私が小学校3年生の時、母は父の暴力が原因で、私と妹を連れて家出をしました。
行き先はどこかのホテルで、そこには知らない男性がいました。
母は何も説明してくれず、男性の事も何も教えてくれないので
私と妹はとにかくそれがいやで、帰りたいと騒ぎました。
「明日帰れるから」と言われ、向かった先は母の実家(祖母一人暮らし)。
男性は一緒には行きませんでした。
そして母の実家まで追ってきた父に「子供を返せ」と騒がれ
怖かったので「帰りたくない」と言った記憶はあります。
その後はよく覚えていませんが、祖母から言われた
「アンタ達(私と妹)なんて可愛くも何ともない、帰れ」という言葉。
何も言わず泣いていた母。
ここには私と妹の居場所がないのかな、と思った時いわれた
父の「アイススケートに行こう」という言葉。
そして私達は父と一緒に帰宅し、父子家庭が始まりました。
それから5年間、今度は私と妹が暴力を受けました。
月に一度位、父に内緒で様子を見に来た母が食事を用意したり服を買ってくれたりしました。
(しかしそれを父に見つかると、母は暴力を受けます)
妹と私は父の暴力が恐ろしく、早く母の所に行きたいと日々思っていましたが
同志(妹)がいたので暴力を受ける以外は割と楽観的に毎日を過ごしていました。
でも同級生の母親達にとっては、自分の家の子と仲良くさせたい子供ではなかったと思います。
(親が遅くまで帰ってこないので)暗くなっても公園をウロついていたし
手入れのされていない髪や薄汚い服装をしていたので。
そんな生活も、父が恋人を作ったことで終わりました。
暴力を受けると母の職場や家に逃げ込んだのですが
次の日には父から、母の家に電話がかかってくるのです。早く子供を返せと。
でも恋人ができてからは、逆に子供が邪魔だったのか全くそういう事がなくなりました。
そしてやっと母の元へ。
続く
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