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昔のお嫁さんってこんなに大変だったんですか?

レス139
(トピ主 0
😀
ももちゃん
話題
はじめまして
先日姑から聞いた話ですが、大変過酷な生活を強いられていたようで、他のみなさんの実体験をお聞きしたく投稿させていただきました。

姑とは別居ですが、遊びに行ったときに聞いた話です。以下の通りです。

1姑は大学卒業以来ずっと正社員、今年定年退職です。
 毎日4時起床、朝食やお弁当10人分作り毎日8時から18時まで仕事。帰宅後も夕食作り。独身の親戚や夫側の祖父母、義父母と同居し家事はすべてさせられていた。

2お風呂は最後、それも薪で沸かすお風呂なのでいつも家族全員が終わるまで薪を焚かされ火の番をする。自分が入るのはいつも最後で水風呂。垢だらのお風呂!

3子供たちは布おもつで毎日で川で手洗い。

4土日は仕事は休みだが、畑仕事をさせられる。

5姑にいつも意地悪なことを言われ、泣いていた。


どうですか?!よくこんな状況で仕事を頑張りながら家事一切のことを両立されたなあと感動しました。おかげで私には意地悪しないしとてもいい姑となりました。。

トピ内ID:7872396487

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トピ主さん、天然系?

041
オーソレミヨ
>…感動しました。おかげで私には意地悪しないしとてもいい姑となりました。 もともとできた方だったんでしょう? 苦労で捻くれてしまう人だって少なくないと思いますし、それを第三者が責めることも酷だろうなあと思っています。 嫁に限らず、そして女性に限らず上の世代の方たちは気力、体力ともに現在の生活よりもはるかに必要とする生活をしていたと思います。

トピ内ID:5966413040

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私の姑から聞いた話

🐱
みんく
トピ主さんの姑さんより20歳ちょっと年長です。 1.舅の帰りが遅いため、仕事の帰りはいつも自分の実家に直行。 「ご飯食べさせて、と言っても許してくれなかったのよ。昔の人は厳しかったから」 夫が「毎日実家に行く時点で厳しくないし…」 2.出産前に退職。長男が産まれたら舅の姉宅にしょっちゅう預けていたそうです。 舅の姉はすでに故人ですが、その子供達が「長男くんは自分がおしめをかえてミルクを飲ませて育てたから」 3.次男が産まれたら、姑の叔母宅にしょっちゅう預けていたそうです。 長男の遠足などがあると、人手がいるからと(なぜ?)叔母に泊まりに来てもらったとか。 4.舅の実家には舅の兄家族が同居しているので、姑は舅の兄嫁と台所仕事をしていたそう。 私は、姑と二人きりでやっています。買い物にも付き添っています。 姑は自分の姑とは一緒に台所に立ったこともなく、買い物に言ったこともない層。 5.舅の父親は舅と姑が結婚してすぐに亡くなり、舅の姑とは21年の付き合いだったとか。 私は舅とも姑とも、そろそろ18年になります。 さて、姑は今の嫁より大変?

トピ内ID:1597181505

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お姑さん世代ではないけれど…。

041
愛孫
うちの祖母もそんなもんです。 +祖父は愛人宅に入り浸り、帰ってこない。この2人、一度離婚して再婚してます。 結婚自体が、 「よさそうな人がいるから」 と親戚の紹介で一度会い、その4日後に婚礼でいきなり見ず知らずの家に嫁として同居生活という結婚。 嫁ぎ先にもよりますが昔はそんな話はざらだったみたいですよ。 尊敬します。

トピ内ID:9932398543

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ほんと、申し訳ないくらい今は楽ですね。

🙂
クロネコ
私も義母からよく、姑さんに泣かされた話を聞かされます。 稲刈り時期は、臨月でも夜中まで農作業をさせられたり、とろいと言って脛が腫れるほど棒で叩かれたり。 朝は早くから牛の世話。 長女の世話も長男の世話もさせてもらえず、農作業ばかりさせられたそうです。 義母はハイヒールなど履いたことのない人ですが、ひどい外反母趾です。過酷な肉体労働で親指に相当な力を入れて踏んばっていたのだと思います。 夏休みなどは、嫁いだ娘さん一家(やんちゃざかりの男の子3人連れて)が帰省して長期滞在したそうですが、姑さんは自分の娘には家事を一切させない人だったので、食事から何から全部、義母が世話をしたそうです。 耐えられたのは、おばあさんが優しい人で慰めてくれたからだと言っていました。 義母も私が結婚するとき、「私は姑さんにいびられつづけたから、嫁をいじめたりするような姑には絶対にならない、仲良くする!」と言って、そのとおりの姑でいてくれて感謝しています。 きっと腹の立つことも多いでしょうに… ただし、長男の嫁としての要求は、世間一般の姑並みか、それ以上に強烈です…(笑)

