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父の死 後悔や自分を責める気持ち

レス11
(トピ主 2
041
ハル
ヘルス
母が4年前に亡くなりその時の父の悲しみ方はすごかったですが、父も癌を患っていたので抗がん剤で治療を頑張っていました。 父は一人暮らしで寂しそうだったので、買物に行く時は誘って一緒に行くようにしていました。誘うと父も喜んでくれたので。 ある雨の日少し迷いましたが父を誘って買物に行きました。その帰り道、父は思いっきり転んでしまい、顔からぶつけて前歯を折って血まみれになりました。私はとてもショックで震えが止まらなかったのですが、父のかかりつけの歯医者にすぐに連れて行きました。 先生は切れた唇を縫ってくれました。 父は顔から落ちたので頭はうってないと言いました。その日私は今日は買物に誘わなければよかったと一人で泣きました。 その頃の父は抗がん剤治療で食べられずやせ細っており、弱っている父に追い討ちをかけてしまったと自分を責めました。 そこから1か月後、がんが悪化し余命が1~2か月だと告げられ緩和ケアのある病院に転院しました。 そこで緩和の先生から硬膜外血腫が見つかったと告げられ、あの時やっぱり頭を強くうっていたんだと衝撃を受けました。でももうかなり癌が進行してるからと硬膜外血腫の治療はしないまますぐに父は亡くなりました。 あれからもう3年たつのに、今でも転んだ時に苦しそうですぐ立ち上がれなかった父の姿、血まみれの父の顔など思い出して苦しい気持ちになります。あの時買物に誘わなければよかった。父は人集りが恥ずかしくてすぐ車へ行ってしまったけどあの時救急車を呼べばよかった?あんなに弱ってたのに痛い思いをさせてしまったと未だに涙がでてきます。 死因は癌だけど硬膜外血腫も命を削ってしまったんじゃないかと、今考えても仕方ないのに考えてしまいます。 主人は全部知っているのでこの辛い気持ちを話すとハルはできるだけの事してたから自分を責めないでいいと言ってくれるのですが、よく落ち込み辛いです。

トピ内ID:55e8534139cd34a9

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レス数11

レスします

🙂
お辛いだろうと思います。 トピ主さんのお気持ちを考えると、私などがお察しできるような苦しみではないと思います。 しかしながら、第三者だからこそ申し上げることができることもあります。 転んだのはお父様自身であって、そこにトピ主さんの行いはなんら関係がないのです。 家にいても通院に行っても、お父様は転ぶ時は転ぶのです。 その転んだ日が、たまたま買い物に出ていたタイミングというだけ。 トピ主さんが誘った、だからトピ主さんのせいでしょうか? 私はそうは思いません。 トピ主さんが転んだ時、誰かのせいにしますか? 誘った友人のせいで転んだ? 違うと思う。 恥ずかしいと車に駆け込んだのもお父様自身。 お父様には少しだけ厳しくなるかもしれませんが、この世の全ての決断は自分自身なんですよ。 もっと言えば、買い物に誘われて、行くと決断したのもお父様自身。 だからね、トピ主さんは実は何も責任がないんですよ。 大切な人が、痛々しい姿になってしまったのは確かに目に焼き付いて苦しいでしょう。 私もきっと何年も苦しいと思います。 ただ、あなたの責任とは切り離して大丈夫です。

トピ内ID:ee964fede0987b7f

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何も責められることはない

🙂
KM
お父さんを誘ってあげたのはむしろ良いことだっと思いますよ。 病気のこともあってお父さんの時間はどのみち長くはなかったはずです。 その中で少しでも長く一緒の時間を作ってあげたことは親孝行以外の何ものでもありませんよ。

トピ内ID:4cc0c8009d5ed8ac

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気持ちの落とし所がないのよね。

🙂
まあ
どんなに尽くしても後悔は残ります。 お父様が転んだ時、主がいて良かったと思います。 すぐに歯科に連れていけたのだし 歯科医から病院の紹介がなかったのなら、主がそれ以上、出来た事はなかったと思います。最善の事をしたという事です。 確かにそのような状況を目にしたら ショックですよ。 それだけ大切な人なら尚の事です。 ただ、お父様の姿はそれだけじゃない。親子で穏やかに過ごした時間がたくさん残っています。 苦しむ姿はお父様の笑顔の思い出で上書き保存してください。 心が癒えるまで時間がかかるものです。 苦しくなったら 旦那さんに聞いて貰えば良いのですよ。 旦那さんは何回でも 「主は悪くない」と言ってくれますよ。 そういう積み重ねがあれば いずれ 気持ちの落とし所を見つけられますよ。 つらい時はつらいと言っていいんですよ。

