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結婚指輪の無い時代はどうやって既婚か独身を見極めたの?

レス16
(トピ主 1
💡
今日のランチで
話題
今日ランチの話題で出ました。 「結婚指輪ってごく最近のトレンドでしょ?それじゃ結婚指輪が無い時代は どうやって独身であるか既婚であるかを見極めてたの?」 着物がスタンダードの時代では独身女性だと振袖を着て、 既婚女性は袖の短い着物だったそうですが それでは男性の場合はどうやって区別してたのでしょうか? 着物以外で区別をつけるなら、例えば江戸時代などの武家社会の頃は 髪型の変化で独身・既婚を区別していたのでしょうか? 女性なら髪型変化で区別も可能でしょうがでは男性は? インドだと既婚女性には額にビンディーをつけますが 未婚女性にはビンディーが無いですよね。(うろ覚え) 一昔前の日本ではどうだったのでしょう? 教えてください。

トピ内ID:3034475380

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このトピックはレスの投稿受け付けを終了しました

江戸の女性は

041
下谷の朝顔市
お歯黒です。これで結婚している事を表していました。平安時代から続く結婚している女性の習慣でした。

トピ内ID:0009033675

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見極める必要はなかったんじゃない?

041
あいらびっと
結婚指輪が無い時代なら、自由恋愛からの結婚もそんなに無かっただろうし。 別に未婚者が自力で見極めずとも、親やら何やらが未婚同士を見繕って娶せたんじゃないの? 自由恋愛できる身分や環境の人なら、誰が既婚で誰が未婚か分かりきった狭いコミュニティで暮らしている場合が多かっただろうしね。 ところで、うちの70歳の親も結婚指輪はしていたし、結婚指輪がごく最近のトレンドって訳でもないような気が。 もしや一昔前の日本の一昔っていつ頃? 江戸時代などの武家社会の頃の話?

トピ内ID:5641634852

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江戸時代なら

041
猫にまっしぐら
江戸時代なら、女性は眉を剃りおとして、お歯黒をします。 今見れば、相当コワイでしょう。 眉毛をそると、表情がなくなるんだそうです。 時代劇で、これを取り入れると、かなり怖いのでやらないのでしょう。 平安時代の上流階級の女性は袴の色で区別します。 未婚はエンジ色で、既婚は赤。 年齢が若い方が地味な色だったそうです。 出先ですので、簡単なレスで失礼しました~。

トピ内ID:5640635860

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皆が知っていた

041
クック
専門的なことは分かりません、でも昔は、特に女性の行動範囲はとても狭かったと思います。あと、村社会であった事もあると思います。 未婚・既婚の情報は皆が共有していたのだと思っています。 そもそも、結婚話は親等が持ってくるもので、それ以外で結婚しようとする女性は、騙されようとどうされようと、自業自得だったのだと思います。 それから、武家に「見合い」はほとんどなかったようですよ。「見合い」は会って決める=断る事も出来るというものでしょう。武家の結婚は「断り」はありません。結婚式の当日に顔を合わせる。きちんとお互いの顔見るのは、初夜の次の朝です。 そんな状態の結婚では「見極め」などは必要ないです。 というわけで、昔は見極める必要がなかった、のだと思います。

トピ内ID:5021752483

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江戸時代(中~後期)の場合

041
白山ポチ郎
江戸時代について言えば、 女性の場合、既婚者になると 髪を丸髷に結う 鉄漿で歯を黒く染める 眉を剃る というようにひと目でわかる標識がつきます。 当時の女性にとっては、実質的には結婚が成人儀礼であったため 成人と未成年者で見た目を変える、という意味合いもあったようです。 そのため、未婚でも一定以上の年齢になると 独身でも鉄漿つけて眉を剃る場合もあったそうです。 男性には配偶者の有無を示す標識はなかったようです。 成人と未成年者の違いは標識があり 未成年者は前髪を残した髷になります。

トピ内ID:5478653491

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言われてみれば女性は色々ありますね

041
うに
おはぐろとかもそうですよね。女性に比べたら男性はないですよね。 ところで結婚指輪やっぱり見られるものなのでしょうか?指輪類は嫌いなので結婚指輪してません。