トピ内ID:1718839514

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75才以上の年代はそうだった

🐴
山梨ぶどう
75歳以上の女性はだいたいしっかり生きてたよ。

トピ内ID:1248337762

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うそです

041
chacha
今年定年退職ならふつう60歳です。 大学卒業というからには結婚は早くても22歳、今から40年前。昭和48年、1973年ごろです。万博が終わり高度成長に弾みが付いているころです。 弁当10人分はありえる。土日は休みは、新婚時代はなし(週休2日普及はもっと後)。風呂最後はありえるけど、薪で焚くのはふつうなし。川でおむつ洗濯はなし。内閣府「消費動向調査」によると昭和48年の電気洗濯機普及率は98%です。53年には100%になります。 もちろん、お姑さんはいろいろ苦労されてきたとは思いますよ。でも、ちょっと誇張に過ぎます。

トピ内ID:9530142669

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どうですか?、ということなので

041
そうだねぇ
昔のお嫁さんといっても人それぞれと思います。お世話人付きのお嫁入りをする人や婿取りの跡取り娘から、口減らし同然に嫁に出される人まで。でもその時代、大学まで出てフルタイムのお仕事についているお嬢様をもらっておきながら、その扱いはないような気がします。実家間の格差が大き過ぎる結婚、駆け落ち同然の嫁入りとか、不倫略奪婚、子供が出来てからの結婚の場合は粗末な扱いを受けるかもしれませんが。 「私には意地悪しないしとてもいい姑となりました」、などと能天気なことを言っていないで、苦労したお姑さんが残りの人生を健やかに過ごせるように気を遣ってあげてください。

トピ内ID:6551171934

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時代というより、人による

041
かなえ
確かに「家事」と言う点で、家電がそろってなかった時代は大変だったと思います。それ1人で引き受けるんだもん、相当なものです。 だけど、舅姑がいつも「ありがとう」とニコニコしてて、出来ることは黙ってやってくれて、お小言も言わない…そんな人たちだったら、「頑張ろう!」って思えませんか? それは家庭だけでなく、仕事も何でもそうだと思います。

トピ内ID:9561180906

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ちょっと横ですが、川で洗濯?!

041
桃太郎子
川で洗濯って、ものすごーーーーく昔じゃないのですか? 桃太郎に出てくるおばあさんが川で洗濯しますよね。 大正生まれのうちの祖母も「川で洗濯なんかしたことない」と言っていますが・・・。 それと、「畑仕事」は農家限定ではないでしょうか。 祖母に、昔ってそうだったの?とトピの内容を聞いてみましたが「それは農家だけじゃないの?」と言っていました。 「昔は一般家庭にはお手伝いさんがいたから楽だったわよ」 だそうです。 今はお手伝いさんがいない代わりに家電が発達しただけなので、楽さは一緒かもしれませんね。

トピ内ID:9469049981

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ばあちゃんの口癖~

041
おによめ
おばあちゃんが集まる家で育ちました。そこで聞いた「若いころの話」は怖いものでした。 ・農作業に陣痛があっても行かされて、畑で一人出産。 ・赤ちゃんの世話をしてくれないので、かご(いずこ)に入れて農作業してたら赤ちゃんが野良犬に…。 ・産後すぐ農作業に行かされて、産褥熱で倒れるまで働かされた。 ・倒れたら「牛馬のほうがマシ」と言われた。 ・食事は最後で、土間(土の床)で立ったままかきこんだ。家族の食事中は仕度するだけ。 ・風呂は残り湯、垢だらけ。薪で沸かす五右衛門風呂。 ・洗濯機が欲しいと言ったら、贅沢と言われた(各家庭に普及しているころ) ・手洗い洗濯が終わったら午前2時。4時にはカマドで朝ごはんの支度。 ・自分ひとりが留守番の、家族旅行。 ・50過ぎても「うちの嫁なんて駄目!駄目嫁よ!」と言われ続けながら、病院へ送迎する嫁。 上記の彼女たちより20歳ほど若いうちの姑@60代。結婚後も実家入りびたり、義理の実家行かない、親族づきあい面倒、子どもは面倒、孫の世話とんでもないという、自由人。 それなのに私には実家に行くな、孫見せろ。納得いきません~。

