本文へ
  • ホーム
  • 話題
  • 1年前と100年前、気持ちが違うのはなぜ・・・

1年前と100年前、気持ちが違うのはなぜ・・・

レス30
(トピ主 0
041
こまっちゃん
話題
住宅購入の為に、購入しようした土地で1年前に焼死があったとします。現況は更地です。これ、なんとなく嫌な感じですし、購入はためらいますよね。

でも、これが「1年前」ではなくて「100年前」だったらどうですか?
100年前だとあまり気にならなくないですか??

じゃあ10年前なら?
30年前なら?

・・・と考えていくと、一体この「なんとなく嫌」の「なんとなく」の根拠はなんなのだろう・・・と思ってしまいました。1年前だと嫌だけど、100年前だとあまり気にならない、この気持ちの差はなんでしょう??

私が住宅を購入しようと思ったわけではないのですが、購入しようと思った方の話を聞いて、ふと疑問に思ってしまいました。

トピ内ID:9226227102

これポチに投票しよう!

ランキング

レス

レス数30

このトピックはレスの投稿受け付けを終了しました

生々しさの違い

🐤
まだむY
1年前ならついこの前。でも、100年前の出来事は何時代?という事になりませんか?祖父母の話はリアルでも、それ以上前の先祖の事を身近に感じられないのと同じことでしょう。 その場の出来事として捉えられるか否かの差だろうと思います。 物理的な質量を備えた物も、そうでない物(事)も、風化するのでしょうね。 もちろん、風化までの時間の長さは人それぞれですが。

トピ内ID:1248532848

...本文を表示

生々しいからでは…

041
ミル
そういった問題の無い中古住宅や、賃貸マンションでも、何となく前にいた方の生活の名残のようなものは感じます。時が経っていないほど強いと思います。

トピ内ID:3017401247

...本文を表示

簡単すぎる答えだけど

041
万福
100年前だと、その土地に直接関わった人間は全員死んでこの世にいないからじゃないでしょうか。 そうなると、もうすっかり昔話。

トピ内ID:2971281354

...本文を表示

想像できるかできないか

🐱
ミルク
現在家をたてるべく土地を探しています。 時々、壊して更地にするからと古い家が残っている土地も紹介されますが、その家に住んでいた方の想いが残っているみたいで何となく嫌だなぁと感じます。 その家には老夫婦が住んでいたのかな、お亡くなりになったのかな、ここに私が住んだら怒って化けてでないかしらなんて想像しちゃうんです。 出来れば何のしがらみもない新規造成地が良いなぁなんて話を友人にしたら、「今は田畑や山林でも戦国時代くらい昔まで遡れば合戦があってたり誰かが行き倒れてたり、何かあったかもしれないよ、気にしすぎだよ」と言われました。 確かに気にし過ぎなんですけどね。 トピ主さんの例えで言うなら、一年前の事故はまだその人の事を知ってる人も大勢いるでしょうし、過去の事と言うには近すぎてその人の生活が想像できるから、生々しくて嫌だなと思っちゃいます。 私は百年前でも何となく嫌ですが、江戸時代くらいの話とかになると、もうその時代を知る人もなく、昔過ぎて実感がわかない(想像できない)から嫌って気持ちも薄れるなと思います。

トピ内ID:8324252099

...本文を表示

なるほど

041
こむぎこ
なかなか興味深いですね。 私なら不慮の事故なら50年位かな… やっぱり数年なら其の方の気持ちがありそうで。 人類が誕生してもう何年? その間に全く誰の死にも遭わなかった土地と言うのは無いからなあ、が私の気持ちです。 知人はとある土地には絶対行かない!と言います。 空襲で被害が大きかったからだそうです…

トピ内ID:0101166445

...本文を表示

例えば

041
イチミチ
100年前ならもう霊も供養されて成仏し、土地も浄化されている気がするし、その100年の間その土地に何も不穏なことが起きていなければ今後も大丈夫と思えるけど、 1年前ならまだ今も霊がその辺に浮遊しているかもしれないし、土地の呪縛があるかもしれない。 だから「なんとなく嫌だ」となります。 これは蛇足ですが、恋人の前の彼女が「去年別れた」人なら、どんな人だったのかなあ~なんで別れたのかなあ~とかあれこれ気になりますよね。これが「10年前別れた」人なら随分昔の話ね~ってさほど気にならないと思うんですよね。

トピ内ID:8017196647

...本文を表示

仏教的感覚では・・

るーさん
没後33年で完全に成仏し、3世代=99年でひと区切り、って感覚があります。

トピ内ID:8239661764

...本文を表示

えーーーっ!

