本文へ
  • ホーム
  • 話題
  • 皆さんにとってコロナ禍はどのような時間でしたか?

皆さんにとってコロナ禍はどのような時間でしたか?

レス73
(トピ主 0
🙂
のんびり猫
話題
こんにちは。いつも小町を見ています。

コロナが流行してから数年が経ち、日常も少しずつ戻りつつありますが、みなさんはあの期間をどう感じましたか?

私が特に印象に残っているのは、マスク必須のコミュニケーションです。
コロナ禍に通い始めた美容師さんがずっとマスクをしていて、顔の全体が見えませんでした。
何度も会話をしていたのに、最近マスクを外した美容師さんの素顔を初めて見たとき、「初めて会った気がする」と不思議な感覚になりました。

また、家族全員で自宅待機になった時も、普段とは違う不思議な時間でした。
意外と喧嘩せず仲良く力を合わせて乗り越えられました
さらに、毎年帰省していた実家に帰れず、県をまたぐ移動が制限されたことも、これまで当たり前だったことが急にできなくなったことを実感させられました。
売り切れ続出の物も出てきたり
当たり前に行けてた病院に行けなかったり

コロナ禍に生活や気持ちの中で変わったこと、感じたことはありませんか?
困ったことや戸惑い、逆に気づけたことや良かったことなど、みなさんの体験や思いを聞かせていただけたら嬉しいです。

どうぞよろしくお願いします。

トピ内ID:a964cc7b56c28277

これポチに投票しよう!

ランキング

レス

レス数73

アラ還だった

🙂
北国生まれ
還暦になったらアレをやろう・あそこに行ってみようとかを考えていたら、コロナが蔓延。 医療系ではないけどエッセンシャルワーカーの末尾に列せられ、とんでもなく多忙なことに。 更に「ウチには年寄りがいて危ないから」と自宅を追い出され、ビジネスホテルに長期滞在。 最初に泊ったビジネスホテルは、部屋がやたらに狭くて鬱屈しました。(その後そこは感染者の隔離施設に) こりゃ敵わんと別の所に移動したら、そこは値段は同程度で建物は古かったけど部屋は広くて、宿泊者は日中もラウンジみたいなところで緑茶・コーヒー・数種類の紅茶がフリーで提供で良かったです。 そこには何人か私と同じと思しき宿泊者もいて、その内の何人かは宿泊代込みの朝食バイキングに部屋食用のパックも置いてあって、その場で食べてからパックにも食べ物を詰めていて持って行き昼飯にしていた模様でした。 で、感染が下火になって帰宅したら、今度は親の介護が始まって、これはこれで大変なことに。 (配偶者の親も完全な介護ではないけどヘルプが必要な状態に) 未だリモートだけどフルタイムで働いてしたし、親も目が離せない・時々トラブルでもう無理と、グループホームに入って貰いました。 と言う訳で還暦になったらアレを・あそこに行ってみようも、リタイア後に備えた資金の運用とかも吹っ飛んだ状態です。

トピ内ID:fa4b8c83d932acd4

...本文を表示

フルリモートが無理だと分かった

🙂
オレンジ
当時ある人材紹介会社の営業をしていました。 2020年の秋に早々とフルリモートになりました。 今まで職場での何気ない会話や、上司が見えるところにいるというような当たり前がすべてなくなりました。 独り暮らしということもあり、人とのコミュニケーションが絶たれた中で営業ノルマと向き合った結果、ある朝パニックが起きました。 すぐに泣きながら上司に電話をしてその日を境に休職することになりました。 上司の話だと全社的にも同じような従業員が何人か出ていたとのこと。 リモートワークという完全に初めての経験だったため自分を責めることはありませんでしたが、そこから数年中程度の鬱状態に悩まされました。

