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その時赤ちゃんは何を思ったのか?

レス22
(トピ主 4
🙂
トビウオ
ヘルス
赤ちゃんは長女で、1歳3カ月の時に妹が生まれ、身体が弱い母は、1歳3カ月の娘を半年くらい親戚に預けました。預け先ではとてもかわいがられて、いつも歩行器に入れられていたそうです。
娘は、戻ってきてからお母さんの顔をみて覚えていないのか、???という顔をしていて、母はさみしかったそうです。「ああいうことはするもんじゃない。」とも言っていました。

その半年くらい預けられた娘は私です。自分に子どもができて、赤ちゃんにとって母親は世界のすべてだなと実感しています。

母親が突然いなくなって、赤ちゃんはどう思ったのでしょうか。捨てられたとか思う知恵もないですし、ずっと養育してくれた母親がいなくなって、物も言えないし、その喪失感にどう向き合ったのでしょうか。
世界が崩れるくらいの衝撃を少しずつじわじわと味わっていたのではないかと思います。
そして訳がわからないまま諦めていって忘れたのだと思います。

誰も悪くありません。ただ、自分が母親になってみて、赤ちゃんもかわいそうだし、
顔を忘れられていた母もかわいそうで、私が母親だったらと想像するといたたまれないです。

私は戻ってからも、母親が認識できませんでした。小学校中学年くらいになると、理屈では母親とわかるのですが、ずっと「怒ってばかりの怖いおばさん」と思っていました。
ぼーっとしていて覇気のない頭の悪い、人から相手にされない子どもでした。もともとの性格なのか、赤ちゃんのころのトラウマなのか分かりません。
人とうまく距離感がとれず、裏切られるのが怖いと思うようなこどもでした。
大人になると男性から騙されることもありました。
もし、赤ちゃんの頃のトラウマなら致命的に不幸な出来事だと思いますが、こういう自分だからこそ歩んだ道があって、今の自分の子どもに出逢えたのなら、生きづらい人生ですが、これでよかったのかもしれないとも思います。

トピ内ID:4679683d4e900e5e

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いやいや

🙂
誰のせいでもないと言いながら体が弱かったので半年親戚に預けただけで、結婚して子供まで出来た娘にずっと責められるお母さまがとてもとてもお気の毒だわ。 トラウマとかいう言葉を使って生き方を人のせいにしていつまでも自分と向き合わないのはどうかと思うよ。

トピ内ID:6d4e13e5ad91249a

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あまり関係付けないほうが

🙂
考えが狭く決めつける
トピ主さんが苦労の多い半生を過ごしてきた。そこは同情出来るのですが。悪いことが全て赤ちゃんの時のせいにしすぎの気もしますよ。人に裏切られるなんて誰だって怖いし、ある程度の年になれば知恵も付く。他人を丸々信じるなんて出来ないでしょう?特に男性に騙されるなんて全く別のお話しですよ。 これからだって、何か問題が起こったときに感傷的になっちゃ駄目なんですよ。冷静な判断が出来ません。特に何でも「お母さんのせい」にすればそこで考えがストップしちゃうでしょ?気持に引き摺られないでちゃんと考えないと。 あなたが親戚に預けられた事。仮に病弱なお母様の元にずっといられたとしても、今度は「育児放棄をされて、そのせいで・・・」と言い出しそう。もっと酷ければ生きていることも叶わなかった場合もあったんじゃないですか? あなたは苦労したからこそお子さんを大事に思ってる。だとすれば、その大切な子供を預けなきゃいけない親の苦しみも理解できるでしょう? あなたはそれでも「理屈では解るけど」なのでしょうね。 知人に80超えの高齢女性がいるんですけどね。未だに幼少時代にされたことで親を恨んでいるんですよ。お年のせいもあるでしょうが、会うたびに涙を流して「親がああでこうで」と訴えて来るんです。 私ごときが何を言って上げられるはずも無いんですけどね。「でもこの人だって子供を産んで幸せな家庭を持った。良い時代を過ごして来たのに、それは忘れちゃったのかなあ」とは思うんです。 言っちゃ悪いけど、この人、自分から不幸へ不幸へ落ちているんですよ。息子夫婦と同居もしてもらって、何不自由も無い生活には感謝が無いんですよね。そこに幸せは無いと思ってるんですよ。 この方やトピ主さんのトピックスを読んで、人生の軌道修正には冷静な理屈(理性)も必要じゃないかなって思います。

