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看取った後の心の持ちよう

レス15
(トピ主 1
😢
眠りたい
ヘルス
同じ経験をなさった方に質問です。 母が88歳で他界しました。認知症で何もわからない暴れる状態で、最後の2年間は施設にいました。 腸閉塞と骨折で二度目の入院だったのですが、口から物を入れると腸閉塞になり手術が必要になるとのことで、点滴で最小限の栄養と水分を点滴するか、このまま看取るかの選択をしなければならなくなりました。父はもうどちらでもいいという態度で、妹も私に任せるいうことなので、このまま看取りと決めました。点滴を入れる血管もボロボロだし、暴れるので拘束もあり得るとのことも考慮しました。 一週間後母は逝きました。しばらく経ってから私が母の寿命を決めたのではないか、もっと長く生きられたのではないかと思うようになり、夜眠れない日が続いています。同じような経験をした方、どのように解決しましたか。どのように思えばいいのでしょうか。教えてください。

トピ内ID:f20a0dc099356d18

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そんなの

🙂
たんぽこ
思い詰める必要まるでないよ 私は母親を在宅介護で家で亡くなってるんだけど 管が何も無いって本当に幸せな事なんだよ 以前、私が妊娠悪阻で入院した時にずっと点滴しててね で、血管確保しておく為に常に針が刺さってたんだけどさ ちょっと腕を動かすだけでも針先が血管に当たって痛いわけ 我慢出来なくて抜いてもらった時は本当に辛さからの開放で泣けたよね 人ってね、寿命があってさ 寿命が来ないと死ねないんだよね あなたが寿命を決められるわけないじゃん、神様じゃあるまいし そんな事よりもね、あなたの母親はあなたに感謝してるよ 辛かったと思うよ、本人も 1日も早く楽になりたかったから本当に良かったって感じる あなたの心が落ち着いた頃に、夢に母親が出てくると思うよ あなたの思いは全て伝わってるから大丈夫 美味しい物を沢山食べて、幸せに暮らして欲しいと願ってるよ

トピ内ID:40a33632ccf72f2e

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仕方ないです

🙂
なな
うちは毎年していた検査を辞めました そのときに、治療はしない方針に決めました 検査するために注射をすると、腕があんこのような色になり、皮がペロリと剥けます 何のための検査でしょうか なんのための治療でしょうか その後、紆余曲折を経て亡くなりましたが 亡くなったときに、二人の方から よく頑張った 大変だったね やっと楽になれたね と母に声をかけていただきました 年がら年中危篤騒ぎをしながらも20年以上生き長らえる方もいらっしゃいます 家族はどんなにか消耗することでしょう どんな姿になっても生きていてほしいんです と、同時に受け入れがたく正視できずに、過去の美しい思い出が壊れていくのに居たたまれず、もう終わりにしたいと一瞬よぎる思いにおののくのです 苦しみと痛みに耐えながら時に拘束され生き続けるよりも、お母様は嬉しかったとおもいます 愛する夫や子の重荷になることなく逝けて幸いだったとおもいます 少なくとも、そう信じましょう 貴女が顔をあげて前を向いて、貴女の人生をしっかりと生きていくこと 母親のことで後悔などしないことが 母の願い だとおもいます

トピ内ID:200c44d0dfe23599

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近くでみる人ほど後悔します。

🙂
なつ
大変でしたね。 お疲れさまでした。 私も母を自宅で看取りました。 インフルエンザから肺炎になり入院。 肺炎は良くなったものの食欲が回復せず、枯れ木のような足から点滴をしていました。 これがしょっちゅう漏れるんですよね。 痛々しくてね。 ずっと認知症で発語もなかったのですが、コロナも流行り始めたころでしたので自宅に連れて帰りました。 口から水分も摂れなくなって、最期は眠るように逝きました。 往診をお願いしていた医師から点滴はしますか?と聞かれましたがしませんでした。 もう十分に頑張りましたから。 一番楽で自然な最期です。 きっとお母様も感謝されていると思いますよ。 心配を掛けないように、どうぞお元気で過ごしてください。 お母様もそう望まれています。

