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祖母の死が怖い

レス10
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🙂
あい
ひと
高校生です。 祖母が持病の悪化の為、 余命宣告をされました。 あと1、 2ヶ月だそうです。 私は死が怖いです。 自分が死ぬのも、 他人に死なれるのも怖い。不謹慎とは分かっていますが、 死んだ人の顔を見るのが怖いです。 痩せこけて動かなくなった体を見るのが怖いです。1度だけ親戚のお葬式に出たことがあります。 数回しか会ったことがなかったけれど、悲しさもありながら死が怖くて怖くてとにかく別のことを考えて気を紛らわそうとしていました。 不謹慎でごめんなさい。 でもずっと一緒に暮らしてきた祖母となると、気を紛らわそうにも出来ないと思うんです。言い方悪いですが、 これから先祖母が退院して家で看取るとなったら、 目の前で見殺しにできるのか・・・ きっと本人は帰りたいはずだし、それを決めるのも両親なので、私は何もしなくてもいいけれど、身近な人の死が初めてなので怖くて不安で仕方ないです。 ただでさえ、自分が死ぬ事が怖くて夜眠れなくなったり、勉強してても急に怖くなったりするのに最近は祖母の死まで怖くて、受験も近いのに本腰を入れられないというか、それを言い訳にして勉強しない自分にも嫌気がさします。 祖母が亡くなったあとのことを考えて悲しくなるのではなく、亡くなる瞬間について考えている自分が情けなくて… これからさき、成人して自立したあとも嫌でも身近な人の死を体験することになると思いますが、乗り越えられる気がしません。 死が怖い方や身近な人の死を乗り越えた方、良ければ不安を軽減する方法とか体験談教えてください。

トピ内ID:782724813afcdfd3

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そりゃ怖いよね。

🙂
はるうらら
人が死ぬのが怖いのはなぜかと考えた時に、一生その人に会えなくなるからだと思っています。 でも霊が見えるような人の話を聞くと、向こうに行った人たちは自由で苦痛もなく、いつでも私たちに会いにきてるようです。 それを聞いてから、向こうの世界はこっちよりも楽しいんだ、死んだからって記憶がなくなるわけじゃないんだ、いつでも会えるんだ(私達からは見えませんが、思い出を思いだすだけでも会えた気分になる気がします)と思ってそこまで人の死が怖くなくなった気がします。 いなくなることは怖いですが、人はみんないつか亡くなるので。 肉体的には死んだのかもしれませんが魂は生きています。 そこまで怖がらずに見送ってあげてください。

トピ内ID:5b76aa9de92f0736

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祖母さんが一番怖いと思う

🙂
他己を知ること
トピ主さんが不安定になる気持ちはわかります。 しかし一番の恐怖を感じているのは祖母さんではありませんか?重い病気にかかり苦しい闘病のうえに、自身の余命を悟ってくる時期なのですから。 トピ主さんはまだお若いし経験もないから仕方ないけれど、ご自身の恐怖感はひとまず置いておいて、祖母さんとの時間を少しでも持つようにできませんか? 人には生きる気力という不思議なチカラがあります。家族の愛情や言葉かけがその方の支えになることも。なによりお祖母さんは生きようと頑張っていることはお忘れなく。

トピ内ID:70ff34e5c497bd56

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大量死の時代

🙂
海賊の妻
大量死の時代が来たと言われています。私の町でも火葬場の焼き場が2つから4つに増えました。待合室も広くきれいになりました。そして、ごく最近私は8人の身内を亡くしました。母と夫が死に、叔父が死に、叔母が死に、東京では叔母が2人、まだ若い従弟が1人、夫の叔父が亡くなりました。 私は71才です。こうなると怖いなんて言っていられません。 昨日町内に住む従弟にお願いに行ってきました。私は1人暮らしになり、何かの時に鍵を開けて助けてくれる人が身内で一人は必要です。従弟は5分以内に住んでいます。あまりべったりした付き合いは無いですが、気持ちよく引き受けてくれました。従弟の父親が昨年亡くなった時に、叔父の納棺に行きました。そして久々に会ったいとこたちに親しく交流しました。「お化粧しますか」と納棺師に聞かれた時に子供たちは「いらないんじゃない」と言いましたが「経験者として言うけど、化粧したらワンランクアップするよ」と言うと「こんな悲しい時にも面白いんだよね。海賊の妻姉さんは」と言われました。叔父はみんなが驚くほどワンランク以上にいい男になりました。 亡くなった母が細い縞の上等な着物を上げたらしく、それに包まれるとお侍みたいでした。「パパかっこいい」と娘が言いました。「本当だ。いい男になった」と息子が言いました。叔母は「焼くのがもったいないわ」と叔父か着物か分からない発言をしました。私が代表でお別れの言葉を言いました。叔父の希望で無宗教で行われた葬儀は、本当に素晴らしいお葬式となりました。 人はやがて死にます。今の若い人は慣れていないのです。 私はこれまで沢山の人を見送りました。両親が亡くなると、自分の番を考えます。怖いと言うよりも行きつくところに行くのだと思います。一生懸命生きて来て、終わりがない方がよほど怖いです。 最初は怖いかもしれません。一生懸命生きて沢山の人を見送るのも務めです。