トピ内ID:836654c126d376f7

...本文を表示

わりと楽しく

🐤
ぴよこ
子供の高校が休校になったので、幼稚園以来たっぷり一緒にいられて、話をしたりお菓子を作ったり。 新型コロナが落ち着いて大学に行くようになったら、もうほとんど家にいませんから、最後の?親子の時間だったかな。 うちの子は、日本一早いレベルでたぶん新型コロナをやったようだったので、わりと気楽だったというのはあります。都心の繁華街が行動圏で「中国南部で未知のウイルス感染症か」のニュースの直後に、10日間の高熱(インフル検査2回陰性)だったので、たぶん新型コロナだったねとあとで騒ぎになってから言ってたんですが。 あと、私は1年ほど仕事が無くなってしまったのでたくさん本が読めましたし、「銀河鉄道999」を全編観直したり、けっこう楽しく過ごしました。 夫はずっと仕事だったのですが、電車が空いていて通勤がすごい楽と言ってました。

トピ内ID:bb746defe2257895

...本文を表示

人間関係が変わった

🙂
あ。
海外から。最長1ヶ月25日、3度の長期的に「自宅から出られない」状態を経験しました。買物行くにも犬の散歩するにも、子供の学校の送迎するにも証明証が必要でした。罰金です。元々マスクをする習慣がない国ですから、マスクへの抵抗は半端なかったですね。わが子の勉強は、先生から毎日出される課題と教育テレビ的なチャンネルを見て自宅学習。テレワークしてる親は子供の勉強見れませんから、小学校でも一年やりなおしする子もいました。我が家はうまくいきましたし、家族の絆が深まった家もあれば、不仲になり離婚したりDVになった家庭も。 一人暮らしの人は酷い孤独感でおかしくなる人も少なくなかったようです。学生寮住いの学生は、食事ができずに困っていたそうです。コロナを機に、インターネットや電話でカウンセリングも増えました。ワクチンはじめ、コロナに関する事で「意見・考え方の違い」で家族・友人関係が壊れた人もたくさんいます。 戦争と同じで、よかった事などひとつもありません。

トピ内ID:5aa438ed5c2fb9cc

...本文を表示

産前産後と子育て。

041
えだまめ
ちょうど第二子を出産した日に、中国の武漢で大変だというニュースをワイドショーでやんややってるのを入院中に見たので、よく覚えています。 そこからどんどん進んでコロナ禍に突入。 上の子もまだ小さく、第二子は乳児だし、そもそも近所の公園くらいしか出かけない。 ということで、あんまりコロナ関係ありませんでした。その間に第三子にも恵まれ、子育てしてました。 夫しか面会できなかったりしましたが、別に構わなかったし、里帰りもしませんでしたので(実親が来ました)生活は変わりなし。 未だに家族誰も感染していません。 1番下が2歳になって少しずつ楽になって、コロナが落ち着いてきたし旅行も行くようになって、タイミングいいなぁって感じ。 私にとってはコロナ禍は産前産後でしたので、逆に好都合でしたよ。人混みはそもそも行かないし(苦手だし)。

トピ内ID:f71ec9da34b2e341

...本文を表示

家族麻雀を覚えました

🙂
にゃごりっち
コロナ禍、いろいろな場面で2週間待機が義務化されるという情報と共に、旦那が子供全員に「麻雀を覚えろ」と。。(笑) 案の定、2週間待機の機会が2度あり、その期間は家族麻雀をして皆で楽しい時間を過ごしました。 今は子供全員成人して家を出ましたが、お盆休みや年末年始など、家族が集まれば麻雀をしております。 思わぬ副産物でした。

トピ内ID:f56c51c3a36d9d59

...本文を表示

人生が変わった

🙂
マスク早く外した人
人生が思いっきり変わりました。 既婚者子なしですので深夜のクラブに行ったり飲み会で多くの友達と遊んでいた日々が一転。おうち時間にテレワーク。ところが引きこもりが人生初で意外にも楽しくハマってしまい、今まで大量飲酒していたのにお酒自体やめて、外食も外出もせず、友達付き合いも飽きてやめました。ほぼ自炊で夜21:00台には主人と一緒に睡眠。コロナ禍中に近所をランニングしていたのでそこからジムに通い始め健康そのもの。 テレワークで出勤も無くなり嫌いな上司にも会わずに済み、今でもストレスのない毎日。 主人の実家も良い機会に疎遠にしたので老後も関係ないですし貯金も膨大に増えました。 亡くなった方もいるし確実に日本の経済が落ちたので無い方が良いとは思いますが、個人的には人生において最高の時間としか言えません。 あと夫婦ともにポジティブで前向きな性格で本当に良かったと思います。

