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働く、仕事をするということは

レス19
(トピ主 2
041
さくらうめこ
仕事
最近、少子化がいよいよ深刻そうで、出産適齢期の若い女性が半分に減ってしまう、消滅可能都市が全国各地にあるという話を聞くと、どうしてこんなことになってしまったのかと思わざるをえないのですが、少子化問題が取り上げられることもあって、子育てそのものが一つの社会貢献だと考えている人がいるように感じています。一方、子育てが社会貢献なら、働くことだって社会貢献だ、仕事を通じて世の中のためになっているという考えを、働いている女性も持ちはじめているとも感じています。

自分が働きながら感じていることでもあるのですが、働いて稼ぐということ、自分が稼ぐために仕事をするということは、社会貢献と言えるのでしょうか。

大そうな話はできませんが、経済には競争原理があって、経済活動に参加する=企業などで働くことはすなわち、稼ぎを出す、利益をあげることに他ならないと思います。企業によっては社会貢献活動をしているかもしれませんが、あくまでもそれは利益還元的なもので、慈善事業、ボランティアだと思います。

ある起業家の人とお話したとき、女性の育児休暇の話をしていると、その人から「われわれは闘っているんだ」「生き残らなければならない」という話を聞かされました。その人の鋭い目線もあって、ハッとさせられました。日本は、多くの人が企業戦士として働いて働いて、経済大国に押し上げて来たという経緯があると思います。女の人が働くことは珍しくなくなっていますが、日本で働くということは、厳しい経済競争、いまではグローバル競争に勝ち残るためのなかで、働いているとも言えなくないとも思います。

医療など生きていく為に欠かせないもの以外であれば、経済活動は富の奪い合い、技術の向上が社会の進歩に寄与することはあっても、環境を破壊する場合もあり、働くことがすべからく社会貢献になるとは言えないと思いますが、どうお考えになりますか?

トピ内ID:0135213658

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ボランティア活動の基準で測ればそうなるでしょう

041
望遠鏡
どのような社会への、どのような貢献を指すかで、社会貢献しているかどうかの判断基準は変わるでしょう。 ボランティア活動は、市民への無償労働による社会貢献であり、無償労働が判断基準になっています。 が、すべての社会貢献に同じ判断基準が適用されているわけではありません。 トピ文冒頭にある女性の社会貢献は、日本労働市場への、労働力供給による貢献、ですよね。いつどのような労働力を供給するか、が、貢献度を測る基準です。無償労働であるかどうかという、ボランティア活動の基準は適用されません。 企業活動は、日本経済市場への外貨獲得に関わる貢献、で社会貢献度を判断されるしょう。そのため、無償労働や環境破壊度はこの貢献度を測る基準にはなりません。企業が実施している慈善活動や環境破壊防止活動は、企業そのものに適用されている社会貢献度とは別の基準で、付随的な評価に取り入れられているのみです。 このように、社会貢献度を測る基準は様々です。 ボランティア活動の基準でトピ主様が女性の社会貢献を測るならば、ボランティア活動のみが社会貢献度の高い活動となります。

トピ内ID:0514742566

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望遠鏡様

041
さくらうめこ トピ主
ご意見をくださり有り難うございました。 社会貢献の尺度は様々にあり、何をもって社会貢献というかは、人それぞれの解釈になりましょうか。 子育ては社会貢献だ、働いているから社会貢献しているというのは、それぞれの傲慢ではないかと感じています。といいますのも、子育てすることも、働くことも、社会を成立させるためには必要不可欠なもので、それ自体自然なことだと思うからです。あえてそれを作り出して、貢献しているんだというような意識を持つのは、違うのではないかと思うのです。 第三者が、何かしらの尺度で貢献度が高いなどと分析することはあっても、そもそも自然体であるべきものを、自らが貢献しているんだと主張するのはいかがなものなのでしょうか、と感じているところです。

