本文へ

いつかやってくる「死」がこわい

レス102
(トピ主 0
😨
もっち
ヘルス
自分がどんな風に死ぬか、死んだらどうなってしまうのか時々真剣に考えて眠れなくなります。 今現在、嫌な事も辛い事もありません。急に「死」を意識してしまって長年つけてきた日記も「死んだあと誰にも見られたくないな」の気持ちから処分までしてしまいました。 死後の世界ってあるのでしょうか? 死んだら「無」なのでしょうか? 生きてる皆さんに聞いても答えは出ませんよね。 私はどうかしてしまったのでしょうか。 私は30歳、至って健康で他には何も悩みもありません。

トピ内ID:6657667362

これポチに投票しよう!

ランキング

レス

レス数102

このトピックはレスの投稿受け付けを終了しました

全く同じこと思ってました。

🐤
えみ
全く同じこと最近思ってました。 しかも年齢も同じ30歳です。 一週間に2・3度「死」に恐怖を感じてしまい寝つきが悪くなっています。(今まではノビタ君なみにすぐ寝れてたのに。。) お互いなんでなんでしょうね。。。

トピ内ID:0052677784

...本文を表示

私も怖い。

💄
古澱
運があまり良くないけれども、長生きをする手相と、診断をされたことがあります。 それでも、自分は余り体も丈夫ではないし、無理も利かないため、それと、性格も悪い。 いつかぽっくり、早死にするかもしれないとの思いも駆け巡ります。 子供の頃はとっても悪い子で。 思春期も・・・。 今でも性格が悪い。 楽したがりで、自分ばかり苦労していると思い込みすぎる部分もあり、人へも優しくできない。 自分で自分のことを、八つ当たりがすぎると思っています。 いつか天罰下るかもしれない。 私なんて、40歳ぐらいで死んじゃうのかな。とも思います。 友達が母親を亡くしたと言う話しを以前聞いた時、その次は自分かも・・・と思ったこともありました。

トピ内ID:3639414332

...本文を表示

ん~

🙂
ワイアルエス
私は、8歳ぐらいのときから、28歳ぐらいまで同じような状態でした。 でも、最近はほとんど無いです。もう、考えることに疲れました。 考えても、怖がっても、何も変わらないですものね。 とりあえず、過去も未来も、頭の中にしかないのですから、今を精一杯生きるしかないのでは。死んでから、自分のことを誰がどう思おうが、それは、もうあきらめるしかないです。 もし、死後の世界があったら、生物が生まれて何億年も経つのですから、死後の世界は、混み混みですね。こっち側と、あっち側を行ったり来りするのであれば、死後の世界でも、また死ぬのかなぁ。

トピ内ID:3371580900

...本文を表示

分かります!

🙂
wa
20歳です。中学生の頃全く同じことを考えてました。 死んだらどうなるのかな? 例えば死んでから生まれ変わっても、 そのときはもう別人だから、生まれ変わったって 気付かないんだなとか考えてました。 なぜなんでしょうね? ものすごく死に囚われていました。 そんな私でしたが、高校生の時に父が亡くなり、 死は誰にだって訪れるものなのだと改めて 感じると同時に、身近な人の死によって、 死を見つめることができ、怖さが消えました。 今は死について考えても怖くなったりしません。 考えても死は避けられるものではないし、 怖いなら怖くていいと思います。 きっと分からないから怖いんだと思います。 トピ主さんの感覚がおかしいとは思いませんよ。

トピ内ID:2384828212

...本文を表示

私もでした(過去形)

😑
修行猫
私も一時期、「死」がものすごく現実的に思えて怖かったときがあります。「ああ、私はいつか死ぬんだ。死ぬときはどのくらい苦しいんだろう。今考えていることも感じていることもなくなってしまうんだ」と、しみじみ考えてしまっていました。 寝るときとか、ふとしたときに、その思いが浮かんでくるのです。 体は健康で、悩みはあったものの、死にたいわけではありませんでした。 今は「あれは何だったの?」って思うくらい、関心が薄れました。 ちなみに、死んだら「無」だと思っています。何か別の世界があるのかもしれませんが、あったとしても、それは人間の脳で認識、想像できるような、天国や地獄や「霊」とか言われているものとは違うと、私は考えています。

