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理路整然・筋の通った親御さんに育てられた方

レス23
(トピ主 6
041
模索中
子供
31歳、1歳と0歳の二児の母です。 私の幼少より母は多少ヒステリー気味で感情的に子供を怒鳴る、叩く殴る蹴る等ありました。 一方、父はがちがちの亭主関白で子供の世話と家事には一切関知せず。子供には言葉の暴力も身体的暴力もありませんでしたが妻には時折あったようで、それがまた私たち子供への母のヒステリーを助長していたように思います。 しかしながら母は過多なほどに愛情豊かな人であり(だからこそのヒステリーだと判る面もありました)、父は家の経済を一人で支えあげた大黒柱であり、私は大学卒業まで経済的にも精神的にも依存し、十分に満たされた環境で育ててもらったのも事実です。 今、母として、感情的にならず、理非を説き、筋の通った道を示す、理想と思っていた育児を試みています。 ですが子供から叩かれて「痛い!」という言葉を抑え、嫌な事をされて「やめて!」という言葉を抑え、いけないと説明する、その時にふと疑問に思うのです。 「痛い」とは、「人を怒らせる」とはどういうことかをそれで心の底から理解出来るのか? 世間では理不尽な思いをすることもある、自分が悪くなくても誤解され、悪く取られることがある、それを知ることが出来るのか? 家庭の中でそういう事を学ばなかった分だけ、世間へ出て酷く傷つくことはないのか? 家の中が心地良すぎて世間嫌いになり、自立の妨げになりはしないか? 筋の通った親御さんに育てられた皆さん、私のこの懸念は杞憂ですか? 元々我の強い気質を抑え続け宥め続けざるを得ず、母のように感情的になるまい、父のように聞く耳を持たぬ人間になるまい、と思ってきました。おかげで丸くなったと思いますし、この家には長居すまいと思って経済力をつけて自立し、また世間の風はずいぶん暖かく感じました。 良くもあったこれらの点を子供が得ることが出来るか心配なのです。

トピ内ID:1883049271

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理路整然って?

041
厳しい母
>子供から叩かれて「痛い!」という言葉を抑え、嫌な事をされて「やめて!」という言葉を抑え 1歳児でも「相手が痛いと感じたからだめ。やめて」と説明する方が筋が通っていると思いますが。 行為をいけないと言うだけではいつまでもいけない理由が理解できないでしょう。 それを何歳から始めますか?今からどうですか。 怒ると叱るを区別できない人がよくいますが 子供は叱らないときちんとした躾はできません。(褒めるのはもちろんのことです) 叱るときに怒りの感情を入れるのではなく 冷静に諭すのが理性で躾けるということではないでしょうか。 トピ主さんは心地良い家が自立の妨げになる?と心配されていますね。 自立は躾の問題で 心地よさは家族間のことですから別問題ではないでしょうか。 我が儘放題させているから子供にとってはそりゃ居心地よかろうというだらしない家庭がたくさんあります。 余談ですが 躾で大事なことの1つはあきらめることを覚えさせることです。何か欲しがった時「○○はだめよ」の後に1言「あきらめなさい」を忘れずに・・・ 世の中には我が通らないことが分かる子供に育ちますよ。

トピ内ID:4890414547

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仰ることよくわかります

041
子育て中
私もまだ母親になって丸4年、人並みに子育て奮闘中です。 私自身は「完璧でも毒親でもない、普通の両親」に育てられたと思います。 基本的には愛情深いけれど、機嫌が悪ければちょっとしたことで怒られたり、 時には子供ながらに「それは筋が通っていないんじゃ・・・」と思うような ことも言われたり。 でも、そんな「並レベル(?)の親」に育てられたからこそ、社会に出た今、 職場で多少理不尽な思いをしても「ま、そんなこともあるわなぁ」と さほどストレスも感じず、自己処理する術が身についたのかな、と 結果的には両親に感謝しています。 簡単に言えば「家庭」もある程度、「社会」の縮図であるべきだと思います。 両親が滅多にいないような「完璧な人格者」だったとしたら、それはそれで 弊害もあるのではないでしょうか。社会に出れば「誰しも何かしら 性格上の欠点などがあって当たり前」なくらいなのに、家庭内でそれを身を もって体験する機会が全くなければ、学校や職場で理不尽な目に遭ったとき、 人一倍強いストレスを感じたり、相手を許すことができなかったり するのでは、という気がします。

