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老母(おそらくは晩年)に次女が思うこと

レス10
(トピ主 5
🛳
50代
ひと
長年もやもやしていることです。長文だし、暇な人だけ読んでやってください。 私は50代の子なし主婦で現在は主人と海外で暮らしています。私には地方の田舎に住む老母(80代)と実家の近くに住む姉(60代)がいます。姉一家は彼らが20代のころから30年以上東京で暮らしていましたが、子どもたちの留学を機に、姉はUターン就職、義兄は定年を迎えましたが関東で再就職しています。 Uターン就職するのはやりたいことがあるからで母の面倒はみないと言っていた姉ですが、距離が近いので何となく実家に出入りする回数が増え、母を外食に連れて行ったり病院へ送り迎えしています。 母も感謝して、姪たちに小遣いとしてそれぞれ100万円を与えました。 これはもう、姉が母の老後の面倒を見たということだろうと、私は今後母に何かあっても実家の相続は私の分は辞退ということでいいかなと思っています。 母も姉も母が溺愛している弟(私には叔父)も、家に来るヘルパーさんも、心を整理して毎日人格者のようなことを言って、いずれ来るであろう母の最期に備えているように見えます。 ここから先は何というかもやもやする部分なのですが・・・。 私の実家は父が早死にしたので母が昔から情緒不安定で、支配欲が強く子どもを縛ってくる人でした。 頭がよかった姉は早くから母に対立して、私が物心つくころは進路をめぐって毎日母と諍っていました。国立大学を出て教師になって一生を職業婦人であれという母に対して姉は芸術に携わる仕事をするのだと奨学金を得て東京の芸大へ進学し、そのまま結婚(そういえば結局就職はしなかった)、孫たちはうちに来ていましたが、姉自身は60歳前まで帰省しませんでした。これは距離や費用の問題もあったと思います。 ですが、私は何十年にもわたり、姉の愚痴をきいてきました。数年前まで姉が母のことを言うときは「あの人」でした。 続きます。

トピ内ID:7852044341

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続きです2

🛳
50代 トピ主
姉には思春期の頃から母に対して未消化な感情があり、母が歳を取って支配的な部分が薄まり、 自分の体調のみが関心事になったのでうまく付き合えるようになってきた、 ずっと主婦でいたがこれからどういうことをしていったらいいか、というような姉の話を 私はずっと聞いてきました。私も姉に話したいことはあったのですが、姉は一人っ子気質で あまり甘えられるタイプではなく、私から同じ話は二度きかない、私が何かを愚痴ろうものなら誤解して理解していたり (主に私の人間性を誤解する方向で)、また私の話を簡単に人に言ってしまうので、 今も、ものすごく気を付けて話をしています。 一方母は、私には頭の良さは求めない、ただ気立てがよく母の傍にあれと言い、 塾に行くのも私服を買うのも友達と遊びに行くのも禁止、部活動も17時半で切り上げて18時までに帰宅して、 大学への進学は禁止だが短大だけ行かせてあげると地元の短大一校のみ進学許可、 卒業後は地元の企業に就職し、見合いで兼業農家(旦那様の職業は公務員一択)に嫁に行くはずでした。 私は20歳のころから30歳以降の人と見合いをしていました。母は私が小学生のころからよくヒステリーを起こし、 私が18時までに帰宅しないと警察や医者に駆け込んで私を呼び寄せました。 そのたびに看護師や教師から「あなたがしっかりしないからお母さんがあんななのじゃないの」と言われ、 それを言われるのが嫌だったのでずっと母の傍を離れず、母の機嫌をとり、母が騒がないように ずっと気を付けてきました。 子ども時代、自分は学校の制服しかもってないのに、衣装もちの母の服の組み合わせを一緒に考えたり 持ち物や見かけをほめたり感謝の意を伝えたり、人に対しても母を良く言ったりそんなことばかりしていました。 すみません、まだ続きます。愚痴っぽくてごめんなさい。