😨
usagi
 私は、100年前でも嫌です。 分かった時点で、その土地は購入しません。  私の場合、知っているか知らないか・・・かな?

トピ内ID:1947452541

...本文を表示

100年前でも購入しません!

😑
koneko
私でしたら事実が分かれば100年前でも購入無し。ただし、そこが繁華街の中心地で格安で、お店のみでしたら購入するかもしれません。住居でしたら絶対に買いません。

トピ内ID:8757177747

...本文を表示

なんとなく、成仏してそう

041
mariko
ほんとになんとなくなのですが、 1年前だと、まだそこに「気」や「霊」が居そうな気がするからじゃないでしょうか。 100年前だと、さすがに成仏してもうここにはなにもないのではないかしら、と思うから。 でも数百年前の地縛霊なんかもいたりするので、「絶対」はないんですけどね。 それこそ「なんとなく」なんだと思います。 さらに、1年前ならその惨状をご近所の方々もまだまだ鮮明に覚えていて、 どうしてもその土地に対するイメージが特別なものになっています。 しかし、100年前なら誰もその当時のことは知らないので、 そこを変に特別視することもなく、気分的にも落ち着いて住めそうです。

トピ内ID:2709549079

...本文を表示

私が考える「なんとなく嫌」は・・

041
乙女
一年前の火事がなければ、 亡くなられた人は 当たり前のようにその家(土地)から出かけ帰ってくる日常を 今も送っていたはずと考えてしまいます。 一年後では、家のご近所さんから近くのコンビニ・スーパー、 最寄り駅・公園へ行ったり帰ったりするすべてが 亡くなられた人の見ていた景色や人と共通であり、 自分が安らぎ愛着を持つはずの家(土地)の住所までも 亡くなられた人と共有する感覚になってしまいます。 30年ぐらい経つと、 近所の人の移動や少なくとも近所の生活形態が変わり、 景色もだいぶ変化していると思います。 そうなると、亡くなられた人との共通点がグンと減っていくような 感覚になります。 100年前になると、まったく違う次元の事のような感覚です。 そのような出来事があったと聞かされると、 30年前・100年前でも なんとなく購入意欲がなくなってしまいます。 そのような話を聞くという事は、 30年・100年経っても、 何らかの形で亡くなられた人の影が 残っているのかも・・と思ってしまいます。

トピ内ID:8189877559

...本文を表示

一年前だと・・・

041
パンプキンパイ
・・・生々しいっていうか・・・ 百年前だったらもう歴史ですもんね。 ドイツ統一から19年(あってます?) 私にはついこの間と言う感じですが、今二十歳の方たちには歴史ですね!(蛇足でした・・・)

トピ内ID:8321195426

...本文を表示

念?

🙂
そういうことがあってからまだ1年ほど、ということだとなんとなく、亡くなった方の念みたいなものが残っているような気がするからかなあ? 30年や100年だったら、流石にもう、成仏、浄化されているだろうと・・・ 宗教に関わらず、やはり人間はどこか、そういう見えないものを信じているのではないですか? もちろん、まったく信じない、気にしない人も一方ではいるのは確かかと。 そういう方は、なんにも気にせず家を買ったり部屋を借りたりするのでしょうね。

トピ内ID:5751884012

...本文を表示

そうですねえー

041
100年前の焼死なら 今現在考えると、たとえ火事がなくて天寿をまっとうしたと考えても、 そこに住んでいた人はおそらく亡くなっていますよね。 そういうことかな? でも私だったらやっぱりちょっと抵抗あります

トピ内ID:5466586170

...本文を表示

それはな~。

041
長生きし~や。
そんな事 あんたがわたいに聞くの 100年早いわ。 100年経ったら 来い~や!。

トピ内ID:0181552968

...本文を表示

確かに

041
たんさん
それは死んだ人が生きていても今は生きていそうにないから?仏教でも33年でしたっけ?それくらい経つと現世には縁が無くなるようですし。 同じ骨でも弥生時代とかのものは博物館とかにあっても全然平気で多分触ったりできそうだけど、死後一年ではモザイク処理ですしね。

トピ内ID:9547155305

...本文を表示

何年前でも嫌です

 もっともっと古い時代、嘘かも知れないけどここは武士が首をはねられた場所だと聞いただけでも嫌です。 どの家でも昔は自宅で人は死にました。老衰、癌、怪我、それこそ火事も多かったでしょうし、江戸時代などは刃傷沙汰だってあったでしょう。だから、どの土地でも同じなのです。 でも、焼死ってやっぱりこわいんです。 無念の死って感じがどうしても。 曰く付きの土地は私はやめます。

