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侍のちょんまげ(駄)

レス23
(トピ主 0
🐴
時代考証
話題
侍の頭のちょんまげの由来ですが、あの月代の形はある種のハゲに似ているように思います。 もしかするとハゲのお殿様が居て、自分のハゲが目立たないように家来にあのような髪型にさせたのではないかと考えました。 ただそのままだと落ち武者のようで格好が悪いので、横や後ろの残った髪を束ねて一部ハゲを隠すような形におちついたと考えるのが自然だと考察しました。 いかがでしょうか。

トピ内ID:8342222770

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え?

🐱
もか
蒸れるからじゃないの?

トピ内ID:3193438834

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あはは(笑

041
ママはでんでろ
面白いですね。 お笑いの”エグスプロージョン”の動画を見てみると良いです(笑 ちょんまげとハゲのネタが有ります(本能寺の変の動画) ただ、その頃のスタイル(髪型、服装含めて)はその時代の物ですからね。 お殿様が家来に言ったレベルでは日本全国には広まりませんよね。 それこそ将軍様が”おふれ”を出さない限りそうならないと思います。 当時は”アレ、カッコ良いじゃん!”ってコトだと思いますよ。 ちょんまげも武士や商人、町人と様々な区分けが有ったそうですよ。

トピ内ID:8695260333

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発表してください。

🙂
hage
新しい学説として発表してください。 しかし、ハゲの知識人からは認められず、周囲からの圧力で学会を去ることになるかもしれません。

トピ内ID:4722115657

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戦場で兜をかぶるからです。

041
ヒストリアン
ヘルメットのような兜をかぶると、長髪では頭が蒸れてしまいます。 戦場に立たない非戦闘員のこども、医者、神官などは総髪でした。

トピ内ID:3530129520

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うん、あそこまで剃る意味わかんないよね

041
ゆきんこ
きっとそうかもしれないね。  あんなにデーハ-に剃って真ん中にポニーテールちょんと乗せ・・ってわけわかんないもん。

トピ内ID:2903238570

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戦の時に

041
ショウ
戦の時に兜をかぶるでしょう? その時に頭がのぼせないように剃っている、と何かで読みましたよ。

トピ内ID:1302057061

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え?

🙂
ほくと
戦国時代、戦場で兜を被る武士が蒸れないように剃ったのが始まりですよね? 江戸期に入り社会が安定してから庶民にまで広がったんだと思ってましたが。 違うの?

トピ内ID:8114518404

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🙂
ss
「鎌倉時代、室町時代にさかやきが行われていたと分かる。当時は、兜による頭の蒸れ対策として戦の間だけ行われた習慣であり、日常に戻った時は総髪となった。 戦国時代になると、さかやきが日常においても行われるようになった。 江戸時代になると、一定の風俗となった。公卿を除く、一般すなわち武家、平民の間で行われ、元服の時はさかやきを剃ることが慣例となった」 みたいよ。

トピ内ID:4618537198

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私もそう見ています

041
まか
あのスタイルはハゲの権力者かごますり側近の提案だと思います。 ごますり「殿!頭頂部をそれば兜をしても蒸れませぬぞ!」 殿「全くじゃ!モノども、ごますりの提案どおりにいたせ!」

トピ内ID:0178207116

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昔は男性も髪を伸ばせたのに

🙂
みんなのなかへ
今日はそういえば七五三、三歳になった子供はその日から髪置といって、女の子も男の子も髪の毛をその日から伸ばすという習慣が昔はあったのだ。そして、男の子の場合は元服といってある年齢に達したらいずれは切って髷を結わねばならなくなるのであるが…、こんなすばらしい風習をどうしてなくしてしまったのか、せいぜい軍事的な事由しか思い当たらないけどね。小学生のうちまででよいから男の子の長髪を認める、髪置復活論を提唱したい。 侍は格好いいよね、坊主より。日本人男性らしくて。