トピ内ID:6570872490

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トピ主です

041
模索中 トピ主
お返事ありがとうございます。 >厳しい母様 すみません、字数制限で説明不足でしたが「痛いから叩いちゃ駄目」などの理由は話しています。1歳の子も何かしらを理解しているようです。 ですがそうやって感情を交えずに理屈で説明することで、「怒り」などの情を知ることが出来るのか?という疑問がいつも残るのです。 いずれ自分の感情として学ぶことは出来ても、相手を怒らせるとどうなるのか、どういうしっぺ返しが自分に返ってくるのかをまず親との間で学ばなくていいのか?と。 自立に関しては仰るとおりですね。 >子育て中様 まさに!私の言葉足らずを完璧に代弁してくださってます。 私自身、「多少嫌な記憶の残る育てられ方をしたが、色々な事を学び、結果的に今はとても幸せ、しかし自分の子供に同じ育て方をする気には到底なれず…」という状況です。 親が一生懸命理想の育て方をしようとしても、子供なりに理不尽に感じる場面は必ず出てくるものなのでしょうか。そうであれば心置きなく最善の母であるべく努力できるのですが。 人格者であり続けた結果、子供が社会に出て傷つくようなら後悔してもしきれません。

トピ内ID:1883049271

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理路整然・筋の通った親に育てられた訳ではありませんが

独身(子供無し)男性
1、「痛い」などの人間の本能的反応に関しては年齢に無関係に説明の必要は無いと思います。 もし「何で?」と聞いて来たら叩いてあげて、「どう?痛いでしょう?相手も同じなの」と教えてあげるだけで良い様に思います。 2、人間は「言葉などで教わった事」よりも、示された行動や、その人が営んでいる物理的、精神的生活が作り出す雰囲気から得る情報の方が多く、故に影響力も大きいと思います。これも年齢関係なくです。 3、家庭内がどんなに環境の良い状態でも、学校や外出先で様々なものを見たり聞いたり感じたり経験するのは必至です。 故に「造り上げる」必要は無いと思います。 外で疑問ができたら家に持ち帰るでしょう。その時「相談しようと思える親である事」こそが大切なのであると思います。 4、何年も先の事を心配なさっていますが、主さんはご自分が数年後、物事に関してどう考えているかわかるでしょうか?ご自分の事もそんなに解らないのに、なぜ他人の事は解ろうとするのでしょうか。 人生の設計をするのは親ではなく、子自身である事を悟らせる方がよほど良いと思います。 2個目のレスに繋げる程でもないと思いますのでここで止めます

トピ内ID:4942943708

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え?何で「痛い」「やめて」って言わないのでしょう?

まりあんぬ
>今、母として、感情的にならず、理非を説き、筋の通った道を示す、理想と思っていた育児を試みています。 >ですが子供から叩かれて「痛い!」という言葉を抑え、嫌な事をされて「やめて!」という言葉を抑え、いけないと説明する 叩かれたら「痛い!」といって、たたかれた人が顔をしかめ、さける態度をとる。 嫌なことをされたら「やめて!」と言って相手が意志表示をする。 そういうのをみて、子供は学んでいくのではないでしょうか。 「痛い!」「やめて!」と言って、避ける動作をとってから、それでお子さんが「人の嫌がることをやめてから」何が悪いのか、 どうしてやめなければいけないのかを、言葉で教え説けば良いのではないでしょうか?