トピ内ID:3109792828

...本文を表示

想像力の限界

🐤
いんこ
人間、自分の身の回りのレベルでしか リアルには想像はできないし、 感覚も共有できないものではないでしょうか。 一年前に亡くなった方なら、どんな生活をしていて、 どんなふうに過ごしていたのか、想像するのは容易です。 その方にまつわる親族や知り合いも沢山いるでしょう。 死んだといっても、人のキオクの中で、人柄の輪郭が まだまだはっきりしているでしょうね。 でも、百年前はね。 当時の生活、街の様子、着る服から食事まで。 ずいぶん今と違うはずですよね。 それに、その人を知る人もほとんどいない。 情報がなく、かつ想像自体できないので、 存在しなかったのと同じレベルになってしまうのでは。 ずれた例えかもしれませんが、 自分の曾祖母・祖父みたいなものなんじゃないでしょうか。 確かに存在した。ご先祖の彼らがいたから、自分は今生きてる。 でも、どんな人だったのか知らないし、想像も全くできない。 なので、好悪以前に、なんの感情も湧かない。 そういうことではないかしら。

トピ内ID:5448921155

...本文を表示

思い

🙂
ジグソーパズル
その亡くなった方の生きていた頃の思い、あるいは、他の人が覚えている思い出…それらが残っているうちは、なんとなく嫌ですかね。 だから、人々からこういうことがあった(トピ主さんの例でいえば焼死)ということが忘れられた頃、または、その亡くなった方が生きていたら寿命であろう年齢くらい経てば、オッケーな気がします。 主観ですが。

トピ内ID:5273497384

...本文を表示

何年だろうと・・・・

041
るーし
1年でも10年でも その土地の供養次第なんじゃないでしょうか? 家を建てるときかならず、神主さんを呼んで地神様を祭るための地鎮祭などきちんとされればいいのではないでしょうか? なにかあって、そこに住むときやその場所を供養しても、魂が浄化されるといわれている49日以前は避けた方がいいかもしれませんが・・・。

トピ内ID:0473764026

...本文を表示

尋常じゃなければ何年でもいやだな

041
ぱっぽ
どこかで人が死ぬというのは自然のことでしかたないけれどその亡くなり方が尋常でないことを聞いてしまったら何年でもいやではないですか? その土地は数百年前に戦場だった、とか江戸時代に火事で何人も亡くなった屋敷があったと聞けばちょっとためらうものあるし。 100年前でも「焼死した家のあと」と聞けばやはりいやな気持ちがします。 知らなければかまわないんですけどね。

トピ内ID:0282728001

...本文を表示

なんとなくはなんとなく

🐧
くろうさぎ
「なんとなく」の根拠といわれても・・ 根拠がないから「なんとなく」ではないですか? 仏教では33回忌や50回忌でお弔いがすぎますので その場所に霊は居ないって考えなんでしょうかね。 私としては、人の噂を気にしてと言うのが 基準にあるように思います。 1年前だと「よくあんな所に・・・」とすぐに噂になるけど 人が変わってだんだん知る人も居なくなり 100年経てばどこで何があったなんか知ってる人なんか居ないし 違う話に変わってたりしますから

トピ内ID:3053494463

...本文を表示

そんなこと言ってたらどこにも住めない~

😀
葉鳥
そんな事を気にしてたら、日本全国引いては世界中どこにも住めないからですよ(笑 だって、昔は飢饉でたくさんの人が亡くなったり、戦国時代だっていろいろなところでたくさんの人が亡くなっている。 近代では戦争という悲惨なできごとで、いったいどれだけの方が各地で犠牲になったことか。 でも、たった1年前だと、なんとなく“そこに住んでいた人が苦しんで亡くなった”という雰囲気というか空気感がリアルに感じられるのではないでしょうか。 ご近所の方も火事になった時の事を良く覚えていらっしゃるでしょうし。 私の家も病院で亡くなった方の家を中古で買ったので、ご近所の方はその方を知っているし、時々話の流れからその方の話になることもあります。 (私が庭に花をたくさん植えた時、「前の方もお花が好きだった」などの思い出話) そうすると「ここに住んでいた人が確かに存在した。」と言う事実がより明瞭になります。 当時を知っている人が殆んどいない史実と、記憶に新しい事実の違いではないでしょうか。

トピ内ID:6507773305

...本文を表示

そうですか?

