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風のかたち(ミャンマーで亡くなった長井くんのこと。)

レス26
(トピ主 8
いちご畑
ひと
この9月、学生時代の友人がミャンマーで亡くなりました。 私が彼と友達していたのは、ジンセイのほんの短い間でしたが、私の知っている彼は 1.ジョン・レノンをこよなく愛していた 2.しゃべるのもご飯を食べるのも、のんびりマイペースだった 3.独特の雰囲気で、皆に一目置かれていた ~と、そんな感じの男の子でした。 でも、衝撃的な死に方をしたが故に、連日彼のことがテレビや新聞で報道されるのを見るうちに、私の知らなかった彼の一面を知ることとなりました。 アフガニスタンの病気の男の子を支援していたこと、後輩達に慕われていたこと、意外とメカが好きだったこと、自分でも作詞作曲していたこと・・・。 子供の頃に読んだ詩で、「風が吹いてカーテンが揺れて、それが風のかたち」という感じのフレーズがあったのですが、彼の新たなエピソードを知るたびに、彼の残した小さなつむじ風が自分に吹いてきているような気持ちになります。 長井くんのことをご存知の方、ニュース等で彼を初めて知って衝撃を受けた方、友人の思いがけない死の悲しみを経験した方。 なにか、メッセージをいただければ嬉しいです。

トピ内ID:7492383621

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レス数26

このトピックはレスの投稿受け付けを終了しました

長井氏のことは、報道で見た限りでしか存じ上げませんが・・・

041
もみちゃん
それも、仔細に存じ上げているわけではないのですが… ふたつのことを、思い(感じ)ました。 ひとつは、もちろん、同国軍政に対する憤りです。 これについては、多くの人が言及しているので、ここで私ごときが述べる(つけ加える)ことはありません。 もうひとつは、同じ日本人としての、誇りです。 静かな正義感をもって、危険と隣り合わせながらも、 真摯に対象と向き合い、真実を報道しようとする。 そんなジャーナリストが日本人のなかにも存在する。 ということに、同じ日本人として、とても誇りを感じました。 (イラクで橋田信介氏が亡くなった時も、思いました。 「日本人にも、こんなすごいジャーナリストが存在したのか」と。) あと、もうひとつ。トピずれになっちゃって恐縮なのですが、 私はいつも、戦場ジャーナリストや冒険家や登山家 等々の、成功あるいは事故の報道に接して、思うことがあります。 「彼(彼女)を支え、送り出す側(配偶者や家族ら)も、スゴイ」 私だったら、耐えられない。自分が、相手を残して行く立場のほうが(それがどんなに危険でも)、いい。と思うのです。

トピ内ID:6933736126

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ジョン・レノンと長井さん

041
ヨーコ
長井さんのことはイラクだったかパキスタンだったか ニュース番組で見たことしかないのですが 報道されていたのが凄惨な内容だったはずなのに 何故だか穏やかな印象が記憶に残っています。 ジョン・レノンのファンだったそうで メガネのせいか、なんとなくジョンに似ている気もしますが ジョンと同じように平和を愛し音楽を愛していたはずの 長井さんがジョンと同じように凶弾に倒れる所まで 同じになってしまうなんて... 長井さんが撃たれた時の映像は、とてもショックでした。 ミャンマーって友好国だと思っていたのに ただ撮影していただけの日本人ジャーナリストを 口封じ目的で殺してしまうのかと驚きました。 トピ主さんにとっては、友人だったわけですから あの映像は相当なショックだったと思います。 ジョンと長井さんのことを考えながら 『イマジン』を聴こうかと思ってます。 明日12月8日はジョンの命日ですし。