トピ内ID:5898386734

...本文を表示

前世療法

🙂
ダルトワ
私は宗教等には一切縁がなかった人間ですがタイトルの本を 読んで以来、死に関する考え方が変わりました。 ちょっとウキウキするぐらいになりましたよ。 亡くなっていった親戚の事も ポジティブに考えられるようになりました。 権威ある精神科医が書いた本ですがとても読みやすい文体です。 おすすめです。

トピ内ID:0121199348

...本文を表示

死の種類

🙂
やすこ
年のせいなのでしょうね(50代後半)、親・兄弟・友達・知人等を続けて亡くしました。 自分の身にもいつか起こる事と、いろいろ考えてみると、死って以外と単純なんですよね。人間が死に至るには、たかが5種類位しかないのです。病死(老衰も含む)・事故死・自殺・他殺・絞首刑ー(他にありますか?) ほとんどの人の最期は病死だと思うのですが、あとはどんな病気で死ぬかというだけです。姉をガンで亡くしてみれば、本人や家族に心の準備期間を与えられるガンも悪くはないなと思うようになりました。 兄を交通事故で亡くしてみれば、突然夫や息子を失う家族は大変辛いですが、本人は即死状態で、苦しまずあの世にいくのもいいのかもと思うようになりました。 幾人もの親しい人間を亡くした後、今自分にできる死の準備はせいぜい身の回りの整理をし、遺言とリヴィングウィルを残すだけです。あとは死ぬまで出来るだけ楽しく暮らしたいなと思っています。 死んだ後の事は考えてもしょうがないので、死後の世界で親・兄弟・友達・可愛がっていたペット達に逢えるかも?とそれだけ楽しみにしています。

トピ内ID:6557560000

...本文を表示

旦那の死の方が怖い・・・

😢
シュガーレス
私の場合は自分の死よりも、旦那に先立たれる事の方が怖いです。 たまに旦那の帰りが遅くなったりすると、どこかで事故にあっていたり、誰かに襲われて殺されちゃったりしたらと心配になってしまうことがあります。

トピ内ID:5204520466

...本文を表示

一度は通る道!

🙂
杉男
誰でも一度は考えることではないでしょうか?見つめると死を恐れるのは普通だと思います。イロイロ悩みましたが、今は深く考えてもわからないこと。又考えすぎるマイナスもある。今は与えられた生を精一杯「生きる」ことが大事!「死」がきたときは「受け入れる」と考えています。気持ちはやすらかになりました。ご参考まで。

トピ内ID:1806275604

...本文を表示

同じです

🙂
apple
本当に自分の死が怖いです。 夫の死も、親の死も想像すると怖い(というより、悲しい)ですが、それ以上に恐怖です。 陣痛の痛みも、「この痛みで死ぬことはないんだから」と自分に言い聞かせて乗りきりました。 が、多分、死ぬときに感じる「痛み」は、文字通り「死ぬほどの痛み」なんだろうなぁと感じると、単純に考えて恐ろしいのです。 でも、最近、「年をとると、あまり死が怖くなくなる」と聞きました。 そうなる人もいれば、そうじゃない人間もいるとは思います。 それを信じて、少しでも前向きに生きていきたいなと思っています。

トピ内ID:7320153018

...本文を表示

こういう考えもあるなあ、と

💡
おりびえ
小学校の何年生の時か忘れましたが、突然死ぬという事にものすごく恐怖を感じていた時期があります。 何がきっかけだったのかも分かりません。 いっそ人間じゃなく、植物に生まれたかった、とか、毎晩布団の中で考えていました。 そしてそんな考えはいつしか自然に薄れて、高校生の時です。 小説を読んでいたら「死ぬのが怖くて生きていられるか」と、堂々と答えている場面がありました。 それもそうだな……と思いました。