トピ内ID:81212b35d84ae64c

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安心してください

🙂
コロッケオ
人間の思考は言語により行われるものであり、故に言語を習得できていない1歳3ヶ月の赤ちゃんに『思考』は存在しません。 空気としての不安感などはあるかもしれませんが、それと事象を結びつける能力もまだありません。 ですから、その一件が赤ちゃんのトラウマになることはないでしょう。 そもそもそれが事実なら、母親が病気などで突然入院するなどして母子分離があった親子は必ずトラウマを残すことになってしまいます。そんなことはないですね。 赤ちゃんはなにも思うことのない存在です。 原始的な快不快などはありますがね。 そんでもって、その快不快と現象を因果づける能力はないです。そんなことができる子はもはや人間ではないでしょう。ご安心を。 だれしもなにかしらありつつ生きているので、そういう意味ではトピ主さんの人生はド平凡です。ド平凡な人生とは、『山も谷もある人生のこと』です。

トピ内ID:2cd8117688bdf6dd

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大袈裟

🙂
ぴか
赤ちゃんにそこまでの思考能力は無いです。 >その喪失感にどう向き合ったのでしょうか 喪失感は無いですし向き合うこともありません。 >世界が崩れるくらいの衝撃を少しずつじわじわと味わっていたのではないかと思います そんな感覚は無いですよ。大袈裟過ぎます。 >そして訳がわからないまま諦めていって忘れたのだと思います 単に関わりがなかったから忘れたのでしょう。 >赤ちゃんにとって母親は世界のすべてだなと実感しています 母親は大事な存在ですが、赤ちゃんにとっては側にいて欲求を満たしてくれる存在、いつも側にいるから安心感があるというだけです。 赤ちゃんにとって『母親だから特別』という意識はないです。関わってなければ忘れられるのは当たり前。トピ主さんだって、お子さんと離れれば忘れられますよ。 トピ主さんは『母親』というものに対して思い入れが強過ぎませんか? 赤ちゃん本人はそこまで思っていませんよ。 >赤ちゃんの頃のトラウマ それは無いでしょう。赤ちゃんはそんな複雑な感情は持てないです。 トピ主さんが母親との関係がうまくいかなかったのは、『その後の育てられ方』『トピ主さんが元々持っていた性格』『トピ主さんと母親の相性の不一致』のどれかではないでしょうか。 トピ主さんが人間関係うまくいかないことや男性に騙された原因が赤ちゃんの時のトラウマというのは、だいぶ的外れだと思います。 赤ちゃんの頃の自分が可哀想だったという思いが強いのではないかと感じました。 赤ちゃんの頃、久しぶりに母親の顔を見て???となったそうですが、そのエピソードを聞いたのはいつですか。その話を聞いたからこそ、自分から母親に線を引いて接するようになったのかも知れませんよ。 そのエピソードを知ったから、人生うまくいかない時はそこと結びつけて考えてしまう癖がついたのです。