トピ内ID:5563480921

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ご冥福をお祈りいたします

041
かなっぺ
テレビで長井さんの知人だった人のコメントを聞くと、皆「純粋で本当に良い人だった」と仰っていましたね。 そうですか、ジョンレノンを愛していたのですか。きっとイマジンも大好きだったのではないでしょうか・・・。 ニュースで映像を目にするたびに憤って止まないのが、長井さんを撃った兵士の格好でした。 銃を買うお金は国にあっても、それを扱う兵士は満足な靴も履けないなんて。 そんなの絶対間違ってる。 そんな矛盾と本当の平和って何か、を長井さんは伝えようとしておられたのかも知れないと心に刻みました。 長井さんは素晴らしい方だと心から思います。

トピ内ID:6080606390

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12月7日、金曜日の夜のトピ主です。

いちご畑 トピ主
帰宅してPCを開けたら、もみちゃんさんのレスを発見!本当にありがとうございます。 彼が亡くなってもう2か月以上経ち、このトピも埋もれてしまうかも、と、シンパイしていたので。 特に、「静かな正義感」というフレーズとラスト4行に、色々なことを大事にして生きていらっしゃったであろう、本物のオトナ(実際の年齢という意味ではなく)を感じました。例え無事に帰ってきたとしても、遠い異国に家族を送り出す者の切なさは表現しようがないと思います。 ましてや家族を失ってしまう悲しみの大きさは・・・。長井くんの亡骸に対面し、「・・・健坊」と、消え入りそうな声で語りかけていたお母様の映像を思い出すと、今でも涙が出てきます。 さて、最近知ったのですが、橋田さん・その甥の小川さんが亡くなるよりも前に、1988年にアフガニスタンで地雷を踏んで33歳で亡くなった、南条直子さんというカメラマンがいらっしゃったそうです。どんな女性で、どんな写真だったのか、気にかかるところです。 さてあと数分で、ジョン・レノンの命日です。長井くん、雲の上でジョンのポートレートなんか撮ってるんじゃないだろうか・・・

トピ内ID:7492383621

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ビルマにいました

🐴
ぽけちゃん
戒厳令下のビルマに入国したのは9月28日のことです。 一つトピ主さんにお伝えしたかったのは、皆口々に、日本人の私に対して、長井さんが亡くなった事に弔意を表明してくれたことです。 "We are very sorry about him"と。 ビルマの人たちは、ちょっと金持ちなら皆、衛星テレビや密かに売られているそのコピーのDVDで、昨日の出来事を把握していて、非常にアップデートされた情報を知っています。 長井さんが撃たれた映像は繰り返し繰り返し視聴され、ビルマ人の心に焼き付いています。 彼の死は、ビルマという国の中で、決して無駄にならず、ビルマの民主化のために死んでくれた日本人として、長く語り継がれていくと思います。

トピ内ID:7715727843

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風のように

🐱
micky
いちご畑さんにとって長井さんが、風のように思い出を残して、そして今もメッセージをつむじ風のように送り続ける存在、であることがご理解できます。 私も、あの事件に衝撃を受けた一人です。 最後までカメラを離さなかった姿は、多くのことを教えてくれました。 特に感じたことは、何かに対して命をかけて全うする、ということがいかに難しいかということです。 むしろ、そうした機会はなくなっているのかもしれません。 世の中は便利になっているし、何かに一生懸命にならなくても生きていける。むしろ、一生懸命にならないほうが、傷つくこともないのですから・・・。 そんな毎日のなかで、長井さんは身を挺して真実を伝える生き方を貫かれました。直接ご本人を知らない私でさえ、長井さんの今までの生き方に思いをめぐらせるきっかけとなりました。ご本人を知るいちご畑さんの心中をお察しします。 長井さんのおこしたつむじ風。 私達が当たり前のように享受している平和や自由の尊さに、改めて気づかせてくれた優しい風を私達は忘れてはいけない。 それが長井さんの冥福をお祈りすることになると思います。

