ぎゃていきゃていはらぎゃていはらそうぎゃてい…
「西遊記に三蔵法師って出てきたでしょ、ほら、あのテレビで夏目雅子が演ってた。西田敏行とかも出てて…」
無知な人間に般若心経を説明するのに西遊記を持ち出したお坊さんの話をぼんやりと聞きながら、私の頭の中に浮かんだのは、西田敏行ではなく左とん平だった。
正月に餅を詰まらせるという逝き方をした父の四十九日の法要を終え、父も好きで家族でよく行った中華料理屋へ母姉の3人で出向いた。父がいるはずの席にお酒を供え食事をしているさなか、赤裸々な母が赤裸々過ぎる話を始めた。
私が産まれ病院から帰った夜、父が会社の若い女を連れてうちに泊まらせた。激昂した母は近くにあった手鏡を父に振り下ろし、寝ている私の周りには鏡の破片が散らばった…など、よく言えば自由奔放、はっきり言えばダメ男の悪行話に花が咲いた。
若い頃の父は、給料を家にも入れず酒を飲み歩き、浮気をし、酔って帰れば暴力をふるうという昭和の男だった。
その反面、子煩悩なところがあり、寝る前に知らない海外の歌を歌い聞かせ、丁寧な字で問題集を自ら作り勉強を教えてくれたり、休みの日は父のこぐ自転車の後ろへ乗り、山の方へ行ってみたり、よく笑い冗談が好きで楽しい父だった。
また夜中に地震が起きると必ず、子ども部屋へ来て寝ている私たちの前のピアノを、倒れないようにずっと支えていた。
そういえば、なんの予告もなく「父が死んだ」と動揺する母から電話が入ったのも、休日でちょうど姉と出かける約束の時間だった。
娘たちの都合まで気にして最期のときを選んだのか。
病院の安置室に父は横たわっていた。
その体はまだ温かかった。
(続きます)
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