まあ、うちの子は聞き訳がいいほうです 大概の親はしつけ頑張ってます 私は怒ると叱るは違うものと区別しています 親は、怒る必要はなく叱る必要はある 概ね、まっとうな人間なら、あえて悪事は働きません 人の大半は善良な小市民です 特に日本はそうだと思います 人は間違えるものだから 知らなかった、わからなかったということもあります 知っていて当然だと罰を与えても嫌な気分になるだけ まったく効果がないとさえ感じています 抑えられ虐げられ、反省するばかりではないのです 受けた攻撃はいずれ同じレベルで外に出ていきます 体罰や行き過ぎた指導を受けた子供はやっぱり攻撃的です そうなる前に、罰を与えるのではなく それはだめだと教えるだけでいいのに まずは教え導くこと大事です 伝わらないなら、伝え方が足りていないのです 子育ては忍耐だと思います 交通違反の切符はどうしようないですけど これも免許取得者は知っていて当然でなければなりませんからね それが免許というものです。数年に一回講習があるのは当然なのです 日本の9割以上は免許取得者ですから常識といって差し支えないかと 普通の人ならこれで十分なのです そうでない人がいるから刑罰があり、毎日報道で犯罪を取り上げて これもある意味防止策なのでしょう 悪い子が必ずしも犯罪を犯すわけでもなく いい子も犯罪者になることもある そこには複雑な何かがあるのでしょう 体罰は逆に増長すると思います ただ世の中には どうしようもない人間がいる とも思います

トピ内ID:b4b5cbd34dc1b68c

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どうやって育てられたらそんな考えになるの?

🙂
海老でんす
子供の頃酷い体罰でもされた? 罰を与えるのはいいけどその罰の内容よ 高校からの学費出さないとかありえないよ たとえば夕食時にに食べ物にひどいイタズラをした→途中で切り上げて今日の夕食はナシ これはありだと思う。 今やった事を今罰するのはアリでも、あの時こうしたから今罰を受けるというのは毒だと思う

トピ内ID:0c423c35ba0b5ff7

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罰の与え方は難しいよね

🙂
とおりすがり
多くの親は幼児教育の専門家ではないので罰の与え方が下手なのです。 体罰で身体に跡が残る事をしたり、 言葉で叱る時に人格否定して子供のトラウマになるような言葉を吐いたり、 罰など必要ないほどの些細な失敗でもその時の感情に任せて怒ったり、 優しく言えば分かる子にまで厳しすぎる罰を与えたり。 そのせいで大人になっても自己肯定感が低く、生きにくさに苦しむことになる人がいることも知られていますよね。 逆に自分の子は性格良く頭のいい子だと思いこんで叱らない親もいます。 数十年前は公共の場で騒がしい子供を他人が叱るとか、 喧嘩している子供に先生が介入するとか、 祖父母世代が子育てに口出しする事も良い躾になりましたが、 今そんなことしたら非常識扱いされます。 子育てしてる親世代は、自分の子以外の幼児の面倒を見た経験などなく子供を産む人がほとんど。 新しいものや狭い仲間内の価値観だけが正しく、厳しいことや古いことは良くないものだとしてきた人達。 子供の躾は今後どんどん崩壊していくと危惧しています。 トピ主さんの言うように、幼児期の躾が足りずに嫌われ者になりいじめられることになってる子もいますね。 今の子育て世代が孤独だったり、子育てがつらいと感じるのは、 自分に都合の悪い口出しや介入を排除しすぎたせいで、必要な助けも失ったのだと思います。 外で走り回ったのを近所の頑固おじいちゃんにガツンと叱られて親と謝りに行ったり、 その方が子供には学ぶ機会が増えて親子の絆も強まるのにね。