トピ内ID:0135213658

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主張するのはいいのではないでしょうか

041
望遠鏡
>自らが貢献しているんだと主張するのはいかがなものなのでしょうか 別にいいのではないでしょうか。例えば、社会貢献したい、と、感じてボランティア活動に従事し、俺は社会貢献している、と、言うことに意義はありません。 >あえてそれを作り出して、貢献しているんだというような意識を持つのは、違うのではないか 数ある社会貢献の指標の一つとして取り上げることで、ボランティア活動も社会的地位を得ました。 作り出して意識すること自体は、問題ではないと思います。 尤も、その基準を他人に当てはめて、私の社会貢献基準では、あなたは社会貢献してい「ない」、というときには、相応の相互理解の結果でなければ受け入れることはできません。自分は社会貢献している一方であなたは社会貢献していない、という時や、自身の貢献を強くアピールしすぎて相対的に相手を下げてしまうときも同じでしょう。トピ主様が傲慢に感じるのは、このようなときではないでしょうか。 この論調の方は、自分に都合のいい基準でのみ議論して、本来議論に必要な相手の基準を無視しています。そういう主張は、議論が深まらないため価値を持たないと考えています。

トピ内ID:0514742566

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ニーズと手段によりますね。

041
傀儡課長
民間で働いている人(組織)は、結局のところ、顧客である人(組織)のニーズを満たすために働いています。 その顧客のニーズが正当なものであれば、そのニーズを満たすために正当な手段で働く行為は社会貢献と言えると思いますが、 ニーズを満たすための行為が反社会的なものであったり、顧客のニーズそのものが反社会的であれば、そのニーズを満たすために働く行為は社会貢献とは言えないと思います。 例えば、アンパンを食べたい人に、アンパンを作ってあげて代金を貰うのは社会貢献ですが、 どこかから盗んできたアンパンをあげて代金を貰うのは、正当な手段ではないので社会貢献ではありません。

トピ内ID:1678059606

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教えてください 1

041
nekoneko
正直、「子育て」を、経済活動が社会貢献なのかという問いに絡める論理がよく分からなかったので、的外れかも知れませんがまず私の考えを。 経済活動が社会貢献かどうかを考えるには、まず「社会貢献とは何を指すのか」がもう少し明確でないと結論が変わるのでは?確かに企業活動の副産物である公害は人間に有害ですから、これが『貢献』ではないと捉えるなら、全ての経済活動が必ずしも社会貢献とは限らない、ということになります。 しかし、社会貢献を「人間の生存や営みを維持向上させることに何らかの役割を果たしていること」と考えるならば、あらゆる経済活動はそれを欲しいと思って対価を払って手に入れる人がいる以上は存在意義がある訳ですし、例に出た公害のような、企業活動の負の結果もまたそれを処理する新しい仕事や技術を世の中に生み出すきっかけでもあります。 私がトピックを拝見してすぐに思ったのは、後者ですね。

トピ内ID:9686465888

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教えてください 2

041
nekoneko
よく分からないのは、主様がはっとしたという女性の話。企業活動の文脈からいうと、戦っているのは性別も子供の有無も関係なく、働く人全てでは?その女性がもし「子供を持つ女性は戦っている」というのなら、相手は男性?子供のいない人?同業他社? 企業は利益を上げなければ存続できませんから、戦うことは当然です。しかし戦うことは社会貢献ではないのでしょうか?暴力による戦いではなく、むしろ「競争」といった方が相応しい戦い方であっても?先ほども書いたように、一企業で働く『自分』を基点に考えれば、敗者は市場を去るのみの厳しい競争は「社会貢献」とは思えないでしょうが、競争することでその分野の人間の生活がより豊かになるのであれば、やはり競争は社会貢献活動の過程なのではないでしょうか? そこに、『子供を持って働く女性は~』の特別視は、関係ないと思いますが・・・・? よろしければその方の発言になぜはっとしたのか、教えてください。