トピ内ID:33f4b254745a8dcb

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お母さんもわかっていますよ

🙂
はな
昨年義母を癌で亡くしました。 末期で意識もなくなり、手の施しようがなくなった際、主治医と今後どうして行くかの話し合いを持ちました。 回復の見込みはないのでできるのは痛みを除く緩和ケアのみ。 その上での選択肢は2つ ・1日でも生きている時間を、と希望なら栄養などの点滴、いざとなれば人工呼吸器で延命処置を施す。 ・義母の苦痛は和らげた上で必要以上の点滴は行わない。この後残されている時間は長くない。自然な流れに任せる。 ある程度の事は覚悟していたので看取りについても色々と調べていました。 延命措置が義母には苦しい事なんじゃないか、栄養剤の点滴は体の必要以上の水分を取り込んで浮腫んでしまうなど、でももっと生きていてほしいし…とか色々迷いました。 その場には夫、義妹夫婦もいて、主治医からはこのまま自然の流れに任せるのが義母にとっては楽だと思うという話もあり、夫と義妹はその決断をしました。もちろん義弟と私もそれでいいと。  義母は徐々に調べていた教科書通りに苦しそうな顔をする事なく10日後に旅立っていきました。 夫も義妹も納得いく看取りができたと言っていました。みんなでよく頑張ったね、と思えたのは夫、義妹夫婦のみんなでそうすると決めたからというのが大きいように思えます。 トピ主さんが今も心の置き所が見つからないのは「自分で決めてしまった」と思われているからなのでしょう。 お父様も妹さんもトピ主さんに任せる、という事でトピ主さん1人が背負ってしまったからなのでしょうね。 でもお父様も妹さんもそれで良かったと思っているはずでトピ主さんの選択は間違っていません。 お母様もわかっていらっしゃると思いますよ。そしてそんなに思い悩まないで、と思われているはず。 肉親を亡くした喪失感は大きいものです。どうぞ体をゆっくり休めてくださいね。

トピ内ID:7519333af6f31326

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天命だったんですよ

🙂
はるんべりー
自分の決定がお母さまの寿命を決めたのではないかなど、決して考える必要はありません。 むしろおこがましいと思います。 お迎えが来るかどうかは全ては天が決めること。 天命、運命だったのです。 トピ主さんがどういう風に意志決定しても、 お母さまの寿命が尽きるのはそのタイミングだったのです。 お母さまのご冥福をお祈り申し上げます。

トピ内ID:cd9b17539c14c314

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自分がされたくないことはしない

🤣
自然に
父が危篤になり一命はとりとめましたが 延命か看取りか1週間以内に決めるよう医師から言われました。 母も決められず二人で泣きながらどうしようどうしようと… 延命は二つ提案されました。鼻チューブか器具埋め込み(胃ろうの手術は耐えられないからと) 看取りを選択された方の話を読みました。 やはり悩んでいたけれど元気な頃のお母様に言われていた言葉で決断されたと。 「私が病気になった時、あなたがされたくないことは私にもしないで」と。 私もその言葉で決断しました。 父に対して他のことでは後悔だらけです。 元気な頃の父にもっと寄り添っていれば…等々 でも看取りを私が決めたことは後悔してません。

トピ内ID:1c23cdc23b13e7f6

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お母さんは楽になられたのです。

🙂
花菜
私の父は癌が見つかった時には末期の状態でした。 それでも、自転車に乗り買い物、時々チアノーゼも見られましたがなんとか生活していました。 医師から全脳放射を勧められ、結果、放射2日後に嘔吐や歩行困難で寝たきりになり重篤の状態、苦しみながら数か月後に逝きました。 治療などしなければ良かったと思います。 自然死で良かったのです。 寝たきりになった父から「もう、なにもしなくて良い、延命処置はいらない」と言われました。 苦しむ姿を見て、父の妹たちは「延命して1日でも長く生きて欲しい」と。 私は、延命しても意識の無い状態で、目が覚めると苦しそうな姿を見て、早く楽になって欲しいと思いました。 トピ主さん、お母さんは苦しみから解放され楽になられたと思います。 あの世で、先に行かれた方と再会されて暮らしておられます。 どうか、ご自分を責めたりしないで下さい。 ついでに、私の母も認知症で暴れる人です。 現在は精神科で3年入院していますが、そろそろのようです。 先日医師から連絡があり、延命処置をするか否か聞かれましたが、以前、母が延命はしないと話していたので、自然死でお願いしますと言いました。 娘が親の命を決めても良いじゃないですか。 それが最期の親孝行かも知れません。