トピ内ID:6110116372

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違っていたらゴメンナサイ

041
SUNU
長井さんの死はやりきれない思いがしました。 何のつながりの無い一視聴者の私でさえ深く悲しかった。 真実を世界に伝えるためにあえて戦火の中に身を投じるジャーナリスト達。 大金が稼げるわけでもなく、ただ正義のためだけに。 自分自身何の得にもならないのに、ただ苦しんでいる人たちだけのために。 長井さんの死でU2の「PRIDE」という曲を思い出してしまった。 この歌で歌われる無名の「誇り高き」人々の一人に長井さんも入ってしまったのかなと。 Free at last, they took your life, They could not take your pride... ところで、ジョー・サッコの「パレスチナ」という漫画があります。 この中でサブローという日本人カメラマンが出てきて主人公(ジョー・サッコ本人)と一時行動を共にします。 謝辞を読むとどうもこのサブローのモデルがケンジという日本人男性なのですが、もしかしたら長井さんだったのではないかとふと思ってしまいました。 (ストーリーはちょうど1991‐92あたりです。) 違うかもしれないけど。

トピ内ID:8515398625

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NHKアーカーブスで

🐱
ぷぷりん
長井さんが撮影された、HIV患者の施設のドキュメンタリー番組を観ました。 発展途上国や内戦のある危険な所へ行って、現状を報道して皆に知ってもらう。 そんなカメラマンの仕事は、すばらしい仕事だと思います。 仕事柄、日々このような事態は覚悟されていたかもしれませんが、まだお若いのに、この様な事になって非常に残念です。

トピ内ID:5492724798

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Untitle1

041
分水嶺
 孔子の「吾、15にして学に志し、30にして立ち、40にして惑わず、50にして天命を知る。・・・」子供の頃はよく聞かされミミタコでした。でも今にして思えば深く解っていなかったようです。小生もやっとこの春50歳になりました。実は45歳を過ぎたあたりから自分の歳は忘れることにしました。同時に昔のことを懐かしんだりしないようにも心がけておりました。  ところがあの日。いつものように気だるい朝でしたが、突然TVのニュースで長井君が飛び込んで来たのです。それからというものの事あるごとに昔のことが思い出されたり、思い出さされたりしました。それが、別に長井くんと一緒に過ごした田舎の学生時代のことだけでなく、ついこないだの30・40代のことであったり、かなり昔の事だったり色々なのです。そんなノスタルジックなことは出来るだけ避けていたのに不思議なものです。  自身の生き方も未だ霧中でありながら、人のそれを語ることは大変恐縮なのですが、先の孔子の言葉の通りであるのなら、長井くんのそれは正にそれなんでしょうね。<つづく>

トピ内ID:1110214382

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いちご畑です 2-1

いちご畑 トピ主
12月10日、20:43のぷぷりんさんのレスまで拝見しました。本当にありがとうございます。 何人かの方のご推測のとおり、長井くんはイマジンを特に好きでした。というか、彼の考え方の基本的な所で、ジョン・レノンの詩や生き方に相当に影響されていたような気がします。 さて、10月の東京でのお葬式の間も、ずっとジョンが流れていました。 でも出棺の際、司会者の方がなぜか間違えてしまい、「故人の好きだったビリー・ジョエルを聴きながら・・・あっ、ビリーとジョンを聴きながら」と、相当苦しいフォローをしていて、「う~ん。今の若い世代には、この2人の区別がつかないのか」と、トピ主的にはちょっとびっくりでした。 ぽけちゃんさんは、お仕事で行かれたのでしょうか。緊張感で一杯の滞在だったのでは、と思います。 現地の方々が新しい情報を得、長井くんのことも知っているとは嬉しい驚きです。 東京でのお葬式の際にも、多くのビルマの方々が参列し、「長井さんハ英雄デス。イツカ、歴史ノ教科書ニ載リマス」と、おっしゃってくださいました。 教科書に載った長井くん。想像つかない・・・