トピ内ID:f6f4a61077ac6b21

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トピ主です

🙂
トビウオ トピ主
ありがとうございます。大げさだという感じを受けられるのですね。 このことを考えるようになったのは子どもを育てるようになってからです。 本で「愛着障害」を知りました。 子どもは6か月を過ぎることから、はっきりと母親を見分け始めて、それは、愛着が本格的に形成し始めていることを意味するそうです。 そして、生後6か月から1歳半くらいまでが、愛着形成にとって、もっとも重要な時期とされていて、 この「臨界期」と呼ばれる時期が過ぎると、愛着形成はスムーズにいかなくなるそうです。 臨界期に母親から離されたり、養育者が交替したりすると、愛着が傷を受けやすく、その時期に育まれないと、子どもは正常に発達しなくなり、そればかりか、親もその関係を拒否してしまう場合もあるそうです。 この説が本当か分からないですが、幼児の頃母親は怖かった印象しかなくて、甘えたことなど一度もありませんでした。 家の子どもは10歳になる今でも「抱っこして。」と言ってきます。 私と違い社交的で友達に愛される子に育っています。 持って生まれた性格もあるでしょうけれど、子どもが甘えたい時にはいつも甘えさせてきた、スキンシップをたくさんしてきたというのは、私と母との関係とは違います。 私は幼稚園の時、友達がお母さんに抱っこされているのを見て、「気持ち悪い。」と思った覚えがありますが。 みなさんが言われるように、関連付けて感傷的になったりするのでなく、今の自分の幸せを考えて、合理的に考える、というので良いと思っています。 生きていれば大小あれトラブルはあるし、もし愛着に傷がつく出来事だったとしても、それは私の人生最初のトラブルで運命だったんだと受け入れます。それでも私なりに努力して自立できているんだから、私にしてはよくやってるって自分を励まして、恵まれていることに感謝して生きていこうと思います。

トピ内ID:4679683d4e900e5e

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買いかぶりすぎ

🙂
ss
何か、勝手に妄想を広げてるね。赤ちゃんを買いかぶり過ぎね。 >その時赤ちゃんは何を思ったのか? 特別なことは何も思ってないでしょ、赤ちゃんを理解してないよね。 >娘は、戻ってきてからお母さんの顔をみて覚えていないのか、???という顔をしていて、母はさみしかったそうです。 さみしがるのは母親の自由だから好きにすればいいけど、それは赤ちゃんには無関係だよ。 >赤ちゃんの頃のトラウマなら致命的に不幸な出来事だと思いますが 違うでしょ。赤ちゃんは誰が生んだかなんてどうでもいい話、その時に育ててくれた方がすべてね。 まあ、大きくなれば色々だけど。

トピ内ID:f2161ba3d66cdd3e

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前を向いて

🙂
すみれ
私は、大袈裟でもないし買い被りとも思いませんでした。 現在、幼い子供がいるのもありますが…「臨界期」は存在すると思います。実際、後追いや母親を認識して泣くのも同じ時期ですよね。 赤ちゃんは思考はしてなくても、確実に感じ取っています。そうでなければ、長い歴史の上で「愛着障害」という言葉は生まれませんから。 トピ主さんが本当に臨界期に影響を受けたのが原因かは証明は出来ません。ただ、小町に書きたい程の強い想いが存在したのだと思います。 書かれてる通り、ご自身を励ましてあげてくださいね。 私の好きな言葉で、『辛い経験をしている人こそ他人に優しくなれる』という言葉があります。 トピ主さんはたくさんの愛情を、我が子に捧げているのは…今までの経験があったからですよ。

トピ内ID:285f13151d108583

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結局は全部聞かされた話

🙂
記憶違い
考え過ぎだと思いました。 母親がいろいろあなたに、子供のころのあなたはああだった、こうだったと言ったのでしょう。 そこから覚えてもいない記憶を勝手に作り上げただけだと思います。 幼児の頃の、お母様が怖いおばさんに見えたのは、実際に怖いお母さんであったのであって、それは赤ちゃんが母親から半年引き離された事とは関係なく、どこの家でもそのようなお母さんは一定数います。 ご自分の人生をドラマチックにすることによって、今の子育てを頑張るモチベーションになるのならそれで構わないと思いますが、同じような経験を持つ私の二人の子供は当然その当時の記憶は全くなく、そのかすかにある薄い記憶は全てその当時の写真や話で聞かされている物をもとに作り上げられている物のようです。

トピ内ID:51011697062ec3f7

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笑われそうですが

🙂
乙女りんご
赤ちゃんって大人が思う以上に物事を知ってるものだと思います。 生まれたての赤ちゃんだって自分のまわりの状況は理解できるし、胎児でさえある程度の理解力や記憶力があると思います。 ただすぐ忘れてしまうし、立ち直りも早いんじゃないでしょうか。 トピ主さんは自分の思い通りの育児をされれば良いですよ。 私も乳児期から幼児期にかけて愛情薄い環境に育ったので、なんとなくトピ主さんの言わんとすることがわかる気がします。