トピ内ID:2221179166

...本文を表示

死の「何が」怖いのか、考えたことがあります。

🐧
マジっ子
そして、 「死」そのものが怖いのではなく、 「苦しみながら死ぬこと」が怖いのだと、気付きました。 眠っている間に死んでしまったり、 あっという間に死を迎えるのであれば、 「そんなに怖くない」と思います。 そして今では、 「死んでしまえば、苦痛を感じる脳は無いから、怖がる必要もない」 と、思うようになりました。 >死後の世界ってあるのでしょうか? これは、考える人次第です。 「天国か地獄に振り分けられる」と考える人もいれば、 「輪廻転生を繰り返す」と考える人もいます。 トピ主にとって、納得のいく考え方を選べば良いと思います。 >死んだら「無」なのでしょうか? これも、科学的か宗教的に考えるかで、答えは異なると思います。 しかし、私は… 「死者のことを覚えている人がいる限り、無ではない」 と、思っています。 私の流産した赤ちゃんも、「無」ではありません。 たった数週間の生命で、性別も分からないけれど、 お墓も戒名もないけれど、 夫も忘れているかも知れないけれど、 …私は、今でも覚えています。 決して「無」ではありません。

トピ内ID:8550810942

...本文を表示

今を精一杯生きてみる

🎂
9月のうさぎ
最近はスピリチュアルブームで死後の世界についても語られることが多いですが、トピ主さんの仰るとおり、生きている私たちに本当のことはわかりません。 「死」はトピ主さんだけに訪れるものではありません。生きているもの皆平等にいつか訪れます。 100年後には今生きている人のほとんどが死んでいます。そう考えたら人生って意外に短いと思いませんか? 「死」に怯えながら暮らしても、今を精一杯生きていくのも同じ一生なら、私は断然後者を選びますけどね。

トピ内ID:1282327498

...本文を表示

死が怖いです

🙂
yukinosita
 私も死が怖いです。といっても自分のではなくて、人が死ぬ事です。  阪神大震災からとても怖くなってしまいました。あまりにも人が簡単に死に過ぎた事がトラウマになっています。同じ年の人が崩れた家に挟まれたまま焼け死んだ話や焚き火に当たっていた人が地震の揺れで火の中に突っ込んでしまってそのまま焼け死んだ話。遠い国ではなくすぐ側でいくつもいくつも。  テレビが顔の真上ではなくてすぐ横に落ちて助かった人も入る。その一瞬の差は本当に何でもない事で死神はいつもすぐ側で手ぐすねひいて待ちかまえていたんだ、という事実を目の当たりにして以来、本当に怖くなってしまいました。  今生きているけれども、急に車が滑って崖から落ちる事だってありえるし、乗っている飛行機が墜落しないはずもない。道を歩いていて通り魔に刺されるかもしれない。  死神はどこにでもいて一瞬の隙を常に狙っているんだ、とふとした瞬間に思いだして怖くなります。  うちの県は死亡率が全国ナンバーワンだそうで、2か月に一度は知り合いの死を聞きます。死が身近にいつもあって逃れられないんだ、という恐怖心はいつもあります。

トピ内ID:0161137702

...本文を表示

考えても仕方ない

🙂
もすけ
私は、死んだらそれまで。後は何も無し。と思っています。 子どもの頃に父親始め身近な人を 続けて亡くしているせいかもしれません。 死後の世界があると思えば、それもまた楽しそうですが。 自分が死んだ後のこの世のこともどうでもいいです。 何か他人があれこれ噂するようなものを残したとしても 自分はもう何も感じないのですから。 いつか死ぬことは自分の力の及ばないことだから、 あれこれ考えない。 今生きていることは自分でどうにでもできることだから、 できるだけ快適に過ごせるように、いろいろやってみる。 そんな感じでやっています。

