先月、母が亡くなりました。すい臓癌でした。半年の闘病の末、自宅で家族に見守れながら逝きました。
昨年の今頃は1年後には最愛の母が癌になり、そして死ぬと言う事が起きるなんて、全く想像していませんでした。
今年の4月の初めには医師から早ければ2週間位後、遅くても4月は越せないと言われました。本人は余命は知りませんでしたので、最期の最期まで諦めませんでした。
通院が出来なくなったため4月からは医師に家に来てもらう在宅看護にしました。在宅でしたので、すでに寝たきりに近い母のおむつ交換、座薬などは私達家族で行いました。1年前には元気に旅行とか行っていたのにたった短期間の内にこれだけ、見掛けも様態も変わってしまうなんて、別人の様でした。
しかし別人の様になっても最愛の母に違いはありません。もっと言えば母が無くなって火葬されるまでの私はずっと母の隣で寝ていました。遺体であっても居ると安心したのです。
壮絶な闘病(苦しみ、痛がり)は私のトラウマになり、今でもうなされます。最愛の人が痛みに悶ても自分は薬を入れるとか擦ることしか出来ない。何回も泣きました。母が亡くなった時、悲しいと言う思いと母がもうこれ以上苦しまなくて良いと嬉しさが出ました。どちらかと言うと母が楽になれたと言う気持ちが強かったです。母は生きている時、沢山の人に愛され、友達が一杯居て、旅行が好きで踊りが好きで、ピアノが好きで、いつもニコニコしている太陽みたいな人でした。それが人生の幕引きでは苦痛に顔を歪めて最期は目を見開いたまま死にました。こんなに良い人が最期何かの刑罰の様な長い肉体的、精神的苦痛の果てに死ぬなんて、世の中どうなっているんでしょう。自分は未だに立ち直れません。毎日、死んだような目で過ごしています。どうしたら気持ちが落ち着くのでしょうか?
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