今年32になる二児の母です。私は母が39歳の時の子です。昔にしては高齢出産でしたが、とても若く美人な母でした。彫りの深い整った顔に、濡れ鴉の様に真っ黒で真っ直ぐな黒髪ロング。父は土木作業員。重機の腕はいいが、それ故傲慢で我儘で、昔はよく居たモラハラ亭主関白です。
母はギリギリ戦争を体験して居ます。母は早くに両親を病気で亡くし、以後二人の姉と力を合わせ生きてきました。中学時代に集団就職し、20代は仕事を何個も掛け持ちしました。
私と兄が生まれてからは、近所の工場で肘が腱鞘炎になるまで働き、私が小学2年の時、家計の為に父と同じ会社に勤め始めました。小柄な母には本当に重労働だったろうと思います。それに加え、家でも職場でも父からの容赦ない罵倒も精神的に応えたと思います。
手モデルの様だった手はどんどんゴツくなり、綺麗なロングヘアをショートにし、色白の肌はすっかり日焼けで真っ黒になりました。
4年後には、他の男性従業員に負けない為、仕事の幅を広げる為、夜間の教習所に通いショベルカーや10tトラックなどの免許を取りました。
私が高校の頃は車で1時間かけて夜の皿洗いのバイトを掛け持ってました。
私が専門学校の頃には、土木は辞め、パーキングエリアの清掃の仕事につきました。この職場が仕事内容にも仲間にも一番恵まれたと思います。
一時退社しましたが仲間の協力もあり1年後に復職し今年71になる母は、今もそこで働き続けて居ます。
もうリタイヤしたら?と言うと『家に居ても息が詰まるし、どんどん老け込む。無職は辛かった。子供や孫の為に働くのが生き甲斐だ。』と言います。どこまで本気で強がりなのか。
こんな仕事づくめの人生でお母さんは幸せだったの?
子供の頃は寂しい時もあったけど、私も同じ母になり、私には真似できないなと、お母さんの偉大さと強さを尊敬しています。
皆さんの働く母の話、聞かせてください。
トピ内ID:7085414449