トピ内ID:6fa9dce967eff8a2

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三歳の時なら、母親は識別できる

🙂
ぎんねこ
トピ主さん、私は子供が三歳の時に、五か月半病院に入院して、その間実家の母親が、娘を預かり育ててくれましたが、車で迎えに行くと、娘は、ママーと言って駆け寄ってきました。しっかり覚えていましたよ。 恐らく一歳のころの半年だから、お母さんが識別できなかったんだろうと思います。 ただ親を見失ったんだという思いが強く、車に乗る前に、私がトイレに行ったとき、姿が見えなくなって、わーっと大泣きでした。それを見て実家の母が、この孫は賢いよ、この子がいる限りぎんねこは離婚にならないわと思ったそうです。 一歳のころなら、心の傷がそう深くないかもしれません。たぶん育児担当がすり替わったんだ程度かもしれませんよ。そのつもりで毎日代わりの育児担当と暮らしていたんだけれど、以前うっすら覚えているお母さんが帰ってきた、ぐらいには気が付いていたと思います。 私の子の場合は、よく覚えていて、実家の母と仲よくやつていたから、あのまま実家でおばあちゃんに育ててもらいたかったと後々言っていました。 母にバトンタッチして、上手に育っている部分もあったし、育児は前進していたと思います。 半年だけれど、お母さんはいないいないして、半年後、ばあっと現れたわけです。それだけのことで、赤ちゃんは赤ちゃんで育って行っているので、凄い問題でもないと思いますよ。

トピ内ID:d5a4763456621ad3

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愛されたかった?

🙂
しま
赤ちゃんが、というよりその後のあなたが、あなたが十分に感じるほどお母さんからの愛を受けなかったのかなと感じました。 1歳3ヶ月からの半年、きっと凄まじい成長をしたと思います。 その成長を近くで見られず、戻ってきても自分に懐かずイヤイヤ期を迎えるあなたより、ずっと手元で、しかも長女を親戚に預けないといけないような体調の中で死にものぐるいで育てた妹さんの方に関心と愛情が注がれるのは容易に想像できます。 赤ちゃんの愛着形成云々よりも、帰ってきた後にきちんとスキンシップをとって肯定的に育てられなかったことの方がよほどその後の母親への思いや人間関係のつくり方に影響しているように思います。 また、赤ちゃんのあなたも、その後成長をしていくあなたも、そして今のあなたも本当はお母さんに無条件に愛されたいのではないでしょうか。 私がこうやって愛情たくさんに娘を育てているように、母からもたくさんの愛情を受けたかった。が、心の裏にあるのかなと思いました。 愛されたかった子供のあなたが愛される術はありません。娘さんを沢山愛してあげてください。

トピ内ID:fbe11e7fdad6dc30

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預けられた時より

🙂
匿名
帰ってきて懐かない我が子に積極的にスキンシップして行ったりしないでガミガミ怒ってばかりだったのかお母さんの失敗で、あなたとうまく関係築けなかったんじゃないかな。 懐かない子を可愛がるって難しいから。 ただね、私の子も甘えて大きくなっても抱きついてきたりするけど、それって今の子育ての話。トピ主さんがいくつかわからないけど、昔はいつまでも甘やかしてるのはよくないというのが主流だったから大きくなって親に抱きついたりしない方が多かったし普通だと思います。親に抱きつかないトピ主さんがその時代の主流じゃないかな。 愛着障害もHSPや自己肯定感と同じく今流行りのキーワードだなぁと思います。本やネットで知って自分と当てはめて行きにくいのは私のせいじゃないんだと納得したいのかしらと思う。まぁ納得して前向きになれるなら別にいいけど。中途半端に本で知識を齧るより折角なら大学などでその辺専門的に学んでみたらどうですか?また違う観点に気がつくかもしれません。

