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1980年代のあわ、ひえ

レス8
(トピ主 2
😉
もも
話題
最近はどこのスーパーでも雑穀をみかける様になりましたね。

ところで1980年代あたりは、みなさんにとって「あわ・ひえ」はどんな存在でしたか?

主人の家ではその頃、ご飯に混ぜていたという話を聞きました。
私はインコのえさに使っており、当時は食べるという感覚はありませんでした。
今でこそ雑穀ブームですが、友人に聞いても当時食べていたという人はいませんでした。

ほんとに食べていたの?子供の頃のあいまいな記憶では?と言いましたが、確かに食べていたそうです。
主人の家は、ものすごくブームの最先端をいっていたのでしょうか?
もしかして自分が当時子供だったから流行を知らないだけなのかもと思い、こちらでみなさんにお伺いしてみたくなった次第です。

よろしくお願いいたします。

トピ内ID:6171457185

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70年代ですが

🐱
白豆
すみません、80年代となると私は実家を出て一人暮らしをしていたのでそういうものを混ぜる食生活ではなかったのですが、それよりだいぶ前の子供時代60年代の終わりから70年代ならたまに母があわご飯作ってくれました。 あわが小鳥のえさでもあるという認識は文鳥を飼っていたので持ってましたが、多分人間用とは別に購入してたんじゃないかと思います。鳥用は2キロぐらいで、人間用は5キロぐらい入った袋だったと思います。それが余ったのを文鳥にあげるのはあったかもしれません。 私の感覚では豆ご飯や栗ご飯、また麦ご飯や炊き込みご飯などと同じように「今日は目先を変えて」のひとつでした。毎日は続きませんでしたね。 あわが特別安かったからカサ増やしにとかの目的であった記憶は無いです。「今日のは珍しいね!わーい」って感じ。 そのうちに実家が飲食店を始めたのでそうなると変わりご飯を炊いているのはお客様に出すには不便ですからいつも白いご飯のみになりました。 今では幼少時の思い出の一つですね。

トピ内ID:4026536310

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食べたことはありませんが

041
マドラー
昔、お米が不足していた頃お米の代わりに食べたという話は聞いたことはありますが自分では食べたことはありません。 80年代に雀の餌としてあわ、ひえを探したことがあり、その話を以下に記します。 庭の池に小鳥が時々水浴びに来ます。「庭に餌台を造って小鳥が餌を啄ばみに来るといいわね。」と妻が言うので猫に襲われないように1.5m高さの餌台を作りました。毎朝、目が覚めると(5時半頃)お米を餌台に置きました。最初は鳥は来ませんでしたが2~3週間経つと数羽の雀が私を待つようになりその数がだんだん増えてきました。 2~3ヶ月経った時、カラスが来るようになりました。カラスはどう猛で雀を寄せ付けません。そこで、餌をお米からあわ、ひえに変えました。すると粒が小さいのでカラスは来なくなり、雀だけが来るようになりました。ペットショップで小鳥の餌用として売っているあわ、ひえを買っていたのですが結構高いのでスーパーでも探しました。しかし人間の食用としてのあわ、ひえは見つかりませんでした。 その後、餌を食べに来る雀の数が数百羽に増えてしまい、これではご近所迷惑になるので残念ながら餌やりは中止しました。

トピ内ID:0524886588

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食べてました

041
えのきしめじ
小さいころの記憶ですが、たまに食べてましたよ。 あわだけでなく白いご飯と一緒に炊いたものです。 白いご飯だけよりも好きでした。 むしろ、あわが鳥のえさだっていうことをこのトピで知りました。 あと、とろろの時の麦ご飯も好きでした。トピ主さんのお家では麦ご飯もなかったですか? うちは母が雑穀ご飯が好きなので食卓に並んだのだと思います。しかし、父はあまり好きではないようです。 80年代でも食用の雑穀はあったのは間違いないと思います。 食卓に並ぶかは作る人の好みによったのだと思います。