トピ内ID:ba4e853d520d6785

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人間(生き物)は死ぬということ

🙂
理波
私の父も末期がんで余命半年と言われました。 母も私もそのときは死ぬということ自体よりも、毎日毎日を精一杯一緒に生きることばかり考えていたように思います。 といっても、私はそのとき小学生の子供がいたので、2~3日おきくらいに実家に帰り、母の負担を減らす意味で、また気を紛らわす意味で、本人の希望を聞いているだけでした。 父はがんが全身に広がり、でも脳にも転移したおかげで、動けなくなりましたが、痛がったり苦しむことはありませんでした。 私は子供たちをよくつれて父に会わせました。 だんだん衰えて死んでいくさまをみせようと思ったからです。 何かの本で、老人の最後の役目は、若い人たちに人間は死ぬのだと教えてやることだ、と読んでから、歳をとったものから死んでいくのはこの世の条理、親より先に子供が死んではいけないんだよ、とそんなふうに、死というものは決して特別ではなく、身近なものだと教えたかったのです。 父が亡くなった日、家に連れて帰ってきて、とりあえず葬儀などの用意の間、居間に寝かせました。 母も疲れ切っていたので、自分の部屋で寝かせて、私はその晩父と布団を並べて寝ました。怖い夢でも、もしくは何か話しかけてくれるかな?などと思いましたが、とても安心してぐっすり眠れました。 不思議な感覚で、父はもううごかないのだけれど、私の心にはいるんだなとぼんやり感じました。 若い方にとって、テレビ映画の世界でしか、死を知る機会はないに等しいのかもしれません。子供が産まれるときも、美しいというより、生々しいものがあります。 ほんとうの生死というものに触れる機会があるのなら、あなたの正しい感覚で確かめてみてほしいです。真実を。 きっと、それを体験する前と後では、あなたの人生観もおおきく変わっていくと思います。 知らない方ではないからこそ、どうか見守ってあげてください。

トピ内ID:166a4d9c550b70e1

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怖いよね

🙂
クリームパン
祖母が亡くなった時、私は30代半ばでした。朝、知らせをきいて駆けつけると、祖母は眠っているようでした。 片足の先が布団から出ていて、布団をかけてあげました。 が、祖母には怖くて触れませんでした。 死体が怖かったのです。 30過ぎても人の死は怖かったです。 でも。 祖母は99歳でした。老衰でした。親族皆でもうちょっとで100だったのに!ばあちゃん持ってないな~なんて言って。あと2ヶ月でひ孫に逢えたのに残念だな~って最後は笑って送り出しました。 生まれたひ孫は男の子でしたが、ビックリするくらい祖母そっくりです。 生まれ変わるの早!って家族が言ってます(笑) 亡くなる時に苦しいとか痛いとか、死んだ事がないので分かりませんが、分からないことを考えても仕方ないので、とりあえず目の前のやらなきゃいけないことをこなしながら生きましょう。 ビビってたって楽しんだって、どうせいつか死ぬんだから今は楽しみましょう。

トピ内ID:009c17b3b6e1748d

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それも仕方ないよ

🙂
DRAGON
たとえば、殺人事件や交通事故者を、警察やレスキュー隊や医療従事者は傷ついた人を助けなきゃならない。当然けが人も死体も見るでしょう。 仕事でやむなく、傷ついた人を見たり、治療したりしている人もいます。 死因を調べる為に、遺体を解剖している医師もいる。病院でなくなった人を棺に入れる前に死んだ人の体を洗う人もいます。そういう仕事もあるわけです。 死ぬ姿を見るのは恐ろしいです。 でも死ぬんだからしかたないです。 目に入る者は勇気をふるい絞って見るしかないんです。 そしてなくなった人に感謝と敬意をはらいましょう。 あとは祈るのです。それが一般常識だからです。 こわいこわいと思ってたら、死へ旅立つ人に失礼です。死ぬ間際まで頑張っているんですよ。だから最後まで励ましの言葉をかけましょう。 強くなりましょう。 看護師さんたちは偉いよね。 看護師さんを見習いましょう。

トピ内ID:53870ce706b3524b

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避けて通れない道

🙂
ささ
そういった経験は人生で避けて通れない道で、暫らくは悲しみのどん底にいますが、それがまた人間として成長するきっかけとなるのだと思います。 私は小6の時に祖父が亡くなり、それが身近な大切な人との最初のお別れでした。祖父が入院している病院に行くのが怖かったし死は恐ろしいものと思っていたからただただ悲しくて中々受け止められなかった。私だけでなく従妹もその当時、叔母も忙しくてしばらく遊びに連れて行ってもらえなかったこともあってか、お絵かきでもお葬式の絵ばかり描いていたそうです。 祖父は60代で亡くなりましたが、主さんは高校生なので、お祖母様は比較的お若い方なのでしょうか?若い年齢でのお別れは私も何度か経験して、一層無念さが残ったものです。しかし、世の中にはどうしても仕方のないことがあること、頑張って生きたからこそ苦しみから逃れて安らかになれるのではないかと少しずつ悟れるようになりました。少しずつで良いのです、身近な人が一生を終えお別れするということはどういうことか、自分なりに受け止めて行けるようになれば良いと思います。