トピ内ID:225fac6a5dfb24b9

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昔の子育てだったのよ

🙂
考えすぎない
お子さんが10才ということは、トピさんは30代か40代前半くらいかな? 他のかたも書いておられますが、その時代の子育ては今と違って「子供の気持ちを最優先」したり「たっぷりスキンシップ」したりする人の方が珍しかったんですよ。 幼稚園にもなって抱っこされる子も見たことない。 トピさんが「気持ち悪い」と思ったのは、心が歪んでいたのではなく、大人びた感性を持っていたからじゃないかしら。 普通の子なら「わー赤ちゃんみたい」という反応すると思うの。 トピさんは生まれつき感受性が強くて大人びた(悪く言えば冷めた)子供だったのでしょう。 私もそういう子供で、物心ついた頃から親を冷めた目でみていたように思います。 もちろん、無邪気に「抱っこ~」と甘えたりもしなかったし、頭でっかちで「自分は人とは違う」と思ってみたり、いわゆる「可愛げのない子」でした。 母も、「優しいママ」ではなく「厳しい母」でしたが、当時はみなそんな感じでしたからね。 ○○障害、と思ってみたり、原因はあの事、と決めつけることで自分が納得できるならそれも悪くはないですが、あまり意味はないと思うんです。 「変な子供だったわ」と笑って話せるくらいに軽くとらえて生きて行きましょうよ。

トピ内ID:6e536c1bec37e7de

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その後の育て方

🙂
ぽち
タイトルどおりですが、その後の育て方、だと思います。 「1歳3カ月の娘を半年くらい親戚に預けました」これは、よくあることだと思います。 母親も、妊娠・出産で、体に負担をかけているので、事情によっては、子供を放さないといけないこともあります。 「臨界期」というのは、少し専門的(脳医学)な言葉で、それで、トピ主さんの言われるようなこと(幼児の頃母親は怖かった印象)が、必ずしもあるようには思いませんが、どうでしょう? その後の母親とトピ主さんのかかわり方、特におかあさん、が、どうだったか?そちらの方が、大きいんじゃないのかな?

トピ内ID:04819819a93ff61e

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そこは違うかと

🙂
ささ
幼児期健忘ありますし、親戚宅でニコニコしてたようなので、そこじゃないと思いますよ。 戻ってきてからの過ごし方、環境の方が影響大かと。 かわいそうとか何とかも大人の理屈です。

トピ内ID:5aa74fbdac80def9

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読んだ感想を書きますね

🙂
青い空
難しい学説はわかりませんが、私は人は、必要のないことだから覚えていないのだと思います。 必要だったら、覚えているでしょう? トピ文を見た範囲では、ずいぶんお母様は子どもっぽい人だなと思いました。 「さみしかった」というのは本当の気持ちだったのでしょう。 そのくらいなら子どもに言ってもいいかもしれないけど・・・「「ああいうことはするもんじゃない」とも言っていました」って、はあ? なにそれ?と思いました。2歳にもならない子どもの表情に、何を言ってんの。 どの口が言う、「ああいうことはするもんじゃない」と言いたいのは子供のほうですよ。 でも病弱だったから仕方がなかった。それを責める気持ちはありませんが、「さみしかった」「でも私が一緒にいてあげられなかったのが悪いの。一緒にいてあげられなくてごめんね」と思うのが母親ではありませんか。 失礼ですが、トピ主さんのお母様は病弱だったせいか、構ってちゃんだったのでしょう。自分のことを一番にしか考えられず、相手にも自分を一番に考えてほしかった人のように見えます。母親が怖かった印象しかなかったのは、本当に怖い人だったのでしょう。自分を守ってくれない人、という意味で。 病弱の人って、優しそうではかなげな雰囲気の人は、一定数います。何か言うと、こちらが悪人だと思わせるような雰囲気。でも実際は、ものすごく自分勝手で、したたか、人の操縦がうまい、罪悪感をもたせるのがうまい。日常生活はできるし、キツくない仕事ならできるよね、病弱って何? という人はいますよ。 あるいは逆で、お母様にとって、子どもを預けるのがまったくの不本意だった可能性もあります。舅や姑に逆らえなかった、とか。嫌いな舅姑のせいだと、子どもまで遠ざけるということは、あるようです。 トピ主さん、素敵な母親になったのですね。すばらしいことです。どうかいつまでも幸せに。