トピ内ID:10d2cdbbc56e2e12

...本文を表示

別に特別な時間ではなかった

🐤
ルル
コロナにかかりたくなかったので、衛生面にはやや神経を尖らせましたし、マスクはどこでも必須でしたし、熱が出たら会社に報告義務がありましたし、煩わしさはありました。 ただ、IT業界なのにリモート作業は不可でずっと出社してましたし、旅行に行きたい欲もライブに行きたい欲もなかったので抑制もされませんでしたし、普段と大きく何かが違ったということはありませんでした。 電車通勤なので、電車が空いていたことは良かったことです。 今ぎゅうぎゅうに戻ってしまったことは残念です。

トピ内ID:b4af70091965baa4

...本文を表示

大変だったけど今となっては良い思い出

🙂
くくる
緊急事態宣言で休校になった時、長男中2~3、次男年長~小1、三男2才。 3月から5月末まで丸3か月間、外出もままならず、友達とも会えない、毎日3食準備して、家に子供3人缶詰状態の中で慣れない在宅勤務は大変でした。 大人もみんな初めての経験で右往左往、ほんと大変だった。 長男は楽しみにしていた中3部活春&夏大会も修学旅行も大幅変更に。 受験生でどこの誰がコロナになったでピリピリムード、気分転換も思うようにできず。 高校生活はどうなる事かと心配していましたが、徐々に通常モードになり高校は楽しく過ごせて本当によかったです。 次男は卒園式&入学式がどうなるのかギリギリまでわからず。 4月に入学式は出来ず6月入学式に、用意していたスーツはジャケット+長袖で急遽半袖を買いに行きました。 学校からは課題が渡されるばかりで親はどうやって教えて良いのか四苦八苦。 ひらがなの『た』の中の(こ)の部分は跳ねる?跳ねない? 教科書・ドリル・プリントの字体によっても、ネットによっても答えが違う、先生に聞いたらどっちでもいい!! ソーシャルディスタンスで距離を置き、無言で食べる給食、これじゃ友達出来ないって心配でしたが、6年生の今はあの頃の影は感じず。 三男だけは毎日兄達が居て嬉しそうで、6月になり学校再開で日中1人になると淋しそうでした。 我が家は何と言ってもワンコ様様でした。 犬の散歩は免罪符って感じで堂々とウロウロ出来たので、ちょっと公園で遊んだり子供達は気分転換に。 もう緊急事態宣言は大変過ぎてコリゴリですが、良い思い出かな。

トピ内ID:796cb1ecf388a9d4

...本文を表示

私たちのコロナ禍はまだ続いています

🙂
ツユ
コロナ禍では独身、ちょうど終わる頃に妊娠し、出産しました。 コロナ禍がなかったら、私はこのタイミングで結婚をしてないと思います。私が実家、主人は社員寮暮らしで、互いの家に行き来ができない状況でコロナ禍が始まり、飲食店や商業施設が軒並み早く閉まったり休業したりして、週末に会ってもどこも行くところがなく、あてもなく車で彷徨い、惨めな思いをしました。 会うこと自体を苦痛に感じ、別れるか、一緒に住むか、という選択肢になり、結婚しました。 そしてコロナ禍が終わり、街をいく人々がマスクを外し始めた頃、息子が生まれました。息子は先天性の疾患があり、感染症にかかると命に関わるため、今でも外出時は家族みんなマスク必須で、三密回避しています。夏はコロナが流行るし、街に子どもたちが溢れるので、家にこもっています。私たちのコロナ禍はまだ続いています。 それと同時に、コロナ禍以前からもこのように感染対策をしながら生きてきた方もいるのだなと勉強になりました。