トピ内ID:3820002436

...本文を表示

余談ながら

🙂
K
人が生きる上で最も理不尽なことは死、すなわち自己の消滅だと思います。 けれど人の死は絶対不可避です。人間は100%死ぬのです。 その理不尽をどうにかして自分に納得させようと人間は有史以来、 思考し続けてきました。それが私は「哲学」だと思っています。 自分に死を納得させる思考は死ぬまで続けられます。 故に「哲学」は死への思考であると共に「生き方」を考えることだと思います。 死を意識する事は人としての発達であり健全な事だと思います。

トピ内ID:9203792253

...本文を表示

死は生だと、、、。

😑
けいママ
もっちさん、こんにちは。  私は小学6年から約1年間同じように“死”への恐怖で悩み続けました。死んでから何もなくなる事への恐怖でした。中学に入ってからはもっと現実的な悩みに消され忘れていました が、、、。それから20数年後、癌に冒され死への恐怖から鬱になり、いろいろ考えました。また、癌になっても死への恐怖もなく明るく生きておいでの方もたくさんいらっしゃいます。そういうかたは、今までの人生に悔いはない、どの時期を振り返っても悔やむところはない!!とおっしゃいます。  人はいつか亡くなるものです。死に様はまさに生き様そのものだと思います。 どうか穏やかに死を迎えられるよう一生懸命に人生を送って下さい。そうすれば悩みは軽減すると思います。  ちなみに決して宗教関係者ではありません。  

トピ内ID:8983653966

...本文を表示

私は死後の世界があるのが怖かった

🐧
はな
去年手術がきっかけでウツを発症したとき、「死」に囚われていた時期がありました。生きているのもつらい、でも死んでもこの状態が続くのなら(自我がなくならないのなら)、それこそ出口のない無間地獄ではないか?と思い、生きることも死ぬことも怖い・・・という感じでした。仮に無になれるのだとしても、その前に味わうであろう苦しみを考えると、どうにもたまらなかったです。ノイローゼ一歩手前でした。現在も心療内科に通っています。 だけど、どこかで読んだこの一言で、すっと気持ちが楽になりました。誰か昔の偉い人の言葉だったと思います。 病むときは病むがよし、死ぬときは死ぬがよし そしてこれは、私の友達が言った言葉。 今日も一日無事に過ごせた、おかげさんおかげさん、ありがたやありがたや こうして一日一日を無事に重ねて、いつかやってくる寿命のときまでただひたむきに生きるだけ。そのときに安らかに死を受容する気持ちになっていたいと、今は思っています。

トピ内ID:8963130006

...本文を表示

やはりありますよ

🐧
そうですよねぇ
そうそう。ひどいときは、夜中に息がなんだか苦しくて起きて、それから起きると、なぜか死ぬってことはずっとずっと永遠に自分のこの存在がゼロになるってことであると。。。考えはじめ、そのずっと永遠にっていうのが怖くて、だから、よくいう霊能者みたいな方々がテレビで生まれ変わりとかいう言葉を使ってられるのを、なんだか信じてしまいたくなってしまってました。  う~ん、やはり未知というか、なんとも考えつかない。ただ、言えるのは、せっかく与えられたその期間、生きてるうちは自分にとっての時間を自分にも有効に、人にあまり迷惑かけすぎずに生きていければいいかなということです。。。

トピ内ID:5075205345

...本文を表示

私はとっても死ぬのが楽しみ。

💄
こかいがわ
私も前世療法のブライアンワイス氏や、生きがいの創造を書いた飯田史彦の本を読んで、それまでの人生観が大きく変わりました。人は輪廻転生を繰り返しながら、ソウルメイトたちと一緒に何度も生まれ変わると。そして死とはこの人生の役が終わって次の人生へに生まれ変わるまでの休息をとるようなところだと。 是非読んでみてください。

トピ内ID:4524853226

...本文を表示

江原さん

🙂
みかりん
江原さんの本をたまたま買ってみたのですが、、 読んでみると、、 あれほど怖かった死後のことが 全く怖くなくなっちゃったんですよ! 一度読んでみてはどうですか??

