今月、亡くなった子どもの命日(誕生日でもあります)があり、この3年間の事をふと振り返り、自分にはつくづく友達がいないなと寂しさが増し、振り返った自分がみじめになってしまいました。
子どもが亡くなった事は妊娠を知っている友人にのみ報告しました。
メールというのは便利なもので、連絡して数日のうちに「ぜひお線香をあげに行きたい」「いつまでも連絡を待っている」「力になりたい」など頂き、心と体が落ち着いたら連絡すると伝え待っていただく形になりました。
1年程たった頃、少しずつ皆に連絡をできるようになり、主人の転勤で今度地方に行くことになったことも知らせるために連絡しました。
すると、子どもはまだ?と聞かれ、まだちょっと考えられなくて、と言うと、子どもが亡くなった事を覚えていなくて逆に尋ねられたり、まだ引きずってるの?と言った人、あの後妊娠し、出産したので忙しいから、、とそれぞれによそよそしく避けられているようで、3年経っても本当にお線香をあげに来てくれる人もなく(勿論この連絡で催促したわけでも、話を聞いてという押しつけたのではありません)、子どもにお線香をあげながらふと、あの時お線香上げに行くって言ってくれた人もいたなと思い出し、涙が出ました。
自分なりに誠意をもって付き合ってきたつもりでしたが、こういうことを機に私だけが時間が止まってしまったようで引越ししたらますますご縁がないのかなと寂しかったです。
今実際に引越し、本当にどの人とも連絡が途絶えました。
どちらかというと誘ってくれたり連絡をくれるタイプの人達だったので、もう離れたいのかな、関わりたくない、どうでもいい人になったのかなと思ってしまいこちらからの連絡も迷惑かも、と躊躇しています。
こういうものだと思い切りたい気持と、全部自分が関係を築けなかった報いだという思いの間で揺れています。
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