本文へ

天国なの?地獄なの?

レス18
(トピ主 0
😠
きらら
話題
最近御葬儀に行くことが多いんですが、 前々から、疑問に思っていたことがあります。 御葬儀では、故人が天国に行かれたと 必ず言われますが、 なぜ、彼岸の時には、地獄の窯から出て、 また、地獄へ、送り出す(なんて残酷な行事だろう) なんていうのか 矛盾して、納得がいかないんですが、 天国なのか、地獄なのか、 どっちなのか、はっきりさせてほしいです。 成仏するまで? でも彼岸は延々と続きますよね。 みなさんは、どう思われますか?

トピ内ID:7991693994

これポチに投票しよう!

ランキング

レス

レス数18

このトピックはレスの投稿受け付けを終了しました

う~んと、よくわかりませんね~。

041
幸ひ住むと人のいふ
天国といえばキリスト教やイスラム教ですね。 仏教なら極楽。 地獄はどこでもいうが、彼岸に地獄の釜から出るなら仏教の地獄でしょう。

トピ内ID:7820130246

...本文を表示

ははははは

041
天国に行きたい
きららさんはお若い方でしょうか。天国、地獄というのはもともと宗教的なものですから宗教によって話が違い、日本では突き詰めて考えるものではなく、曖昧なイメージのみです。 ご葬儀でも宗教、宗派によって言われることは違いますよ。天国という言葉を使わない宗教はあります。また教えによっては死んだあと天国(またはそれに準ずる所)に行った人は行ったきりなので、お盆やお彼岸に帰って来ない宗教も普通にあります。 実際行って帰って来た人はいないし(時折そう自称する人はいますが)、死後の世界はこの世では証明されていないので、あとはそれぞれの人がどの死後の世界観を信じるかということです。それはどの宗教を信じますかという事です。「どれも信じない」という答えも含めて。 >みなさんは、どう思われますか? 私はクリスチャンなので、死後は天国に行くことを信じています。地獄の窯には入らないのでお盆やお彼岸には帰ってきません。

トピ内ID:6066839375

...本文を表示

聞いたことがない

041
おばさん
そもそも地獄云々の話を聞いたことがありません。 どうしてトピ主さんは、お彼岸をそのように覚えているのですか? 地域性とかあるのでしょうか…

トピ内ID:7630851199

...本文を表示

両方から

041
調べた
知らなかったので調べました。 地獄の釜の蓋が開くのはお盆です。 お盆にはご先祖様が極楽からも地獄からもこの世に帰ってきます。 お盆が終わると、追い返さなくてもご先祖様はあの世の元いた所に帰ります。 彼岸はこの世とあの世が一番近くなる日です。 でもご先祖様はこの世に来ることはできないので、お墓参りして供養します。 まあ10分くらいで調べた事なので間違いもあるかもしれません。詳しい方がレスされていたらそちらを信じて下さい。また、お寺さんに聞いて見られては? あ、葬儀で必ず天国に行ったと言うならばご先祖様は全員極楽にいるはずという主張でしょうか? 遠い過去から考えたらご先祖様の中には地獄に行った人が一人位はいるでしょうし、そのような場合、葬儀も行われていないかもしれませんよ。

トピ内ID:1791485716

...本文を表示

生きてる人

🐶
ランラン
私は亡くなった方は、それぞれに 成仏される時がくれば、成仏すると思ってます。 お彼岸や何回忌とかは、生きてる人の為に 行っている気がしてます。 人って大切な事も、忘れやすい生き物だと思います。 お彼岸などは、先祖を思い出して 今の時代を築いてきた人達、 先祖がいて、今の自分が生きている事を 感謝する為に、思い出させる為に 行う意味が大きいと思います。 普段から感謝の心、忘れないでいる事が大切だけど、忘れてしまった頃にお彼岸などがあれば また、思い出せますから。 あとは、亡くなった人を悲しんでいる 生存者の心の癒しもあると思います。 年数を重ねながら、お彼岸などに思いだし 悲しみを癒していく。 言い方があれですが、セラピー的な役割も ある気がします。 お彼岸とかに思い出話をして、泣いたり 笑ったりして、生きている人の心にたまってる 悲しみを吐き出すには、みんなで共感するのが いい機会だと思います。 悲しみを癒せる期間は、年数かかる時は かかりますから。 故人が天国へ行くか、地獄へ行くかは あまり考えた事ありません。 私はお疲れ様と、ねぎらう気持ちでいますね。

トピ内ID:6163969967

...本文を表示

いやぁ・・・

🙂
ぽむぽむ
天国と地獄が実在するかはともかく、 葬儀で「故人は地獄に落ちました」なんて言うわけないですよね。 宗教・思想的考察は別として、一般的には生きている人間の行動を律するための戒めでしかないでしょう。 天国を信じることで心が救われるなら、それは本人にとって幸せと言えるでしょう。 地獄を恐れて悪行を思いととどまるなら社会にとって有益でしょう。 研究・考察のテーマとしては面白いですが、気にかけるようなことではないのでは。

トピ内ID:4552509653

...本文を表示

うろ覚えですが

😀
井戸端
トピックを見るまで忘れてましたが、4歳くらいに多分お坊さんか、祖母に質問したような覚えがあります。 天国の人はいつでも下界を見られるけど、地獄の人はお盆や彼岸の時しか下界を見られない。仏様の情け。 だったような?誰でも戻って来られる日なんだと思った覚えがあります。 地獄から下界に来て、また地獄に戻される…酷い!…と思うなら、地獄に行くようなことをしない、戒めなのでは?

