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「働けどわが暮らし楽にならず手を見る」は手のひら?手の甲?

レス38
(トピ主 0
🙂
むらさききゃべつ
話題
石川啄木の 「はたらけど はたらけど猶(なお) わが生活(くらし) 楽にならざり ぢつと手を見る」 の詩にある「手」ですが、 私はずっと手のひらだと思っていました。工場とか農家さんとかで、手の平が油や土で汚れてしまっているところを見ているイメージでした。 が、夫にその話をしたら、夫は手の甲のイメージだったそうです。年をとってシワシワになった手の甲を見てそれでもまだ楽になってない、という悲哀だと。 まあどっちでもいいのですが、皆様はどういうイメージでしたか?

トピ内ID:7e01cfdda1233a16

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レス

レス数38

私は手のひらだと思ってました。

041
さらしな
手にある「豆」を見てるんだと思ってました。 くわを持って畑をたがやしていたら、手にまめができてしまって、それを見ているのかと。 つまりは「労働の証」です。 手の甲のしわしわというのは思いもしませんでしたが。 そのイメージも面白いですね。

トピ内ID:11cb2b0c40b2aad9

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手のひらです

🙂
北国生まれ
この詩に初めて触れた時に、作者は若死にだったということも同時に知りました。 ですので、歳をとってシワシワのイメージは湧かなかったです。 で、これは労働の結果ではなく、今迄自分は何をやっていたんだという自問・自戒、または反省の意味で手のひらを見ていたという印象でした。

トピ内ID:cb1ae7814b14ed90

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なるほど…。

🙂
桜さくら
私もずっと掌だと思ってました。 「何も掴めなかったなぁ」って眺めてるのかなと。 手の甲という解釈も面白い。 指は節くれだって、甲には静脈が浮き上がってる。 でも、やっぱり私は掌かな。

トピ内ID:2b1b51f650f11cad

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私は掌ですね

🙂
そら
私は掌です。手の甲のイメージは全くありませんでした。 「必死に働いて汚れたり傷が出来たり豆が出来た手を見ている」なら座った姿勢が自然で、座った状態で「この手で掴もう、すくおうとしているものが手の中に残っていない」を表現しようとしたら自然に掌が上になると思ってました。漫画やドラマでも「働いても生活が苦しい、何も残っていない」と言って手を見る時は掌が上になってません? でも、床や地面やテーブルに手をついて絶望していたら手の甲が上になりますから、石川啄木が床や地面やテーブルに手を付けて「ぢつと見」ていたなら手の甲が上かもしれません。 あと、「働けど…」の詩を詠んだ時の石川啄木は22歳(享年は26歳)だったそうなので、歳をとってしわしわの手ではなかったでしょうね。

トピ内ID:40eef99a70b6dca5

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万年筆を握ってる手の甲

🙂
クローバー
教科書の啄木の写真を見て、手の甲をイメージしてました しかも文章を書いてる万年筆などを握って書いてる手の甲? 手の側面? 文学者なので、詩を書いても書いても収入には繋がらないって事なのかと思ってました

トピ内ID:28c8f7c65d4cb273

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手のひら

🙂
ぽん酢
イメージとしては、一生懸命、手にまめをこさえるくらい頑張って働いているのに・・・ と言う感じで手のひらです。 手の甲が年でしわしわになるのは、金持ちでもなる人はなるんだし、単に老化であって、 お金と関係ないと思います。 昔は華奢だったのに、働いてごつごつした手になったなあとか こんなに手の甲が焼けてしまって…昔は色白だったのに とかならまだわかるけど、しわは別に。

トピ内ID:91de37bcd8298767

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暗示。

🙂
nene
私は手のひらと思って読みました。 彼も家族も結核に蝕まれていましたね。 肉体労働はしていないと思いますので、その手はきれいだったのではないでしょうか。 自分の手のひらを鏡のようにして見つめる行動は、死を暗示していると聞いたことがあります。

