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時代劇で見かける"お揃いの着物"について質問(駄)

レス25
(トピ主 8
🐴
ひょっこり七兵衛
話題
本当にくだらない質問なのですが、長年の疑問でして…。

時代劇で、悪代官が「であえ、であえ~!!」と言った後に
わらわらと出てくる家臣たちがいますよね?

彼らはお揃いの着物と袴を着ていますが、あれは時代劇用の
演出なのでしょうか?
それとも、制服のようにお揃いの着物を支給することも
実際にあったのでしょうか?

ご存知の方がいらっしゃいましたら、ご回答お願いいたします。

トピ内ID:1400113466

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このトピックはレスの投稿受け付けを終了しました

ベルばらからの引用で申し訳ないですが

041
たろ
ベルばらってご存知でしょうか? 池田理代子先生の「ベルサイユのばら」という壮大なスケールのフランス革命を舞台にした漫画です。(フィクションです) その中に「同じ柄のドレスを着た婦人を、母の敵と思い(刃を向けようとしたが振り返ったら人違いであった)」というセリフがあり、その際人違いだったのですが「これは宮中に上がる身分のものなら1着は持っている柄」というような言い回しだったかと… 支給か自前かは定かではありませんが、どちらかというと自前で、 「であえであえ~」の時に同じ服装というのは、一定の役割のものはそれを用意できる財力があったということなのでは? お抱えになる時の支度金で用意したのかもしれませんが… すみません、こんなお答えで… 意外と、悪代官が出てくる時代は結構太平の世で、戦国時代は戦利品として奪ったというのもあるかと。 気持ちの良い回答をしてくださる方がいらっしゃるといいのですが…

トピ内ID:8804801259

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探せば例外も有るでしょうけど

041
とんまるき
ほとんどの場合は お芝居やドラマの演出です。 そもそも江戸時代の武士の世界には、規格統一された「制服」という発想自体があまり無いのです。 まあ、「井伊の赤備え」みたいな例外もありますけどね。あれは衣装と言うより甲冑だし、規格化された量産品でもありません。 あと、幕末になると西洋の影響で制服らしき物がつくられた場合もありましたけど。 だから、時代劇で悪代官の家来が揃いの衣装で登場するのは演出です。 新撰組や赤穂浪士が揃いの衣装で登場するのも芝居の演出です。 お芝居の赤穂浪士は白と黒の段だら模様の羽織を着てますが、史実の赤穂浪士は火事装束で討ち入りました。 しかもその火事装束は各自が用意したものなので、当然お揃いではありません。 新撰組の場合は、一応お芝居に出て来る段だら模様の羽織が有るにはあったようですが、ほとんど使われていなかったようです。 制服が嫌いというよりも、腰に差している刀が一人一人違っているのと同じで、武士の道具は衣類も含めて「各自で調達するのが大原則」であって、主人から支給される物ではないからです。

トピ内ID:4603742625

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きっと同じレスがあると思いますが

041
あいあい
まず、「であえ~」で来る人の役職って何でしょうね? お屋敷の格や大きさでも違いますし、複数の役職にまたがる 可能性もあり、必ずお揃い状態になるとは言い切れません。 故に、時代劇としての予算や演出もあると思います。 ただ、実際、江戸時代の武士は、非常に厳しく細かく 出仕の服装が決められていました。「完全にお揃い」とまでは いかなくても、身分や役職によって使える布地や色、形等に 制限があり(例えば、縞を打ち出した何の生地の何色か何色を 使うといったような)似たような身分の人であれば 殆ど同じような服装をしていたという事実もあります。 着物ではないですが、反物の状態で支給される場合もあり こうなると殆ど制服ですね。 ちなみに、いつも同じ着物でもありません。身分次第で 暦や行事に合わせて細かく定められ、当の武士も覚えてないわ(笑) いちいちやってられんわ、いつの間にか廃れる決まりもあるわで 服装を指導する専門の役職までありました(地味なりに面倒だった らしいです) ただ、服装規定の厳しさや緩さ、微妙な流行などは 細かい年代ごとの気風や、藩の方針などでもわりと 違ってたらしいですよ。