トピ内ID:7492383621

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iいちご畑です 2-2

いちご畑 トピ主
さて、半世紀!も生きていると悲しいことに、長井くん以外にも事故や病気でなくなった友人が何人かいます。 でも、なぜ長井くんの死(というより生)が、自分に強くアピールしてくるのだろうか? それは多分、長年連絡を取っていなかったに関わらず、彼の最期の姿が驚く程に、仲良くしていた頃の延長線上にあったからかも知れません。 お金や人間関係やルーチンワークと云った、色々な「しがらみ」の中で、私が置き忘れたり捨ててしまった(チープな表現ですが)ひたむきさや一途さのようなものを、彼がそのまま、大事にカメラと一緒にk握り締めていたようで。 少し前の自分なら、ひたすら前を向き、今得ているものを慈しむことだけに専念していたかも知れませんが、今は、「忘れてきたものの大きさ」も、正視出来る年齢になったような気がします。 さて、SUNUさんのお話は、非常に興味深いものです。長井くんが1991年位迄に、パレスチナに行った事があるかどうか、今ネットで色々調べても良く分からないのですが、彼の近しい友人に「サブロー」的な名前の人がいたのを思い出したので。 その本を、今直ぐ買い物籠に入れちゃおう・・・

トピ内ID:7492383621

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日本に生まれて

041
ぷあ
お恥ずかしい話ですが今回の長井さん事件、今年の夏までの自分だったら全く関心のないニュースでした。 長井さんが銃撃されたその時たまたま読んでいた戦場カメラマンの本、もしその本を読まなかったら一生私は今の日本に生まれて良かったと思えなかったでしょう。 世界各地で今現在続いているさまざまな紛争、政治家の汚職や企業の不祥事等本当にきれいな国だとは言えないかもしれませんが、やっぱり日本が一番いいと思える。 長井さんの様なジャーナリスト達が真実を伝えてくれるお陰と思います。

トピ内ID:8665605207

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衝撃でした。

041
nyoronyoro
長井さんの銃撃事件の数日前から、新聞で暴動が報じられ始めていましたね。 そのときから胸騒ぎでつらかった。 長井さんという方のことは知りませんでしたが、あまりのあっけない銃撃と、その後の軍事政府の応対に衝撃を受けました。 わたしがミャンマーに行ったのは、1990年代、観光旅行でした。 その時、旅のトラブルを助けてくれた男の子が、「ぼくは軍人になりたい」と言っていたことに、当時も、その後も、強く感じたジレンマを記憶しています。だけど、店先での会話や、一生懸命書いてくれたエアメイルの返事では、わたしも「よい軍人になってください」としか言えなかった。それでも、手紙は届かなかったのか、交流はそれきり。 すっと胸が痛んだままです。 長井さんと一緒にいたミャンマー人通訳の方のその後のドキュメンタリーも観ました。 世間で取りざたされている彼の会社のやり方に問題がやはりあるかと感じました、関係者の方へのケアを強く望みます。 いちご畑さんのトピを読んで胸を衝かれ、共鳴しました。 昔の敬愛する友達を失った悲しみ、あまりに清々しかった人を失ったときの茫然。 トピが「風のかたち」を見せてくれますように。

トピ内ID:8071347401

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2度目です

🐴
ぽけちゃん
トピ主さんのコメントに対して少し補足したくてまた出てきました。 ビルマには休暇で行きましたが、実は緊張感いっぱいの滞在ではありませんでした。 ダウンタウンには行きませんでしたが、一部の市街地以外、私が滞在したり訪問したアップタウンは全く平常どおりだったのです。 スーパーには物があふれていたし、おみやげ物やでは呼び込みやってたし、9時からの夜間外出禁止令で、遅くとも7時には退散しましたが、それまではレストランも平常どおりの営業で、お客で賑わっていました。 ホテルのプールには外国人の子供があふれ、友人はデモのあった日もゴルフをしていました。 貧困層と富裕層の感覚の乖離、中間層の欠如、これがどの発展途上国にも共通の問題点です。 デモをする人たちをテレビで見て同情はしていますが、実際に行動を起こす富裕層はごく一部です。 軍事政権を批判はしますが、それは、金持ち仲間で儲かっている人間を妬んでいるだけのような気がします。 テレビで見るだけではわからない、同国の現状を少しお知らせしたくて書き込みしました。