トピ内ID:238afc0c4adf3b30

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手のひら

🙂
ツルツルは頭にしとけ
手の甲なんて、苦労してもしなくても誰でもしわしわになる。手入れをしても結局しわしわよ。

トピ内ID:a567fe14f34ca270

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私も手のひら

🙂
ボン
>はたらけど はたらけど ってあるので、働いた証である手のひらに出来た豆や手の汚れや傷などを見てると思ってました 更に言うと、手のひらをじっと見た後、その悲しみや絶望感で手で顔を覆う動作をするイメージだったので、手の甲はイメージした事無かった

トピ内ID:947e00e9af9079de

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おもしろい

🙂
にゃん太
おもしろいトピですね! 私は、すぐに手の甲を思い浮かべました。 あかぎれや霜焼けで赤くなって荒れた痛々しい手です。 この詩は、当時の貧しい労働階級の悲哀を謳ったとされますが、啄木自身は、お寺の生まれだったし、教員や文筆業を生業とし、肉体労働者ではありませんでしたから、そうした階級の人は彼の身近にいなかったものと思われます。 と言うことは、啄木が、農業や漁業、工場で働く人の手を実際に見る機会はなかったのでは?と考えます。 そこで、彼の故郷である岩手の厳冬の中、凍るような冷たい水で家事をしていた、啄木の母や姉妹、あるいは妻の荒れた手を見て、発想を得たのかもしれない、と思った次第です。 啄木が自身のことを歌ったつもりなら、手のひらかもしれませんね。彼が小説家を目指していた頃やまだ売れていない歌人時代に、我が手に出来た“ペンだこ”を見ては、書いても書いても浮かばれない不甲斐なさを嘆く様子を想像しました。 でも、その歌を作った頃はまだ20代前半で、志高く血気盛んな青年だったはず。放蕩癖があり恋多き男子でもあったらしい啄木が、まるで酸いも甘いも噛み分けた年齢の人かと思うような、“枯れた”詩を詠んだなんて、凄いですよね。やはり彼は生まれながらの天才だったんだなと思います。

トピ内ID:3dd37dc5c600cbcd

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人の捉え方って、様々で面白いと思いました。

🙂
裏たろう
手のひらとか手の甲とか具体的な部位は考えたことがなかったです。強いて言えば、指も爪も含む手全体というか手首から下のオブジェ?の、ゴツゴツした手とか、あかぎれの指とか、垢で汚れた爪とか、そういう具体的な醜から成るイメージが、高校生の時に授業でこの詩を知って、浮かんだような気がします。

トピ内ID:0e6848a44cbcb095

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両方です

🙂
ね。
両方だと思っていました。手のひらや爪の汚れで日々の生活の苦労ば、手の甲は日焼けしシワで年齢がわかります。手のひらも甲も返して見る感じです。

トピ内ID:9d79ce28071d981d

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手のひら

🙂
キツツキ
手の甲っていう発想はなかったです。人の考えっていろいろで面白いですね。 だいぶ前ですが、友人にあれは手相を見ていたんだって言われたことがあります。報われない運命をじっと見つめようとしていたのかな。

トピ内ID:3b289422b656dcd4

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手のひらをじっと見てからのうなだれ

🙂
沙羅双樹
私も手のひらです。 私のイメージでは、手のひらを見て、ついでに生命線の短さや金運の無さも見ている感じでした(笑)。 啄木が肉体労働者じゃないことは知っていたので、ペンだこを見ているついでに手相も見ている感じです。 その後、自分の顔を包み込むようにしてうなだれる……というシーン、ボン様も空想してらっしゃいましたが、同じです。