トピ内ID:2313903776

...本文を表示

そもそも天国も地獄もありません

041
へえ?
社交辞令で天国に召されましたと言うです。彼岸の時は習わしで言うでしょう。 でも天国も地獄もありません。死んだら終わりなんです。守護霊になるとかありますけど、稀ですね。私自身あの世を見たのではないので一概に言えません。 一言いえばその人の生前の行いによって、あの世の判断が違うみたいです。 本当なのかわかりません。天国、地獄あるのかな?

トピ内ID:4039221374

...本文を表示

天国はキリスト教

mmm
仏教なら浄土ですよね。  地獄の釜って…。 

トピ内ID:4445343714

...本文を表示

それはお盆では?

041
ジョード
トピ主さんがおっしゃってるのはお彼岸じゃなくてお盆だと思いますね。 天国というのはキリスト教などの呼び方で、 仏教では極楽浄土って言ったりしますけど、 正確には天国と極楽は違うものだと私は解釈しています。 日本の宗教は色々混ざってしまって今に至り、 しかも一般人はそれらを明確に区別せずに使ってますから 更に混沌とした時代になっていると思います。 仏教では輪廻転生があるとされていたりしますし 死んだら即極楽というのもたぶん宗派に拠ると思うんですよね。 そして「地獄の釜の蓋があく」ということですが、 正確にはお盆には地獄の釜の蓋「も」あくくらい地獄関係の人も皆休むんで、 皆さん休みましょうってことだと思いますよ。 お盆に帰ってくる人が地獄から出てきてるわけじゃないんですよ。 だから安心してください。 仏教には六道というのもありますから、 死んだら皆極楽へ行けるってわけでも実際はないと思いますし、 でも今の時代そんなこと言ってたらクレーム受けますし 全部まとめて「天国」ってわかりやすい言葉で伝えてるだけだと思います。 そしてこれらの話も全部色々混ざってるので、 トピ主さんが本当のところを知りたいのでしたら是非世界の宗教のことを 詳しくお調べになるといいと思います。 まずは日本の宗教の歴史、何がどう混ざってきて今の形になったか…とか 勉強すると面白いと思いますね。

トピ内ID:3076135382

...本文を表示

おっしゃるとおり!

🙂
蒼月
落語の枕に、 悪事に「手を染め」て、悪事から「足を洗う」。「手」を染めて「足」を洗う。おかしなものですね。 という話があったのを思い出しました。 どなたかひねりの効いた回答を用意してくださるといいですね。私も聞きたいです。

トピ内ID:8084230917

...本文を表示

話がごちゃ混ぜ?

041
リンドバーグ
混乱してますね。 まず、葬儀の際に言われる「天国に行かれた」は、 もう既にこの世には居ない、あの世の人になってしまった。 という意味です。 あの世で、生前の罪を裁かれて、天国に行くのか、地獄に行くのか 裁定されるが、故人の冥福を祈って、天国に行く事になったという前提で そのような言い方をするのだと思います。 彼岸に関しては、丁度春分、秋分の日であり、太陽が真西に沈む事から 遥か西方に有ると言われる「彼岸」が一番近くなる日とされ、 普段以上に、善行悪行が大きな果報を生むとされ、 より一層の徳を積まねばならないと考えられています。 死者は、閻魔大王の裁定で、地獄に落とされなかった人も すぐさま花咲き乱れる天国に行けるのではなく 遥か彼方の彼岸(涅槃)を目指し、徳を積み続けなければ 本当の天国にはたどり着けないと考えられています。 そして、貴女の一番の勘違いは「地獄の窯」云々の所。 『地獄の釜の蓋が開く』という表現が使われるのは、 お盆とお正月ぐらいは、地獄の窯の番人も休んでいる。 罪人を責め苛む作業も、休みになるという意味であり、 この世でも、仕事を休んで、閻魔様にお参りしましょうという意味です。 彼岸の話とは、全く関係ありません。 あと、お盆に魂が戻って来るというのも、彼岸を目指す事が許された人達の事で 地獄に落とされた人は関係ありません。 お盆と言えど、地獄から抜け出す事など許されていませんので。 お盆に魂を迎える行事をするご家族にとっては、 故人が地獄に落とされているなんて考えたくも無い事でしょうから 故人の魂は、彼岸(涅槃)を目指し、精進している中 一時だけ家族の元に戻って来るという解釈なのだと思います。

