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親友の死

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(トピ主 0
041
ゆう子
ひと
1年程の闘病の末、昨夏、友人が亡くなりました。お互い40代の独身で毎日のようにLINEのやりとりをしていました。 遡れば小学生の時からの何でも話せる友人で、本当に彼女には全てを話していました。 遠距離に住んでいたので会うのは1年に1回あるかないかでした。 生前、仕事が忙しければお互い数日LINEが無いこともあったし、ここまでは何となく誤魔化し誤魔化しやってきました。 けれど、ここへ来て、彼女が居ないことをどうにも認めざるを得なくなり、泣き暮らしています。 1人が気楽、なんて呑気にしていたけれど、独身で一人暮らしでも生きてこられたのは彼女がいたからだと突きつけられています。 日々の小さなことから大きな悩みまで、話す相手が居なくなりました。 他に友人がいないわけではないのですが、彼女とは違って何でもは話せません。数人の友人はこの状況を知っていますが彼女の代わりに頼るようで話しづらく、あまり連絡を取っていません。また、この事を知らない友人と全く関係のない話をするのも虚しいばかりです。 「友人に何でも話す」ということが当たり前に生きてきてしまったので彼女が居ることで私が成り立っていたというか、半身を失ってしまった感じです。 逆に今までが幸せな事だったのだなとも思います。いい大人が情けないとも思います。 同じような状況の方いらっしゃいますか。

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私も友人を2年前に亡くしました

041
nemo
今年が三回忌になります。 遠方に住んでいたので発病の話を聞いてから、ひと目だけでも逢いたくて逢いに行きたくて、やっと休暇が取れた矢先に訃報が届きました。病いの連絡を受けて半年後でした。 彼女は親友かというと、少し首をかしげるところがありますが、それでも3本の指には入る親しい付き合いだったと思います。 彼女と居ると穏やかな気持ちになれました。 ただ仕事の愚痴や人間関係の話はしましたが、お互いの環境の違いから、人生観や生き方については干渉しないようにして、本当に深い話はあえて避けていました。喧嘩もしたことがありません。 穏やかに趣味や習い事の話をして、日常の細やかな心の流れを綴ったり、茶飲み友達のような関係でした。 ご両親には告げていませんが、机の片隅に遺影があります。買ってきたお菓子を添えて、時々話しかけます。 彼女は一生私の友達だと思っています。彼岸に居ても此岸に居ても、それは変わらないと。 彼女の好きな物を見つけては、思い出します。地蔵ポストに手紙も書いています。今でも彼女のことが大好きです。 この気持ちがある限り、私は彼女の友人だと思っています。

トピ内ID:9434481414

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