トピ内ID:88a0a00bb56b177a

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罰は、問題解決を子供に任せている教育法

🙂
そうねぇ
>特にやってはいけないとわかってるのにやるような性格の悪い子の場合 問題行動の原因はその子の性格、という思考は、その子に問題解決の全責任を押し付けています。その子が問題行動をするのは、問題を自力解決できないためですから、それでは問題は解決しません。問題行動を起こす子供に対して、周囲には、その子の抱える問題を理解し取り除く作業が求められます。 これが、今の時代の第一義的なアプローチだと思います。 この作業において罰が使われないのは、罰が問題行動の回避策を提示していないからでしょう。それゆえ、罰の教育とは、罰があれば自制できる子、までが教育対象で、自制そのものができない子を切り捨てています。自制できない子まで教育対象に含めることで、自制できる子たちにとってもより負担の少ない教育を提供できることがこの教育でもあると思います。 >電撃を喰らうと分かっていると餌を取るのをやめるという研究があるそうです。 電撃は、実験上わかりやすくした「刺激の代表」と思われます。もし、電撃をしてネガティブな刺激が躾に効果的であることを実証したものであれば、かなり古い時代の研究だと思われます。今では、動物でもポジティブな刺激で躾はでき、広く動物のメンタル安定や問題行動抑止にも効果的であると言われていると認識しています。 >大人なら犯罪したら捕まります 例えば、再犯する大人を見て、人は罰の限界を理解し、今に至るのだと思います。 >私は罰は必要だと思うのですがどう思われますか? 罰を回避する教育が今後の主流になるとは思います。ただ、現時点は発展途中で、回避策の提案まで実行する大人は限られていると思いますし、回避策が社会のどこにもない問題を抱えている子どもも一定数いるでしょう。発展するのはこれからだと思っています。

トピ内ID:c6124ed31cafc31a

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私は育児や教育には罰は不要と思います。躾け、指導が必要です。

🎶
szk
言葉尻の問題かもしれません。「怒る」と「罰」の定義を明確にするとわかりやすくなると思います。 >怒りすらもしない人がいますよね。 当然です。叱ることは大事ですが、怒ることは避けるべきです。 人間なのでどうしても感情的になり怒ってしまうことはあるでしょう。 しかし、できるかぎり大人の分別で抑えなくてはなりません。 >私は罰は必要だと思うのですがどう思われますか? 私は育児や教育には罰は不要と思います。躾け、指導が必要です。 昔の体罰や理不尽な罰則、暴力的な指導は、怒りと躾けの混同、躾けと暴力の混同によるものも多かったように思います。 現代においては、是正の反動なのか、腰が引けてしまい、必要な躾けと必要な指導がしにくくなっているところに問題があると思います。

トピ内ID:6fc4a4d8d9e494c8

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極端だな…

🙂
しつけ
罰を与えずに善悪を教えればいいだけかと…。  罰=恐怖心でいうことを聞くだけ。 になると、なぜ、ダメなのか?という本質がわかってなかったりする。 罰なんか与えなくてもしつけはできるよ。 親の背中を見せることがなによりのしつけ。

トピ内ID:32bd95e144055916

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トピ主さんは子どもがいない人、ですよね?

🙂
ヨーコ
子育てしていたら、こういう発想にはならないと思う。 頭の中で考えただけの提案をしているのでしょう。 子どもに罰を与えたら言いつけを守るようになるなんて、実際に子育てしていたら、すぐに机上の空論だと分かるはずだから。 罰を与えるって・・・ たとえば片付けしない子供に「片付けしないなら玩具を捨てる!」って捨てたとして。 でも・・・、片付けする子には、ならないんですよねぇ~。 そういうことは多くの親が体験しているはず。 その場では「片付けします!」って泣いて謝っても、結局は片付けするようにはならない。 勉強しない子に「ゲーム禁止」と罰則与えても、勉強する子にはなりません。 片付けの重要性とともに、片付けのやり方を教えたり、楽しく片付けできるように工夫するとか 勉強については「本人のやる気」を引き出す、褒めるというご褒美を与えるなどで、勉強するようにしていくんですよ。 それが教育や躾なんです。 人間はネズミとはまったく違う。 非常に複雑な思考と感情のある高度な生物なんです。 人間の行動については様々研究されているし、今もそれが継続されています。 罰で行動が抑制できるような単細胞な生き物じゃない。 これだけ文明や科学技術が発達しながらも、愚かな戦争を繰り返しているのがその証拠です。

トピ内ID:203da91ab368d95d

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嫌われてもいいやーだと?