トピ内ID:170bd98ca6627c02

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ひとりで抱えないこと

😢
すみれ
栄養を入れるのが最善だと言い切れる状況だったなら、医療関係者からそのようにしっかりお伝えしたと思います。でも今回はそうではなく、自然な形もありますよ、との提案がなされたのだとしたら、それもお母さんの尊厳を守る有力な方法だから。 苦痛を減らしてその人らしく旅立つことも、大切な尊厳です。 話し合いの過程で、トピ主さんが結論を出さざるを得なかった状況から、そんなふうに気に病んでしまうのも当然のお気持ちだと思います。お母さんを早く旅立たせたい子供なんていませんもの。寂しい、悲しい、あのときもし違う決定をしていたら‥?って。 私がこの文面から分かるのは、トピ主さんが、確かな愛情をもとに、お母様の最善の利益を汲み取っていたという事実です。 悲しみはすぐに癒えないと思いますけれど、どうか今は、お別れ後のつらいご自身の心に優しく付き合ってあげて、ご自分を責めないでくださいね。 辛さが強いなら、グリーフケアやピアサポートの会も良いかもしれません。

トピ内ID:0ea018ae4f6ebb4a

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これで良かったのです

🙂
海賊の妻
私は90歳の母の看病をしています。三年前に心臓病になりせん妄のために強制退院しました。点滴の針は抜く看護師は蹴とばす、虫がいると言い床を這いまわる等のせん妄が5日間続き退院しました。後二年の命と言われました。それから3年たちます。母は二年で死ねれば良かったのです。なぜなら苦しいだけの一年だったからです。家に帰るとかかりつけ医の世話になりました。その先生とは「お母さんのように看取って欲しい」と言う約束がありました。ですからできるだけの治療をしていただきました。現在の状態はもう打つ手が無くなり「苦しい。苦しい」と言いながら寝る事も出来ず座って肩で息をしています。医師は「生きながら首を絞められている状態です」と言います。かわいそうで見ていられません。 本当なら入院しているはずですが、医師は「病院の方から断られるだろうな」と言い母は「家で死ぬ」と言います。死んでもいいからお風呂に入ると言うので浴室や脱衣所に暖房を入れて準備すると「やっぱり苦しくてダメだ」といいます・苦しいだけの毎日でさすがに生きる気力を失いました。困りました。どんなに苦しくても、飲ませる薬が無いのです。処方された薬は朝に一回と言う決まりがあり、夜には軽い眠剤が出ています。苦しいのに効く薬は無いのです。早く死にたいと言う母に死ねるといいねと言います。 退院した時死ねれば良かったとか、二年目に死ねれば良かったとかよく考えます。 あなた様は賢明な判断でした。いたずらに寿命を延ばすのがいいとは今の私には言えません。飼い猫にさえ「苦しい。〇ちゃん助けて」と言う母を見るのはすごく辛いです。一日も早く死なせてくださいとお願いします。生きながら首を絞められる状態何て嫌すぎます。

トピ内ID:0bc69a9cd8e6cd1f

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厳しい言い方になりますが

🙂
いなちゃん
厳しい言い方になります。申し訳ありません。 お母さまに、痛い思い・苦しい思いをしても、ただ命さえあれば良かったですか?ただ長く生きればよかったですか? ワケも分からず管をつながれて恐怖で暴れるお母さまを縛り付けざるを得ない、そんな辛い思いを冴えてでも、生きて欲しかったですか? トピ主さんに、その姿を見続けていく覚悟は出来ましたか? 延命を選ぶというのは、そういう覚悟も必要なのです。 親に生きていて欲しかったというお気持ちは、充分理解します。 私は、一昨年の三月母を88歳で、昨年二月に父を90歳で、亡くしました。 母は、肺がんの末期でした。私は延命を選ばず、ただ最期まで苦痛が無いようにして欲しいと伝えました。 父は、肺炎を繰り返し入院しており、悩みましたが胃瘻を作る方向で話を進めていました。しかし、90歳の誕生日を迎えた翌日、胃瘻を作る前に突然死で亡くなりました。 どちらも、病院に対しては感謝しかなく、悔いはありません。コロナ禍で面会禁止だったため、父の最期に立ち会えなかったことは残念でしたが、苦しまずに逝けたことは良かったと思っています。 長生きは素晴らしいことですし、色々な介護の手を借りて生活することも、良いと思います。 延命が必ずしも悪いとは、思いません。 でも、トピ主さんが「延命しない」と決めたその決断は、悔いて欲しくないと思います。

