本文へ

応接間、ありますか?ありましたか?

レス38
(トピ主 1
041
緑電話
話題
以前「玄関に電話、ありましたか?」のトピをあげた緑電話(50代)です。 今回は応接間・客間の昔の記憶を思い出して、質問したくなりました。 小学生の頃、短い期間でしたが友達の家で一緒にピアノを習っていたことがあります。 その家の応接間にピアノが置いてあり、先生が来て順番にレッスンを受けていたのです。 当時の私が住んでいたのは社宅で、今で言えばメゾネットタイプなのですが、 狭くて応接間など無かった家です。 その友達の家は玄関を上がってすぐの所に応接間があり、 ピアノ以外にテーブルとソファ、オーディオセットがあり、本棚にはディズニーの本が並んでいました。 その友達とは違う子の家にも、やはり玄関脇に洋間の応接間がありました。 テーブルの上に高そうな(たぶん)大理石の灰皿とライターのセットがあったのを覚えています。 どちらの家も一戸建てでごく普通の一般家庭という感じです。 でも他の居住面積を割いてでも応接間を作るのが、当時は主流だったのでしょうか? 最近はよほどの豪邸でもないと、応接間って作らないような気がしますがどうなのでしょうか。 ちなみに我が家も一戸建てですが、応接間はありません。 そういえば実家は二階に和室の客間がありました。 客を招く機会は滅多にないのですが、応接間があると慌てて片付けたりしなくてもいいし、 生活感の無い部屋がひとつあるのも実は合理的なのかな、と思ったりもします。 皆さんの家には応接間がありますか? そして過去の自分の家や知り合いの家はどうでしたか? 応接間や客間に関わる思い出なども聞かせていただけたら嬉しいです。

トピ内ID:0676159040

これポチに投票しよう!

ランキング

レス

レス数38

このトピックはレスの投稿受け付けを終了しました

ありましたよ

🐤
匿名
60歳です。 実家は都内23区。 祖父母もいました。 大きなソファー、サイドボード、書棚があり、当時は珍しい立派なステレオがありましたが、小学生の時は、この応接間には出入り禁止でした。 (高校生の兄は許可されていて、友達が来ると応接間でお茶をしていました。とても羨ましかった) もちろん、ステレオはクラシック好きな父のもので私がレコードをかけるなんてもってのほか。 友達が来ると、応接間に行きたがって、それを断るのが本当に大変でした。 いじわるしているみたいでね。 父の仕事関係の人が来る事が多かったので、大切な部屋だったのでしょう。 だから仕方なかったけど。 さて、結婚した今。 義父と同居なので、客間(和室)があります。 でもあまり使わないな。 お客が来てもリビングで間に合うし(苦笑) 子供が小学生の時、家庭訪問の担任を客間に通したら、畳で申し訳なかった。 「足、崩してくださいね」と言ったのだけど、ずっと正座されていて・・・ 私は正座も平気だけど、今時の人や生活には合いませんね。

トピ内ID:0119374246

...本文を表示

母の実家は農家

😀
68歳
土間の横に応接間を作りました。 ビロード生地のソファーがあり、ハイカラでした。 ところが、 この応接間は、ぽっちゃんトイレの横でもあり、大変不評でした。 昭和の香りがします。

トピ内ID:6721351840

...本文を表示

応接間はありますが、客間はありません。

041
アコ
応接間と仏間はあるのが普通だと思っていました。 ほとんどのご家庭では居間兼応接間なんでしょうね。 うちも応接間は来客がない時は家族で使ってます。 (ほとんど父がテレビを見るくらいですが) しかし、我が家も実家も客間はありません。 お客様が泊まられる時は仏間になります。

トピ内ID:5755465578

...本文を表示

持ち家ならあり

041
40代です
洋室でソファの家と、和室で座敷の家とがありましたが、持ち家ならどこでも客間があったように記憶しています。 田舎だったからかもしれません。 祖父母同居の家や、親戚や近所の人が遊びに来る家が多く、客間が無いと他の家族に迷惑だったりお客さんに失礼だったり。 親戚が泊りに来たときも客間で寝泊まりしてもらうのが普通でした。 今は家族の人数が少ないし、親戚が泊りにくる機会も減っていて、あえて別室を用意する必要性が薄くなってきているのかも。

