私は子供の頃から体育が苦手でした。
私が小学生の頃の昭和50~60年代は今のように体育の家庭教師といったものがなく、私の両親は少しでも私の運動音痴が改善すればとの思いから小学生時代の日曜日に「体育の授業」を実施してくれました。
私の両親は凝り性なのか親の方針で「小学生の授業なのだから服装は学校のゼッケン付き体操服・ブルマ・紅白帽子(冬だけは体操服の上にジャージを着てもよい)・学校のように最初と最後に気をつけお願いします(ありがとうございました)とあいさつする」と決められ、日曜日になると体操服とブルマに着替えて近所の公園のグランドへ行き、ランニング・なわとび・鉄棒などの運動を親子でしていました。おかげで少しは運動音痴が改善し、運動の楽しさを見つけました。
特に印象に残っているのが小学6年の運動会までの日々の授業です。
私の小学校でも6年生は運動会では組体操がありましたが私は補助倒立が大の苦手でした。このままでは運動会で恥をかくことになるのでは6年生の春から秋の運動会まで毎週倒立の特訓でした。そしてグランドの裸足になれておくために6年生になってからは裸足で運動していました。他の子が楽しく遊んでいる公園で私だけ体操服・ブルマ・裸足でどろどろになりながら補助倒立の練習をしているのは惨めにも感じましたが両親は嫌な顔ひとつせずに私のどろどろの足を支えてくれました。おかげで運動会の組体操でも完璧でした。
皆さんは変な家族(両親)と思われるかもしれませんが私は「家庭での体育の授業」はとてもよい思い出であり、両親には感謝しています。小学生時代によくランニングしてきたおかげで中学校・高校の冬の体育の持久走もあまり苦にはなりませんでした。
いまだにあまり運動が得意ではありませんが運動が大好きなので今でも定期的に自分のペースでランニング・なわとびなどを続けています。
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