トピ内ID:2097453024

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男性は、独立生計を立てられる状態が既婚のあかし

😉
しず
主に江戸時代を中心とする、未婚・既婚の見極め法ついて。 女性  ・未婚は振り袖 (これは現代とほぼ同じ )。  ・髷の形 ( 明治以降は、未婚はお下げ髪が基本。しかし、八甲田という髪型が流行後は、未婚でも結い上げる人が増えた )。  ・既婚は、お歯黒と眉の剃り落とし ( 但し江戸と京阪、武家は家中によって微妙にタイミングが違う )。 男性  ・下記参照。 先ず、当時は現代と違い非常に狭いコミュニテイの中で暮らしていたので、未婚か既婚かは知れ渡っていたから、特に男性は外見で区別をつける必要性は余りなかったと思われます。 また、商家の奉公人なら、結婚を機に暖簾分けするか、暖簾分けが済むまでは独身なのが一般的でした。 武家も、家督を継いで役職を得るか、他家に婿養子に入って役職を得るまでは、結婚話は出ませんでした。 ちなみに、明治生まれ・大正初期結婚した私の祖母は、結婚指輪を貰いました。 祖母の結婚後の写真を見ると、和服に髷を結い、間違いなく左薬指に指輪をはめています。 結婚指輪をはめる習慣って、いつ頃日本に浸透したのか私も気になります。  

トピ内ID:0043885761

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区別の目的が、恋愛対象かどうかなら

041
元海外在住
現代だって、男性で結婚指輪をしない人は多いです。 相手が既婚かどうかはどうやって確かめるかといえば、まず本人に聞く。。ではないですかね。 余談なんですが、以前、某東南アジアに在住してました。 現地では結婚指輪もなければ、既婚・未婚によって服装を分けることもしてません。 初婚年齢も若いので、大学生でも妻子もちなんてざらという感じでした。 そういう国では、相手が既婚か未婚かを確かめるのは、まず、「相手に聞く」事をしますが、既婚なのに未婚だとウソをつく男性も多いので、必ず親戚筋などを探し確認してます。 どうやら「独身だとウソをつく」行為の罪悪感は国や文化によって大きく違うようです。 私が、その国へ移住したばかりのとき、「独身だ」といって近づいてきた現地人男性がワンサカいましたが、後に全員が既婚であることが判明しましたから。

トピ内ID:5239902908

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「見極める」必要なしだったのかも・・・

🐤
ゆきっ子
武家の男性でいうと「元服」があり、髪型を変えていたわけですよね。 その程度の年齢になると、わかりやすく既婚未婚の区別を付けよう、というよりも「大人なんだから結婚していて当然」という発想が主流だったんじゃないかな~と思います。 大人なのに未婚という状況にしないように、親をはじめとして周囲の人間が全力で縁談を探していたのではないでしょうか。 昔は今のように本人が学校や職場、合コンで出会って結婚の約束をするなんて考えられなかったでしょう。 両家で聞き合わせをしたり身辺調査をしたり・・・周りが必死で調べたでしょうから、結婚する本人が「この人独身?」なんて観察する必要が無かったのでは。 ・・・と、単なる歴史小説好きの推測です。

トピ内ID:1659606900

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男性には目印の必要がないから?

041
でかでかぴんく
つまりは武家社会において「妾制」が認められていた、ということではないかと。 であれば、男性にとって既婚・未婚は特に関係はない。経済力があれば、何人囲おうが問題ないわけです。 逆に、妻サイドはそうはいかない。不義密通は御法度、相手の男性もろとも処刑されても文句はいえない。となると、「女性の未婚・既婚」は重大事項であるけれど、「男性の未婚・既婚」はどうでもいいことなわけですね。ですから、男性には「目印」そのものが必要ない。女性にはないと、言い寄る男性が困るけれども。 浄瑠璃「心中天綱島」なんかは「男性の妻の実家の了解がないために、遊女を身請けできない(=愛人にできない)」ことが原因で心中を選ぶ、という話でしたね。 平安時代は、夫が数人の女性に通う(通い婚)というのは当然でしたし、江戸時代でもとりあえず結婚はする(正妻・御台所等は実家に権力のある女性がなる)が、愛人は何人でも認められている状況。 その影響ではないのかなと思います。 …なんとなく、ですが。