トピ内ID:0417314820

...本文を表示

ありました

041
昭和の子供
はいはい、ありました。 そして現在、【建物の構造は変わっていない】にもかかわらず、応接間はありません。 以前の応接間は居間になっています。 以前の居間は空き部屋になっています。 遊んでいる部屋があるのに、なくなってしまった応接間です。

トピ内ID:8784799673

...本文を表示

私の身の回り事情

041
しま
現在、一戸建てに住んでいますが、洋室の応接間はありません。 玄関横に仏間(6畳和室)はあるので「生活感なく片付けずに通せる客間はある」という状況です。 応接間を作らなかった理由は、殆ど来客がないからですが、 仮に作りたくても、土地が40坪しかなく建坪も部屋数も限られるため無理だったと思います。 実家は、一戸建てで、玄関左に洋室の応接間がありました。というか、今もあります。 子供の頃は、ごくごくたまーに客間として使われることもありましたが、 基本的には、カラオケやピアノ室として使用されてました。 今は父の書斎になっていて、客を通すことはありません。 お客は、今も昔も玄関右にある和室(8畳)に通します。 和室は仏間(8畳)と続きになっていて、大勢来るときは大広間にして使います。 友達の家や親戚の家を思い出しても、皆以下のような感じ。 洋室の応接間があって、それとは別に2間続きの和室と仏間がある。 たいてい100~300坪くらいの土地に、離れもあったりで、平均8~10LDK。 現在は応接間に客を通さず、和室へ。 応接間は物置か、家族の書斎と化している。 (お金持ちじゃなくて庶民です)

トピ内ID:4355141457

...本文を表示

実家は商売していたのでありました

あのー
そして今では犬の部屋になっています。 変われば変わるものです。

トピ内ID:4787174777

...本文を表示

あります。

041
ミント
40代後半です。 実家ですが、昭和40年代中頃に建てた家は、応接間がありました。 家具調のカラーテレビ、応接セット、当時はクーラーがついていて、 玄関から客人が入るためのドアがついていると、家人がお茶を出すためキッチンに近いところにもう一つドアがありました。 また、食器棚にはカクテルグラスやリキュールグラスなどが収められ、各種リキュールの瓶も飾られていました。 応接セットのテーブルの上には、煙草をしまっておくケースとライター、灰皿がレースのテーブルセンターの上に置いてありました。 現在の実家は建て替えて、玄関横に和室と応接間がありますが、客人は和室に通しています。 LDKの隣に扉で仕切られて応接間がついています。 和室も8畳二間で、南側には広縁がついていて、南北の掃出し窓を空けると、気持ちの良い風が入ります。 南側の和室と広縁は雪見障子で仕切られています。 応接間があっても、最近は和室の方がいいみたいです。

トピ内ID:9041816871

...本文を表示

まあまあ大きなうちにはあった

041
心がけ次第
トピ主さんの仰るような洋間で、ソファ、オーディオやピアノが置いてありました。 そもそもの日本家屋だと、「客間」と呼ぶふだんはあまり使わない畳敷きの部屋があったと思うのですが、 現代の狭い家ではリビングダイニングの形が普通になってますよね。 使わずに寝かせておく部屋を存在させる余裕がないのだと思います。 「応接間があると慌てて片付けたりしなくてもいい」とはいえ、普段使わない応接間は最終的には「物置同然」になるような気も・・・

トピ内ID:6510958548

...本文を表示

実家にありました。

041
れい
アラフォーです。 私が3歳のときに家を新築したのですが、その家は和洋折衷の平屋建てでした。 引き戸の玄関を入ると、右手に8畳ほどの応接間。 応接セットとアップライトのピアノとステレオセット(レコード)がありました。 ごく普通のサラリーマン家庭ですが、確かに高そうなタバコセットもありましたね。 金色のライターを分解して遊んで、怒られた記憶があります。 今の私の家も戸建てです。応接間はありません。 客間は一階にあります。何も置いていない和室が2部屋。この何もない空間、すごくいいですよ。

トピ内ID:9161357690

...本文を表示

1970年生まれです

ぬわーっ
私の子ども時代は、応接間が流行っていました! 首都圏の新興住宅地でしたが、私の家にも、近所のお友達の家も応接間はあった気がします! ずっしりしたゴージャスな灰皿、ウチにもありました。ガラス製でしたが(笑) 応接間に置ける、家人のための家具はピアノ。 ピアノの上にはガラスケースに入った日本人形か西洋人形。 飾り箪笥の中には、父さんの吸ったたばこの袋で作った傘、そして北海道土産の木彫りの熊。 もしくは、瓶に入った爪楊枝船。 これらは、あちこちのお宅で見かけました。 電話は、応接間でもよさそうですが、来客中に電話があると奥さん困っちゃうから主に玄関に電話がありました。 電話の下にはレースの電話台。黒い電話機には、フリルとレースでオシャレしていました。 今は、玄関口対応かもしくはリビングに招き入れることが多いですね。 時代の流れを感じます。