トピ内ID:5751769937

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私の周囲では考えられません

041
まゆつば
chachaさんと同じように推測してみました。 私は東京で生まれ育ち、たぶん姑さんの3歳下です。(57歳) 同世代の大卒の同級生に、このような人は見当たりません。 大家族同居、毎日10個の弁当作り…ですか、 別居が当たり前で、核家族です。 さらに、大卒女性も今ほど多くはない時代、夫となる人もそれなりならば、 こんな戦前のような暮らしはさせるはずもなく。 川で洗濯! 紙おむつすらかなり普及している時代です。 30代のふたりのわが子も、布と紙おむつ半々で育てました。 かなりの僻地、封建的な地域なのでしょうか。 リベラルなはずの高学歴な姑さんが、 このような結婚生活に絶えていたことは、どうも腑に落ちませんね。 姑さん側に大きなマイナス要素でもあった、と考えざるを得ません。 姑の苦労話は、大げさなものです。 よく考えてみて。 正社員でこのような生活は物理的に不可能だと思いませんか。

トピ内ID:2277083691

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いじめられたり、こきつかわれたりはわかります

ボビンケース
今年定年退職だと65とか60でしょうか。 大卒で22として今から約40年前。 昭和40年代の話ですよね。 その頃、うちは水洗トイレ(これは地域によります)に冷蔵庫、白黒テレビ(私が幼児の頃)、洗濯機(最初はタライに洗濯板でしたが)ありました。 うちの姑(かな~り田舎の山の中)はその頃まだランプで生活、トイレは汲み取り、風呂は薪や石炭、水は井戸と言っておりました。 畑仕事や薪・川で洗濯(布オムツ主流だったから)は田舎ならありだろうけど、大学卒で正社員で子供生んで仕事を続けられる職場にいるなら(勿論車なんて一家に一台持ってない時代だから通勤は徒歩か自転車、公共交通機関)ならそこまで田舎住まいじゃないのでは? 朝4時起き~風呂の間火の番をして、10人分対象の家事(人力)をすませ自分が風呂に入ったら寝るのは次の日になっちゃいますよ。 官公庁だとしても土日が休みになったのは近年のことで土曜も仕事(昼まで)はあったはずです。 子供たちとあるけど、少なくとも子供二人生んだなら産休や育休もとれる福利厚生のしっかりした会社なんですよね。 その時代にはとても珍しいと思います。

トピ内ID:8470121293

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嘘っぽい

🙂
ミトン
今年定年という事は60歳くらいですよね?ちょっと嘘っぽい話ですね。 私の母と同じ年なので感覚は分かります。 当時同居は当たり前でしたが、子供を産んで働く女性はそう多くはなかったので 保育園に入りやすかったし同居の家族がいたので安心だったでしょう。 布おむつは当時一般的でしたが、川で洗うのは?40年前の川は今より汚いですよ。 洗濯はあり得ないと思います。 しかも土日が休みになるのはここ20年位の話ではないでしょうか? それに定年まで勤める事が出来たのは、同居の親の介護が短かったか外注してたからだと思います。

トピ内ID:7970246647

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三種の神器はありました。

🐱
キティ
お姑さん…お姑さんの舅姑にいじめられてたんですね。うちの義母も実母も、トピ主さんのお姑さんと同世代ですけど、そんなに苦労する生活を送っていた様子は全くありません。いわゆる家電の「三種の神器」は揃っていた世代ですからね。 ちなみに、うちの実母・義母は共に気が強く、どちらも夫の実家から遠く離れた自分の実家近くに住み、夫はマスオさん状態でした。子育てを実家のに手伝って貰ったり援助をして貰ったり…。現代の実家依存嫁の先駆け的存在ですよ。私から見ると、二人ともかなり気楽な生活してたと思います。 嫁姑関係で苦労はしていない義母ですが、別にいじめてきたりはしません(笑)普通に良い関係です。