トピ内ID:0346005722

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ハゲたら引退、強制隠居

🐱
雪猫
あの日本独特の「月代」さかやきは、皆さんがレスしているように 兜を被る時の蒸れ防止と兜の収まりがいいようにです 総髪だと、髪が乱れた時に兜がズレちゃうのもあるそうですよ 江戸時代になると、同じ『ちょんまげ』でも身分によって結い方に違いがあり 髷を見るだけで、身分が解ったのです (時代劇ドラマでも、武士と町民の髷が違いますよね?) 特に武家の人にとっては、髷は『現役』でいる為に重要なアイテムでした 高齢になったり薄毛になり髷が結えなくなると 如何な理由があろうと隠居しなければならなかったのです (若ハゲの人は辛いですよね~) 江戸時代 育毛剤や鬘を商う商売が繁盛したそうですよ

トピ内ID:6696148743

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髪は命

041
おやじ
一昔前までは、「髪は女の命」、みたいなセリフをよく聞いた気がしますが、それよりも更に前は、「(男女問わず)髪は命」と信じられていた時代があったのではないでしょうか。 ”遺髪”なる言葉があるくらいですから。 それを前提に、何人かの方が書かれているように、兜を被る時に、蒸れないように月代を剃る、日常では、まとめて頭の上に載せておく、そんな事だと思います。 とすると、ちょんまげは、総髪からショートカットへの移行期と見なせるかも知れません、単なる思い付きですが。

トピ内ID:5719029595

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おー

それでかー
なるほどそうだったのですか、初めて知りました(兜をかぶるからという話) 私はまた中国から入ってきた風習(満州族などの髪型)が変化した物なのかなと思っていました これは何の根拠もなく一人で勝手に想像していただけなのですが、力士は剃らずに伸ばしたままなので、侍がなぜてっぺんの部分を剃っていたのかという理由がわからなかったんです、満州族と逆ですもんね 伸ばしっぱなしの長髪の人もいたんですね、あの幕末のイケメン医師の写真を見ても今風のロン毛ですよね、医師なんで侍とは違いますけど トピ主さん、皆さん楽しくためになる話題ありがとうございます!

トピ内ID:1868224826

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M字禿の権力者

041
夫も気にする頭頂部
M字禿の人なら余計な小細工はいりません、そのままちょっと剃れば良い 頭頂部から欠けていく禿はう~んと後ろから髪を持って来なければいけない 森蘭丸の様なお小姓向けですよね けれど元服したら前髪はもう必要ないのです せっかくの活き活きした前髪を剃るのは断腸の思いでしょう 全ての人に丁髷が似合う訳じゃ無いのです

トピ内ID:9065802420

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ほんとに駄!

🙂
baba
兜との関連は皆様のレス通りですが、もっと前、平安時代の男たちは、常にかぶり物を着装していました。 お雛様のお内裏様がかぶっている冠は正式なもの、もっと略式なものもあり。 身分やTPOによりますが、当時の男性にとって、かぶり物をつけないことは、下半身をむき出しにするくらい恥ずかしいことだったのです。 その冠を固定するため、頭髪を結いまとめたところへ簪を通していた。 それがちょん髷の始まりであり、男性にとって髷は必要不可欠なものだったのです。 髷を結わないのは、少年や僧侶。 つまり、ちょん髷が結えなくなるのは、もはや、浮世を捨てるくらい辛いことだった。 いまは、髪が長かろうが禿げていようが生きていけるから、いい世の中ですね。、

トピ内ID:8634072998

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なるほど、出家率が高いわけだわ

041
カモーン仏の世界
>高齢になったり薄毛になり髷が結えなくなると >如何な理由があろうと隠居しなければならなかったのです 僧侶になって裏から政治を操った人も多かったですよね 仏門に目覚めた訳じゃ無かったんだ

トピ内ID:9065802420

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私も昔からそう思っていました

😀
あはは。。。。
私が作った昔話 ある高貴な殿様がおりました。 殿の悩みは若禿げ。。。。。後ろだけ残る禿げだったのです。 武士は食わねど高楊枝で、ずっと我慢していましたが、とても悩んでおりました。 その悩みを見て取って、ある気の利いた見目のいい家臣が頭を剃って 『殿と同じ髪型で恐れ多うござるが、誠に恰好よく涼しうござる』 殿は、この利発な若者をいたく気にいって引き立てました。 そのうち皆、こぞって、この髪型をまねましたとさ。 どっとはらい(笑)