トピ内ID:1e94ca357ef85b9c

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手のひら

🙂
ライカ
私も手のひらだと思っています。 これだけ働いてもお金がない、つまり空っぽの手の中を見つめているのかなと。 石川啄木は若くして亡くなっているので、我が身について詠んだ歌だとご主人の解釈ははまらないかなーと思いました。 でも手の甲というのも面白い解釈ですね。 もしも我が身だけでなく広く労働者をイメージして詠んだなら、そういう考えもありだと思います。 確かに年取れば誰でもシワシワになりますが、長く働き続けた労働者だからこそそのシワに己の来し方を重ね今の貧しさを嘆く、というのも有り得そうだと思いました。

トピ内ID:50004788f43037c6

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人の感性って面白い。

041
ですね…。
私もあかぎれとかマメで掌と想像しますが、旦那さんの想像何だか笑えてしまいました。 当然笑う内容の詩ではありませんが、加齢でなる自然なシワシワと苦労している手は別物。 言うなら幾ら若作りしても手の甲のシワで年齢隠せません〜。なんてなりそうで。 でも旦那さんの想像も面白いなあと、詩とか歌の内容の受取方って人それぞれで感性って面白いです。 でも、話しズレますが以前石川啄木の映画だかドラマ観ましたけれど、こんな感動的な詩を残しているのに本当の石川啄木はこの詩とは真逆で家庭を放って借金作って女遊びしていたらしく、その方がショックだったです…。

トピ内ID:06c0ae22927f316f

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手のひらだと思うけど。

🙂
ぽち
歌集「一握の砂」に掲載されている歌なので。 同じ歌集に、 「いのちなき砂のかなしさよ さらさらと握れば 指のあひだより落つ」という歌もある。 「はたらけど はたらけど」と言っても、啄木は肉体労働はしていないから、文学が認められない・仕事も続かない、生きる悲しみの「はたらけど」かな?と。 でも、歌は読む人の解釈でいいと聞いたこともあるので、 夫さんの「年をとってシワシワになった手の甲を見てそれでもまだ楽になってない、という悲哀」も、年齢を重ねた人の解釈として、とても素敵だな、と思いました。

トピ内ID:562e0adab6b722bc

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改めて考えてみると、手の甲かも

041
岩手生まれ
年を取ると手の甲なんてシワシワになるから、じっと見る事はない、と言うのも分かるけど、此れは年寄り一般の話ですよね。 でも、啄木は若くして亡くなったから、他人より一生懸命働いているのに、なんで俺の手の「甲」はこんなに同年代の友人よりもシワシワなんだ、とこの歌を書きながら思ったかも知れないですね。 夫さんに、啄木が年を取ってからの歌ではないと、傷付かないように教えて上げて下さい。

トピ内ID:2eead3a7677546b0

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掌です。

🙂
詩は詩でしかない
何もつかめていない(何も得られていない)掌を見るイメージでした。 手の甲を見ても、何か変わりますかね?確かに、きちんと美容に力を入れているかどうかで、手のしわとかは全然変わりますけど、そんなこと啄木は気にしてないと思う。 ま、そもそも碌に働いてない上に女遊びで借金踏み倒ししてる男に、こんな詩うたわれてもねぇ、というのが一番ですが……。

トピ内ID:143626b7d27ec691

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へー!甲多いんだ!

🙂
とまと
考えもしなかった、絶対掌だと思ってたから。 ペンを持つ甲ね… 私の甲もシミと皺だらけです。 大して何もしてないのにな。 年取れば自ずと甲なんて誰でも醜くなりますよ。 手のひらです。何も無い、空っぽの手のひらです。

トピ内ID:46f47b0c6d9fb04d

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手のひらだと思います

🙂
Hee
啄木は肉体労働者ではなかったし、若くして亡くなっているので ご主人の言う、 >年をとってシワシワになった手の甲 は当てはまらないと推測します。 そうでなくとも手のひらのイメージでしたがね。 ‘’何も持たない自分‘’のイメージです。