トピ内ID:bfecbe77e53be13e

...本文を表示

悲喜こもごも

🙂
こぶとりおばさん
ちょっと不登校気味になっていた子どもが一斉休校の2カ月くらい学校に行かなくて良い期間で元気になって登校できるようになったり、行き先不明で海外赴任していた夫が帰国してきたり、休日出かけられないから断捨離を始めたり、我が家にとっては良い方向に働いたかもしれません。 仕事はリモートも選べましたが出社することが気分転換になって、改めて仕事が好きなことを実感しました。 ため込み症気味で物屋敷でしたが、マスクとかガーゼとか消毒液とか、療養中だったり乳児が居たりと本当に必要としているところに差し上げたことでため込み症が改善した実感があります。 コロナ禍2年目に実母が亡くなりましたが、病院や葬儀社の方々が本当に良くして下さって、死への恐怖が格段に減りました。 コロナ禍で大変な思いをされた方々もいらっしゃると思いますが、我が家は災い転じて福となすでした。

トピ内ID:1d6100afa093f6ab

...本文を表示

不思議と普通に暮らしてた

🙂
キャラメルプリン
マスクを体質的に受け付けないので、肌に合うマスクを探すのが大変でした。結局、最低限のマスク使用で乗り切りました。職場で支給されたマスクが今でも残っています。 根本的にリモートワークが無理な仕事なので、仕事にも普通に行っていました。 別に旅行も外食も自粛なんてしなかったけど、世間が自粛モードですから、新幹線もホテルも空いていて快適でした。新幹線のシートを2つ独占できるなんて、今後、2度と無いでしょうね。 公務員なのでワクチンは通算5回打ちました。そのせいか感染することも無く現在に至っています。 振り返って見ると、私は意外と普通に生活していたような気がします。

トピ内ID:5bf49ee6101a0808

...本文を表示

我が家は

🙂
hokutin
>家族全員で自宅待機になった時 これが無かったので…お互いに仕事に行かずにとかリモートでは皆無。 医療関係の私は変わらず仕事で、日々、煩雑な仕事に追われて大変で した。来る人来る人熱を計り、具合を聞く…発熱外来でもなくても そんな感じでしたね。発熱症状の人は隔離か時間をずらすなど。 今迄よりも仕事は倍以上になる上に、受付にある仕切りで声がお互いに 聞き取りにくい状態で、今も変わらずコロナ禍ではあると思います。 夫は会社で問題が生じて、毎日、得意先回りで、自宅待機とは? 何処か余所で言ってる事のように毎日、二人とも走り回る日々。 最初は、家に帰れば直ぐお風呂に直行。玄関で上着を脱いで消毒。 外でも家でも煩雑な作業に辟易してましたよ。 その中で、義父が高熱で倒れ…(熱中症でしたが)救急車で搬送。 そのまま自宅には帰れず、サ高住へ、そしてコロナ禍で面会もまま ならず、肺炎でそのまま亡くなりました。 良かったかどうか、我が家は夫が元々、喘息でしたがコロナ禍以降 症状は落ち着いて風邪もインフルもコロナにもかからずです。 コロナ禍とは別に、義父の状態もあり旅行とは無縁になりました。

トピ内ID:0976b56c10b6f0bf

...本文を表示

私自身は

🙂
チョコモナカ
世界中の人々が大変でした。コロナでご家族や愛する人や友を亡くした人、感染して生死の境をさ迷った人も少なくないでしょう。いまだに後遺症に苦しむ人もいます。コロナ禍で廃業を余儀なくされた人、収入が減った人も少なくないでしょう。心を病んだ人も大勢いたでしょう。 そのような苦しんだ人たちを思えば私自身の苦労などは何てことない部類だったろうと思います。コロナ禍で苦しんだ世界中の人たちの心が癒されることを願っていますね。