トピ内ID:6467709979

...本文を表示

死の恐怖は本能

🐤
たけだてつや
私も死ぬのが怖いです。自分が死んだら、もう永遠に何もできない、両親や兄弟、配偶者や子供に永遠に会えないと、夜眠る前に考えると胸が熱くなり、苦しいことがたまにあります。死に対して怖いのは本能だと思います。 なぜなら、せっかく生まれたのに、死が怖くないという理由で、生きる努力をせずにすぐに死ぬのであれば、生まれた意味がないからです。なので食欲と同じように、それがあって当然と考えるとともに、スピリチュアルカウンセリングや宗教に関する本で勉強するのが良いと思います。

トピ内ID:0916344489

...本文を表示

それは

🙂
ポッキー
人間が生まれてくるとき、相当の痛みを経験するそうです。 母親も陣痛の痛みを味わい、そして赤ちゃんも。。 「死」への恐怖は、「死んでもう一度生まれ変わるときに またあの痛みを味わうかもしれないという恐怖」と リンクしているのだそうです。 本当か嘘かは分かりませんが、私はこの話を聞いて 子供への愛情が増したし、今以上にいつくしんで育てることを 決めました。誰もがいつかは、、なのですから、今を 精一杯生きて、生まれてきてくれた子供たちをしっかり育てる ことを目標に、生きていきたいです。。

トピ内ID:2359033554

...本文を表示

杞憂

🎂
ななこ
考えたって仕方ないです。なにしろ100%、誰でも死ぬわけですから。私の娘も一時期 「死ぬのが怖い」 と泣きましたが、 「死んだらどうなる、とか考えたら死なないわけじゃないし、考えて怖くなっても、怖い怖いといくら泣いても死ぬ時は死ぬの。だから怖がるのは無駄だと思わない?泣いてれば死なないならいくらでも泣けばいいけどさ。」 と言ったら、少し考えて、 「そうだね、仕方ないんだ」 と納得しましたけど。ダメですか?こんなんじゃ。

トピ内ID:3111377931

...本文を表示

感情があるから。

🙂
まどか
「怖い」と思う感情がある今だから「怖い」のだと思います。実際死ぬときは、今まで死んだ経験がない以上(どんなに死にそうな目にあったことがあるにしても)それが「その時」だと思わず怖くないんじゃないかと思います。ちょうど寝るときに「ああ、もうすぐ寝てしまう、怖い」と思わないように。寝た時にもう二度と起きない、それが死なんじゃないかな、と私は思っています。 寝ているときに物事を考えないように、死んだら自分で何も考えないから後悔することも恥ずかしいこともない。もしトピ主さんのように処分していない恥ずかしいものがあったとしても、それを恥ずかしいと思える自分はない。でも、生きている今「あとで恥ずかしいだろうなあ」と考えるのであればそれに沿った行動をすることは必要なことだと思います。 なので、私は前述されてた方もおられましたが、自分の死より、主人や子供が自分をおいて死ぬほうが怖いです。死ぬほうは死んでしまえば、後悔も心配も不安も考えないでしょうが、生き残ったほうは悲しく、つらく、故人が死ぬときどれだけ辛かったかを考えてしまうわけですから・・・。

トピ内ID:3579182229

...本文を表示

私も怖いです

九州
40代です。去年がんになり、治療、手術しました。 寿命はいつ?と生きた心地もせず、本当に怖くて毎日怯えていました。 今は家に戻って何とか生活しています。 当たり前に思っていて傲慢だったです。 生きているのは当たり前ではありません。 それから、毎日生きていてありがたいなと思い、支えてくれる周りに感謝しています。 寿命がいつか誰にもわかりません。未知の世界だから怖いです。でも、悔いのないように、したいことをたくさんしておこう、楽しく生きていこうと思うようになりました。