トピ内ID:9686465888

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もう少し 3

041
nekoneko
もう少し失礼します。 >働いて稼ぐということ、自分が稼ぐために仕事をするということは、社会貢献と言えるのでしょうか。 多分これはサラリーマンで仕事をしている場合の疑問かと思うのですが。 結果的には、社業を通じて社会貢献していると思います。自分には全くその意識も意図もなくとも。そして自分が実際にやっている業務が、いわば「会社の為にはなっている」が「社会の為」にはなっていない場合でも。更に、誰にでも代替可能な、平凡な仕事でも。 先にレスした通り、私の考えはあらゆる経済活動は広い意味では社会貢献だと思っています。そしてその企業が業績を出す=世の中の人からお金を払うに値すると思われる活動をする為に、社業は細分化され、最後はマンパワーでこなす作業にまで落とし込まれます。 仮に主様がやっている業務が、例えばデータを打ち込むだけの単純作業だとしましょう。それ自体では何も社会に貢献していません。では無くなっても構わない仕事なのか?といえばそうではなく、あなたの後任を見つけますよね。

トピ内ID:9686465888

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もう少し 4

041
nekoneko
その人に給料を払う、そもそも後任を見つけてくるということ自体、あなたの会社がその仕事を必要としている証拠です。(あくまでも、主様や後任の人を必要としているのではなく、そのデータ入力の結果が必要なのですが。) 主様には社会貢献のつもりなどない。やっている仕事も、あくまでもその会社では必要とされているデータだけれどそこ以外の世の中では全く無価値。 でも結果的には、あなたの会社が世の中からお金を払ってでも買ってもらえる製品やサービスを提供しているのは社会貢献だし、その会社がそれを出来るのは主様始め多くの従業員が、『自分の為であって社会の為のつもりなどない会社の業務』をやったから。そういう人がいることで、企業は社会貢献を出来ています。 「企業活動は戦いだ」と言った方がいたエピ。 私の読み間違いだったかも知れません。そのように言われた方はむしろ「必死の戦いなのだから、戦線離脱やむなしの産後育児女性に権利や保護を与えるのは不当だ」という意図で仰った、ということでしょうか。 もしそうだったとして。

トピ内ID:9686465888

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もう少し 5

041
nekoneko
同じ女性の立場で、残念ながら産休や育休については、原則はその方の仰ることに理があると思います。 というのは、自然界の摂理で見ても、生物はすべからく出産や育児に親の拘束が必要だからです。鳥も卵を温め孵化させ、もう一羽は餌を運んできます。魚も種類によっては、口の中に卵を入れて保護し、孵化したら放ちます。但しオスメスどちらがその役を担うかは、適応の形によって違うのでそこに原則を求める必要はありませんが。 残念ながら人間は妊娠期間と出産後の育児の時間が、他に比べて突出して長いのです。それは進化的に進んだ種ほど長くなる傾向があります。 鳥や犬猫なら子供が一人前になって親から独立できるようになるには1年かかりませんが、人間は単純に肉体面だけで考えても、性成熟が完成し知的体力的にピークを迎えるまで20年弱ではないでしょうか。 人間社会が動物のように原始の狩猟採集生活なら、そこで育児は終わりですが、実際は貨幣を介在させて知性で価値を創造しそれを売り買いして生業を立てています。ですから教育期間も長くコストもかさむし、20年経っても親の庇護は必要です。

トピ内ID:9686465888

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もう少し 6

041
nekoneko
動物ですら1年で終えている育児を、人間はもっと長期間やらなければなりません。しかも当然餌さえ運んでくればよいという単純な育児ではない。 そう考えると、20年とは言わずとも、何年もかかる育児に24時間のうちの大部分を割かなければならない人間に給料を与えたり社会保険を負担したりしなければならない企業は、体力がなければそうも行かないのではないでしょうか? もしそこを恨むのであれば、少し身勝手かな?とは思います。 あらゆる企業活動が社会貢献であるのと同様、出産育児だって社会貢献でしょう。 ですが、お金=利益を生み出さなければ、社会貢献=社業が出来ない、いや、法人の存在自体が淘汰されてしまうという経済市場上での「社会貢献」と、男性と女性が情愛で結びついて子供を産むという「社会貢献」は、「出産育児して社会貢献しているのだから、企業は自社の社会貢献活動の一環に育児者も貢献していると見なして、相応のコスト負担とて保障をしなさい」というのは、何か問題の土俵が違うような気がします。