トピ内ID:bf1c62caf92518b0

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無関係だと思います

🙂
m
とてもショックだったでしょうが、お父様は病死、 つまり進行していた癌で、寿命を全うされて亡くなったのです。 顔からぶつけて頭は打ったように見えないなら、おそらくは誰もいない時に転んで打ったのだと思います。 トピ主さんとの外出時の転倒とは無関係です。 病気や高齢の方にはよくあることで おひとりで生活されている人でも、施設や病院で生活している人でも、外出時だろうが室内だろうが関係ない。 体が衰えていくとどうしても起きてしまうことです。 どうかご自身のことを責めないでください。 前を向いてほしいと思っているし、お父様はもう天国でお母様と再会して幸せです。 転倒のことがずっと気がかりなぶん、こうして考え続けてしまうのも分かりますが、トピ主さんのせいではありません。

トピ内ID:2ad84f0660680812

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責めないでください

🙂
ruki
高齢の父が最近弱ってきているので自分のことのように胸が痛くなりました。 事故は仕方のないことですよ。 いつでもどこでも誰にでも、不運な事故は起こりえます。 怪我をしてしまったことは大変でしたが、もしその日に誘わなかったら別の理由であとから「あのとき誘えばよかった」と思うことが起きていたかもしれません。 なるべく心が軽くなるように考えられますように。 最近70代の知り合いが「転んだ後に念のためMRIを受けたら硬膜外血腫ができていた」という話をしていました。 高齢の方が頭を強くぶつけると脳が頭蓋骨内で動いてぶつかって出来るものらしく、数週間後にMRIを受けたときには薄れていたとのことでした。 年をとるとそういうものなのよ、と雑談がてらお話しされていたので、どうか考えすぎないでくださいね。

トピ内ID:1982237759bd5491

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ありがとうございました

041
ハル トピ主
皆様ありがとうございます。 とても励まされました。思ってもみなかった見方や考え方を教えてもらい、心が軽くなりました。 父が転んだ場所に行けなくなり、事あるごとに思い出しては沈んだ気持ちになっていました。 もしかして死因は癌ではなく硬膜外血腫だったのでは?と意味もなく思い詰めたりもしました。 重い内容なため友人にも話すことができず、今回いろんな方にお言葉をもらえてとても救われました。 これからも辛い気持ちになったらこちらのトピを見返したいと思います。 本当にありがとうございました。

トピ内ID:9bc4a4f4e6350a83

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親孝行

🙂
lilac
とっても親孝行の娘さんでお父様幸せでしたね。うちの父も癌で、体力だけは自身があったのに、どんどんやせ細ってしまい、外でこけて立ち上がれなくなったことがあったようです。その時は母と病院の帰りで駐車場から家まで歩くときですが、母ではやはり体の大きな父を支えられず、ご近所の方が助けてくださったようです。 そのあとも家で倒れて起き上がれなくなっていました。プライドがどれだけ傷ついただろうかと思います。毎日歩いて仕事にいって、夜遅くまで体を動かしていましたしね。 最近読んだ住野よるさんの「同じ夢をみていた」という本で、 「人は、悲しい思い出をなくすことは出来ないの」 「でも、それよりたくさんのいい思い出を作って、楽しく生きることは出来る」 というセリフがあります。 悲しみを消そうとか乗り越えようとか思わず、主さんはこれから楽しいことをいっぱい経験していってください。それがご両親の供養になると思います。

トピ内ID:38dc3eec81a49ca6

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ありがとうございます。

041
ハル トピ主
lilacさんありがとうございます。 私の父も体力があって身なりに人一倍気を付ける人だったので、プライドがひどく傷ついただろうと思う出来事は多々ありました。 晩年の辛い思い出が多すぎて、悲しみを消したい、薄れてほしいと思っていました。私が楽しいことを経験して両親の供養になるとは考えたことがなかったので、とても救われた気持ちになりました。確かに私も子供には自分を責めずに幸せでいてもらいたいと願うと思います。大切なことを気付かせていただきました。 温かいお言葉ありがとうございました。