トピ内ID:2245b187c7ef4667

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トピ主です

🙂
トビウオ トピ主
みなさん、ありがとうございます。理解を示してくださる方と大げさ、考えすぎと言われる方とふたつに分かれていますね。 私は元々赤ちゃんも子どもも好きではなくて(どう接していいのか分からない)それもあって結婚も出産も遅くなりました。ご縁があり授かることができて、赤ちゃんの愛らしさに夢中になってしまいました。 この世に赤ちゃんほど可愛い存在はないと思うほどです。 子どもが初めて笑った笑顔を今でも覚えています。新生児の生理的微笑ではない心からの笑顔です。 ちょうど私の友達が集まって賑やかな時でした。それ以来、人が家に来ると笑うので、この子は賑やかなのが好きなんだなあと思いました。その笑顔を見て以来、私は子どもが笑顔でいるかな?とそれを一番に気にするようになりました。 赤ちゃんに思考はないのでしょう。最初はおむつがぬれたら気持ち悪くて泣くとか生理的なことばかりですが、半年を過ぎるとお母さんや養育してくれる人が、不安な時に手をさしのべてくれたり、抱っこしてもらったぬくもり、温かいまなざし、笑顔、微笑み、やさしい言葉などを感じて、これらの愛情、善意に自分は守られている存在なんだって感じていく過程が愛着を育むということなんだと思います。 優しさに対して赤ちゃんは精一杯笑顔や愛らしい仕草で返してくれます。あんなにいい笑顔で笑ってくれる人はどこにもいません。私は子どもからたくさんの愛情を受けてきました。 そんなやりとりが途中で中断されたら… 何か影響があるのではと個人的には思ってしまいます。 頑固ですみません。

トピ内ID:6911803d62241672

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トピ主です

🙂
トビウオ トピ主
何人かの方が書いてくださった昔の育児とかその後の育て方の問題ということはよくわかります。 確かに今とは違いますね。育児本とか育児のテレビ番組とかなくて情報もなかったですしね。 その後の育て方も確かに大事で、赤ちゃんの時の出来事だけクローズアップしたい気持ちもないんです。 「そのせいで自分はこうなった」というのは特定できることではないけれど、赤ちゃんの時のことも影響しているのではないか、と思っているのです。 すみれさん、理解してくださってありがとうごうございます。「小町に書きたいほどの強い思い」 そうですね、その一言に尽きます。間違っていようともそう思ってしまうんです。 私の経験があるから子どもに愛情を捧げることができているとは思ったことがないですけれど、 もしそうだとしたらうれしいですね。 乙女りんごさん、赤ちゃんって私もすごいと思います。以前テレビで見ましたが、猿の顔の区別もつくそうです。外国語の発音の違いが判るとか。成長するにつれて退化していく能力を備えています。 しまさん、愛されたかった、という気持ちはないんです。たぶんそこが自分の問題なんだと思います。 素直に自分も愛されたかったなあなんて思えれば、逆に問題はないんだと思います。 そもそも愛情にすがりたいという気持ちがなく、私はとてもドライなんです。

トピ内ID:4679683d4e900e5e

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トピ主さん

🙂
トビウオ トピ主
青い空さん、温かい言葉をありがとうございます。母に関しては当たっていますね。母は5人兄弟の末っ子で、お金持ちの家で何不自由なく育ったそうです。お嬢さんみたいなところがあって、若い時の子育てはストレスだったでしょう。結婚してから苦労したと言っていました。 私は会社勤めで色々十分経験しつくしてからの子育てだったので気持ちに余裕があったんだと思います。 今思うと私より母のほうがずっと真面目で、ちゃんとしつけないとという気持ちがあるからこそ、 ヒステリックに怒ったりしていたんだと思います。私は完ぺき主義ではありませんし、子どもと楽しむことを一番に考えてずっと気楽に子育てをしています。 いつか子どもが巣立った時に、自分の家は楽しい家だったなって思ってもらいたいんです。