トピ内ID:3370961421

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薪を嘘だって言う人…

041
今26歳
私、昨日もせっせと薪で風呂を沸かしたもんっ(笑) ちなみに近所にもちらほらいます。 前彼の家も半年前まで薪でした。十分ある話ですよ~。

トピ内ID:3493160884

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別に嘘じゃないと思うけどなあ

041
コンタ
>chachaさま 薪風呂は結構ありましたよ。 主人(40)はJR本線の割と大きな駅そばで育ちましたが、 小学校の頃(1970年代後半~1980前半)、風呂焚きやってたそうです。 「都合の悪いテストとか一緒に燃やしちゃってた」そうです。 私(42)も父実家(こっちはド田舎の農家)で、薪で焚く五右衛門風呂に入ってたのをよく覚えてますし。 「この板の上にいないとダメなんだぞ。釜に直に足を付くと大やけどだからな」と言われて怖かったっす。 洗濯機も、あっても、「儂の服を洗うモノでオムツなんぞ洗うな!汚い!」 というジジババがいましたしね。 当時、オムツを川で洗う事が世間の公衆衛生観念上許されてたかどうかはチと問題ですが (下手の方から苦情が来そうな感じもします)、 オムツ洗いに洗濯機が使えなかったという事態はあり得ます。 何だかんだ言って洗濯機がない家もあったしねー。 ウチの母は私の時にオムツ手洗いで、便に含まれる消化酵素でやられて皮膚がベロンとむけちゃったそうです。 同居じゃないすから姑にいびられた訳じゃなく、単に洗濯機が買えなかっただけですが。

トピ内ID:5900997567

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今の嫁は幸せですよ。

041
あい
母は70歳。その義母(私の祖母です)99歳。 同居ですが、祖母が元気な時は凄かったです。 母が風邪で熱が出ていても、お勝手に立たせてました。 暴言も凄かったですし、近所や親戚に嫁の悪口を吹聴するので母は針のむしろで居場所が無かったと思います。 父も頼りなかったので、母の拠り所は子供である私だけだったと思います。 昔は同居や「姑は嫁より偉い」のが当たり前とする家も多かったので、嫁いびり率は相当な物だったと思います。 そんな私の母も、私が中学生頃には相当な鬼嫁に成長していたので姑嫁で毎日ギャンギャンけんかしてました。 私に男兄弟がいなくて本当に良かったです。うちの母も裏で嫁の悪口を沢山言いそうなので。 あ、後田舎の方だと川で洗濯もあったし五右衛門風呂に火をおこして使ってましたよ。

トピ内ID:5247960819

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chachaさん、うそですか?

041
りりこ
トピ主さんのお姑さんより若いアラフォーです。 地方都市で生まれ育ちました。 お風呂は薪でした。廃材などを調達しての薪割りも経験しています。 私が子供の頃にボイラーとの併用に。 川で洗濯(桃太郎みたいですね)・・・ちょっと違うかもしれませんが、 畑で取れた野菜の泥は川で落としてから、台所にて水道水で綺麗に洗います。 そういえば、祖母は外の水道で曽祖父母の汚れ物を下洗いしていました。 (汚物は外のトイレの汲み取り口へ) その頃には家の前の川が整備されて容易に降りられなくなっていたからかも。 今では水質汚染だといわれるかもしれませんが近隣の家も似たような生活でした。 嘘だと決め付けるのよくないのでは? お風呂ですが、薪を燃やすとオキという燃えた炭のような状態になり、 冷めにくかった覚えがありますが、 それでも大家族だと最後に入ると冷たかったかもしれませんね。 うちが貧しくて時代の波に乗ってなかったのかもしれませんが、 そんな生活で、母もお姑さんのような日々でした。

トピ内ID:4816963640

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それって

041
ピンクここあ
おしん(二十数年前に国民的大ヒットしたNHKの朝の連ドラ)のような話ですね お姑さんは何歳ですか?

トピ内ID:6505460347

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大変だったと思いますよ

041
たろ
私が子供の頃(当方40代前半)、生まれたころはまだ内風呂がなく 祖父母の家にもらい湯に行っていたそうです。 私が中学生になるころまで、祖父母宅のお風呂は薪の五右衛門風呂でした。 ご飯はガス釜で炊いてから、「保温ジャー」に移していましたよ。 (炊飯ジャーじゃないんです。保温のみ) 私自身、末の妹のおむつ洗いしていましたが、 した洗いを家の前の川でしてました。それから洗濯機です。 お向いのお宅の洗濯機は、脱水がローラー式でしたね。