トピ内ID:9bc4a4f4e6350a83

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私の夫は脳出血でした。

🙂
海賊の妻
夫は癌では無いのですが、透析を31年して徐々に衰弱していきました。いつも転んでばかりいて、体はあざだらけでした。夫の体を見て、「ちょっと、ここにも新しいあざがあるよ」と言うと「病院の更衣室で椅子につまずいて転んだ」と言ったりいつの間に転んだのかと言いました。私は病院から、脳の検査を勧めて欲しかったのですがなかなか言い出せませんでした。透析患者は希望を失ったら「もう止める」と言いかねません。止めたら死ぬしかないのです。よほど慎重に事を進めるしかありませんでした。 そして最後の日一人で散歩に行き顔から突っ込むように倒れました。 顔は半分真っ黒にあざができていました。たぶん転んでばかりいるのは、ひそかに脳の中で小さな出血が始まっていたのでしょう。その時点で検査をしたからと言って手の打ちようが無かったかもしれません。 ひつぎの中の夫はどうらん化粧であざは見えなくなっていました。しかし、頻繁に扉を開ければ、ドライアイスが解けてどうらんは解けてしまうので開けないようにと言われました。 夫は別人のような顔に作られて旅立ちました。 私の後悔は、まだ意識の有った夫と最後の話が満足にできなかった事です。現場にはすでに救急車が来ていて、救急車の隊員が話しかけていました。「お名前は。お歳は。右の手を上げてください」と言うように。そこを押しのけて前に出て話しかける事はできませんでした。 私は自分の車に夫の保険証や障害者手帳などを付けて救急車を追いました。病院では最初に顔のケガの治療をして脳の検査をしますと言われ、戻った夫に「〇さん」と声をかけるのが精いっぱいでした。 夫は片目を開けて閉じました。私の顔は見たと思います。同じことは2回できましたが、夫に負担をかける事を心配した私は、それ以上声を掛けられませんでした。 あの時しか無かったのに。どうして何も言えなかったのか。今でも後悔しています。

トピ内ID:0fe220334a4bc762

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涙が止まりませんでした。

😢
とも
読んでいて、自分と重なり涙が止まりませんでした。 私の父も抗がん剤治療をしており、免疫がない状態でインフルエンザに罹ってしまい亡くなりました。 正月に電話したとき、咳が苦しそうでなぜもっと早く救急車を呼ぼうと強く言わなかったのか、家族だからと甘えてわがままな態度ばかりとってしまい、なぜもっと笑顔でたくさん会話しなかったのか、後悔ばかりが募ります。 1年経って、ようやく笑顔で写真に向かって話せるようになりました。 でもやっぱりふと思い出して泣いています。 生活していると、父と行った場所、父との思い出が重なります。 父がいるから、私がいる。 いつも感謝の気持ちで御礼を言っています。 お辛い気持ち、本当にわかります。 どうか、少しずつでも笑顔で生活してくださいね。

トピ内ID:2652f6c8cb0bf628

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ご自分を責めないでください

🙂
ひなな
私の父も癌で亡くなりました 同居していたので普段は喧嘩ばかりしていましたが、癌で手術してからは家族に迷惑を掛けないようにと思ったのか、辛いとか痛いとか全く言いませんでした 何も食べられない日が続き、自分から入院すると言ったので病院に送ったのですが、入院する前の夜湯船に浸かりたいと言いました でも痩せ細っていたとはいえ衰弱した大人の人を、私と母とで入浴させることは出来ず、シャワーで済ませました お風呂が好きだった父なのに願いを叶えることが出来なかったのは今でも後悔しています トピ主さんのお父様は娘と買い物に出掛けることが楽しみだったのではないですか? 私の父も、一人では歩けなくなった時にささえてあげると何だか嬉しそうに笑っていました 辛かったはずなのにね トピ主さんのお父様も身体が辛いなら行かないはずです トピ主さんと出かける時間は幸せな時だったんだと思いますよ

トピ内ID:aec7863be3a40a92

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