トピ内ID:2814555223

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知りたいな

041
やぬ
面白い視点ですね!私も知りたいです。 回答じゃなくてごめんなさい。

トピ内ID:1232924789

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お仕着せ

041
たま
それは「お仕着せ」です。 昔から制服と言うか、上から支給された着物がありました。

トピ内ID:7164592174

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面白い!ので

😉
ぷよリス
「江戸時代 武士の制服」で検索してみました。 各藩で柄が違い、一目でどこの藩の武士か分かるという意味合いを含み、普通はお城に登る時の制服として扱われました。とありました。  参勤交代の時もお揃いの着物だったような気がするので、藩からの支給かも知れませんね。歴史、着物に詳しい方のレスが楽しみです。

トピ内ID:1976639152

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お仕着せってやつ?

041
poco
 お給料のほかに、衣類の支給があるんだと思います。ボーナス的な物みたいです。    女中たちの、ムラサキ色の矢がすりも、そうですよね。

トピ内ID:9866793652

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「制服」に相当するものは無い

041
くるみ
とんまるきさんの指摘が正しいと思います。 「制服」が登場するのは、明治以降。早くても幕末です。 例外は、中間などの身分の低い奉公人に「仕着せ」などの形で衣服を与えた場合です。 あいあいさんがご指摘の「出仕の服装が決められ~ど同じような服装をしていた」も正しいです。 ただし、これを「制服」と捉えるのは誤りで、現代風に言えば身分や場面に応じて細かく「ドレスコードが決められていた」というのが適切です。 「スーツで出社。色付きワイシャツ禁止。」の会社ならば、社員はその服装で出社してくるでしょうけど、全員がスーツ・白ワイシャツで出社したとしても、良く見ればそれぞれの服装は異なりますから、これを「制服」と呼べないのは明らかです。 とんまるきさんご指摘の「各自調達が大原則」も重要です。 武士の禄は、現代に置ける「給与」とは違い、正確には「経費」も含んでいます。 つまり、使用人の給与や、各自の刀や装束も禄に含まれると言う考えです。 したがって、通常は主君や上役が衣服を支給することはありません。

トピ内ID:6752474139

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ありがとうございます。1

🐴
ひょっこり七兵衛 トピ主
ぷよリス様までのご回答を拝読しました。 ちょっとした疑問だったのですが、なかなか奥が深く、皆さんの回答を読んでいて楽しくて仕方がありません。 本当にありがとうございます。 >たろ様 存じております。いいえ、むしろ大好きです!『ベルばら』! 思わぬところで『ベルばら』が出てきてテンションが上がりました(笑) ありましたね~。「青い花模様のドレス」でしたでしょうか。 フランスの貴婦人たちのように、侍の世界でも「家臣であれば誰でも一着は持っている」ものが、あったかもしれませんね。 >とんまるき様 演出なんですね~。というか、新撰組もですか!できれば常に着ていてほしかった…(笑) >>規格統一された「制服」という発想自体があまり無いのです。 >>幕末になると西洋の影響で制服らしき物がつくられた場合もありましたけど。 >>「各自で調達するのが大原則」 ほう!もともとは西洋文化なんですね。現代の日本では制服は当たり前のものになってますけれど。 明治維新でそのあたりの意識もがらりと変わったんでしょうね。 ん~。これはすごく興味深いですねぇ。

トピ内ID:1400113466

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ありがとうございます。2

🐴
ひょっこり七兵衛 トピ主
>あいあい様 そういえば、役職はなんでしょうね? 士分ではない戦闘員もいたそうなので、そういう人たちでしょうか。 演出だけではなく、予算の都合…。なるほど。 そういうちょっとした"大人の事情"みたいなのもありますよね。 >>服装を指導する専門の役職 『幕末単身赴任 下級武士の食日記』で読んだ気がします。食日記を書き残した方の叔父様?か誰かが、そのお仕事をしていたとかなんとか。(うろ覚えですみません) 服装が細かく決まっているのは、お偉いさんの礼服などに限られるのかと思っていたのですが、仕えてたお侍さんにも細かい決まりがあったんですね。 お揃いにする意識はなくても、似たり寄ったりな格好になることも多かったでしょうね。 当時でも「今日あいつと服装かぶってる!」みたいなこともあったのでしょうか?(笑) >やぬ様 いえいえ、ご興味を持っていただけてうれしいです。 >たま様 「お仕着せ」を調べてみたのですが、年二回ほど反物支給があったようですね。ボーナスのようなものだったとか。 主の古着を譲ることもあったのかもしれません。