トピ内ID:6595180414

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餅には入れたりしましたよ

🙂
いちごクッキー
ひえ餅・あわ餅。 お餅をついた時に(年末に臼と杵でつく)作ったりしてましたね、 実家は。 食べることに抵抗は、無かったです。 ご飯に混ぜるのも知ってましたが、親が、そういうのを 食べたくなくても食べなくてはならなくて育っているので わざわざ混ぜませんでした。 義父は、麦ご飯さえも『昔を思い出して嫌だ。白米がイイ』と 言います。 ご主人の実家が最先端をいっていたのか、好きだったからかは、 わかりません。 お義父さんやお義母さんに聞いてみては? 1980年代なら、貧乏で白米の足しに入れていたワケではないと思いますが。

トピ内ID:3150444010

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コハダの粟漬

041
濡れ手に粟
現在30代後半です。 ヒエは近年まで現物は見たことがありませんでした。 粟は、粟餅とか、コハダの粟漬などで物心ついてからずっとちょくちょく食べています。粟そのものを買って自分で加工したことはありませんが。 余談ですが、子供のころテストで「濡れ手に粟」を、「濡れ手に泡」と書いて家族に笑われました・・・  国語ついでですが、漢字の粟と栗って似ていますね。

トピ内ID:4736736984

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食べてました

🐧
かばどん
自然食ブームとそれに伴う雑穀食のブームは 実は戦後けっこうひんぱんに起きています。特に1970年代が盛んで 雑穀を置くような自然食品店は80年代にはかなりあちこちありました 普通のお米屋さんにも、ご飯に混ぜてたくあわやひえやきび+それらのお餅がありました まあ普通は大人が健康のために食べるものではあるので ももさんが健康なお子さんだったのであまり食卓に上らなかったのではないでしょうか 私は軽いアトピーもちだったので、親が色々探してくれてたことも大きいですね 精製された白米は身体に毒なので雑穀をという考えは たぶん相当昔から―幕藩時代の医療でも―あると思います 映画「赤ひげ」にもそういった場面が出てきますよね とはいえそれから戦後しばらくまでは 栄養の不足に苦しむ人が多い時代でしたから 西洋式に「滋養を取って力をつける」という考えが主流だったと思います 一方で、禅寺のお坊さんのような玄米菜食が身体にいいこともずっと知られていました (昭和30年代くらいから、自然農法野菜や雑穀の食事療法を提唱していた東城百合子さんという方などは有名です)

トピ内ID:7320839968

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トピ主です 

🙂
もも トピ主
みなさんコメントありがとうございます。 白豆さん 鳥用、人間用ともにご覧になったことがあったのですね。 そういった流通があるというこごは、やはり一般的に取り入れられていた、ということなのかもしれませんね。 ばんつぁんさん 毎日はつらつと過ごしていらっしゃるのが、目に浮かぶようです。 カボチャのつるで思い出しましたが、芋のつるをスーパーでみかけたことがあります。いもがらというのだそうですね。 これからもお元気でお過ごしください。 マドラーさん 小鳥が遊びに来るって、いい光景ですよね。 ですが思わぬ展開になってしまって残念でしたね。 食用がみつけられなかったとのことですので、地域性も関係してくるのかなという考えも出てきました。 えのきしめじさん 私と逆の状況だったのですね。 麦飯についてですが、家で食べたことはありませんでした。 やはり作り手の好みというのは食卓に影響するのですね。 いちごクッキーさん ご飯だけでなくお餅に入れることもありますよね。 好んで食べたのではない経験があると、受けつけなくなってしまいますよね。

トピ内ID:6171457185

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トピ主です

🙂
もも トピ主
コメントありがとうございます。 濡れ手に粟さん コハダの粟漬けというのがあるんですね。 興味があるので探してみたいと思います はい、私も思ってました! 栗と粟は2度見します。 かばどんさん とても詳しい情報をありがとうございます。 当時にもブームがきていたのですね。 確かに、特別健康や病気に気を配ってご飯を作るという傾向は実家にはなかったと思います。 かばどんさんの親御さんは色々工夫されていたのですね。 かばどんさんの情報からヒントが得られたので、そこから自分でも調べてみたいと思います。 みなさん、コメントいただきましてありがとうございました。 さまざまな意見を聞かせていただき、大変参考になりました。

トピ内ID:6171457185

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