041
かなっぺ
私は100年前でも、聞かされたら何となく嫌ですけど・・・。 実際、そういう話ありますよね、かなり昔の方の霊が まだ出るとか。 まあ、1年前に比べたらましには感じますけど、それって 最近の方が何となくまだ霊が成仏してないんじゃないかとか そんな感覚があるからじゃないですか? でも実際はそんなこと言い切れないんで、感覚の問題 だと思います。

トピ内ID:2618272144

...本文を表示

景色と同じかな

041
おっとっとおじさん
こまっちゃんさん、こんにちは。 よく判りますよ、その感じ。 個人的には景色を見る様なものかなと思います。 1年を1kmに例えたら・・ 1km程度の距離ならとてもハッキリと見えますね(最も見えやすい距離かも)。 それが10kmとなると結構薄らいで来ます(富士山位なら別ですが)。 100km離れたら・・見ようと思っても見えないですよ。 この距離感は人に依っても、事柄でも相当異なると思います。 人生も、景色を見る様なものかも知れないですね。

トピ内ID:4416488377

...本文を表示

面白いですね

041
maru
私は100年前だろうと1年前だろうと全く気にしませんけどね。 そもそもそういうオカルト自体が不合理なのですから,論理的な答えを求める方が無理筋というものでしょう。

トピ内ID:8783637772

...本文を表示

1年前でも100年前でも

💡
deko
事実が明白なら、私ならどちらも同じくらい嫌です! いずれ、さらに時代が過ぎ、そういう事実もわからなくなってしまわない限り嫌です。 なんとなく自縛霊とか成仏してない霊がいそうな気がするんです。 100年なんてあっちの世界ではどうってことなさそうですから、まだまだ生々しそうです。 的外れなレスですいませんが・・・。

トピ内ID:8984100697

...本文を表示

骨密度が低いと化石になれないそうです。

041
悠久のロマン
太平洋戦争、関東大震災、伊勢湾台風、 不勉強なので大勢が大変な亡くなり方をされたというと これくらいしか思いつきませんが、 どれもまだ100年たってませんよ。   過去を気にしだしたら東京横浜大阪名古屋どこも1センチ四方だって 住むところがないことになっちゃいます。   大昔について言うなら、昔は低地にはあまり人が住めなかったから 今新興住宅地と名のつく場所のほうが色々あったはずです。  そもそも新興とはいいながら、日当たり水はけ等の条件のよい場所は 丘陵なら縄文遺跡、平地なら弥生遺跡をないないして造成してるのが大半です。 うちだけは違うと思ったら教育委員会に聞いてみましょう。   もっと遡れば浅間山の火山灰だけで地層の厚みが4mに達するというんですから、さらに色々あったはず! 人類がいたかどうかは知りませんが。

トピ内ID:1616281586

...本文を表示

私だったら嫌ですね

🍴
だらさ
100年前だったら気分的に許せますが 1年前の焼死事件は嫌です。 今読んでいる本が風水系の本ですが、家や土地には全ての記憶が残っていて 前所有者が幸せに暮らしていた人なのか またはあまり良くない人生を送った人なのかによって土地の持つパワーがプラスかマイナスに出る・・と書いてありました。 気持ちの持ちようですが私はそういうことを気にしますね。

トピ内ID:6829287283

...本文を表示

生々しさ、という意見に一票

😀
bizcycle
何となくイヤだ…という感覚は、この場合は、やはり「生々しさ」なんでしょうね。 気にしてもしょうがないと頭で思う一方で、余りにも最近だったりするとイヤだと感じてしまうのは仕方ないことだと思います。 ただし100年前でもイヤだとなると、それはすこし過敏なのじゃあるまいか、とも考えます。なぜならばそれだと、例えば僅か60数年前の戦禍が著しい東京都心部や広島などには住めないことになっちゃいます。 もちろん火災などの一事故と戦争を比較するのは無理があるかと思いますが、多い少ないに関係なく失われた生命に対する鎮魂と平和への祈りが真摯であるならば、その土地に対して、有らぬ怨念を感じることもなくなるのではないでしょうか?

トピ内ID:8417441055

...本文を表示
[PR]
気に入ったトピを保存するといつでも読み返せる
気に入ったトピを保存するといつでも読み返せる
使用イメージ
使用イメージ

マイページ利用でもっと便利に!

お気に入り機能を使う ログイン
レス求!トピ一覧