トピ内ID:6943205095

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それは理路整然じゃないです

041
ゆーま
感情を押し殺しているだけでありませんか? 痛いことをされたら「痛い」と言い、痛そうな顔をする。 いやなことをされたら「いやだ」と言い、不愉快そうな顔をする。 こういったことも教育上、必要だと確信しています。 トピ主様は、感情的なお母様と無理解なお父様との生活に順応するために 自分の感情を押し殺し、何食わぬ顔をすることで対応しておられたのでは? そしてそれをそのまま、お子様たちに当てはめている気がします。 そのために、自然な感情や言葉が出てきていない。 子どもは、身の回りの人々の自然な反応を見て聞いて感じて、 それによって何が正しくて何が正しくないのか学習していきます。 不自然な反応は子どもを混乱させます。 愛情を持って接すること、ものごとをわかりやすく説明することは、 もちろん大切です。 でも、今のトピ主さまの行動は、そういったこととは別のところにあるように感じます。

トピ内ID:7997045706

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そのように育てられました

041
失敗例
理論より心が大事です。 子どものころから、叱られるときは感情抜きの理詰めで叱られていました。 はっきりいってよくなかったと思います。 嫌なものは嫌!だめなものは何であれだめ!あとは愛情表現で十分です。 理詰めで叱られ続けると、社会には適応しにくいです。 理不尽なことが世の中溢れていますから。 しかも、幼少のときから理詰め対応になれていますから、 最終的に成人した後、子どもたちは親をバカにし始めます。 なぜかというと、筋の通ったものが正しいという価値観のもとでは老いて視野が狭くなっている親と情報量の豊富な子どもでは理論展開の速さや説得力に差ができているからです。家庭内では筋が通っているほうが正しいとなってますから、感情だけぶつけてもだれも取りあいません。 これが心を大切にした育て方だと、何をどういおうとダメなものはダメだといっている相手も理解できるし言葉を越えて解決できるところですが、もはやそれは通じない関係になっているんです。言葉を操るだけの教育の悲しい結果です。

トピ内ID:2978963604

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2度目のレスです

041
子育て中
>親が一生懸命理想の育て方をしようとしても >子供なりに理不尽に感じる場面は必ず出てくるものなのでしょうか。 これはその通りだと思います。特に「子供同士の関わり」の中では まだ精神が未発達な者同士、エゴとエゴのぶつかり合い(=理不尽に思えること)等 日常茶飯事だと思うので。 私自身も、当然「故意に悪い親を演じる」必要はないと思います。 ただ、無理をして「(本来の自分以上の)人格者になろうと肩に力の入った 育児をすること」も、ある意味「演じている」ことになり問題なのでは、と思うのです。 要は「良い親」であれ「悪い親」であれ<演じる>ことは、結局 教育上何の意味も成さない気がします。「理想の親」をイメージしながら 子供に向けて発した言葉などは、所詮子供の心には届かないというか。 それならむしろ、いわゆる「理想の親」像とは多少違っても 「お母さんは本当に悲しい」とか、思いをそのままぶつける方が 結果的に「親への信頼度」は深まると思うのです。 でも、矛盾するようですが「良い親でありたい」と思うこと自体は ごく自然だとも思いますし、共感できます。

トピ内ID:6570872490

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もっと 自然に心からの

🎁
どらやき
育児を 楽しみましょう~! もう少し子供が大きくなってくると分かりますが 母親が<人格者であり続ける事>自体が ありえません! 子供と共に 親も一緒に 成長していく部分が沢山(ほとんどかしら)あるからです・・・。育児は 母は母らしく(女性) 父は父らしく(男性) その他に 子供に残せるものなどは ないのではと私は思います。貴方の<理路整然と筋の通る>これは 父親の役目ですよー 父親から学ぶものです。子供が 母から 欲しいのは 愛ー無償の愛のみです。

トピ内ID:6243452865

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感情を表すのと感情的なのは違うでしょ?