トピ内ID:9934317375

...本文を表示

私の実家の話

041
名護屋
昭和47年頃に建てられた元実家には応接間がありました。 実家は田舎の農家で土間があったので、土間から出入りできる玄関、かしこまった正式な玄関、 その中間のカジュアル(?)な玄関の3つがありました。 かしこまった玄関のすぐ目の前に応接間と家族が呼ぶ洋間がありました。 でも応接間と廊下を挟んだ逆側に多分25畳位の和室もあったので(一間8畳、もう一間が16畳かな)、 来客があると和室に通していました。 応接間には大きい本棚があり、いろんな種類の百科事典や本やワインやウイスキーの瓶が 飾ってありましたね。 応接間と呼んでいましたが、そこはほとんど誰も使っていませんでした。 5、6人が掛けられるソファーと高級そうに見えるテーブルがありましたが、実際には 物置き部屋だったような。 国による土地開発で10年ほど前に親が持っていた別の土地に引越し戸建てを建てて、 その家には応接間はありません。

トピ内ID:9834199528

...本文を表示

今回も参加させてくださいね

💔
お久しぶりです
前トピで参加した玄関に電話のあった家(実家)にはありませんでした。 4畳半と6畳とキッチンしかなかった社宅から、小さいながら一戸建てに引っ越したときは嬉しかったのです。 だけど、応接間のある家はお金持ちのようで羨ましかったですね。 私の中学卒業のタイミングで、ちょっと大きい一戸建てに引っ越しました。 現在の実家です。 その家には応接間が玄関に近い場所にあります。 照明もシャンデリアタイプを付けて、ソファとガラスのテーブルも置きました。 お金持ちになったような錯覚が出来てうれしかったですね~ 妹と離れて自室も出来て、客間もあって・・ 応接間と客間さえ片付いていれば、家中を掃除しなくても人を呼べますよね。 夫が、親から私との結婚の承諾を得た応接間。みんな緊張してました。 いつの間にかソファは父の定位置となり、私の子ども達といつもテレビゲームをしてました。もはや応接間ではないですね。 父の癌闘病中は、応接間のソファを減らして介護ベッドを置きました。 マメな父は、自分の手元に必要なものを色々と設置していました。

トピ内ID:2034826847

...本文を表示

実家にありました

041
ひよこんぶ
応接間で中学生の頃、家庭教師の先生に勉強を教えてもらっていました。 両親はお客様が来られたら応接間で対応をしていました。 建て替え前の応接間は床一面絨毯で過ごしやすかったんですが、建て替え後の応接間は床が石で絨毯を敷いているものの、しんしんと冷たさが伝わって母希望のマントルピースも却下され(デザイナーさんと父に) 居心地はあまり‥という感じです。 全体的にシックです。 対面の壁は全て温室ガラス窓なので光の取り込みは綺麗です。これは以前の応接間もこの形でした。 友人宅は応接間にピアノ置いてありました! 我が家はピアノは食堂に置いていました。 家々で違うんだなぁと思いました。

トピ内ID:5749406277

...本文を表示

実家にあります

041
u
実家は田舎でとても広い家です。中庭と庭にそれぞれ池もあります。応接間もあります。実家は自営なので、よくお客さんがきます。みなさんそれなりの方たちなので居間に通すわけにもいかず、応接間は絶対必要だと思います。応接間は昔のつくりなので大理石でできていて、なんちゃって暖炉もあります。 私はつい最近結婚して、今は自分たちの新居を考えています。都会に住んでいるので一戸建てを作るのに精いっぱいで、応接間は無理そうです。それに、お客さんがあまりきそうに無いのでいらないかな、っと思っています。友人はちょくちょく来ますが、友人を応接間に招くのはちょっと。。 あと、お茶やお菓子を用意して応接間に運ぶのはちょっと面倒です。居間ならキッチンからすぐなのでよいのですが。 周りで応接間がある家は一軒しか知りません。その知り合いの家は都会の高級住宅地にあるのですが、応接間は勿論、ゲストルーム(ベッドルームとバス、トイレ、簡単なキッチン付き)もあり、実家とは全然レベルが違います。