トピ内ID:5585484232

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嘘かなぁ?有り得る話しと思うけど

041
昭和40年生まれ
昔って田舎と都会はかなり違ってたのでお姑さんが田舎の大家族ならあり得る話と思います。 風呂とか洗濯は嘘とか書いてる人もいるけど40年代を生きてきた人なのかなぁ?両親の実家は田舎にあったので私が中学生ぐらいまでは薪で沸かす「五右衛門風呂」でしたよ。旦那さんに聞いたら何歳まで薪風呂だった?と聞いたらわかると思います。 洗濯機も洗剤も今みたいにいいのでないので手洗いしてるものも多かったですよ。オムツは私が里帰り出産の時ですら母親からバケツに入れて一旦外の水道で洗ってからお風呂で手洗いしてくれ洗濯機にいれないでっていわれたのでもう一世代上の姑さんの姑さんなら川で洗ってくれといいそうですね。いまトピ主さんから見て働きものに感じるなら本当の話しじゃないですか?

トピ内ID:0926828917

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祖母の時代かな。。。

041
なもなも
実際に見たわけじゃないですが、 祖母(大正生まれ)の時代に近いかな、と思いました。 農作業は生む直前まで(当時は自宅出産)とか、 給湯器なんてないから、冬でも川の水で洗濯とか (電気が通ったのは戦後だそうです。子供達が生まれた後。) 下の子は上の兄弟が世話をしていたそうですし。 曾祖母はとても厳しい人だったそうで、孫達にも家事やしつけに厳しかったそうです。(本家だからってのもあるかもしれません) そんな祖母を見てきたからか、親のきょうだい達は仲がいいです。 団結力があるというか。普段はそれぞれの生活をしてますが、集まる時はきちんと集まって、話し合いが出来てます。 ところで、薪で沸かすお風呂って時間かかりますよ。 昔、実家ではそうだったのですが、夕方四時くらいから沸かしてました。

トピ内ID:7012097117

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chachaさんに同意

041
60歳
変ですね。 私は姑さんと同じ60歳。 姑さんの生活って、そのまた親の生活ならあるかも、、ですが。 私の時代って、ミニスカートも穿いたし、結構何もかも今と変わりません。 違うのは、携帯がないとか、パソコンが無いとかですが、異常な田舎なら知りませんが、大学を出てずっと働いてたというなら、それは無いんじゃないでしょうか。 布おむつでしたが、川で洗濯って、いつの時代でしょうか。 土日が休みの会社は、ありましたよ。 現に私はそうでした。 外資系でしたので、当時は珍しかったけど。 日本の企業なら土曜は半休。または、1週間置きに休みとか。 大体、昔は、お店が早くしまうので、そんな大家族の炊事するのは、時間的に厳しすぎです。 なんか妙な突っ込みを入れたくなります。

トピ内ID:1555636969

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万博の頃ですよね

🙂
おひょい
万博の頃、川で洗濯というのは、とても珍しい光景でしょう。 映画「20世紀少年」や懐かしのドラマ「パパと呼ばないで」の時代ですから。両作品は東京が舞台ですが、田舎でも洗濯機の無い家は、まずありません。基本の家電は普及していました。 ただ、すごく田舎で、大家族で、敷地内かすぐ脇に小川が流れているところなら、汚れ物をざっと川でゆすいでから洗濯機に入れる…ということもあったかもしれませんが。 風呂焚きについても同じです。薪で焚くのはすでに少数派だったと思います(木の湯船で薪で焚くお風呂は、たいへん気持ちが良いそうです。こだわりがあって、旧式のお風呂のままにしていた家もあるでしょうが)。 お義母さんのお話は、当時としても特殊な部類だと思います。 田舎だったとしても、大卒の娘さんが、なんだってそんな家に嫁いでしまったの?という気がします(しきたりのうるさい旧家なら、台所をそう何もかも若いお嫁さんに任せてしまうのは、姑としてむしろだらしがないことですから)。 それだけにお姑さんは、苦労が忘れられないのでしょう。聞いて差し上げてください。

トピ内ID:8811730611

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時代考証あってますか?