041
マサラ
「痛い!」「やめて!」と言うことと、ヒステリックになることは違うと思うのですが。 子供から叩かれたら、痛そうな顔をして「痛い!」と言えばいいと思います。 そして、ときには子供の腕などを叩いて(もちろん手加減はして)痛さを感じさせ 「叩かれたら痛いでしょう?」と教えることも必要でしょう。 でも、それを自分の感情や怒りにまかせてヒステリックに言ったりしたりするのは 良くないと思います。 そのときどきの機嫌や感情で怒るのは、しつけでも教育でもないです。 もちろん人間ですから完璧になんてできませんけどね。 私の両親はとても感情のコントロールに長けていて、私はヒステリックに怒られた 経験はありません。でも、良くないことをしたときは厳しく叱られました。 ときにはお尻をたたかれたことや、押し入れに入れられたこともあります。 ただ、それらは親が感情的になってヒステリックに怒ったのではなく、きちんと 話しても私が強情で言うことを聞かなかったからです。 そういうとき以外は、本当に穏やかに、変な波のない育て方をしてくれました。 両親にとても感謝しています。

トピ内ID:0966915997

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それはなんか違う

041
nac
痛い目にあった時に「痛い!」といい、実際に痛そうな表情をするのは大事です。 というか、いくら言葉で「叩かれたら痛いからやめようね」と説明しても、実際に痛そうな素振りをしなければ、むしろダメでは? だって、「痛いからやめようね」と言われても、痛がってないんですから。 痛がっても嫌がってもいないのに、なんでやめなければいけないのか、なかなか理解しづらいと思いますよ。 不思議なのは、「痛い!」「やめて!」と言うことが、なぜ教育上マイナスだと捉えているのか、ということ。 トピ主さんの心情を想像してみても、なぜそういう結論に至ったのか、意味が分からないんですけど……。

トピ内ID:7640682164

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理路整然ではないと思います

041
みやこ
お母様の対応は理不尽では? トピ主さんのご両親、まるで私の両親を見ているような気分になりました。 けれど私は両親の子育てを理路整然とは、今でも思っていません。 単なるエゴイストだと感じています。 良い子育てをしていると思う自己満足。 良い父親をしていると思い込む自己満足。 我が家の場合は、両親が互いに協調できなくなり家庭内別居しましたけれど。 >家庭の中でそういう事を学ばなかった分だけ、世間へ出て酷く傷つくことはないのか? >家の中が心地良すぎて世間嫌いになり、自立の妨げになりはしないか? 世間からも家庭からも爪弾きにされて、孤立した方が我子のためだと思いますか? 誰にも味方についてもらえず、居心地の悪い家庭に帰る気にもなれず、子供は苦境に陥った時誰を頼って誰に救ってもらえばいいのでしょう? 痛みも苦悩も世間が教えてくれます。 その痛みと苦悩を和らげる手段を教えるのが家庭ではないでしょうか。 崖から突き落とす子育てと言いますが、今の社会なら親があえて考えなくとも、他人が不意打ちのように崖から突き落としますよ。 その時必要なのは、温かく理解ある家族なんじゃないかと、私は思います。

トピ内ID:7743311799

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まずは言って聞かせるでしょ。

🐱
yann
相手を思いやる事を学ばせる。愛情豊かとヒステリーは別物。 「私はそんなことをするあなたを見たくない。もしあなたが誰かに 同じ事をされたらあなたはどう思う」等子供に考えさせる事が 大事ではないでしょうか。そして思っていることや言いたい事は言葉で 表現させる。これがきちんとできればよいのでは。 世間の風を暖かく感じられる感性をくれた親に感謝しつつ トピさんも誠実に生きていけばお子さんはトピさんの 後姿を見て育ちますよ。きっと良い子になりますよ。