トピ内ID:1400113466

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ありがとうございます。3

🐴
ひょっこり七兵衛 トピ主
>ぷよリス様 なんと!制服の意味合いをもつものもあったんですね! 誠に勝手ながら、ぷよリス様の検索ワードをお借りして、自分でもグルグルしてみました。 「留柄-とめがら-」(あるいは「定め小紋」)というものがあったようで、各藩独自の小紋を裃に使っていたとのこと。江戸小紋のルーツであるという記述もありました。 なるほど。江戸には各藩の屋敷があったようですし、どこの藩なのか一目で判った方がいろいろ都合がよかったのだと思います。

トピ内ID:1400113466

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推測でごめんなさい

041
まき
お揃い、若しくは似たような物で揃えるきまりのようなものがあったのでは、と思います。 身分によって着てよい、ダメな服装もあったんじゃないかなぁ。 それが、無料支給か現物支給?(給料天引き?)か自腹かはわかりませんが。 ひょっとしたら制服レンタル店みたいなものもあったのかも… 完全なお揃いだったら、こっそりアレンジしちゃう人とかいそうですよね。 ちらっと見える裏地の色変えちゃったり(笑) 新撰組のユニホームは藩からの支給だったのかなぁ? デザインは豪商がしたらしいですが…

トピ内ID:1335530312

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<町方では(トピづれ)

🐶
コーギー
町方の大工の棟梁や顔役には、年末に彼らの出入りする商人が、 印半纏等を人数分誂えて、プレゼントしていたようです。 以外にも祭りの祝儀を弾むとか。 歌舞伎でお馴染みの髪結新左や白波五人男で、被害者の商人を助ける為に 棟梁達が動くのは、日頃何かと商人がお銭の方で面倒見ていたからです。 この様な事を承知していると、歌舞伎の筋書きもしっくりと理解できますよ。 この風習は、関東大震災まで続いていたそうです。

トピ内ID:7689795845

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低い身分の人には支給品があったけど

😑
まつ
 現代の会社で、社長室で社長が、 「であえ! であえ!」  と叫んだら、わらわらわいて出て来るサラリーマンの皆さんは、同じ服を着ているように見えるのではないでしょうか? と、通勤電車に乗っていると思います。  今の会社なら、社長もわいてくる人たちと同じような服を着ているところが、時代劇と違う点かな。  ま、だいたい、仕事に出る時の服が決まっていたのでしょう。  たとえば八丁堀の旦那は、決まって丈の短い黒の羽織を着ていますよね。  あと、時代劇の場合、歌舞伎の衣装の影響がある可能性があります。役名もつかない雑魚は、見た目にうるさくないよう、同じような服を着て出てきます。  ただし、全く同じ服は、低い身分の人だけです。武士身分の人を並べる時は、似たような、しかし微妙に違う衣装を用意します。  実際、武士と言えない身分で、お屋敷で働いている人や、商家の小僧さんなどには制服があったようです。  大名行列などは、江戸時代の後期になると、行列している人のうち低い身分の人はほとんどアルバイトになったので、大名側が服を用意しました。

トピ内ID:3882030704

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例外

懐古庵
とんまるきさん、あいあいさんのご指摘、くるみさんの総括が正しいと私も思います。 補足として武士に制服が支給された数少ない例外をひとつご紹介します。 徒 とは将軍を警護する今日でいえば近衛歩兵部隊のことですが、かれらのうち、御鷹狩りの時に将軍のそば近くで警護する人々には、将軍が着用している黒縮緬の羽織とよく似た羽織(同じでないのは将軍着用のものは超高級品であるため)が支給されました。これはテロ対策で、万一の際襲撃者の目をくらまして将軍を安全に脱出させるためです。

