母は三年前に亡くなりました。
「老衰」と言われましたが、それなりに元気だったので、私からすれば突然の旅立ちでした。
先月のことです。
早朝、私は母に名前を呼ばれて目覚めました。ちょうどその日は母の四回忌。
(母は私に会いたがっている)
私の第六感は結構当たります。
母とは毎日、心の中で会っているのですが、それとこれとは別と、
お墓参りを即断即決して身志度を整えました。
都内のお寺まで日帰りの旅。高速バスから電車に乗り継ぎ、最寄り駅から歩いて、途中、大きな池のある公園を抜けていきます。
墓前に手を合わせ、それから住職の奥様にご挨拶しお寺を後にしました。今思えばその時、会話がどこかちぐはぐだったのは私のせいでした。
帰り道、池のほとりのベンチに腰掛けて
母が息を引き取った、ちょうど3年前の朝のこと。
悲しみが深すぎて鬱になってしまったこと。
元気を出そうと頑張ったら転んで骨折してしまったこと。
ようやくそんなつらいことから抜け出して、どこから来るのかわからないエネルギーに支えられながら、母のいない新しい人生を歩み始めているんだな。
と、しみじみしていたら携帯が鳴りました。父からでした。
「今日、四回忌。お墓参りして今、池のベンチ」と伝えると、父が言いました。「7月だよ、お母さんが死んじゃったのは」と。
なんてことでしょう。 3月だと勘違いしていました。よく思い返せば、去年の三回忌は猛暑の中、日傘をさしながらお花を供えていたんです。
月を間違えるなんて情けない!
「でも何か意味があるはずだ」と、自分のミスを前向きに捉える余裕も生まれました。
何度も歩いた池の遊歩道。いつも母が一緒でした。子供の頃、スワンボートにも乗りました。
“見えちゃう人“には、ベンチに二人見えたかもしれません。
一人ではもったいないくらい桜が見事でした!
母は私にこれを見せたかったのだと思います。
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