トピ内ID:2889489926

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ちょっと極端かな

🐧
流れの保育士
私の親はトピ主さんと同じでしたので、親を反面教師にしようという気持ちは分かります。ですが、親の反対が良いとは限りません。 >子供から叩かれて「痛い!」という言葉を抑え、嫌な事をされて「やめて!」という言葉を抑え 言ってください。親(自分以外の人)にも感情があるということを見せることは必要です。あなたの親は感情的になりすぎた。あなたは感情を抑えすぎ。どちらも実社会では不自然です。 トピ主さんが危惧されるとおり、家庭と社会の差が大きい子供は、どんな親であっても、社会に出た時にとまどいます。そこから成長できるかどうかは環境と本人次第ですが、今までの「常識」を覆すのは簡単ではありません。 「親」だからと気張りすぎず、友達に接するように普通の人間関係を教えてあげればいいと思います。友達に叩かれたら「痛い」「止めて」と言いますよね?それでいいんです。 親としての特別な役目は、何があっても子供を見捨てないこと。愛し続けること。いつでも帰れる場所と安心感を与えてあげることです。 それだけは、どんなに立派な教育者でもできません。

トピ内ID:5541345183

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トピ主です2

模索中 トピ主
皆様のおかげですっきりできそうです。本当にありがとうございます。 >独身(子供無し)男性様 「言葉などで教わった事」よりも…そうですね、「non verbal communication」ですよね。今の今まですっかり忘れていました。子供に口でなんと言おうともその根にしっかりとした情や考えがあるかどうかが重要ですね。 相談しようと思える親であれるかどうかも、根本は同じような気がします。 人生の設計は子自身というのも確かにそうです。親が1から10まで考えてやるのではなく、徐々に子供自身に「自分で考えること」をさせなければと思いました。 >まりあんぬ様 すみません、後出しになりますが、私が「痛い!」「やめて!」ととっさに言った時、夫が渋い顔というか微妙な顔をするのです。最近は「怒らずに叱る」が一般的ですし、私のそういう反応は「怒る」に類するのだろうか?と思ったのが質問の端緒のひとつです。 夫は実際良くないと考えているようで、反射的な反応は一切取らず実に淡々と諭します。その辺りは夫とすり合わせていきますが、完璧に一致させる必要も無いのかな、と今は思っています。

トピ内ID:1883049271

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トピ主です3

🎁
模索中 トピ主
お返事ありがとうございます。 >ゆーま様 子供が少し大きくなってからというもの、自分の「自然な感情や言葉が」出過ぎようとする所をかなり押さえつけてきました。内心、必要以上にむっとしたりかっとなったりすることが多く、まるで我の強かった幼少期の自分に戻ったようです。 皆様の意見を聞いて、自分の感情をそのままぶつけるのはもちろん問題ですが、程よく表現することは必要だと思うようになりました。 >失敗例様 やはり感情を抑えすぎ、理詰めにしすぎるのも弊害があるのですね。「子供たちが親をバカにし始める」というのが予想外でしたが、解説がとてもよく判りました。 辛い経験をお話させてすみませんでした、そしてありがとうございます。心が大事、決して忘れないようにします。 >子育て中様 たびたびのお返事ありがとうございます。実際私が最善を尽くしても、きっとよく感情的になったり理不尽な事を言ったりするんだと思います。ただ「もし万一理想通りに行った場合はどうなるんだろう」とはずっと思っていました。 心を忘れずに最善を尽くす、位のバランスで丁度いいんだろうと思えるようになってきました。