トピ内ID:9425134075

...本文を表示

連投ごめんなさい

💔
お久しぶりです
実家は母と妹が住んでいますが、なかなか亡き父のものを片付けられずにいます。 まあ、私たち以外に訪問する人もいませんし応接間の機能は不要なんですけどね。 ちなみに夫の実家(現在の居住地)には応接間はありません。 田舎の”ザ・日本の家屋”なので、部屋も全て続き間です。 きっと、仏間が客間になるのでしょうか。。 でも、同居姑の持ち物で溢れています。 あと3部屋くらいはそんな状態です。 今は仏間に布団一組を敷くスペースがありますが、そのうちに埋まるでしょう。 あ~。ソファの置けるオシャレな生活に戻りたいな。。

トピ内ID:2034826847

...本文を表示

客間とか茶室

041
同世代
昔はダイニングキッチンではなく「台所」が独立した空間だったので、「応接室」とか「客間」など生活感のない部屋が作りやすかったのではないでしょうか。 私の印象では「応接室」はソファのあるウエスタンスタイルのお部屋で「客間」は床の間と座布団、座卓のある和室です。 お茶釜の置ける「茶室」も普段あまり使わず、お客様がいらした時に使ってました。 今のアパートはオープンキッチンなのでとても生活感のあるリビングルームにお客様をお通ししています。

トピ内ID:6530024767

...本文を表示

あった!

041
クマサン
我が家にはなかったけど。笑  和洋折衷のような家にはありました。1960~1975年くらいに流行ったのでしょうか? 玄関脇に小部屋があって応接セットがありました。普段は使っていなくてお客様がいらした時に使われていたようです。わたしたち子供が入るのをあまり良くは思っていなかったでしょうが絶対入っちゃダメ、とも言われませんでした。 いまはリビングルーム、またはリビングダイニングでお客様を迎えるのですから ちょっと前は贅沢だったですよね。ただし子供部屋は兄妹 姉弟でも同室で大きくなってからその応接ルームを子供部屋へ変更するお家も多かった気がします。

トピ内ID:7740892129

...本文を表示

分かります

041
さいど
確かに、昔のお宅を訪問すると玄関のすぐとなりに洋室の応接間がありましたね。 古い親戚のお宅などはそんな感じの家が多かったです。 大抵、西洋人形か日本人形も置いてあったような・・・? ちなみに我が家ですが、最初に住んでいた戸建ての家には客間がありました。 玄関のすぐとなりではなかったけど、玄関から一番近い場所にありました。 現在のマンションにも客間があります。 でも、来客があってもリビングにそのままお通しするので、使ったことはありません。 でも、一応常に綺麗にシンプルに保っています。

トピ内ID:8393036001

...本文を表示

ありました

041
ケルン
一戸建ての時はありました。和室と洋室の応接間が。和室は座卓以外に何も置いていませんでした。洋室には所謂、応接セットという椅子とテーブルがあり、やはりそれ以外、何も置いていませんでした。いつもは使わずにお客様が来た時に通す場所でした。お食事を出すような時は和室、その他は洋室を使っていました。リビングはあくまでも家族が寛ぐ場所でしたね。今はマンションに移ったので、リビング兼応接間って感じです。今でもセレブな戸建てではあるのでしょうね。懐かしいです。いい時代でした。トピさん、いいトピありがとう。

トピ内ID:0200744685

...本文を表示

応接間無いです

🙂
苺ケーキ
私の実家は商売をしていて応接間のスペースはなかったです 強いて言えば店先が応接間代わりですかね 近所の同級生の家も商売をしていたので応接間は見たこと無かった 私の小学生の頃テレビはアメリカの番組ドラマを見て洋式に憧れて居ました 長椅子とテーブルとレースのカーテンそしてピアノ…憧れでした