トピ内ID:9686465888

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価値の創出

041
sakura
私は金融という資本主義競争社会の最たるものみたいな業界で働いてますが、社会貢献するというのは新しい価値を創造することだと思っています。 ですので、お金をもらっている仕事でも、ボランティアでも、子供を産み育てることでも手段は違えど、今までにない価値を創造できれば、社会、文明、ひいては人類の生存に貢献していることになると思います。 何を価値だと思うかというのは主観なので、あるところでは価値を生み出している物が別のところではマイナスになっている(環境破壊など)というのは自然の原理で、人間の歴史は価値と同時に作り出された問題を解決してきた歴史とも言えるかもしれません。 先進国では衣食住が満たされているので、食べていくために仕事をするだけではなく、その意味や貢献を考えるのは普通のことです。誰でも自分の行動が社会に貢献していると考えて生きたいんです。それをあえて口にするかどうかは別として。 子育てについては、新しい人間を生んで、社会の生産的なメンバーになるまで育て上げるというのは究極の社会貢献なんじゃないかなあと思っています。

トピ内ID:8580238618

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たびたび失礼します

041
nekoneko
主さんからのレスがあったことに気づきませんで、失礼しました。レスに質問の意図が書かれていたんですね。 私なりに要約すれば、『働くのは自分の生活費の為だし、子供を産むのも自分が欲しいから産んでるだけ、なのにそれを自分から《社会貢献》なんて偉そうに言うなよ!』ってことでしょうか。 まぁ、先に書いたように、仕事するのも育児も社会貢献には違いないと思います。少なくとも私は子供がいない立場なので、そういう人間からしたら子育てしてる自称「社会貢献してる」人のやってることは、否定できません。 ただ先にも書いたように、よほど高邁な精神の持ち主でなければ、働くことも子育てもたまたま自分の欲望が社会の利益と一致したからそんな風に大口叩いてるだけで、実際はそんなこと考えずに自分のしたいことをしてるだけなんですよね。 そういう行為は、傍で見ていて嫌らしいだけなんです。別に間違ったことを言ってる訳でもないし、屁理屈で捻じ曲げてる訳でもないし。ですから「主張するのは如何なものか」について言えば、主張したって良いんじゃないでしょうか。ただ、その人の浅薄さが透けて見えるので本人の得にはなりませんが。

トピ内ID:9686465888

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何がいいたいの?

041
匿名希望
消滅可能都市はそもそも人口が少なかったと記憶しています 海外の子育ての話を見聞きするとどうしても日本は 女性ばかりに負担があると感じています 今、話題のPTA 両親どちらが参加しても構わない と言いながらも、仕事は役員をしない理由に値しない と専業主婦が豪語します 自分の夫の仕事は許されるという矛盾 子供が病気等の場合、仕事を休むのは圧倒的に女性 なぜなら、母親だから、夫の会社に迷惑をかけるわけにはいかない と、女性が女性の首を絞めていて、なおかつ 男性が、育児は女の仕事である という意識があまりにも強い気がします。 育児休暇の取得率を見ても男女さは一目瞭然です

トピ内ID:4167179531

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社会貢献の中身は?

041
相談員
子育ても、就労も社会貢献でしょう。 個人的には、就労により税金を納めるので、就労は社会貢献であると考えます。 社会を維持し、継続するエネルギーは税金です。 就労者が納めた税金で社会が回るのです。 だから、働いても脱税してれば、社会貢献していないと考えます。 子育ては将来の納税者を育てるので、社会貢献だと思います。 現在の少子化の原因は、女性への過負荷だと思います。 第二次ベビーブーマーの女性は、男性と同様に働くことを求められる反面、家事、育児の負担は課されたままでした。 結果、多くの女性が出産を諦めたり、子供の数を制限しました。 彼女たちが出産年齢を過ぎてから、社会は事態に気づき、子育て支援を始めました。 一番大きな母体が産めなくなるまで対策を講じなかったのは、社会の失敗でしょう。 本来、子育ては完全に個人的なことであり、社会貢献とは関係がなかったはずです。 女性が働ける環境が整った今、子育てが社会貢献と捉えられることは望ましくありませんが、仕方がないのでしょう。