トピ内ID:1883049271

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トピ主です4

041
模索中 トピ主
返事が遅れています、すみません >どらやき様 確かに心配しなくても「人格者であり続ける」は私には無理のようです(苦笑) 皆様のおかげでだいぶん肩の力も抜けてきました。 ただ我が家はどちらかというと、父が<無償の愛>タイプ、母(私)が<理路整然>タイプです…何か弊害が出るでしょうか… >マサラ様 マサラ様のご両親は素晴らしい方ですね。お話を聞いて、私が目標に出来る姿勢が見えたような気がします。 ここ何日か感情表現しながら叱っていますが、「感情を表す」と「感情的になる」、違いは判っても線引きに迷います。叱ろうとした時に瞬間的に判断できないです。まだまだですね。 >nac様 「痛い!」「やめて!」と言うことがマイナスだと思った理由は、 ・私が幼少期に感情的に叱られすぎてとても嫌だった ・「叱るが怒らない」の「怒る」の方に該当するのでは?と考えた ・夫はそのような感情表現を避けている 等です。 「叱るが怒らない」は、トピを立てる前の私と同じように「負の感情を一切出さない」と過剰解釈している人が一定数いるのでは?と感じます。このトピが参考になればと思います。

トピ内ID:1883049271

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レスします

041
雅美
上の子がもうすぐ10歳になる一母です。 叱り方、ほめ方、親としてどう関わるか、兄弟との仲裁の仕方、今でもこの手探りは変りませんがひとつだけ言える事。 それは私は私でしかないのだ、ということです。 時に感情に翻弄され、長いものに巻かれる、私はそういう人間です。 だから、どれだけ背伸びをしても私という人間レベルでしか育児はできません。 感情を抑えやさしく諭し、説明する、本当に理想です。実際実践されている方もたくさんいらっしゃる。 そんなお母さん達を見てがっくりすることもありますが、そういうお母さんはそういう人間性を兼ね備えた方なのだと思います。 私が努めているのは、私の感情を正直にさらけ出すことです。 痛かった、いやだった、困った、表現します。そして子供の顔をじっくり見ます。ふてくされた態度、口元、言いたげな眼、を見逃さずに今度は子供の言い分を聞きます。そこで初めてお互いの気持ち(言い分)を言い合います。 思うに理詰め育児が通用するのも幼児期だけだと思います。小学校に上がれば理不尽な思い不条理な出来事、たくさんあります。

トピ内ID:2606301515

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トピ主です5

041
模索中 トピ主
返事が大変遅くなってすみませんでした(寝かし付けた子供と一緒に力尽きる日が続いていました…) >みやこ様 ええと、私も両親の子育ては理路整然から遠く離れたところにあると思っていました。両親を反面教師として自分が理路整然とした子育てをしたいと思った時、これはこれで何か弊害があるのでは?と思った次第です(判りにくい文章ですみません…) >痛みと苦悩を和らげる手段を教えるのが家庭ではないでしょうか。 >今の社会なら親があえて考えなくとも、他人が不意打ちのように崖から突き落としますよ。 そうですよね。気付きましたが、私は子供に理屈や論理を教えることはよくしても、ただ暖かく受け入れるというのは苦手なように思います。気をつけないといけませんね。ありがとうございます。 >yann様 このトピやyann様のレスを通じて、物事の善悪や道理を子供に「教える」のと同じくらい「考えさせる」のが重要なのだと気づきました(当たり前だ!と思われそうですが、うっかりするとすぐに忘れてしまいます…) まず自分が誠実に生きること、子供に言葉だけの道理を教えるよりずっと難しくて大事ですね。

トピ内ID:1883049271

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トピ主です6

041
模索中 トピ主
お返事ありがとうございます。 >流れの保育士様 >あなたの親は感情的になりすぎた。あなたは感情を抑えすぎ。どちらも実社会では不自然です。 そうですね。私自身、親のようにはなりたくない!という一心で感情表現を抑える面があり、夫は私に輪をかけて感情が乏しく、この年ではもう友人に嫌なことをされる機会などあるわけもなく(そもそも極端に友人が少ないですが)、感覚が実社会から大幅にずれていました(苦笑) 私は「子供は世間に送り出すもの」という考えが強いのだと思います。追い出す、にならないように気をつけないといけませんね。 >雅美様 そうですね、私は性格に難ありのとても歪んだ人間だと思います。無理に感情を抑えても不自然に不自然を重ねるだけですね。 「感情を抑えやさしく諭し、説明するお母さんは元々そういう人間性」、目からうろこです。それが自然なスタイルなだけなんですね。 雅美様のお子さんとの触れ合い方は、読んでいてとても心が温かくなります。「お互いの気持ち(言い分)を言い合う」、素敵ですね。うちの子とも早くたくさんいろんな言葉を交わしたいです。