トピ内ID:9029910471

...本文を表示

ありました

041
おばさん
両親が44年前に家を購入したとき 玄関から一番近い部屋は洋室の応接間でした 狭いので、一人がけのソファー二つとテーブル ピアノ、本棚で一杯一杯の部屋でした 本棚には、文学全集や百科事典が置いてあって ピアノの練習の後、応接間のソファーにかけて 本を読むのが習慣になっていました でも友達をその部屋に入れたり 食べ物を持ち込むのは禁止でした 私にとっては、特別で贅沢な空間でした でも、今思うと4人家族で3LDKの家に 応接間を取るのは無駄な間取りだったと思います 共働きだったのでお客など来ることはほとんどなく お客様として記憶に残るのは年に1度ぐらい尋ねてくる親戚と 家庭訪問の先生ぐらいで 一番その部屋をよくつかっていたのは 私だとおもいます 家を購入して、8年後に建て増しをして 部屋が3つ増えたので、それらが客間と応接間と私の部屋になり 元応接間が妹の部屋になりました 自分の部屋が出来てピアノの練習以外に応接間を使うことはほとんどなくなりました

トピ内ID:3519863762

...本文を表示

実家にあります

041
ノスタルジー
応接間…懐かしい響きですね。実家にあります。子供の頃ピアノを習っていたので当時は置いていました。ステレオも置いていました。他にはいわゆる応接セットのテーブルとソファー、照明はシャンデリアタイプで、子供心にちょっぴり自慢だったなぁ(笑)。応接間のソファーでうたた寝するのが好きで、母に「ちゃんと布団で寝なさいよ」と叱られたのを思い出します。 子供の頃は応接間って、なんか「特別な部屋」という感覚でした。結婚して今の家には応接間はありません。このトピを読み久しぶりに実家の応接間のソファーでうたた寝したくなりました。子供の頃を思い出し懐かしい気持ちになりました。トピ主様、ありがとう!

トピ内ID:9771168018

...本文を表示

実家にあります

041
echo
仕事柄、家の間取り図をよく見るのですが、そう言えば最近は応接間ってなくなったな~と、ちょうど思っていた所です。 実家はかなり古い家なのですが、まだ応接間があります。 自宅で商売をしていたので、お店と居宅部分の境の、居宅部分の玄関脇の8畳ほどの洋間が応接間です。 今は店も畳んだのでがらんとしていますが、昔は籐製の応接セットを置いて、仕事上のお客様が来るとそこにお通ししていました。 また、小学校の頃は友人を招いたお誕生会や家庭訪問、兄と一緒に勉強を見てもらっていた家庭教師の先生との勉強も、応接間でした。 雛人形や五月人形を飾るのも応接間でしたし、引き戸で居間と廊下を介して続いていたので、親戚が大勢集まると戸を外してみんなで飲んだり食べたり、賑やかでしたね。 祖父母も亡くなり、親戚が集まることもなくなりましたが、少し前に兄達と実家に帰った時、応接間の物入れで小さい頃に遊び倒していたレゴブロックを発見しました。 懐かしくて兄達とつい遊んでいたら、あっという間に夕方。 半日ほど出掛けて帰宅した両親に、いつまで遊んでいるの!と、子供の頃のように40過ぎた3兄弟は怒られました(笑)

トピ内ID:2427857608

...本文を表示

懐かしい~

041
くじら公園
応接間という言葉じたいを久しぶりに見ました。 昭和40~50年代、一戸建住宅にはたいてい応接間が付いていました。 玄関脇の小部屋で居間とは独立したもの。 うちは6畳足らずの洋間で、ソファセット、ピアノ、カップボードがありました。 カップボードの上には、なぜか全長50cmほどの戦艦大和の模型(兄作)。 当時はプラモデル全盛期だったんですね。 テーブル中央にはガラス製の大きな灰皿がありました。 母の実家の応接間も似たようなしつらえで雉のはく製が飾ってあり、 そのはく製が怖いんだけど触らずにいられないという。 お客さんが来ると必ず応接間にお通ししてましたねえ。 豪邸でもなんでもなかったけど、当時流行の間取りだったのでしょう。 昨今は来客じたい少ないです。 年始の挨拶に行き来することも、お中元お歳暮を持参することも皆無。 ヘタに訪ねたら「わざわざ家に来るなんて」と変人扱いじゃないですか。 保険や銀行の方が見えても玄関で応対して終わり。 応接間はその役割を終え、家にはプライベート空間のみが残ったのでしょう。