トピ内ID:7852044341

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続きです3

🛳
50代 トピ主
短大を卒業するころ、こんな生活に限界が来て、私は母と袂を分かちました。 あれだけの濃度で母に寄り添っていたので私には母がやりそうなことや考えそうなことが予測がつき、 いくつか失敗はあったものの、結果的にすべて調整できました。 現在は遠方にも拘わらず、私と主人と母の仲は良好です。彼らはそれぞれ自分の人格が優れているのだと思っています。 対外的に、母は私と姉を女手一つで苦労して育てたということになってますが、 私は母を青春と進路を犠牲にして支えたと思っています。 後から来て主人公面して母の関心もお金も世間の評判ですらかっさらっていく姉がうとましいです。 子ども時代に同じことをしても私は警察や病院のスタッフに嫌なことを言われただけだけど、 60代の今の姉はあなたは親の面倒をみて偉いわみたいなことを言われてます。 また、母は自分の傍でやさしくしてくれるなら誰でもよかったようで、今の環境に適応しています。 姉は、母の最期を見る、墓も自分が見ると言っています。私が海外から帰省すると、姉も母も幸せそうに過ごしていて、 母の奇行も80代となった今となっては周囲に受け入れられ、オールオッケーなはずなのにもやもやします。 私は「老人」介護としては何もしてないに等しい、なので相続は放棄しますが、欲しいのはお金ではないのです。 姉の最近の話題は「娘たちにどんなことをしてあげたら助かるか」です。 私が娘時代に親にしてほしかったことがベースになっていて、いくつかは姉が娘たちに実践した所、 娘たちに姉は大変感謝されたというような話をききました。 私はこの頃、更年期障害か、自分の感情がセーブできなくなってきました。 自分のことをさておき、誰かの養分的な存在でいるのは嫌なのです。 この気持ちの持っていきようがわからず、ここで愚痴らせてもらいました。 長文を読んでいただき、ありがとうございました。

トピ内ID:7852044341

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遺産は辞退しないで。

🐱
neko
一つだけ申し上げたい事があります。遺産は辞退しない方が良いです。もちろんお姉様が介護を支えた分はちゃんと多目に渡してください。それだけでいいですよ。『母も感謝して、姪たちに小遣いとしてそれぞれ100万円を与えました』とありますから、主様の知らない所でも度々起こっているものと考えます。ですからどの位の遺産があるのかは分かりませんが、主様の分はちゃんと受け取りましょう。 お金に困っていないとは思いますが、遺産と言うのはお金に困っていれば貰って、お金に困っていなければ貰わないというものではありません。平等の権利なんですから。 過去の事は主様側の目線でしか分からないのでなんとも申せません。お姉さま側やお母様側からはまた別の目線があるでしょう。昇華できないことも多いと思います。お金に困っていないならそれで好きなものや好きな事をして発散してください。結局はそうするしかありません。

トピ内ID:2938885079

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姉の人生は姉が主人公

🐱
こねこ
主さんの人生は主さんが主人公であり、それは母にも言えることでしょう。 親との確執は長引きますからね。 離れて暮らしていても何かと心がざわつくのも仕方ありません。 既に80代なら十数年後には別れることになるでしょう。 主さんは年内と想定されているようですが。 その見送りをするのは、主さんの為にもなるかと思います。 気が向かないなら無理には勧めませんが。 幸い海外在住なら距離もありますからね。 トピックを拝見した感想は、ずいぶん過去のことばかりに心を乱しているな、と。 姉も主さんもとっくに別世帯ですし。 新しい関係性を築いても良いのでは。 もっと現在の旦那さんとの暮らしを充実させ楽しんではいかがでしょう。 私にも姉がいて、私は子どもに恵まれなかったので、いろいろモヤモヤする気持ちも分かりますが… 身近な姉妹は何かと比べられる存在です。 結局は自分で自分を受け入れるしか逃げ道はないのかな。 更年期が辛いなら治療をすれば楽になりますよ。 人生を折り返して、もっと俯瞰で物事を見られると良い気がしました。