トピ内ID:1883049271

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一例として

Yuria
トピ主さんが理路整然であるかは文章だけでは分かりませんが、ご参考まで。私の上司が非常に冷静で厳しく理路整然としている方です。話だけして冷たいと思われる方も多いようですが、良く知ると心のある方です。私は何度か御自宅にお呼ばれすることがありましたが、そのお嬢さんがすごく印象的でした。日本女性なら誰でも物心つく年齢だと、人にこびるような、へりくだったような、自分を押し殺したり、謙遜したり、かわいく見せたりするようなエゴ(?)が見え隠れするものですが、それが全くない、女性とか男性とか以前にひとりの人間としてすっくと立っているような、でもちょっと人間離れした真っ白な清楚な花のような感じでした。 他人の話をものすごくよく聞いて自分の意見をまっすぐ普通に言います。30代半ばの私より数歳年下ですが、自然に尊敬の念をひとに抱かせるような、不思議な雰囲気を持った女性で、この人に育てられるとこういう大人になるんだなあと羨ましく思いました。上司は彼女が子供のときかなり時間をかけていろいろな話(門限を作る理由、親子について、死と生について、結婚について、友情について・・・かなり哲学的)をして育てたそうです。

トピ内ID:9817028547

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理路整然=感情を排除するではない1

🐶
ボー
トピ主さんは強い方ですね。自分の辛い経験を生かして子供にはよりよい環境を与えようと努力するその姿に感銘を覚えました。 それでは、相談内容の本題に入ります。 一ついえることは理路整然とすべきことと感情を排するということはイコールではないということです。 痛いことを感情で伝えることは間違っていません。 よく叱ることと怒ることの違いを強調されて、叱ってはいいけど怒ってはいけないといいますよね。 しかし、考えてみて下さい、通常人が怒ることをすれば叱られますよね。つまり人が怒ればそれは叱られることが必然的に理解できるはずです(ただし、通常人が通常値で怒る事情によるべきことである必要があります。)そうである限り、別に怒っても問題はありません。 また、親だって一人の人間であることを子供に伝えるべく、怒ることだって必要です。 問題は、叱る場合も怒る場合もこれだけは注意することがあります。それは「理不尽さ」です。 (続きます)

トピ内ID:7097163595

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理路整然=感情を排除するではない2

🐶
ボー
理不尽さが存在する場合、子供は対策を立てることもできず、論理的に考えることを放棄することになります。 そして、それだけではなく、理不尽に叱られた場合、何が問題か理解できないため自己評価が低下する可能性もあります。 このため、理不尽さを排除することが一番正解に近いのではないかと思います。 ただし、そうなると理不尽な世の中に耐性がつかないのではないかという心配が再び浮上しますよね。 しかし、それは子供が家庭の外で学ぶことです。そして早い段階でそのことが分かります(小学校でまず衝撃を受けるはずです)。 そこからは本人がこれまで養ってきた考える力で、どうやって対処していくのか、それに任せるべきです。 理不尽さがこの世の中にはある。 だからこそ、我が家では話せば通じる、理屈が通じる環境を作ってあげるべきではないのかと思います。 また、どれだけ理不尽さを家庭から排除しようとも、 多かれ少なかれ存在しますよ。 だから耐性についてそこまで心配する必要はないと私は考えます。 以上、子供を早く持ちたい20代女子の意見でした。

トピ内ID:7097163595

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