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体育は苦手、スポーツは好き

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(トピ主 0
🙂
しまえなが
話題
子供の頃、鉄棒、跳び箱、ドッチボールなど体育は苦手で運動音痴だと思ってました。 大人になって、スキーやテニスなどする機会があり、自分が思ってたより意外とできる事に気づき、楽しめています。 もし、この機会がなかったら、一生、運動音痴と思い込んでました。 体育って、生涯にわたり健康を維持させるためにあるのかと思うのですが、子供の頃に挫折してしまって意味ないのでは?と思いました。 初等教育の体育の種目が悪いのですかね??

トピ内ID:34ce4232bd7fc56d

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🙂
クリームティー
昭和の半ば生まれなので、トピ主さんとは世代が違うかも、ですが。 でも、確かにいわゆる「体育」は救いようがないほどダメでしたが、成人してからテニスやら水泳はかなり楽しみました。 ただ、団体で体育的な物をするから参加して、と言われると、途端に腰がひけました。 昭和40年代、小学校では教師が独裁者のようでした。体育で失敗するたびに、教師が率先して生徒を笑いものにしたり。 あの時の悲しさは50年経った今でも忘れません。 体育の授業のせいで、わざわざスポーツ嫌いを作り出していましたね。

トピ内ID:b3a6afe66d0f0db1

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教育の3本柱

🎶
アイボリー
そういえば4年前の大河ドラマで明治時代の時代背景での 体育についてやってましたね。 教育の3本柱が知育、徳育、体育で、 身体に関する教育が体育だそうですね。(明治当時は”たいいく”と読まれたらしい。) 体育の指導は指示どおりに動くことであり、集団行動が身に付くことであるらしいから、 根本的に楽しむことが前提で、指示以外での動きを求められ、個人の能力を発揮できる スポーツとの違いがあるのでしょうね。 そういえば昨年の2022年からは「体育の日」は改められ「スポーツの日」と なりましたね。

トピ内ID:21ffaae57f86eb64

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起源は違うと思う

041
お匿さん
本音と建前のような部分は少なからずあると思う。 戦後の『体育』の話なんだろうが、そもそも『体育』が教科となったのは 富国強兵の一環ではなかったか? 言い換えれば、国民の皆が兵隊さんになれるようにするための基礎訓練・基礎教育が 日本式の『体育授業』の成り立ちではなかっただろうか。 それこそ昭和の時代は戦後といってもさ、体育だけにかかわらず、 一斉行動できちんと整列・行進のようなものが当たり前だったわけで… だからこそ、校庭で全体朝礼とかをすると貧血とか日射病とかで倒れる子がいる… なんて話があったわけで、それを可能にする教育の1つが体育でもあったはずです。 そうなればトピ主さんの言うような指導内容がある程度を占めているのは想像できます。 兵隊さん養成の内容の中には健康を維持させる要素は含まれてますから、 多少でも内容を緩くすれば戦後の体育授業の内容になるのは想像できます。 だってさ、昭和40~50年代ぐらいまでは漫画やアニメだってスポ根ものが主流で それが多少は変わってきたのも『ボールはともだち』というフレーズで有名な 某サッカー漫画ができてからではないでしょうか? そもそもが運動関連での科学的な見方とかが世間で知られるようになったのも それほど昔の話でもないわけです。 まあ、指導者の問題とも言えますが、少なくても小学校では体育専門の先生でもなく 学級担任とかが授業をしていたりもするわけです。 各種目の専門家が関われば変わるのでしょうがね… まあ昔のTVとかで五輪代表選手とかが小学生を指導したら、跳び箱ができるようになるとか 50m走のタイムが伸びるとかやってましたから、成功体験をさせることもできるのも確か。 そういった見方をすると種目そのものよりもやはり指導力の部分が大きいかもしれません。

トピ内ID:565815e59d4860b5

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