トピ内ID:1176337440

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現代より前の時代は身体的欠点にはシビア

041
mura
雪猫様らの仰る通りです。 徳川の世になり、長らく平和な時代が続いて兜を被る必要がなくても続いたの は武士の身だしなみの最たるものだからです。 更に身分、職業によって結い方が異なる為に身分差を明確に表す権威の象徴で あり、健やかさを表すものにもなりました。 あの髪型を維持するには手間暇とお金がかかります。 10日前後で剃り、結い直さなければならない。腕の良い髪結い職人や鬢付油を 使う程出費は増える。 もう一つ必要なのはある程度の髪の量とテンションです。 凝ったヘアースタイルを美しく保つには経済的余裕だけではなく、若さと健康 が必須。従ってハゲ(剃髪は全く別です)は今以上に嫌悪される対象で、公然 の秘密でも人前では鬘を着用しました。 「髷が細くなってきた」「結えない状態」は隠居の理由にもなりました。 ちなみに女性にも同じように頭頂部に人工的なハゲがある人が多いです。 実はファッションとして付け髷の人が多く、乗せるのには髪の毛は剃った方が 安定するからです。

トピ内ID:3863064784

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なかぞり

041
おやじ
>力士は剃らずに伸ばしたままなので お相撲さんも、なか剃りといって、てっぺんは剃っています。 髷をきれいに見せるためです。 いわゆる”おおずもう”(熱戦)で髷が乱れた際に、それが分かることがあります。

トピ内ID:5719029595

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常識が何かはコロコロ変わります

🙂
あうえち
正解は皆さんおっしゃるように、蒸れ対策です。 今でこそ、よくまあ、ちょんまげなんか結って頭の上に乗せていたものだ、 と思ってしまいますが、 当時はそれが当たり前すぎるほど当たり前。 新政府が断髪を勧めても普及せず、 慌てて断髪した既婚男性に対しては 「まげを切るような非常識な人とは一緒にいられない」と 妻側から離婚にまで発展したそうです。 政府が強行しようとすると、「暴挙だ」と一揆すら発生しました。 明治天皇が断髪するに至ってやっと断髪が趨勢になったようです。

トピ内ID:3933154593

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すごく勉強になる!すごく面白いです。

041
ゆきんこ
小町って勉強になるわ。解説も解りやすくてお上手だし。 で、蒸れ対策ってことですが、ならば中世の騎士達はあんなにぼさぼさで蒸れなかったんでしょうか?

トピ内ID:2903238570

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話がどんどん広がる

🙂
baba
>ゆきんこさん 中世の騎士の件 イギリスフランスあたりをイメージしてでしょうが、日本より緯度が高いので、ずっと寒いでしょうね。 それに、海岸近くでもない限り、湿度も低いので、蒸れの心配はないでしょう。 それより、甲冑を見るたび、寒そう!って思っていました。 おそらく、冬にはあの甲冑の下には毛皮をまとっていたのかな? 日本でも、寒冷地では毛皮を腰のまわりなどにまとっていたはず。 それと、江戸泰平の時代でも、武士がきちんと月代をそり、ちょんまげを結っていた。さらには着流しではなく、外出時は必ず袴をはいていたのは、いざ鎌倉!のときには真っ先に戦闘に加わるという覚悟であることを示すことが武士のステータスの謂れであり、そのために禄をいただいているのですから、町人や浪人とは、さまざま身なりやふるまいが違っているのです。

トピ内ID:8634072998

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頭のテッペン毛無しは兜がズレない様にと聞きました

😠
武士は悲しい
頭のテッペン毛無しは兜がズレない様にと聞きました。 兜がズレて前が見えなくなったら命に関わります。 ちょんまげは、負けた侍は腹を切り、介錯され、それを持つ時に両手ではなく、片手で持てるからだと聞きました。 写真やビデオなどがない時代では、敵の大将を打ち負かした証ですから。 武士は戦場で、いつ死んでもいいと覚悟の仕事だったのだとか。

トピ内ID:6230929468

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