トピ内ID:a48bad74d97396f4

...本文を表示

大学生は大変でした

🙂
しじみ
私の娘は高校3年間必死で勉強して第一志望の国公立大学に合格したのですが、2020年のコロナ禍で入学式も説明会もオリエンテーション(歓迎会)も何もかも中止となり、いきなりの自宅待機。 同じ大学に友達や知り合いもおらず、全く学校に行けないまま「オンライン」とは名ばかりの授業が始まり、ろくな解説もされないのに毎日大量の課題が出されて深夜まで課題に追われていました。 企画や運営を楽しみにしていた学校祭も中止になるし、結局大学1~2年生でまともにキャンパスに行けた期間は数ヶ月程度で、大学とは一体何なのだろうと考えさせられました。 大学3年生からやっと通常に大学へ通えるようになり、無事4年間で卒業できて就職も出来たのでまあ良かったですが。 今普通に大学に行っている大学生を見ると「本当に恵まれているな」と思います。

トピ内ID:06a8440720175d37

...本文を表示

基本変わらないけど

🙂
cloud
ずーっとフル出勤だから。クラスターも経験したけど。 コロナで始まった時差出勤が、カタチを変えてフレックスになった。 お子さんが居る家庭は、父親である男性従業員が、自分で出退勤を組んで朝の見守りに参加したり、有給も1時間刻みになったから、奥さんが抜けられない日の迎えとか…

トピ内ID:89e9ad74e5db0cb0

...本文を表示

とりとめも無いけれど

🙂
あらま
大学病院の医療従事者です。 コロナは本当に辛かった。 完全防備で防護服の中は蒸し風呂状態、湿気でアイガードは曇るし気密性の高いマスクの中はムレムレ、動きづらくて宇宙飛行士ってこんな感じ?とか思ってました。 特殊なマスクが顔にフィットし過ぎて、床ずれ!が顔に出来てボロボロだった。 しかもマスク不足の波で、マスクを都度捨てずに何日か使い回すお達しがでて不衛生過ぎない?とか私たちが感染するのでは?とかストレスマックスでした。 何より嫌だったのが、犯人探しをしてしまう心理。どこそこの病棟でコロナが広まれば、スタッフの誰それが手を消毒しなかったとかドクターがマスクを外してた、とか。あの職種はルーズで媒介者になりやすい、とか。 連日ピリピリしてました。 今もコロナ患者さんがたまに出ますが、あの張り詰めた感じはなく平和です。 医学が進歩したとはいえ、未知のウィルスでひとつで世界がひっくり返るんだな、と感慨深い。 最近は世間が日常に戻ろうとする力の強さも感じますが、テレワークとか無くならないで欲しいものもありますよね。 私の所属学会はコロナ時代に始まったネットでの学会参加を取りやめて現地参加のみになってしまいました。 すごく残念。 キャッシュレス生活は後退しそうも無いかな。キャッシュレスは劇的に普及しましたよね。 また未知のウィルスが出現して世の中がひっくり返るのか、どうなんでしょう。 今ある生活を一生懸命生きなきゃ、と思ってます。

トピ内ID:066e72c41e5a2666

...本文を表示

メンタル病んでた時期と重なった

🙂
花子
コロナが広がり始めたころに、あることがきっかけでメンタルのバランスが崩れました。 布団の中で一日中過ごす日々。 食欲もなくドンドン瘦せていきました。 希死念慮もあり実際に決行したけど「あともう少しで死ねる」という寸前で思いとどまりました。 離れて暮らす家族に迷惑がかかると・・・ メンタルクリニックを見つけたけど歩けず電車に乗れなかったので、往復1万円かけてタクシ-に乗り診てもらいました。 鬱・不安症・強迫観念と診断され薬を処方されました。 コロナが本格的になって日本中が自粛で町から人が消えましたが、私には好都合でした。 ウチに閉じ籠っていても焦りを感じずにすみました。 何か月後にはすっかり良くなり、その頃始まったGOTO トラベルで旅行しまくりました。 ウチから出られなかった私がです。 あれから5年以上経ち薬のお陰もあって元気に暮らしています。 コロナ禍は世界中大変でしたが、語弊がありますが私的には良かったです。