トピ内ID:9195083330

...本文を表示

何の解決にもなりませんが、

😀
トラウマかも
私も30ウン才。定期的に「死ぬのが恐い」と考えます。漠然と恐いのです。 死んだら自分の精神(意識)はどうなるのか? 寝てる状態と同じなのだろうか? と、考えてもどうしようも無いとは頭では理解出来るんですが、、。 今は結婚していますが、主人が死んだら?とも思います。心配な時は夫の 寝息を聞いて安堵したりします。 私は幼いころ父が亡くなりました。その影響だろうと自分で無理やり納得 させてきましたが、同じように思う方も居るんだと思うと少し安心しました。

トピ内ID:3922663173

...本文を表示

場合わけで考えました。

😀
だほん
私は、場合わけして考え方を決めました。  1死後の世界なんてないと思って、今を生きる。  2死後の世界があると思って、今を生きる。  3わからないままで、今を生きる。 3で悩んでしまうとすれば、1か2で生きていくことになりますが、1の様に、「死んだら終わり」だと思って、死後の世界があったら、結構焦ると思うんです。でも、2の様に、「死後の世界がある」と思って生きて、結局、実際にはなかったしても、あんまり困らないと思います。ということで、私は2と思って生きて見よう!と感じています。  死後の世界や閻魔様が実在するなら、この世の日記は処分しても、閻魔帳には載ってるかもしれないので、結局、「毎日の心と言葉と行いを、なるべく恥ずかしくないものにしよう」とは思っています。といいつつ、うまくはいかないのですが。 でも、すこしずつ成長すれば、まあ、死後にそんなに悪い世界には行かないだろうくらいに考えています。  反面、過去に犯してしまった悪いことは、反省して、次に活かすしかない!ごめんなさい。時々、胸が痛みます。迷惑かけた人の幸福を祈ります。    そんな感じで、いかがでしょうか?  

トピ内ID:5234931973

...本文を表示

苦しいとき逆境にあるときは怖くないものです

🐱
nekomama
>至って健康で他には何も悩みもありません。 死の恐怖は幸せ度が高ければ高いほど大きく、従って不幸のどん底の人間には時として救いにもなり得るのです。 子供の頃は虚弱で年中高熱を出し、いつもその度に、死にたい、死ねたらどんなに楽になるかと思ったものでした。でも治るとあんなに熱望した死は、一遍に最強の恐怖へと変わる、という体験を繰り返し、少しずつですが、自分なりの死に対する概念が構築されたように思います。 私はトピ主さんの倍の年齢。最近は腰痛がひどく、生きるのもしんどいと嘆息が増え、好きな旅行もスポーツも出来ず病院通い。 今思うと、若いときは病んだり悩んでも、将来に展望が開けて生きる力になっていたのですね。 本音を言えば、この時代何時なんどき死が降りかかってくるかもしれないのに、笑っていられることを幸せに思って生きましょうよ。 個人的に死後の世界を信じないので、生きてナンボ、生きてる人間優先がモットーです。 願わくば生きることの愛しさを感じながら死を迎えたいです。 墓も経文も要らぬが、ほっぽとく訳にはいかないのだろうことが困りモノです。

トピ内ID:1895113860

...本文を表示

私はあまりこわくないです。

🙂
hoko-cyan
若いときは30歳まで生きていたらいいなと思っていましたがもう、その年代は過ぎて40代になりました。いまは、死については「最終的には自分は死ぬために生きている?」と思っているので怖くはないです。ただ、子どもがまだ、小さいのでその将来を考えると不安はあります。今日の私は明日はどうなると考えると今を大切に、自分に正直に生きたいとおもいます。分かりにくかったらごめんなさい。

トピ内ID:8238841165

...本文を表示
[PR]
気に入ったトピを保存するといつでも読み返せる
気に入ったトピを保存するといつでも読み返せる
使用イメージ
使用イメージ

マイページ利用でもっと便利に!

お気に入り機能を使う ログイン
レス求!トピ一覧