🐤
さんぺい
もうじき定年退職って現役世代の方の話ですよね? それとも 200才定年制とか? 川で洗濯とかお風呂が薪? その世代の女性が大学出て定年まで働ける? 私40代ですが、私の母世代どころか 祖母の世代なら聞いたことのある話ですが……

トピ内ID:0752415819

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あり得ます

041
もぐら姫
私の知人も睡眠3時間以下の日々が続いて、朝4時からかまどの前で(でないと使わせてもらえなかった)朝ごはんを炊いて、その傍で時々聖書を読んでいたそうです。ちゃんと戦後だいぶ経っていますよ。 その場所には今、キリスト教会が建っています。余りに色々の事を我慢して夫を立ててがんばっていたので、それが漏れ伝わったのか(その時を聞いたのは私の母で)、ある日神父様か牧師様がおいでになって建てたいと。 某仏教徒の村が、その信者が半分以上に変わってしまったそうです。 みんな辛くて互いに我慢していることは大なり小なりあったので謂れがそれだと縋りたくなるのか?それとも、その女性は、その村でも慈悲深く、そういうこと以外にも多くの慈善活動もしていたせいなのか。 私が子どもの頃だったので、具体的な内容までは詳しく聞ききれていません。 この位はあります。 だから、よそでは井戸や河に身投げするお嫁さんの話など必ず伝わっています。名前も知っている人は知っている範囲です。 それでいうと、まだその位はあり得ます。

トピ内ID:4898299356

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レスします

041
カルディア
今の主婦には・・・ 世の中便利になりましたから。

トピ内ID:8116987046

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地域にもよる1

041
匿名でごめんなさい
某地方都市出身です。(今も住んでますが郊外で、実家は何百年も続いたご家庭が多い地区で都市部。) 今は違反かどうか分かりませんが、実家の町内には未だに薪のお風呂の一般家庭があります。 5年前、実家リフォーム時に出た廃材を、お風呂の焚き付けにすると、頼まれて持って帰られました。 同じ町内の銭湯も薪です。(結構有名みたい) 15年前までは、うちの親戚もまだ五右衛門風呂で薪でした。 その後、長男が結婚すると共に大豪邸を建て… 終戦後から、爪に灯をともすように節約して、近年我慢に我慢の末どっか~ん!と 大改築、新築するご家庭がそのあたりは多かったですね~! (実家リフォーム時に、廃材持ってったおばさんいわく、「家なんか直してもったいない(お金で残しとけ!)」でした。) 某地方に嫁いだ友人は20年前、入院した義母の代わりに義父の世話の為一時同居。 水道がなく、谷に降りて水汲まなきゃならないところだったそうですよ… 電話で泣きの愚痴を良く聞きました。 兼業農家は普通。皆働いてて、婆ちゃんが畑、が普通ですが。 (うちの嫁は手伝わん!とうちの地域ではない某地方の叔母から愚痴聞いた事あり。現在。)

トピ内ID:8254944623

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地域にもよる2

041
匿名でごめんなさい
うちの母の苦労話も似たり寄ったり。 うちは番頭さんが数人、お手伝いさん替わりでしたが、それでも大変だったようですよ~! 番頭さんや、お手伝いさんがいる家庭って、限られてますよ? (商家で、お金が充分回せたり、富裕層だったりでないと無理では?) 一般家庭には必ずお手伝いさんがいたって… そういう特殊な地域があったんでしょうか? ねえやが子守り、丁稚奉公、などならまあまああったかも? でも全てではないでしょうね~! 母も終戦後は物、土地が無く、一族の女帝として君臨?していた義母の元、 4兄弟姉妹同居。全て既婚。 闇市にも行き、親戚に良い顔したい義母の命令で半日かかる郊外に歩いて畑を手伝いに行かされたとか、 独立してからも売り上げの何割かを渡していたとか もうそれはそれは盛りだくさんな愚痴を聞かされ続けて来ました。 昔の人は本当に我慢強かったんですね~! でも、健康を害したり、命が脅かされる様な我慢はするもんじゃないですね… (そういう例も一杯聞きました。) 今となっては母が元気で生き抜いてくれた事を感謝せずにはいられません。 でなけりゃ、私も産まれていないしね。

トピ内ID:8254944623

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地域格差が今以上に大きかった

041
オーソレミヨ
教育や情報社会の度合いから考えたら、大都市、地方都市、さらに田舎とで かなり生活形式の差は大きかったと思います。 例えて言えば現代中国の上海や北京で生まれて育った人と自給自足で暮らす少数民族の居住地に近い人と、ぐらいの差。 お手伝いさんがいたから、とおっしゃる方は自分で考える、ということの少ない方なんでしょうか。 一体、じゃあお手伝いさんになった人の家庭では、また別のお手伝いさんがいるとでも? ただ、トピ主さんのお話の場合、大学出のお姑さんということですから婚家もそれなりの家柄の本家筋だったのではないかと思います。 そういう家ならば一族郎党とまでは行かずとも夫の兄弟姉妹が同居、ということもあるでしょう。

トピ内ID:5966413040

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