トピ内ID:7623315306

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時代劇

041
椿
時代劇の演出として聞いたことがあります。 実際、斬られる人役は5人から10人くらいだったような気がします。 しかしTVでは結構な人数がばったばったと斬られています。 同じ着物を着ているのは斬られた後、カメラから一度離れて 再度斬りかかるためだそうです。 皆様の制服考察は勉強になりました。

トピ内ID:7186491719

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そうですね、「完全にお揃い」になるのはかなりの例外。

041
あいあい
>トピ主様 おお。「下級武士の食日記」は、まさに衣紋道の話が出て来ますね。 確かに上ほど厳しい服装規定だったようですが、下も それほどではないものの行事合わせの衣替えはあったようです。 あと定め小紋の柄の裃は、ある程度の身分以上のみで 下級武士は着ませんでした。 くるみさんのご指摘は、まさにその通りで、ドレスコードというのが 適切だと思います。また、視点を変えると、似た服装になる 理由の一つとして、武士階級には「見た目で目立つ事が美徳と されない」風潮があり、時流によっては言いがかりの元になって ろくな事にならなかったというのもあると思います。 それに、武士は太平の世でも「一応」軍人です。この辺が 現代の学校や職場の制服と違う所で、武士の服を露骨に揃えるのは どこの藩であろうと、ある意味「将軍をさしおいて、独自の軍服で 威容や団結を示す事」に通じかねない危険性があった筈です。 緩い時代には、ある程度容認されたでしょうが 秩序を重んじつつ、独自性を打ち出すのも微妙な武家の場合 (そもそも制服の概念が薄い事もありますが)その導入自体 一種の危険思想と見なされかねなかったでしょうね。

トピ内ID:2814555223

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忠臣蔵でも有名なエピソードが

041
とんまるき
忠臣蔵は、史実を元にした「お芝居」ですが、当時の武家社会におけるドレスコードについては、有名なエピソードがありますよね。 忠臣蔵では、上野介が内匠頭に散々嫌がらせをしたことになってますが、その一つとして、江戸城に勅使を迎える当日のドレスコードついて(上野介が)内匠頭にウソを教えた、というのがあります。(史実ではない) 内匠頭が教えられた通りに長袴で登城すると、他の大名はみんな烏帽子大紋! 念のため大紋も持参していたので事なきを得ましたが、内匠頭は全身の血が凍るほど驚愕したはずです。だって自分一人だけ、ドレスコードに外れた服装なんですから。 しかも、この日は天皇の勅使を江戸城に迎える日で、自分はその責任者! (忠臣蔵の前半のクライマックス) この日の江戸城は、烏帽子大紋の大名がズラリと並んでいたわけですが、これが幕府から支給された「大名の制服」でないのは当然です。なにしろ大紋には各大名の紋所が入っているので、同じデザインはありえませんし、家紋が入った物を他人に支給してもらうはずもなく、当然自前で準備します。 「ドレスコード」はあっても「制服」は無い、というのはこういう文脈です。

トピ内ID:4249489133

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出会う者ども

041
隠れている卑怯者
あの人たちは武士ではありながら、 ドレスコードとは関係なくはないですかね。 つまり、その家の主(悪代官とか腹黒家老とか)が雇い入れた浪人。 中間などと一緒で藩士ではないでしょう。 なので一番安い反物でざっざと適当に大量生産(?)してもらって 安く上げているのではないかと。