トピ内ID:cc99ff11834edf60

...本文を表示

麻雀とか

🙂
ハルサメ
家族で麻雀始めたとか、不登校の子が通学するようになったとか、楽しい良い機会になったケースもあるんですね。 私は小規模の高齢者施設で働いてました。 同じ敷地内の施設でクラスターが発生し、亡くなられた方が出ました。 TV局がカメラで、こっそり建物を撮影に来たりしてました。 経営者は全家庭に謝罪行脚してました。 コロナにもかからず元気な方の家族から、金を請求されたりしてました。 コロナに乗じたら何とでも言える状況を悪用する人間がいたことも事実です。 うつしたかもしれないスタッフが噂に なり皆が、疑心暗鬼になったり。 保健所から感染の専門家の先生と職員の方がゾロゾロ来られ、施設内をこと細かくチェックされました。皆さん防護服でしたから宇宙船に乗る前みたいでした。 命がけで感染対策しながら介護(仕事)していたので、今でもマスクとアルコールスプレーは必須アイテムです。

トピ内ID:db3e1ccca4b0f381

...本文を表示

非対面の快適さと引き換えに衰える対面スキル

🙂
こめこ
人と会わなくていい事が自分にとってこんなに快適だとは思いませんでした。仕事もテレワークになり、会議も買い物も宅配もとにかく非対面、非対面。便利になった反面、対面に戻りつつある現在、非対面では感じなかった居心地の悪さや所在なさなど、苦手な対面でのコミュニケーションスキルの重要性も再認識しています。 テクノロジーが発展しても、人と人の直接的な触れ合いは大事だなと感じます。

トピ内ID:72a0716197690f43

...本文を表示

コロナが開いた新しい扉

🙂
通りすがり
新しい価値観。 私にとってコロナはそうでした。 ずっと家族を在宅で介護してまして、その要介護者、入院もたびたび。 そのつど毎日病院に通い、汚れ物を引き取り、洗ったタオルやパジャマを物入れにしまい、 マグカップや入れ歯を洗い、枕頭台を拭き、身の回りを整理整頓、 「一日に一度しか来ないのか。日に3度来い」と叱られ、でも、そんなものかと諦めてた。 そこへコロナ。家族でも入院患者には接触禁止、面会禁止。 入院セット(入院着、タオル、洗面道具一式)なるものが登場しました。 もちろん有料ですが、私が病院まで通う手間と交通費に比べたら安上がりです。 私が病院にゆくのは主治医のお話がある時と週に一度、受付で汚れた肌着を受け取るだけ。 なーんだ、私がゆかなくても入院生活は成り立っているんじゃないの。 目から鱗と申しましょうか。 結局、その要介護者は亡くなったのですが、お葬式も簡単にいたしました。 これまで、通夜・葬儀・火葬場・精進落としをしなければいけないと信じていたのですが、 内輪の一日葬でなんの障りもありませんでした。 アラカンの私にとってコロナパンデミックは「社会の新しい扉」を開いてくれたのです。