トピ内ID:9003561813

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コメントありがとうございました

🛳
50代 トピ主
コメントありがとうございました。 誤解なさっているようですが、「晩年」とは、母の人生全体における最後の数年、という意味で使ったのであって、 母が年内に亡くなるという意味で使ったわけではありません。 検査や入院など、大きな出来事には立ち会いたいと思っていますが、 海外だとタイミングを見たりずっとそばについていたりというのは物理的にも金銭的にも時差的にも本当に難しく、 ひょっとしたら何かあっても間に合わないかもという心配はあります。 海外暮らしを理由にこれ幸いと近寄らないということは特に考えていませんでした。 ただ、実家は姉がすべてとりしきるような感じで私は手伝いたいとしても わき役として傍から邪魔しないように見てるだけ、ということになりそうだなと思っています。 実際できることは姉の精神的負担を軽くし、お金を多めに出すこととなるでしょう。 いろんな人のいろんな感情が取り散らかっていますが、私は近くにいて何かできるわけでもないのに 自分の感情で姉や手伝ってくれている人たちを邪魔しないように控えていないといけないと思っています。 ちなみに母は、「人生を犠牲にしてお前を育てた」と私に言っていますし、 姉は「父が亡くなってからは母に要らない子扱いされたけど面倒見ている」と私に言っています。 ヘルパーさんは姉の同級生で「子どものころに汚い子扱いされて母にいじめられたけど、もう昔のことだから悪く思ってない」のだそうです。 まあ、こういう話を何年もきかされてます。 人にとってはつまらない話なので、コメントいただけるとは思いませんでした。 読んでいただきありがとうございました。

トピ内ID:7852044341

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結局のところ・・・

🙂
おば
>私は今後母に何かあっても実家の相続は私の分は辞退ということでいいかなと思っています。 >誰かの養分的な存在でいるのは嫌なのです。 この二つの文章が矛盾しているから、納得できないのは当たり前だと思います トピ主さんにしたら、姉が知らない自分が若い頃の苦労の分に対しての功績料が無いのは不公平だと思っているのでしょう 姉は、近くで暮らしていることでそれなりの対価を継続的にえているようですから遺産放棄する必要はないのでは?

トピ内ID:2663505794

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おつかれさまです

🙂
posuyumi
お疲れ様です。 お姉さんが芸大出身とのこと。今Uターンもなんらかの創作活動のためでしょうか。 芸術家肌の人ってやはり違いますからね。良い面もありつつも自己中心的、気分屋なところがあったりします。 お姉さんとぶつかったり今は馴染んでいるところ、元気だったときはあなたを思う存分振り回したことから、お母さんも多分にそういう気質があるのでしょう。 お父さんがいれば分散されたかもしれないその振り回し気質二人にあなた一人が静かに耐えたという感があります。 今、海外にいて実質距離をとれているのはとてもいいことだと思います。 お母さんに素直に甘えたり、気の向くままわがままを言いたかったと今も思うこと。お姉さんが放り出したお母さんの相手をして心の傷を負ったのに今お姉さんのほうが評価されていること。 わだかまりになるお気持ちはわかります。 でも、遺産がどうのと言うくらいですからお姉さんに金銭的負担はかけていないし、それくらい気分屋のお姉さんが自分の生活を犠牲にしてまで(創作活動も)お母さんに尽くしてるとも思えないので、介護してもらって・・・なんてあまり思いすぎなくてもいいと思います。 相続は遠慮せず応分にもらっていいと思います。 すでに生前贈与も孫向けに始めてるようですし、介護に必要な分は経費としてお母さんの口座から使用してると思いますよ。 いま帰ってこい、死ぬまで面倒みろと言われていない分ラッキーだった。気分屋母姉から距離を置けてほっとする。 そう思って、今の生活を謳歌されますように。