トピ内ID:5af28f02581c49bc

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側面です。

🙂
かな
どちらでもなく、手の側面だと思います。私にはその肉の厚さや皮膚の状態で、その人の生活や人となりが見えてきます。側面が一番わかります。

トピ内ID:6eac47a517b1c31c

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私の手はハタチからシワシワ

🙂
バラ薔薇
50手前です。手全部でしょう 平も甲のシワも爪も指も指の節も なぜ手のひらか手の甲のどちらかじゃないといけないのよ どうしても決めてっていうなら手の平! なんかそういう絵画を見たことがある

トピ内ID:6464765d668c3543

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言われてみれば

041
小町のこういう所好き
手のひらとばかり思っていました。 しかし、職業によっては甲かも知れませんね。 人の営みって、手に出るでしょうね。 戦前生まれの母親が、話してました。 疎開先の子どもとは手が違ったと。 農業の手伝い、水ひとつ取っても井戸に何度も往復して汲みにいく。 都会育ちで読書の好きお嬢さまの真っ白な手の母は、それは馴染むのに苦労したと。 帰る頃にはすっかり現地の友人と同じように、手の甲も真っ黒に日焼けし掌もしっかりマメが出来ていたということです。 いくら家電が充実していても、どんな職業でも、主婦(夫)も、働いている手は尊いなあといつも感じています。

トピ内ID:1a22567b0f2fb2da

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手のひら

🙂
はなこ
私はずっと手の平 だと思ってます。 たくさん働いている人は手にタコが出来ていたり指先の赤ギレが出来たりしてる。 たくさん働かなくてよくなればタコも赤ギレも減る。 いつまでもタコや赤ギレが減らないってことはそれだけ働かなくては生きていけないってことだろう… と 私はずっと解釈してます。 手の甲はないです。だってシワは歳を取れば誰でもシワはできるから。

トピ内ID:292674491aa015e1

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手の平 です

🙂
通行人
短歌を詠みます ますかけと 褒められるけど 何も無し じっと手を見る

トピ内ID:27701439cdac429c

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その手の主の年齢は?

🙂
ボン
1つ書き忘れてました 私も若い頃はその手の主は中高年かと思ってました 現代風に言うならばずっと非正規・低賃金で働いてた中高年って感じです でも、現在読んだ時には年齢を感じませんでした 現代風に言うならば超絶ブラック企業で休日無く働いてる無自覚鬱な人って感じ 結構自分の経験等も反映されるんだなぁとちょっと思いました

トピ内ID:947e00e9af9079de

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手のひらだと思ったけど

🙂
感慨深いトピかも
レスを読むと、ひょっとしたら手全体を見るのかなと思いました。つまり裏表を見てそう感じるとか? 啄木さんが女ったらしだったとか農作経験がなかったとかは関係ないです。だって作家は観察力や洞察力、想像力などで作品を書きますから。

トピ内ID:ed4df9ce861f34e4

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レスします

🙂
みか
手のひらだと思っていました。というより、手の甲をみる意味がわからないといったほうが近いです。 手が働くときは手のひらが主で手の甲は補助的だと思います。もちろん手の甲がなければ手は成立しないと思いますが、何かをつかんだり離したりするのは主として手のひら側ですよね。また、道具を使ったり、お皿のようにまるめて水をすくったり、手相をみたりも手のひら側を使います。そのため、手のひらは人生の縮図のようなものではないかという気がします。まったくの個人的な感覚ですが。 その「手を見る」のはいまの手の状態をみているだけではなく、これまでの人生を振り返っているのではないでしょうか。手の甲だとそれにそぐわないように思います。

トピ内ID:4f23bd939c3155f2

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暴れん坊将軍にも・・

🙂
楓来
そういった場面がありますよ 男はつらいよのおばちゃん役 三崎千恵子が出る回で 暴れん坊将軍VI「お婆よ泣くな江戸の雪」に

トピ内ID:7b6bce4d0af8f42f

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