トピ内ID:97a2e47f381c1daa

...本文を表示

医療従事者

🙂
ごきげんな魔女
還暦前の女です。 医療従事者ですので、戻りたくないです。 グローブがない、マスクがない、消毒のアルコールがない ないないづくしの中で、感染の恐怖と共に休まず働いていました。 持病のある方、高齢者の方と同じで 優先的に真っ先にワクチンを打ってもらえたことぐらいが いいことですかね。 そして今現在も、コロナの側で仕事をしています。 いつも隣にコロナはあります。 吊り橋効果なのか 10歳下の彼からその頃に告白してもらったことです。 過酷な現場でお互い励ましているうちに 親しく会話をするようになり、 彼から「10年前からずっと憧れていました。」と告白されて交際が始まりました。 毎回抗原検査してからデートしました。 濃厚接触者になった、罹患したとなれば(一回ずつ感染しました。) ラインか電話のみで会う事もできず、互いの身を案ずるばかり。 思うように会えない、身を案ずる気持ちがコロナ前とは違いました。 ある意味では、未知のウィルスが愛を育てたとも言えます。 思い出します。隔離フロアにいる彼の姿。 ガラス越しでマスクにゴーグル、防護服 目しかわからないのに彼だと見分けられる。 強い視線で私を見つめてくる彼。 うなずいたら、うなずき返す。 時には目を思い切り細めて笑った風を見せる彼。 目だけでコンタクト取るために、表情も色々工夫しました。 近所の世界的観光地から、観光客がいなくなり 人が誰もいない世界遺産の風景が撮り放題。 カレンダーの写真のような絵が撮れました。 お酒飲んだら舌が滑らかになり、飛沫が飛ぶからと 外食のお酒提供が制限されたのはガックリ。 普段は高くて泊まれない高級ホテルに 信じられないくらい安く泊まりました。 コロナ前コロナ後 紀元前紀元後と同じ使い方をついついしています。 「あれはコロナ前だったから、〇年前」とか。 「あれはコロナの後だったよ。」とか。

トピ内ID:c159bd520b85a2ef

...本文を表示

移動制限が印象に残ります

🙂
ぶろっくま
国内でも、なんなら県内だけでも、こんなに長い期間遊んで飽きずに過ごせるものなんだと、ローカルの良さを発見しました。 あとは人の咳やくしゃみが怖くなりました。コロナ前までは特に気にも留めてなかったのに、落ち着いた今でもまだ電車内でひどい咳をする人を見るとハラハラしてしまいますし、自分の喉の調子が悪くて数ヶ月咳き込むことが続いた時も気が気ではありませんでした。それだけ人の目が怖かったし、あのテレビで流れていた飛沫感染の映像が頭に焼き付いています。 マスクやペーパー買い占めとかバカみたいなことを初めて経験し、人の愚かさを知ったし、かと思えば知らない誰かとお互いの安全を祈るようなやり取りができたり、仕事では苦境を乗り越えるための知恵を絞ったり、臨機応変に対応せざるを得ない環境に適応する人間の強さを感じたりと、本当にいろんなことを学んで考えた期間でした。

トピ内ID:8a1adcdae769c2e7

...本文を表示

医療機関の敷居が高い

🙂
cloud
実際コロナでもインフルエンザでも、今はキットがあるから。 体質を理解して、熱が出たら休むのが当たり前になりました。

トピ内ID:89e9ad74e5db0cb0

...本文を表示

別に、案外普通のままでした。

🙂
みやん
仕事はパートで通販系の現場なのでマスクはしていますが、 淡々といつも通りに行って仕事してました。 旦那も普通に会社に通ってましたね。 行っていいの?と聞いても、俺が行かないと現場が回らないから、と。 会社に行って指示していたようです。ちなみにIT系。 会社でぽつんとひとりで作業してたんじゃないかと想像。 一度だけリモートがあって、息子と私は別部屋で引きこもり。 これが続いたらマジで嫌だなと思いました。続かなかったから、ほっとしたけど。 だから日常はあまり変わらなかったですね。 ただ子供の休みとかは、どえらい夏休みだな。とは思ってました。 中3の受験期だったので春からの塾はなくなったし、夏から入れました。 結局、間に合ったからいいけど。 滑り止め校が面接なく、内申だけで即合格だったので安心して公立受検できました。 うち的にはコロナ禍であんまり被害はなかったと思います。 だからいつもよりも不自由だったり、コロナ禍で良かったことも別にありません。 振り返ればこういう人って、あまりいないのかな。と思います。 リモート飲み会?なんじゃそれ、と思ってました。 みんな大変だなあ~、でしたね。

