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○○は死んでも○○を離しませんでした

レス55
(トピ主 1
💰
ジミー君
話題
上記のようなフレーズが特に80年代に発売された漫画の中に頻出するような気がするのですが これはもしかして当時流行していた映画や広告、文学作品か何かのパロディなんでしょうか? 例としては 『動物のお医者さん』の中で、水槽が倒れてハムテルの飼っている砂ネズミが逃げ出して ネズミの大嫌いな二階堂くんが気絶するのですが、「二階堂は死んでもミケを離しませんでした」 『エロイカより愛をこめて』でジェイムズ君が軍事機密のコピーを持って逃げ出し 捕まえられて体ごと投げられるのですが「ジェイムズ君は死んでもコピーを離しませんでした」 他にもあったはずなのですが、とりあえず思い出したのがこれです。 本当にどうでもいいことですが長年の疑問なんでどなたからスッキリ回答いただけたらうれしいです。

トピ内ID:5116950839

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戦後何年になったのでしょうか

041
cipta
「木口 小平」で検索を・・・

トピ内ID:6861197128

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そりゃーずっと古いでしょう

041
匿名希望
日清戦争で戦死した日本陸軍兵士、木口 小平(きぐち こへい)は、ラッパ手として、死しても口からラッパを離さなかったとされています。 その話は小学校の教科書に掲載され、戦前の日本においては広く知られた英雄だったそうです。

トピ内ID:6173756903

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修身の教科書に

041
あき
戦前の修身(道徳)の教科書に、「木口小平は死んでもラッパを口から離しませんでした」とあったのが元ではないかと思います。 ある程度の年齢の方には、必ず聞いたことのあるフレーズだったのではないかと。

トピ内ID:6695256196

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たぶん、最初は

041
うたうたい
大正期の修身(道徳)の教科書に、載っています。 キグチコヘイ ハ テキ ノ タマ ニ アタリマシタ ガ、 シンデモ ラッパ ヲ クチ カラ ハナシマセンデシタ。 これから、取っているのではないかと。

トピ内ID:1721375075

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キグチコヘイ ハシンデモラッパヲクチカラハナシマセンデシタ

🐱
レオタード
日清戦争に従軍した木口小平という兵隊さんが、ラッパ兵だったらしいですが、敵の鉄砲に当たってもラッパを口から離さず最期まで任務を全うしたという美談が戦前の教科書に載っていたそうです。

トピ内ID:8381387743

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木口小平は死んでもラッパを放しませんでした

041
ミケコ
木口小平は死んでもラッパを離しませんでした、が元です。 詳しくはネット検索してみてください。 ちなみに、木口小平は私の祖父の故郷(岡山県)の人です。

トピ内ID:8294060782

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死後硬直

041
rui
同レス多数だと思いますが元ネタは 「木口小平は死んでもラッパを離しませんでした」 です。日清戦争の時の美談です。 詳しくは「木口小平」で検索を。

トピ内ID:9640967965

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同じ回答が並ぶと思いますが、戦前の教科書が出典です

💡
ぽよん
同じ回答が並ぶと思いますが、日露戦争のときラッパ手をしていた木口さんという方の逸話が、戦前まで修身の教科書に採用されていました。 「シンデモ ラッパ ヲ クチカラ ハナシマセンデシタ」 というのが原典です。

トピ内ID:2776701084

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尋常小学校修身教科書

041
やぎ
戦前の修身教科書にあります。日清戦争で戦死した「木口小平」というラッパ手が、突撃ラッパを吹いている最中に被弾して絶命した後もラッパを口から離さなかったという武勇です。 キグチコヘイ ハ テキ ノ タマ ニ アタリマシタ ガ、 シンデモ ラッパ ヲ クチ カラ ハナシマセンデシタ。 修身教科書を使った世代とその子どもあたりはよく知っている話だと思います。

トピ内ID:8771553080

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木口 小平(きぐち こへい)

🐱
さくら
「キグチコヘイ ハ テキノ タマ ニ アタリマシタ ガ、シンデモ ラツパ ヲ クチ カラ ハナシマセンデシタ。」という 明治時代から修身(道徳)の教科書に掲載された逸話にもとづくものです。 日清戦争に日本陸軍兵士だった木口小平はラッパ手として参戦、被弾して即死したものの、死んでも口からラッパを離さなかったことから英雄視され、戦前は長く語り継がれた存在でした。 80年代の漫画家さんにはまだまだ戦前生まれの方が多かったのか、はたまた戦後生まれでも、ちょっとしたレトロなギャグとして使っていたのか・・・、親が戦中派だった私たち世代がギリギリ知っているお話かもしれません。