トピ内ID:7715727843

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難しいです

041
媒体
この話題は。報道の仕方ひとつで受け手の印象は大きく変わり、言いかえればいかようにもできるわけです。故人の人格については何も知らないので意見はできませんが、マスコミの報道は話半分の参考程度にしか思っていません。

トピ内ID:3916058155

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いちご畑です 3ー1

いちご畑 トピ主
12月12日、12:31の媒体さんのレスまで拝見しました。ありがとうございます。 さて、自分でトピずれするのもなんですが、トピを立てて、文章を書いていくって大変なことなのですね。 ブログをやっている訳でもなく、トピ立て経験も初めてで、気分は一杯イッパイです。他所には、ほぼ長井くん100%で、毎日更新!というブログもあるようですが;Authorさん、偉すぎ! ぷぷりんさんの書かれた、エイズ孤児の施設の特集は、数年前に私も観た番組です。 で、その時思ったのです。「へえ、長井くん、こんなことやってるんだ。そのうち、何か手伝えたら良いな」って。 (~と書いたり、このトピを立てたこと自体で、私がものすごくイイヒトかというと全くそんなことはないのがトホホなのですが) でも、機会を逸したまま、2007年9月27日になってしまいました。 そのうち、は、もはや無いこともある。これが、今年私の得た大きな教訓です。 さて、分水嶺さん(何て大人な文章でしょう)は今治で、一緒に学生時代を過ごされたのですね。 私と、恐らくブックマーカーの皆さんも、〈つづく〉を待ってます!

トピ内ID:7492383621

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いちご畑です 3-2

いちご畑 トピ主
ぽけちゃんさんの2度目のレス、更に興味深く拝見しました。ご滞在中の空気感が明確に伝わってきました。 私は仕事の関係で、ミャンマーから日本に来た方々で難民認定を申請した方が相当数いらっしゃることも知っていましたが、それでも基本的なイメージは「電飾の仏像」程度でしかありませんでした。 今回のことで、今に何かが大きく変わるのでは?とも思いましたが、そんな様子もなく。ぽけちゃんさんの冷静な分析を拝見しても、世の中、そんなに単純な構造でないことが良く分かります。 かなっぺさんのおっしゃった、満足な靴も履けない兵士。nyoronyoroさんが出会った男の子。別々のお話なのにどこかシンクロしてしまいます。 彼らも、何かを正しいと信じて行動しているのだろうけれど、mickyさんのおっしゃる「私達が当たり前のように享受している平和や自由」とのかけ離れ度の大きさにはため息が出ます。 それにしても私の知る限り、長井くんは個展(写真展)や、映像上演会、本を出版することもなく逝ってしまいました。 「形に残るモノ」へのこだわりが見事なまでに無かったのか、機会に恵まれなかっただけなのか?

トピ内ID:7492383621

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小さなつむじ風がこちらにも

041
ヨーコ
長井さんがジョンの熱狂的なファンだったことや ジョンの思想に強い影響を受けたことなどが 書いてあったので興味深かったです。 長井さんを直に知らない私は この発言小町でのトピや、いろんな方のブログから 長井さんのことを知ることができました。 少しだけですけどトピ主さんの気持ちに 共感できそうな気がしています。 小さなつむじ風がこちらにも吹いているようです。