🙂
専業主婦よ
買ってあげません!あなたとは口ききません!連れていってあげません! と、罰を与えたとしても、 嫌われても別にいい、口きいてくれなくても、買って貰えなくても別に構わない。と、全てに無気力で、我を通すことや、その時の欲求のままに振る舞う事を優先する思考になったら、トピ主さんはどう矯正するの?最終手段で、体罰ですか?痛い目に遭いたくないから、いう事をきくかもしれませんが、トピ主さんのいない所で、同じように他人を支配しようとするかもしれませんよ。 孤立させるとか、何かしてやらないとかって、精神的な体罰ですから、肉体的な体罰と同じ。 その時だけ、自分のいう事をきくとしても、倫理観に基づかない行動は、長続きしませんし、良い結果にはならないと思います。 大好きな母親に嫌われたくないとか、悲しませたくない、期待を裏切りたくないと本人が思えるのなら、そういう気持ちを利用するのは、ある程度効果的だと思いますが、罰を与えて支配しようとする親に、そんな愛着が育つものでしょうか? 親の人間性や親力が優れていれば、子供は支配しなくてもいう事をきくはずという視点がトピ主さんにはないと思います。 雑に育てると、粗雑な人間になると、周りを見渡して感じないのでしょうか? 罰で脅すのは、雑な親のやる事です。

トピ内ID:e46e879220b3742c

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叱られるも罰の一種かもしれない

🙂
味噌鍋
難しい部分ではあると思いますね。 善悪の判断が出来ない子供に、自分がやったことがどれほど悪いことなのかを知らせるために何らかの罰を与えるというのは、ある程度有効なのかもしれないと思います。その内容によりますが。 「そんなことをしたらお友達が悲しいでしょ」と言っても同じことをされないと理解できない場合もあるだろうし、「部屋を片付けなさい」「乱暴な言葉を使ってはダメ」などは、子供が「どうしてそれをしなければならないのか」を理解するのは難しいです。別に部屋が散らかってたって死ぬわけじゃないし、誰にも迷惑かけないじゃん。自分の部屋なんだし!って屁理屈こねてくる相手に対して、子供にも理解できるほどの直接的なメリット、デメリットがあるわけでもありません。 綺麗な部屋の方が気持ちいでしょ とか 他の人に乱暴な子って思われるよ みたいなのだったら「別に私は平気だもん」で終わっちゃうし、「これが我が家のルールです」で押し通すと結局は「ルールに従わないと親に怒られるー」という恐怖か、諦めかと言う事になってしまうでしょう。 残念ながら大人だって個人の倫理観に頼っていたら自分を律することができないという事は良くあることです。 今までも何度も悲惨な飲酒運転の事故の報道があり、嘆く遺族の映像を教習所で見せ続けてきましたが、結局飲酒運転を劇的の減らしたのは厳罰化です。 トピ主さんの認識はちょっと変ですが(親に嫌われるとか)、ただ子供の目線から見たら叱るも怒るもあんまり区別がついてなくて、「自分の大好きな親が怖い顔をして怖い事を言ってくる。(嫌われたかもしれない)」というだけでも「罰の一種」かもしれません。「あんな怖い思い(親に叱られる)をするくらいにこれはやってはダメなんだ」という感覚的な恐怖心が最初にあって、その後「何故罰を与えられる程ダメなのか」を徐々に学ぶのかなという気がします。

トピ内ID:f2975b96c7b58f16

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