義理の家族らと仲良くなりたい、打ち解けていきたいと思って、自分なりに頑張ってきたつもりです。
でも、実際にはしてはいけないことをしてきていました。
なにをしてきたかというと、周囲の話しや会話に耳を傾け、相槌を打っているだけではいけないと思って
自分からも話しかけたり、声をかけたり、お話ししたりするための内容を考えて、用意して行っていたのです。
たとえば、地元のお祭りに行ったことだとか、某料理雑誌を見て挑戦した料理のことだとか
予め、なにか考えていかないと、なにも話すことも、喋ることも思いつきません。
なので、予め考えていきました。
でも、これってとてもいけないことだったのですね。
「心を開いていれば、考えなくても話すことなど、いくらでも出てくる」
「(他人とみなして)距離を置こうという気持ちだから、考えなければならない」
夫は、このことでとても怒りました。
のあざみが、そんなに俺の親兄弟を嫌うなら、離婚だとまで言いました。
会話の糸口を考えるのって、相手を嫌っているってことなんですね。
以来、予め話すことを考えていくことをやめました。
そしたら、完全に会話はなくなりました。
初めは、なにか声をかけようとしたのですが、そのたびになにも思いついていませんでした。
声をかけるには、なにか声をかける糸口を考えなければ、なにありませんでした。
義家族らは「なんでもいい、どんな話でも、声掛けでもいい」「たとえば、こんな会話でいい」
わたしには、その「こんな会話」すら、浮かんできません。
とはいえ、なにか口を利くきっかけを・・・と思って考えたら、容易に浮かんでくる内容です。
いけないんですよね。会話の糸口を考えるって。とてもいけないことなんですよね。
最近、声をかけてやれと言われています。
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