タイトルをみて真っ先に福山雅治の曲を思い浮かべた方も
何のことやらとお思いになった方も
トピを開いて下さりありがとうございます。
私は40代の主婦です。2歳年上の夫と中高生二人の息子がおります。
なぜタイトルのようなことを考えたかと申しますと…
先日、同年代の方と話した時のことです。
夫婦の情景の話になり、一人の男性が(奥様は50代後半、子供なし)「我が家は何もない、山水画のようだ」と話されたのを聞き、
山水の風景も、結婚20年以上たった熟年のご夫婦ならば、それ相応に落ち着いた味のあるものだろうとは思いつつも、
とっさに福山雅治の「美しき花」の歌詞が頭をめぐり
「でも私はまだもう少し咲いていたいな…」と思ってしまったのです。
ひっそりとでも愛する人にめでられながら「美しき花」でありたい。
でも、もう40歳を過ぎたあたりから知力体力と共に容姿の衰えも激しく「辛い」と思いながらも「美しき花」でありたいなどと、いつまでもこんなことを思うほうが愚かしい、散る前の狂い咲きのようになるのも見苦しいな、などと考えてみたり…
考えがあっちこっち行ったり来たりしています(苦笑)
皆様はどうですか?
どのくらいまで「花」として咲いていたいと思いますか?
また、年を重ねるごとに「どんな花」でありたいと思いますか?
ちなみに夫婦の情景を「山水」といった彼は、家庭の外に「花」を求めて飛び回っているという噂です。40代前半の男盛りとしてはそんなものなのでしょうかね?(余談でした、すみません)
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