私は初婚、主人は死別(子なし)でお見合いで知り合い結婚3年目になります。(共に40代)
新居にはお仏壇とお位牌があり毎朝2人で手を合わせています。迎えた13回忌。前妻様のご両親は参加されず、主人の実家で家族(義両親、義兄家族)だけで行いました。(お位牌は実家に持参)
13回忌は故人を偲ぶモノです。私がいたら話しにくいだろうから遠慮するべきか夫に相談しましたが、不参加は不自然だとなり、私も食事会まで参加しました。
食事会場にはお位牌とご遺影が飾られ、義父が「今日は●●ちゃんを思い出して偲びましょう」と挨拶されましたが、案の定そんなことはできるはずもなく、たわいのない会話しかありませんでした。私はご遺影が気になり、本来、こうした主人の実家の集まりには前妻様がいたのであり、さぞかし幸せな家族団らんだったんだろうなと思うと、とても複雑で食事も喉を通りませんでした。
主人が最後に「死んだ人は課題を与える。あの時のあの判断が正しかったのか・・・残された人間は一生その課題を考え続けて生きなければならない。」と挨拶しました。奥様の話をするとき「なぜ病気になったのか、病気にさせたのは自分のせい、もっとしてあげられることがあった・・・」と何度も聞いてきました。それを言い換えているんだと思います。私も父を亡くしているのでその気持ち、言いたいことはわかります。でも、今の「妻」としてはとても複雑でした。違う判断をしていたら、死なずに済んだ、一緒にいれはずなのに、そう突きつけられている気がしてしまうのです。答えはない、私はその課題を一緒に問い続けていくのが役目ですか。
その日の帰り「13回忌のあとは17回忌。和尚さんは23回忌、27回忌もあるっていっていたよな」と。その通りだし、法要はするべきだと思います。ただ、素直に「そうですね」と言えない自分がいました。
人として失格ですね。ご意見お願いします。
トピ内ID:2bae1c3e532bef48