トピ内ID:5280568031

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コメントありがとうございます。

🛳
50代 トピ主
コメントありがとうございます。 今は私の中で大人になれない部分と年相応の部分が喧嘩しあっている状態です。今まで大人の部分が買っていたのですが子どもの部分が主張することが多くなり、更年期かなと思っている次第です。 振り返って思うに姉は確かに優秀でした。ネットなどなかった時代、地方の田舎で予備校はおろか情報など皆無で伝手もなく奨学金を得て東京の芸大に進学するのがどれだけすごいなことなのか、もし姉が援助してくれる後押しがあればどれだけのことができたのか考えると鳥肌が立ちます。私はそのころ未就学児でしたが。 姉は自分が起業するために地元にUターンし成功を収めています。私は最初、彼女の話を聴いた時点では、夢物語としか思えませんでした。 彼女には絵空言を具体的な形にする力があります。彼女は大変エキセントリックな人なので理解者に恵まれず、一生が風切羽を切り取られた鳥のようなものだと私は思っています。これが援助してくれる理解者に恵まれたら。きっとすごいだろうと思います。 私は昔からよくも悪くも普通以上にはなれないタイプで質素な生活を好み、小金を貯めこんでいると思われています。母や姉に援助を望まれることがありますが、私は自分の身がかわいいのでやりません。そもそも彼らには私が婦人科系の手術をした時に「あなたの事情は自分で解決して。私たちを巻き込まないで」と着信拒否された経験があるのでそんなことをするいわれはないと思っています。母から姪への小遣いは、母が金額を間違えたのだそうで、私へ援助を請うてきて発覚しました。その時は、私にはあなたがどんなふうに自分のお金を遣おうと口出す筋合いでないので文句は言わないが、私が補填するというのは筋が違うと断りました。 ホント、ぐずぐずと愚痴ばかりで・・・しかも長文で読みづらく、読んでくださった方は本当に感謝です。 コメントいただいた方々、ありがとうございました。

トピ内ID:7852044341

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終わりよければ全て良し

🙂
こちらは田舎なので、親の老いてゆく過程を地元に残る姉妹が看て、都会に住む長男が喪主となって葬式を出すのが多いです。 途中に何もしなくても、最期さえ立派にやり遂げれば「さすが!」と長男は絶賛されます。 娘は看て当然。 世間的には、終わりよければ全て良しみたいなところがあります。 見舞わなくても、葬式で泣けば「あの人、いい人ね」と情が深く見られる。 私の亡父の晩年は、その頃40代の姉が看てくれました。その姉が垂れ流す愚痴には驚きました。 私の中学生の頃の悩みと同じ!!と。 中2の時に母が亡くなり、父と二人暮らしになりました。 姉は葬儀の半年後に結婚し、親戚からは総スカンをくらいましたが、父の晩年を看取ったら賞賛されました。 姉も若い頃から父の悪口しか言いませんでしたが、人前ではとても親思いの娘を演じてました。 感心します。 感謝もしています。 孫を産み、気難しい父を好々爺にしました。 好き勝手な部分も多く、消えないモヤモヤもありますが、最終的には近くに居てくれたから私は放蕩娘になれました。 大人だな…と思う部分もたくさんあります。 老いた親を労る立場に変わり、親の気持ちが解るようになったのでしょう。 子育てした人は娘を卒業しているな…と。 親は末っ子が可愛いのよ、蓄ちゃんが独立したらお父さんは淋しがるよ、と世間様は末っ子を縛り付けるような事ばかり言います。 長女は長女の言い分があるでしょうが、末っ子も損しています。 トピ主さんは、早くに逝ってしまったお父様には腹が立たないのでしょうか。 他の兄姉は、ただただ「母が可哀想…」と嘆きますが、私は母に違う感情も持っています。

トピ内ID:1817564769

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コメントありがとうございました

🛳
50代 トピ主
蓄さま 今が一番悩む時期なのかもしれないですね。 私は父に関しては記憶自体がなくて。 一番古いのが何回忌かの法事と言う状態なので、いたらどうだったのかというのがあまり思い浮かばないのです。 確実に私も母も姉も人生変わっていただろうとは思いますが。 母だけでも長生きしてくれていたのが本当に御の字です。 なんでも時間が経てば徐々に気にならなくなってきて、50年も経てば今の悩みもつらさも なかったことになるのかもしれないと思います。 消滅してなくなってくれればいいと思います。

トピ内ID:7852044341

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