トピ内ID:43a1ccc64e0f25eb

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あと数日と医師に言われたことがある

🙂
ぎんねこ
私の祖母は、98歳まで生きて、最後は老衰で、実家で亡くなりました。人は亡くなる前、段々やせ細り、食が取れなくなります。点滴や経鼻管で栄養を送るようになり、それも二か月はなかったと思います。最後は水さえも胃が受け付けなくなり、そして二日ほどで、最後を迎えました。それが老衰です。 家で看ていたので、往診にクリニックの先生が通ってくれて、訪問看護師さんが、手助けしてくれて、看取りました。医師が最後に、様子を見て、あと数日と言って帰ったことがありました。その通りになり、涼しくなりかけた九月の晩に祖母は亡くなりました。 亡くなる方は、生き様、死にゆく姿で、何かの気づきを与えてくださると言われています。きっと今のあなたの気持ちは、命を大切にせよ、限りある命を大切にせよという、祖母様からの気づきなんだと思います。 死への恐怖は、逆に一生懸命生きる努力をさせる原動力になります。逆にあなたを生かそうと思って、今の姿を見せているのではないでしょうか。 身近な人の死は、一番恐ろしいと思います。また亡くなった時のことは、凄く皆さんの記憶に残ります。 今がその正念場なのでしょう。 もし何か本が読めるなら、宗教的な本を読む機会かもしれません。死生観というのは、身近な方とのお別れから生まれます。何かのきっかけと思い、読書しましょう。

トピ内ID:e8025ff7f2d3d3ac

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怖いのが普通だと思います

041
すずめ
あいさん、こんにちは。 お祖母さんが余命宣告をされて辛いですね。 高校生という多感な時期に身近な人が亡くなるかもしれないとなると怖いと思うのは、普通だと思います。 私は還暦に近い年齢ですが、やはり死ぬのは怖いですよ。 あいさんと同じように若い頃から死ぬのは怖いと思ってました。 遺体もとても同じ人とは思えませんでした。 全てのものは死を迎えますが生き続けたいと思うのが正常で、死ぬのは当たり前のことではないので怖いのだと思ってます。 また、死ぬことなどの知らないことへの恐れもあると思います。 死に対する恐怖があることは良い面もあります。 とても用心深くなるので危険な状況を避けるでしょうし、自分の健康にも気を配ることでしょう。 とは言え、死に対する恐怖に囚われてしまうとできなくなることもあることは確かです。 例えばお祖母さんとの残された時間を有意義に過ごすことができなくなってしまうかもしれません。 まだお祖母さんの意識がはっきりとし、会話ができるうちにお祖母さんと話をしたり、手を握ってあげたりしてお祖母さんを気遣うことができます。 そうした時間はお祖母さんにとってもあいさんにとっても宝物のような時間になると思います。 お祖母さんに大好きだよと伝えることができます。 生きている今だからこそできる事柄です。 まだ訪れていない死について考えるのではなく、今生きていることに感謝して、できる精一杯のことを日々行うなら死に対する恐れに囚われずに済むと思います。 お大事にしてくださね。

トピ内ID:033e03cdbf4d0489

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おばあさんはそばにいる

🙂
なす
死は何歳になったって辛く苦しいものです。おばあさんが自宅に戻れるのなら おばあさんにとってそれが一番の望みでしょう。人間はやはり思い入れのある自宅で、家族に囲まれて天国へと旅立ちたいと思うからです。 私も3世代同居の家庭で育ちました。おばあちゃん子だったので祖母が私が二十歳の時亡くなり、その時はとても辛かった。正直 その辛さが無くなるまで20年はかかりました。あなたもきっと 辛くなると思う。でも残りわずかなおばあちゃんの命、あなたの声をたくさん聞かせてあげてください。今日の出来事、思ったこと、なんでもいいの。耳と脳だけは最後まで残るんですって。だからおばあちゃんが衰えて話せない、食べられなくなっても耳だけは聞こえてるの。「おばあちゃん ありがとう。大好きだよ」そう言ってあげてほしい。 そしてね、長い長い時間かけて それでも時々泣いてしまうことがこれから先あると思う。でも同時に私は いつも祖母が私と私の家族を見守ってくれていると思っています。そばにいて見ててくれると そう思えるんです。見えなくなってもそばにいることが感じられる。そして いつかくる自分の死も「おばあちゃんに会えるんだ」と思えるようになる。だから心強いんです。 死というものは怖く悲しいことなんだけれど、歳とともにその回数が増えていき、いつか順番に自分の番が来るのだと思えてくる。

トピ内ID:e7f4ebf7f2c88434

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