トピ内ID:2187464446

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沢山の返信有難うございます。

041
今日のランチで トピ主
皆さん、沢山の返信有難うございます。 お歯黒についてはすっかり忘れてました。そうそう、社会で習いました。 結婚指輪の使用については、ランチメンバーの間での認識は 「欧米諸国からの影響が多数入ってきた以降(明治以降?)」と 捕らえていました。 あ~、とてもスッキリしました。 ありがとうございます。

トピ内ID:3034475380

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髷の形は「203高地髷」でした

🐧
しず
5月8日に投稿した、「男性は独立生計を立てられる状態が既婚のあかし」について、 間違いに気がついたので、訂正致します。 まず、女性・髷の形で、  「“八甲田”という髪型が・・」 は、   「“203高地髷”という髪型が・・」 の、間違いでした。 それまでは、未婚女性は職業婦人を除いてはお下げ髪が基本でしたが、 「203高地髷」が大流行すると、「洋装にも似合う」という理由で、 未婚女性(女学生も含む)の間でも、既婚女性のように髪を結い上げる人が増えたそうです。

トピ内ID:4803384370

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振袖は

041
おしえて
振袖って晴れ着じゃないですか。 いくら未婚でも日常に振袖は着ないと思いますが。 よほどのお嬢様ならともかく、庶民は働かなきゃならないわけだし。 現代でも同じ。 未婚の女性が着る場合でも、小紋や紬の袖はあんなに長くないですよ。

トピ内ID:0714781480

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振り袖はあくまで普段着でした

🐧
しず
下記は元禄以降、江戸・京阪の町民の話です。 かなり端折った説明になります。 振り袖は、あくまで未婚女性の普段着でした。 江戸庶民の娘も、余程貧困でない限りは嫁入りまで振り袖を着ました。 但し、現代の私達が目にする振り袖よりは、丈が短かったのです(特に町民が着る場合)。 働く場合は、袖は襷を掛け、裾は「しごき」で裾上げしていました(外出する際も)。 町民でもそこそこの生活レベルの家であれば、妻女は、屋内では武家の妻女と同じく裾をおろしてちょっと引きずっていたわけです。 それに江戸時代の女の子って、長屋住まいの庶民でも、良い奉公先(縁談に繋がる)や嫁入り先を得る為に親が習い事(寺子屋・三味線・琴etc) に通わせるのが一般的だったので、余程生活が苦しくない限りは、現代人が想像する程働かせられなかったのです。 例外は、武家でも庶民でもお屋敷や商家に奉公に上がった時です。奉公先で揃いの着物を着させられる場合は、未婚でも振り袖ではありませんでしたが。 江戸市中の女子の風俗は、大和和紀さんの「にしむく士」に資料に忠実に描写されているので、参考になさって下さいませ。

トピ内ID:4803384370

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むしろ自由

🐴
ふわくん
振袖は商家のお嬢さんなど、使用人がいて働かなくていい人が着ていたと何かで読みました。 裃なんかもそうですが、御金と身分がある人の服装って基本「一人でも着られない」ものになりますよね。 今だと、舞妓さんとか、絶対男性に締めてもらわないといけないじゃないですか。 あと、武家社会で婚姻の自由がなかったのは武家だけで、江戸時代の庶民はむしろ開放的な性生活だったそうですが。 女性が妊娠すると「この人が父親だ」と言い切る権利があったとやはり何かで読みました。 今の貞操観念は、明治維新以降のことだそうですよ。 そもそも、婚姻届とかないですしね。苗字もないし。

トピ内ID:5542761298

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まだ出てきてないかな?

💡
ぐーうー
お歯黒や鬢そぎなどは有名なようですが、 確か、女性の着物の着付けでも、未婚・既婚で区別があったはずです。 幼いころに祖母に着付けを習っていたときの記憶などで、 ちょっと曖昧ですが・・・ 着物の後ろの襟部分。うなじの側ですね。 ここの形(確か「抜き方」と言ったと思います)が、既婚者は大きめのUの字。 未婚者はちょっとしぼったVの字ではなかったでしょうか。 男性の場合、貞操の義務ができたのはは大正以降だったはずですので、 妻帯者であることを表立ってあらわす必要がなかった為、これといった見分け方が少ない気がします。

トピ内ID:2047535074

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