トピ内ID:4610382223

...本文を表示

イギリス一般家庭事情 --私の見た範囲で

041
イギリス発
わが家は130年前のビクトリア時代の終わりに立てられたレンガ造りの家。一階部分には、12畳くらいの部屋が3部屋あります。食堂、家族用のリビング、そして応接室用として作られたようです。 現在の一般家庭の風潮は、正式な食堂は必要なく、オープンスタイルが普通で、台所、リビングルームが続いています。そこで家族は集まり、料理、食事、団欒。昔と違って、「お客様の接待」みたいなことは無いので、友達との団欒、食事もここです。我が家も、上記の3部屋のうち2部屋をキッチンと続けるように改築します。 私の友達に「超金持ち」がいます。彼女のうちはオープンスタイルの「ど」広い台所、リビングがありますが、正式な食堂と応接室もあります。(ついでに書きますと、屋内プールや「シネマ」もあります) 普通の家も日本よりは少し広目ということもありますが、結婚した子ども達家族や友達を招待することはしょっちゅう:みんなが集まると、片付けもみんなで。友達はこちらが言わない限り勝手に見回ることはありませんが、子ども達家族には家の中何処でも勝手にどうぞ。といって、「塵一つ無い」なんてことありません。お互いに気にしない。

トピ内ID:3422060029

...本文を表示

1969年の思い出

ココア
現在50代後半です 子供の頃親が建てた家にありました 小さな家で子供たち3人は6畳一間に放り込まれましたが 応接間はちゃんとありました 両親共に貧しい生まれで戦争で苦労して やっと手に入れた家です 母がよく「自分の家を買えるなんて夢みたい」と言っていました とはいえそんな部屋が必要な家でもなく 客はたいてい茶の間で応対していました 多分両親にとっては努力の証しというか幸福のシンボルだったのだろうと思います 高度成長時代 日本中にそういう応接間があったことでしょう その後ステレオを聴くために私が入り浸りになり 数年経ってから私の部屋になりました 懐かしいですね その家も数年前処分し今はありません

トピ内ID:6703362802

...本文を表示

トピ主です

041
緑電話 トピ主
早速沢山のレスをいただき、ありがとうございます。 最初に過去のトピタイトルは正しくは「電話機、玄関にありましたか?」でした。 検索して「微妙に違うじゃないの!」とツッコミを入れてしまった方がいましたら、申し訳ございません。(笑) 皆様の家の、または想い出の応接間をそれぞれ目に浮かべながら楽しく懐かしく読ませていただきました。 昭和40年前後の当時の流行だったのでしょうか。 居間や台所はわりと生活感が溢れている感じなのに対して、 シャンデリア・洋酒・人形・百科事典… 応接間は思い切り背伸びをしているような、他所行きの空間だった気がしますね。 今はリビングダイニングに取って代わられてしまったのですね。 本当に時代の流れを感じさせられます。

トピ内ID:0676159040

...本文を表示

田舎在住です。

🙂
oba
実家にはあります。 父は応接間のある家に住むのが夢だったので、家を増築したとき、 応接間を作りました。 大きなソファにはレースのカバーをかけ、サイドボードには洋酒、 賞状やトロフィーも飾ってありました。 今でも実家に行くとお客さんが来てなくても父が一人で応接間で くつろいでいます。 私は50代で、25年前に家を建てましたが、当時流行りだした セミオープンのキッチンで、フローリングに一部畳敷きのリビング に家族も来客も通します。 若い頃は応接間なんて田舎臭いと思っていましたが、この年に なって、応接間か2間続きの和室があっても良かったかなと 思い始めています。

トピ内ID:0261717151

...本文を表示

大正の末に建てた実家

041
後期高齢爺じい
今はもうありませんが、私が生まれた実家には応接間がありました。 250坪の敷地に100坪の平屋で大正の末に建てたものです。15畳の応接間で天井の高さが他の部屋より3尺ほど高く、重厚な感じの部屋でした。当時としては極めて珍しいピアノも置かれていました。来客用の洋風の玄関が隣接していました。(普段は畳敷きの和風の内玄関を使用します。) 応接間からは直接来客用トイレに入れます。トイレには大きな鏡の付いた洗面所が付いています。 応接間の隣には8畳の和室の客間があります。客間の横からも来客用トイレに入れる構造になっています。 今から考えると、実家はとても贅沢な間取りになっていたのですが、子供の私にとっては二階が無いのが不満でした。30坪程度の友達の家の二階に、子供部屋があるのが羨ましくてたまりませんでした。

トピ内ID:6590333875

...本文を表示
[PR]
気に入ったトピを保存するといつでも読み返せる
気に入ったトピを保存するといつでも読み返せる
使用イメージ
使用イメージ

マイページ利用でもっと便利に!

お気に入り機能を使う ログイン
レス求!トピ一覧