トピ内ID:1536367492

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昔の

🙂
里美
修身の教科書に載っていた、木口小平のお話かな? 敵の弾に当たって死んでも、ラッパを口(手?)から離さなかったそうです。

トピ内ID:5213873221

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祖母によれば

041
ころろ
戦前の教科書に 「キグチコヘイハ、シンデモラッパヲクチカラハナシマセンデシタ」 というお話がのっており、 そのフレーズだと思います。 たぶん愛国心、職務全う、等を教えるための道徳?当時修身?のおはなしだと。

トピ内ID:2988757226

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出典は木口小平かな

041
越後の良寛
80年代の漫画に詳しくないのでそういう表現が頻出していたかどうかは知りませんが、出典はおそらく戦前の尋常小学校の修身の教科書でしょう。 日清戦争の兵隊の話で、原文は次のとおりです。 キグチコヘイ ハ テキ ノ タマ ニ アタリマシタ ガ、 シンデモ ラッパ ヲ クチ カラ ハナシマセンデシタ。 参考までに。

トピ内ID:7962940841

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ラッパを離さなかったのは

041
源次郎
木口小平です。 なつかしいなあ。

トピ内ID:0492183474

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木口小平でしょ

💡
修身おばさん
主さまの祖父祖母、それ以上の年代の方ならだれでもご存じです。 日清戦争でラッパ兵をしていた木口が敵に撃たれて亡くなったあとも 持っていたラッパを離さなかったという史実です。 明治から昭和戦前までずっと修身(道徳)の教科書にさし絵入りで載っていたため 戦前のキッズたちは皆知っている文章です。 これを機会にネットでも結構ですので調べてみてくださいね。

トピ内ID:6623294390

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木口 小平

041
1945m
私は漫画やコミックなどは全くわかりませんが、 これは戦前の修身の教科書が元になっているのではないでしょうか…。 「キグチコヘイ ハ テキノ タマ ニ アタリマシタ ガ、 シンデモ ラツパ ヲ クチ カラ ハナシマセンデシタ。(尋常小学校修身書 巻一 モクロク十七 チュウギ)より」

トピ内ID:5424495276

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キグチ コヘイ

🐱
ねこ神
戦前の教科書で、キグチ コヘイは死んでも、ラッパを 離しませんでした。というような、記述が あったらしいですね。 あ-久々に、エロイカ、動物のお医者さん 読みたくなりました。

トピ内ID:8075101327

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シンデモ ラッパ ヲ クチカラ ハナシマセンデシタ

🙂
R26
戦前の尋常小学校教科書に書かれていた、日清戦争のラッパ手の物語から来ているのではないですか。 名前は木口小平さんという方らしいです。 戦前、戦中生まれくらいの人にとっては馴染みのフレーズで、私が子供の頃、カバン等を手から離さずにいると 「シンデモ かばんヲ ハナシマセンデシタ」 と親からからかわれることがありました。 80年代ということになると、そういう言い回しを親から聞いて育った人たちが、また自分の作品に書く頃ではないでしょうか。

トピ内ID:2090603557

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悲しい実話が元

😢
えーきち02
キグチコヘイハ テキノタマニアタリマシタガ シンデモ ラッパヲ クチカラ ハナシマセンデシタ が、引用元でしょう 日清戦争で21歳で亡くなった兵士、木口小平の実話が元です。 ラッパ手だった彼は、敵の玉に打たれて亡くなっても口からラッパを離さなかったそうです。 それが美談として、戦前の教科書に載っていたそうです。 よほど有名なフレーズだったのか、戦前生まれの父母は何かにつけ 「死んでもラッパを離しませんでした」と言ってたので、私は引用元がわかって読んでましたよ