トピ内ID:5563480921

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いちご畑です 4

いちご畑 トピ主
12月13日、21:16のヨーコさんのレスまで拝見しました。ありがとうございます。 長井くんや私が20代だった時代は、今考えてもふわふわしていました。 長野県知事だった田中康夫氏が「なんとなく、クリスタル」を発表し、JJ月刊化やCanCam創刊もこの辺りでした。ヴィトンのバッグを皆が持ち出し、ディスコ(クラブではない)が全盛。林真理子さんの「アッコちゃんの時代」も、当時のバブリーさを思い出させてくれる一冊です。 世の中全体が贅沢になり、学生でも、自宅通学なら自分の車を持つ子が急に増えました。長井くんと共通の友人が「クレジットカードを使い過ぎた」と、お母さんに怒られる場に、仲間数人で立ち会ったことも・・・。 そんな時代に長井くんは、車を持ったり、ブランド物を着ることも無く、いつもマイペースで自転車を漕いでいました。その頃の彼は確か58キロで、長い足とさらさらの髪の毛が、自転車と一体化していました。 彼が最初に就職したのは、お笑い番組なども作る制作会社だったと思います。でも、報道畑にこだわり続け、見事転職しました。 最期の姿、体型はメタボ?だけど、どこか青年ぽくも見えたなあ。

トピ内ID:7492383621

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長井さんはニュースでしか知りませんが

🐧
naomi
長井さんの事は事件報道で初めて知りました。 私も媒体さんのように、報道がどこまで本当のことを伝えているのか 正直信用していませんので、話半分だと思っております。 ですが、 長井さんのなんとか会のブログや、他の日記、掲示板など (いちご畑さんのこのトピもそうです)などいろんな方面からの 情報を拝見して、長井さんの想いや、人柄に 私は共感できました。 長井さんの報道のおかげで多方面から情報をとり報道を見て行こうという 想いが改めて目覚めました。 小さな風を感じることができました。 ありがとうございます。

トピ内ID:3452624297

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独裁政治反対

🐤
もぐ
ミャンマーの軍事政府に、怒りを感じます。絶対に許せません。 長井さんの命を無駄にしないように、私達、日本人がひとりひとり、真実から目を背けずに、抗議していかなければならないことを痛感します。 人の命を、何とも思っていないミャンマーの軍事政府に断固として、抗議していかなければ、ならない。世界の各地で、再び、同じようなことが繰り返されぬように。 

トピ内ID:4374102115

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せめて・・・・

sora
アジアが大好きで、行ったことのあるタイやインド、中国。そのちょっと先のミャンマーで、あのような衝撃の事件。 いつかは行ってみたいと思っていたミャンマーが、ヨーロッパよりも、アフリカよりも遠い遠い国に思えるようになりました。 長井さんの指は、カメラのグリップを握った形のままだったそうです。 亡くなってしまった命はもどらないかもしれない。でも、せめて故人が最後まで握り締めていたカメラくらい返してほしいと思うのは、私だけでしょうか。 長井さんのカメラは、負の遺産ともいうべきものでしょう。 人間は負の遺産を作ってきたけど、その遺産を葬らず、過ちを繰り返さないことを誓っていくべきです。 ミャンマーには早く、遺品を戻して欲しいです。そうしたことは、国家間の交渉、貿易には全く関係ないことかもしれないけれど、草の根レベルで感情的なわだかまりを解消して初めて、真の友好関係は作れるのに・・・・。 あの事件以来、今までアジアの国で出会った多くの笑顔を、ミャンマーという国で想像することが出来なくなりました。残念でなりません。