トピ内ID:4042567494

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トピ主です1

041
ひょっこり七兵衛 トピ主
皆様本当にありがとうございます。お礼が遅くなってすみません。 2011年11月15日の隠れている卑怯者様のご回答まで拝読しました。 とても面白い内容ばかりで、うひょうひょ言いながら読んでいます。 >poco様 ムラサキ色の矢がすりというと…バカ殿様の 腰元が思い浮かびます…。 小さいころからの刷り込みでしょうか(笑) >くるみ様 ドレスコード!なるほど! その単語を見て、すごく捉えやすくなりました。 また「禄の中には経費も含まれている」というのも わかりやすかったです。 中間は士分ではない人が主だと何かで読みました。 そういう人は士分の人と同じようなものを用意するのが大変なので 支給することもあったのかな?と思いました。 >まき様 庶民の間では着物のレンタルや中古は当たり前だった という話を、たしか杉浦日向子さんの著書かなにかで 読んだことがある気がします。 裏地のお洒落、ありそうですね! 見つかったら減俸とかされそうですけれど…(笑) お叱り覚悟のチャレンジャーもいたはず!

トピ内ID:1400113466

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トピ主です2

041
ひょっこり七兵衛 トピ主
>コーギー様 そういえば、落語の枕でそのようなことに触れていた 噺家さんがいました。 日頃からちょっとした心付けをしておかないと 仕事の優先順位を下げられてしまうこともあった… ということを言っていました。 大正時代までそういう風習が続いていたのは意外でした。 明治維新でパキっと変わったのかと思っていました。 >まつ様 わらわらでてくるサラリーマンたちを想像して 笑ってしまいました。 想像の中ではなぜか七三分けで黒ぶち眼鏡でした。謎。 お芝居などでは、あえて没個性にすることで 主役を立てる意味合いもあるのかもしれませんね。 「下っ端」であることの視認性を高めると言うか、記号化というのも ありそうです。 行列の低い身分の人たちがアルバイトというのは大変興味深いです。 対面のためなのか、人数が決められていたのかわかりませんが、 そういった水増し(?)のようなこともしていたんですね。

トピ内ID:1400113466

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トピ主です3

041
ひょっこり七兵衛 トピ主
>懐古庵様 か、影武者集団! かっこいい!…と思ってしまいました。 そういう特殊な理由でもない限り、 お揃いの服が支給されることはないようですね。 >椿様 そのような撮影テクニックが…! よ~く見ると「あれ、あなた先ほど斬られましたよね?」 という現象が起きることもあるんですね。 「であえであえ~!」の楽しみ方が一つ増えました。 >あいあい様 定め小紋が着られる身分が決まっていたのですか。 上下関係の細かさを改めて感じています。 定め小紋の裃を身につけられることもステータスの一つ だったんですね。 >>武士の服を露骨に揃えるのは 「将軍をさしおいて、独自の軍服で威容や団結を示す事」に 通じかねない危険性があった筈です。 な、なるほど~! よからぬ企てをしている集団と疑われかねないのですね。 珍しいことゆえに、妙に目立ってしまうんでしょうね。

トピ内ID:1400113466

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トピ主です4

041
ひょっこり七兵衛 トピ主
>とんまるき様 >>「ドレスコード」はあっても「制服」は無い これが一番簡潔で、捉えやすいですよね。 忠臣蔵にはとても疎いのですが、 そのようなエピソードをもりこんでも違和感がないほど、 服装のしきたりが厳格であったことなんだなぁ…と思いました。 >隠れている卑怯者様 藩に所属している人たちではなく、 私的に雇っている警備員のような人たちの可能性もありますね。 実際にそういう人たちがいたかどうかはわかりませんが…。

トピ内ID:1400113466

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ありますよ

🐱
こたつねこ
>それとも、制服のようにお揃いの着物を支給することも 実際にあったのでしょうか? はい。ありますよ。 「お仕着せ」で検索してみて下さい。

トピ内ID:6353274843

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トピを締めさせていただきます。

041
ひょっこり七兵衛 トピ主
興味深いご回答をたくさんいただいて、本当に感激しております。 「演出である」という結論にとどまらず、ぐっと奥に踏み込んで 武士の仕事着事情について、いろいろなお話を伺うことができて とても勉強になりました。 まだまだお話を伺いたいところではありますが、 今回はこの辺でトピックを締めさせていただこうかと思います。 みなさま、本当にありがとうございました。

トピ内ID:1400113466

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