トピ内ID:77912887945288a2

...本文を表示

いいことも悪いことも

🙂
麦茶
よかったこと ・リモートワークが広がって、自宅で働く選択肢ができた ・パーソナルスペースが確保しやすくなった気がする(それでも密着・密集してくる人はいるけど…) ・コロナきっかけでフォトウェディングを始めた式場があり、素敵な写真を撮ってもらえた つらかったこと ・マスク必須でおしゃれが思いっきり楽しめない ・とにかく感染がこわかった。潔癖症になり今もちょっと神経質です… ・アルコール消毒で手がかなり荒れた ・毎日コロナのニュースで気持ちが暗くなってしまった。テレビ番組も感染対策でついたて等使っていて、もちろんやったほうがいいことだけど寂しい気持ちになりました。(そういえばコロナ対策ガッツリやってる番組って再放送であまり見なかった気が。私だけかな…) 印象的だったのはディズニーランドやシーが閉まっていた期間でした。遠方ですが「たくさんの人が幸せで笑顔なパーク」が静まり返っているのかと思うと悲しい気持ちになりました。 オープンしたときはそれだけで嬉しかったです。マスク着用ルールなど感染対策もしっかり行ってくれていたのもさすがディズニーだなと思いました。 トピ主さん、家族で仲良く乗り越えられたとのこと、とても素敵です!

トピ内ID:7783dd5edc03dfbc

...本文を表示

レスします

🙂
むむむ
トングで取るタイプの、パンやお惣菜。あんなにマスコミで「飛沫、飛沫」って言われてから、買えなくなってしまった。 コロナ禍では、1つずつ袋に入っていたり、パッケージされていたりしたのに。 コロナ禍でも会っていた友達とは今も仲良し。コロナ禍を境に縁が切れてしまった人も何人かいます。 それから、リップ(口紅)を塗らなくなった。マスク外してから、ずっとリップなし。 それまで唇が土気色していたのに、本来の赤い色になりましたので不要に。

トピ内ID:ff2d9494e1470830

...本文を表示

引きこもりのきっかけになった

🙂
とまと
コロナ禍では1週間家から一歩も出ないのが普通でした。 コロナに罹ってではありません。 私は家族も居らず働いてもないのでそれが出来ました。 ワクチンは1本も打ちませんでした。 だから余計に隔離自衛しました。 当時は外出禁止令も出てたからそれが普通だったのです。 今もマスクは欠かしません。 外出るのが億劫になりました。 家が好きだからまぁこういう生き方もありかな? もっぱら一人遊びになりました。 誰も居なくても私は困らないことがコロナ禍のもたらした発見です。

トピ内ID:8a1049dae7607499

...本文を表示

懐かしく貴重な経験

🙂
ベリークラウド
仕事が初めてリモートになり戸惑いました。 子は入学式がなくなりその後も大学生活が想像したものとは違っていました。 その後、夫の転勤に伴い入国した国は政府指定の代替検疫での隔離滞在が必要で、15日間のホテル滞在が義務付けられており、ほとんど部屋から出られずまさしく缶詰状態でした。 他にも色々あったと思いますが5年はあっという間で今となっては懐かしく貴重な経験です。

トピ内ID:c4c2e47d335d7192

...本文を表示

今に繋がってます

🙂
ヘビ
最初は、人との接触を最低限に。という感じだったので、飲食店勤務なんですがお客さんがだいぶ減って、シフトも減って、給料も減って… 友達とのご飯も無くなるし、切り詰め生活でしんどかったです。 でも慣れてくるとそれが楽になってしまって、今では家族以外と食事やお茶するのが面倒くさくなってしまって、誘われても断るようになりました。 切り詰め生活をしてたおかげで、貯金も予定より貯まりましたし、今ではお客さんがコロナ禍前より増えて給料も以前より増えました。 悪いことばかりではないなと思ってます。

トピ内ID:23c506613efb76dc

...本文を表示
[PR]
気に入ったトピを保存するといつでも読み返せる
気に入ったトピを保存するといつでも読み返せる
使用イメージ
使用イメージ

マイページ利用でもっと便利に!

お気に入り機能を使う ログイン
レス求!トピ一覧