トピ内ID:3304504327

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いちご畑です 5ー1

いちご畑 トピ主
12月17日、18:18のsoraさんまで拝見しました。本当に嬉しいです。 さて最近気がついたのですが、長井くんたら日本版wikipediaに載っているんですねえ、留学期間やアルバイトの辺り、ちょっと違っている気がするけど。でも、トピを立てた時に私が「アフガニスタン」と書いた所は「イラク人少年」となっていて、これは私が間違えたように思います。 更に、「長井健司」とPCで検索をかけると40万件!9月下旬には、「長江健次ではありませんか?」と言われたのが嘘のようです。 媒体さんやnaomiさんのおっしゃる、マスコミの「話半分」は、確かにそうだと感じます。番組やニュースを取材・編集するのもニンゲンなので、意図的でなくても、どうしても主観や偏見や思い込みが入ってしまう。 では、マスコミの対極にある「口コミ」がどうかというと、これもまた、ですよね。いわゆる「都市伝説」等、興味深いものではありますが、ここにも人間の畏怖心や心の闇が見え隠れしてとんでもない話になることも度々です。 結局自分に出来るのは、何を信じ、何を選ぶのか、その力作業への体力を蓄えておくことかな、と。

トピ内ID:7492383621

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いちご畑です 5-2

いちご畑 トピ主
最近思い出したことですが学生の頃、長井くんは私が父から引継ぎ、結局使いこなせなかった一眼レフを時々借りていました。 リトルニコンになる前の、F2特有のカシャッ、という歯切れの良い深いシャッター音は、確かに私より彼に似合っていました。 でもフリーランスになってから、彼はビデオ=動く映像のみを撮り、「写真」はプロとしては撮らなかったようなのです。 この、ビデオだけ、というのは、どういう意味があるんだろう?どなたか、この2つの取材手法の明確な違いというか、意図が分かる方がいたらご教示いただけると幸いです。 さて、ぷあさんが言うように、多分日本は意外と悪くない国です。悲しい事件の起こることも多いですが、まだまだ捨てたものではないと思います。 そんな思いをずっと持ち続けるには、、ちょっとで良いから何かしようかな、と思う今日この頃。 他の白熱系のトピでしばしば、「主観だから変えられません」という意見をみかけるのですが思うのです、「世の中で一番変えやすいのは、自分の主観じゃないのかなあ」って。 こんな気分が"Pay it Forward"って奴かも知れません・・・

トピ内ID:7492383621

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年末のニュースで

🐧
naomi
年末の今年1年を振り返って・・というニュースで、 最近長井氏のニュースを目にする機会がまた増えました。 日々の生活に追われいろんな事を忘れてしまっているなと、 私自身感じています。 さて、トピ主さんがどこまでこの報道について ご存知か全く知りませんが、質問させてください。 webや、新聞などで見かける長井氏の報道では彼の所持品であるビデオ等が まだ返却されていないと書いてありますが、(少し古い記事です) TVでの報道ではあまりその件について言及していないように思われます。 長井氏の所持品は、本当にまだ返却されていないのですか? もう日本に戻ってきているのではないですか? 所持品についての情報があまりにも少なすぎて私にはわかりません。 もしトピ主さんがご存知のことがあれば教えていただきたいです。

トピ内ID:3452624297

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いちご畑です 6

いちご畑
naomiさん、レスありがとうございます。あっという間にもう年末ですね。 長井くんの所持品はまず、ある程度のものが10月初旬に返却されたようです。血に染まった手帳やヤンゴンの地図などが、特集番組の中でも公開されていました。 でもその中には、最期に握り締めていたビデオカメラと、最終日に撮影していたビデオテープが入っていなかったし、今もって返却されていない筈です。少なくとも、12月15日のお父さんの記者会見の際に、そういうお話が出ていた記憶があります。 東京でのお葬式の際、受付からちょっと離れた所に「長井さんのビデオカメラを取り戻す」署名のブースがあって、私もそちらで署名してみました。12月13日付け「いちご畑です3-1」で書いた「ほぼ長井くん100%」ブログは、この署名活動をしている若い人達の運営のようで、私も毎日チェックしています。 というか実際、最期の映像が見たいですよね。自身立派なジャーナリストだったのに、今一番有名なのは自分の亡くなるシーンを撮った映像。何だか、変。 もしビデオテープが戻ってくれば、テレビで大々的に流れるのか、それともまず警察が押収するのかなあ?

トピ内ID:1941064545

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