トピ内ID:1935316706

...本文を表示

横ですが…地獄の反対は極楽です

🐤
40代母親娘2人あり
地獄と云う絵本が紹介されていたので興味を持ち購入しました。 地獄の反対は天国だとずっと思っていましたが、物知りな夫が極楽だと教えてくれました。 トピ主さんの質問には…私にも分かりません。ここで一緒に勉強させてください。

トピ内ID:7852814968

...本文を表示

初めて聞いた

エレヴェイター
>彼岸の時には、地獄の窯から出て、 >また、地獄へ、送り出す 40年以上生きてきて初めて聞きました。 その地域ではそう言われているのでしょうかね。 どっちなのと考えても生きている人間には絶対にわからない事です。 別に誰かにはっきりさせてもらわなくても 自分で決めたら良いんですよ。 神様だって、いると思っている人にはいますしいないと思っている人にはいません。 そういうものです。

トピ内ID:6762071847

...本文を表示

天国でなく極楽ですね

😍
マスクマン
お盆は御先祖さまがこの世に帰って来るので、これに極楽も地獄も関係ないように思います。 私も定かではないので他のレスが楽しみです。 そして地獄の釜の蓋がひらく件ですが、地獄の鬼たちもお盆と正月にはお休みがあるので、この時期は罪人を茹で蒸してる釜の蓋も開くということですね。 だから罪人たちもお盆に戻ってくることができるのです。 あと再び地獄に戻るのはかわいそうとのことですが、生前の罪状により地獄で受ける刑罰が決まり、地獄で苦行に身を投じて徳を積んでいくことにより極楽にいつか上がれるということだったと思います。 子孫が法事等でお経をあげたりすることも本人の徳になるので、地獄での苦行を早く終わらせてあげたければ、私たちもお経をあげたり墓参りしたり信心深くならなければならないと教わりました。

トピ内ID:2156940876

...本文を表示

若いなおぬし

🙂
経営者
天国・地獄などは宗教的イメージであって、死者がどこにいるかは解釈や 定義次第で何とでもなりますから、日本のように「自然のまま」というような 緩い価値観ですと、そこをあまり厳密に考えないし、考えること自体が逆に 「なんでそんなに白黒つけたがるの?」と思われてしまいかねない。 そもそも世の中には「天国のような地獄」と「地獄のような天国」だってあるの ですからね。日本人にとっては白黒だけでなく灰色だったりグラデーションが かかっていたりと、決して一面的なものじゃないのです。 さて日本人の宗教観ですが、これはやはり多神教故の良い意味での緩さだと 私は思います。一神教の発祥の地をみると、たいていが自然環境が過酷だったり 生存にとって厳しい社会体制だったりという、キツいところで生まれる傾向が あります。 「有無を言わせない絶大な力を持つ唯一神」というものは、そうした環境を 造りだした張本人だと考えるからなのでしょう。唯一神ですから、「その神様」 以外は全部ニセモノ、神を騙る不届きな悪魔・悪者ということになります。 一方、日本はそうではない。 神道の源流を成す自然崇拝のようなごく自然な信仰から八百万の神様がいると 考えるようになり、ブッダもキリストもアッラーも、たくさんの神様のなかの 一人、と考える柔軟さがあります。 明治時代に国家神道として政治的に白黒がつくまで、神道と仏教がごく自然に 混交していたのもそのためだし、日本人が葬式を仏式でやるのに初詣は神道、 クリスマスはキリスト教式に祝って何ら矛盾を感じないのも多神教の柔軟さ ゆえだと思います。 そんな日本人ですから、亡くなったご先祖様がどこから出てこようが、それは 「ああお帰りなさい」で受け入れれば済む話で、送り出す先も漠然と「あの世」 で済んでいるのだと思います。 そこを突き詰めて考えるのは野暮ってものです。

トピ内ID:8713666445

...本文を表示

諺のようなもの

041
ミュウ
「地獄の釜の蓋も開く」とは、地獄の鬼ですら正月とお盆は休むのだから、世間の人もこの日くらいは休みなさい、という意味で使われるようになりました。 「ひらく」ではなく「あく」と読みます。 だから、地獄に行ってるような人も、という意味であって、死んだら皆んな地獄に行く、という意味はどこにもありません。

トピ内ID:5075034802

...本文を表示

基本的に行って帰ってきた人はいない。

041
白熊
だから天国も地獄も本当に存在しているのかもわかりません。ただ、「悪い事をすると地獄に落ちる」と言って心理的な抑止力にしていたと言う説には賛同します。身内としては故人には天国に行って欲しいという願望があり、周囲の人間もその心情が理解できるから、大人の対応として、付和雷同しているだけだと思います。彼岸云々は故人を弔う気持ちを持続させるための口実と思っています。

トピ内ID:0880826144

...本文を表示
[PR]
気に入ったトピを保存するといつでも読み返せる
気に入ったトピを保存するといつでも読み返せる
使用イメージ
使用イメージ

マイページ利用でもっと便利に!

お気に入り機能を使う ログイン
レス求!トピ一覧