トピ内ID:6659612985

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でも働かないと社会が回らなくなりますよね

041
ゲデレ
経済社会ですから物やサービスが生産され消費されないとお金が回らず社会が発展しなくなります。 給与に対し税金が課せられさまざまな社会サービスが成り立っています。 確かに当たり前のことですが、その当たり前を成り立たせるために人々の経済活動が必要不可欠なわけですから、経済活動に参加することで社会に貢献していると思ってよいのではないでしょうか。 と、毎月引かれる税の額を見て思っています。

トピ内ID:8824520960

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トピ主

041
さくらうめこ トピ主
nekoneko様 sakura様 匿名希望様 ご意見ありがとうございます。 何かいいたいことがあるというより、誰かの「社会貢献」を聞くたび、モヤモヤするのです。 自分が大切であるということが生きていくなかで尊重されていると思います。他人、他者がどうであっても、まずは自分の幸せということも、尊重されていると思います。 働いて収入を得たり、結婚して子どもを産むことは、他人や他者がどうというのではなく、自分のためにそうしているはずなのに、働いて自分は社会貢献している、子育てして自分は社会貢献している、というのは違うのではないかと思っています。なんで、わざわざ社会貢献していると主張するようになったのだろう。 わたしも自分が働くことは社会の何か役に立っていると思ってきました。ですが「われわれは闘っているんだ」という起業家の人と話をしたとき、働くということはもっと厳しく、社会貢献的なものと違うのではと感じたのです。産休の制度を整える努力はしているが、われわれは生き残るために闘っている=働いている以上、産休や時短勤務の制度を整えることは、現実的には厳しいという話のなかのことでした。

トピ内ID:0135213658

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学生の私から

🐧
hime
社会貢献の定義を書かないと議論にならん。 おわり

トピ内ID:3894852741

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闘っているのは起業家だけではないですよ。

041
望遠鏡
>われわれは生き残るために闘っている=働いている以上、産休や時短勤務の制度を整えることは、現実的には厳しいという話 「われわれ」って誰を指し、誰が「生き残る」ためか、って、考えていますか? 起業家は事業拡大のために、労働者は労働条件獲得のために闘っていますよね。起業家が上記のように言うのは雇用者として当然のことだと思います。「われわれ」にトピ主様は入りません。ですから、私たち労働者は、雇用者が用意する雇用条件に当たり前のように産休育休がつくものだと思わずに、雇用主から「生き残るため」の雇用条件を闘って得ることが必要なのでしょう。その闘い方の一つとして、社会貢献指標の一つにすることで企業の社会貢献指標に付随させて雇用側に意識させる、という手法があるのでしょうね。 >なんで、わざわざ社会貢献していると主張するようになったのだろう。 生き方が多様化した社会で、自分の選択に自信のない人が、自分の選択の正当性を裏付けるためのよりどころにしている、と感じます。本来の用途とは違いますが、この言葉が社会的地位を得るための浸透には貢献しているでしょうし、彼らは不安なのだから良いのでは?と、思います。

トピ内ID:5585718898

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能力を生かす

041
みき
トピ主さんの問いたい事がはっきりとはわかりませんが、書かせていただきます。 働く事は個人の経済活動でありますが、既に書かれていますように、世間のニーズで経済活動は成り立ちます。 世間は何を求めているのか?能力のある人です。 能力のある人は、投資に値しますから、育成してでも社会に貢献させたい、これが世間のニーズであり、国策でもあります。 国公立大学が廉価で門戸を開き、国費で育成をする、それがその一端です。 私は子育て中の女性ですが、分野にもよりますが、仕事において男女の能力差などありません。 私の働く分野ではむしろ男性が圧倒的に多いにもかかわらず、会社では私が一番実績をあげ、客先のニーズがあります。 何故、男性はもっとやらないのか?たまたまでしょうが、能力不足なのです。 富の取り合い?いえいえ、そこまで達していないだけでしょう。 よって、人は男女にかかわらず、能力をもって、世間に貢献すべきでしょう。もちろん、子育ても能力ですから、範疇は同じです。

トピ内ID:5871011820

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