トピ内ID:153bde32b45abd73

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眠れないとき‥

😢
たんぽぽ
それだけ大きなお別れを経験したら、辛くて眠れなくなるのも当然ですよね‥わたしには想像もつかないほどの悲しみです。 トピ主さんのお母さまに対するの思いはそれだけ大きく、とても大切な存在だったのだと感じます。 もし2週間以上にわたって不眠や辛さが同様に持続するようならば、心療内科の利用も検討されても良いかもしれません。家族として当然の心の反応とはいえ、そのぐらい不眠が続くと、疲れから別の病気を招きかねないからです。 お母様の立場だったらきっと心配なさるのでは。 どうぞ無理に元気になろうとはなさらないで、今日1日、明日1日のご自身の心を大切に労ってお過ごしくださいますように‥。

トピ内ID:0ea018ae4f6ebb4a

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皆さま ありがとうございました

🙂
眠りたい トピ主
トピ主です。皆様のご経験を読んで、多くの方々が辛い状況の中決断をなさっている事を知りました。今悩んでいることが命に対してのおこがましさだというご意見にはハッとさせられて、心が軽くなったような気がします。自分で食べられなくなった時点で寿命と考える国もあるのですから。 幸いコロナの状況が良かったので毎日面会にも行き、最後の瞬間も一緒にいました。もちろんその間一度も娘とは母は認識していませんでしたが。やれることはやったと思うようにします。 少し薬の力を借りて自分を立て直して行きます。貴重なご経験談ありがとうございました。

トピ内ID:fb50414e214e198f

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誰でも後悔は残ると思います

🙂
さくら
私の父は5年前に亡くなりました。末期のガンで、自宅で療養していましたが、食事も全く取れなくなり身体もかなり辛くなったので、自分から入院すると言い、病院に行きました。 家にいた頃は頭もしっかりしていたのに、入院3日目くらいからよくわからない話をしだし、家に帰りたいと言い出しました。でも寝たきりで食事も取れない父を連れて帰る勇気がなく、母も病院でという意見だったのでそのまま入院しました。2週間後、父は逝きました。 父を連れ帰った時に、「帰りたかった家に帰れたよ」と声を掛けましたが、本当は生きている時に帰らせてあげたかった。本当にごめんねと今でも後悔しています。 最後に見た景色が病院の天井だったのだろうなと思うと申し訳ない気持ちでいっぱいです。 5年経ち、少し気持ちは楽になりましたが、今でも思い出すと後悔ばかりです。 みんな同じような気持ちを持っていると思います。夢に出てくる父はいつも笑っています。癒してくれるのは時間しかないと思います。

トピ内ID:a96e1dc5f2046d54

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入所するときに確認される

🙂
ぎんねこ
確か、延命措置をするかどうかは、施設に入所するときに確認されると思います。私の姑も特養に入所していますが、入所するとき、点滴、胃ろうなどの延命措置はするかどうか聞かれました。ただ施設の方針として、それらはしないそうです。 だから逝かせるときは自然に逝かせることになると思います。 その判断は、血のつながった息子である主人がすべてしました。配偶者の私は口出すことはしませんでした。 お父さんは血がつながっていないのだから、お子さんのあなたがするのは当然でしょう。 自然と逝かせるか、二か月程度延命するかの差しか無いと思います。

トピ内ID:d324103bac8a19aa

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88歳なら大往生と思ってください

🙂
モービー
認知症で暴れるってことは相当進行していたんですね。 点滴での栄養って書かれておられるように最低限の栄養しかないし、 生かせたいなら胃ろうという手があるんですが仮に胃ろうをしても 接合部を取ってしまうとかあったと思います。 悩む気持ちは分かりますよ。 こういう状態になるまで、自分が幼い頃は良い母でもあったんだろうし、 治療や延命を断念せざるを得なかったのは断腸の思いもあったでしょう。 私の義母も認知症になってもう5年以上経過し、レビー小体型なので パーキンソン症状もあって、もう寝たきりです。 施設から病院に移り、つい先日鼻チューブでないと薬が服用出来ない状況に なってきました。噛む意識、嚥下する意識も遠のいている状態です。 私にとっては義母だしそこまで思い詰めることはないですが、 実子である私の配偶者はやはり悩んでいます。とはいえ、もう手の施しようもないし、 回復なぞするわけでもないし、看取り段階に入ったわけです。 今後どれだけ生きるかは本人次第なんでしょうけど、 無理に「延命」だけはしないのが良いと思います。 私も実母はまだ90歳で存命(同じく腸閉塞で入院、翌年骨折で入院しました)ですけど、 延命措置は本人も一筆書いてあるから少し気は楽です。 実兄(20代)と実父(60代)は早くに亡くしましたけど 火葬して骨になった姿を見て肩の荷が下りたことは覚えています。

トピ内ID:c93125f0f820a64d

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