トピ内ID:1678555470

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日清戦争の英雄

041
戦争を知らない子
昔、陸軍の歩兵が敵に向かって突撃するときにラッパ手が進軍ラッパを吹き鳴らしました。 「突撃」命令を機に突撃する兵士の士気を鼓舞するためにです。 日清戦争のときに木口小平(きぐちこへい)というラッパ手がおりました。 木口は戦場で進軍ラッパを吹いている最中に敵の砲弾に当たり戦士しました。 しかし、死んでもラッパを口から離さずにいたことから、兵士の鏡として英雄に崇められました。 この逸話は明治時代から昭和20年頃まで小学校の修身教科書に掲載され、戦前の日本においては広く知られました。 キグチ コヘイ ハ シンデモ ラッパ ヲ ハナシマセンデシタ。 これが元ネタです。

トピ内ID:3412315404

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木口 小平

🐱
にゃー
日清戦争で戦死した陸軍のラッパ手です。 「○○は死んでも○○を離しませんでした 」 のフレーズはあちこちで使われてますね。 元ネタを知らない人がいたのか・・

トピ内ID:6381346414

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同様のレス多数と思われますが

041
ドラや菌
「木口 小平は死んでもラッパを離しませんでした」のパロディではないでしょうか? 木口 小平については検索してもらうとして、80年代のマンガに多くある理由は分かりませんね(笑)

トピ内ID:3030156570

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木口小平二等兵の話

041
しあん
日清戦争の折に、戦死した「木口小平」二等兵の話です。 彼は喇叭手(戦闘中にラッパを吹き鳴らし戦意を高める役割の兵士)でしたが、敵の弾に当たり死亡。 その際、死してもラッパを手放さなかったことが当時の軍国主義の日本では「英雄譚」として もてはやされ、昭和20年の終戦時まで小中学校の「修身」(現在の道徳)の教科書で 取り上げられており、そしてまた授業で必ず行われたお話です。 「キグチコヘイ ハ テキ ノ タマ ニ アタリマシタ ガ、 シンデモ ラッパ ヲ クチ カラ ハナシマセンデシタ。」 という文章が元ネタです。 私の母(75歳)は知っていました。 ちなみに佐々木倫子氏・青池保子氏は戦後の生まれでしたが、その親世代にとっては 大変よく知られた話でしたので、知っていても不思議ではありませんね。 (私が知っているくらいですので…)

トピ内ID:5520226324

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戦前によくあった話

🐧
アクアマリン
明治や昭和(戦前)の時代に、戦記物でよくあった話ですね~ ○○は、死んでも△△を離しませんでした。 当時、△△がラッパであったり、銃であったりと、いろいろなパターンが流行ったそうです。

トピ内ID:1985881372

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シンデモ ラッパ ヲ クチカラ ハナシマセンデシタ

💍
はるる
日清戦争で戦死した、ラッパ手の木口小平という兵隊さんが、銃で撃たれて亡くなっても、ラッパを口から離さなかった、という話が尋常小学校の教科書に載っていたそうです。

トピ内ID:1178128338

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戦前の有名な逸話

041
田中
「木口小平は、死んでもラッパを離しませんでした」 どうやら真実のようです。

トピ内ID:1368523953

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さっきの続きです

041
匿名希望
書き忘れました。 「死んでもラッパを離しませんでした」 この話は母から聞きました。 私は、「そりゃー、死後硬直したら離れないでしょう」 と言って、母をあきれさせました。

トピ内ID:6173756903

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それさっき二つとも読んだよ

🙂
ミーシャ子
でも、分かんないですけど。 昔話じゃないの? 山本周五郎の本で、敵に見つかると味方が全滅する恐れがあるため、水に潜ったまま石を抱きかかえて死ぬ、という話がありました。題名忘れましたけど。 そう言うことじゃないんですよね、たぶん。失礼しました。

トピ内ID:5521919627

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木口小平

041
くまま
日清戦争で戦死したラッパ手。 死んでも口からラッパを離さなかった として戦前の教科書に掲載された英雄。 八甲田山という映画の中では 軍旗を持ったまま凍死するシーンがあったように思いますが 定かではありません。

トピ内ID:2441598548

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戦争中の話

041
古時計
戦時にはいろいろまことしやかな美談が流行ったそうです。どうやらこれは兵士が死んでもラッパを手放さなかったというような美談だったらしいです。 80年代にすでにマンガを描いていた作者なら、このような特定の言い回しはことわざなどと同様に聞きかじって知っていたのでしょう。私も結構なトシなので、親から「三勇士」「撃ちてし止まむ」「欲しがりません勝つまでは」など当時よく聞いたらしいフレーズを聞かされました。

トピ内ID:0384257342

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