トピ内ID:4679683d4e900e5e

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赤ちゃんは大丈夫な気がします

🙂
専業主婦よ
夫は一泊離れただけで、10ヶ月の娘に忘れられて、人見知りで泣かれました。夫、ショックだったみたいです。でも、何日かすれば、またパパの抱っこにも笑顔に戻りました。 甥っ子は姉の第2子出産の時に、2週間我が家で預かりました。一歳半くらいの時です。初日こそ寝ぐずりが凄くて、母は困っていましたが、その後はご機嫌で過ごして、義兄のお迎え時にも、久しぶりの姉にもすんなり抱っこされて帰宅しました。 姉は、私が産まれてから5歳くらいまで、夏休み中、祖父母と伯父叔母のいる田舎に預けられていました。姉4歳からです。でも、親子関係がおかしくなった事もなく、田舎で走り回って従兄弟姉妹たちと毎日遊んでいたそうです。 トピ主さんの場合、帰ってからのお母様の対応が良くなかったのではないかと思います。

トピ内ID:264be1bd8ebd2eb8

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私の経験を語ってもいいですか?

🙂
母無し草
私はアラ60の主婦です。 私の母は、私が産まれた頃、父との関係悪化のせいでノイローゼになり、育児放棄していました。 幼い私の面倒を見てくれたのは、祖父です。 ずっと同じ家にはいました。 でも、どうしても母との間に愛着を抱くことができないんです。 私も、友だちがゲームで自分の母親をおんぶしている姿を見ただけで、気持ち悪いと思ってしまいました。 もう孫がいてもおかしくない歳になりましたが、未だに母に対して愛着がありません。 無意識レベルで、築かなければいけない愛着というものが、母子の間には必要なんじゃないかと思うんです。 あなたが感じている母親への違和感は、全く同じように私も感じています。 同じ経験をしたことのない他人に、大袈裟と言われる筋合いはないと思っています。 ないものはないからしょうがない。 でも、子どもとして親にすべきことはしなければと思っています。 悲しいかな、義務感です。心からのものではありません。 なので、あなたの気持ちはよくわかります。

トピ内ID:a842c53a5bed3a73

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何かを思ったはず

🙂
ナナハナ
小さい時の記憶って、いつが最古ですか? 私は幼稚園の年長のとき、家に子犬がもらわれてきたのが最初の記憶です。 それ以前のことは覚えていません。 たとえば、年中のとき意地悪な女児にいじめられて痕が残るほどつねられていた、ということは、もう少し大きくなって親から聞いた話で、自分の記憶には全くないです。 だからといって、つねられて顔を真っ赤にしながら堪えていたとき、私が何も思わなかったと言えるでしょうか? 1歳2歳の子は、何も思わない。 私も、自分の子を持つまではそう考えていました。自分に、そんな幼いときの記憶がなかったからです。 でも、わが子を育ててみて、それは間違いだと思いました。 1歳足らずでも、親が慌てて出かける準備をしていると、自分も急ごうとします。寝ころんだままで息をはずませ、バタバタする姿には笑ってしまいました。 2歳になったばかりでも、一緒に入浴して祖母(私の母)の手術痕に気づき、しかもそれを見たと騒がず呑み込む。なのに、後日「ばあばが〇〇してあげる」と言われたとき、「いいよ。ばあばケガしてるから」と言うのです。 2歳半のときは、テーマパークの西洋お化け屋敷の前説ですでにただならぬ雰囲気を察知し、「もういい、もう帰ろうよ…」とベソをかきました。 大人が思っているよりずっと、子供は「人間」です。 何も思わないのでなく、その記憶が蘇らないだけ。 だから、トピ主さんのおっしゃること、よくわかります。顕在意識になくても、潜在意識に哀しみや苦しみは刻まれていると思います。 ただ、それがどのくらい、のちの人格形成に影響するかは、何ともいえませんが。

トピ内ID:25ebcf9d325164ca

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