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読書家の矜持?

レス20
(トピ主 7
🐱
耳学問
話題
以前、碩学として知られた批評家の方が、TVのインタビューを受けているのを観たことがあります。本棚にカーテンがしてあり、インタビュアーが理由を尋ねると「これらの本を読めずに死ぬと思うと悔しくて仕方がない。だから、見えないようにカーテンをしている」と答えていました。その時で、高齢でした。 その方の碩学の基になっているのが、膨大な読書量だと推察できましたが、それだけ読書を重ねてもまだそう考えるのかとびっくりしました。ただ、少し違和感も覚えました。 これは、読書家の矜持のようなことなのでしょうか?(読書家にはよくわかる?)

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蔵書は秘密

🙂
ぶっくま
放送で言ったことが本当とは限りません 私は放送で本棚が映るとそちらを見てしまいます そういう本を読んでるのかと、本人の映像やインタビューの内容より本のタイトルの方が興味あったりします 蔵書見せたくないって気持ちあります 蔵書は自分の脳内と同じ感じです だからカーテンは単に蔵書を見せないためプライバシーもあるかと思います 視聴者から蔵書のことで問い合わせを受けるのを避けるためもあるかと思います

トピ内ID:4b86b29d5adcdb34

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言わない事こそが大事

🙂
海賊の妻
知人の義父が100歳です。本を読むことが人生そのものです。宗教家ですが、私の県に引っ越しした時に2トントラックに2台分の本を宗教関係の大学に寄付したそうです。それでも新しい家は本に溢れて、週一で掃除に行くお嫁さんが嘆いていました。死体みたいにテーブルの下で転がって本を読んでいて人型に掃除機がかけられないそうです。この方は美食と読書が生き甲斐で、私は食べ物で釣ったらいかがかしらと言いました。ちょっとどいてくれないと、今夜は天ぷら揚げませんよ。みたいなのはどうかしらと。すると「まあ。それはいい考えだわ」と言われました。 私はこの方の異常な本の執着は、生きた読み方だといつも感心します。この方のお説教は多くの読書に支えられて、誰のお説教よりも魅力にあふれて光のように胸に広がります。ですから、寝転んで死体みたいになっても動くのも嫌なほど読みふけるこの姿にこそ尊敬の念を禁じ得ません。 おそらくお亡くなりになる時には一冊の本を抱えていることでしょう。 私は読めずに死ぬ心配よりも死ぬまで読もうと言う事こそ大事だと思うのです。カーテンなんかしないで息が続く限り取り出して読みなさいと言いたい。そんなことを言わない事こそ教養と言う物です。私の100歳の師のような貪欲な、旺盛な食欲と読書欲はかっこもつけず、ただひたすら邁進している本物の姿です。本箱にカーテン、何かっこつけてんのよと思います。ごめんね。どんな立派な方かは知りませんがそう思います。

トピ内ID:a644916af44a2cc1

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読書家の矜持というより知りたがりの意地?

🙂
なな
何のために読むのか 何を読むのか どう読むのか によっても変わっているのでは? 蔵書を開陳するのは自分の裸を見せるのよりハズカシイという方も多いかと思います 私も見せたくはないので、子の好みも全く違うこともあり、そろそろ引取り手を探して処分したほうがいいのだろうなぁと思いつつ、過去に手放して再読できない悲しみを何度か経験しているので踏ん切りがつきません みせないことが主眼なのかもです 読みたいと購入しながら読んでいない本がまだたくさんあることへの羞恥心や悔しさがあるのかもです 批評家なら読むのも仕事のうちでしょうしね 素人でも自分の興味のあるテーマの本が出版されていたことに気づいていなかった!と知覚したとき、なんとも言えない気持ちになることもありますから 海賊の妻さんの書かれているような読書が血肉になる読み方をしてみたいのもです

トピ内ID:550e5b2159428a90

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レスありがとうございます

🐱
耳学問 トピ主
レスありがとうございます。 ぶっくま様 >私は放送で本棚が映るとそちらを見てしまいます >そういう本を読んでるのかと、本人の映像やインタビューの内容より本のタイトルの方が興味あったりします 分かります。私も同じです。 「漫画家や小説家の方は創作の方が忙しいからだと思うけど蔵書は多くてもびっくりするほどではないが厳選された感じがする」とか「学者さんは驚くほど蔵書があるけど研究資料も多く全てを完読している訳じゃないだろう」とか、勝手な想像をしながら観ています。もちろん、タイトルで、嗜好チェックのようなこともしています。 海賊の妻様 >本箱にカーテン、何かっこつけてんのよと思います。 同感です。内心「もっと本気になってくれよ。」と番組を観ていて思いました。

トピ内ID:6ba3ccc062fa19d4

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なな様へ

🐱
耳学問 トピ主
レスありがとうございます。 >海賊の妻さんの書かれているような読書が血肉になる読み方をしてみたいのもです 実行されていらっしゃるかも知れませんが、TV等で見聞きする出来事を本で得た知識で解決できるかテスト問題的に考えてみるのも良いかも知れません。ちょとトピずれしました。

トピ内ID:6ba3ccc062fa19d4

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「人生は永遠にそのそばを通り過ぎてしまった」

🙂
ソバス
その批評家の方が,これらの本を読めずに死ぬと思うと悔しくて仕方がない」と言うのはよく分かるし,「見えないようにカーテンをしている」も分かるような気がします. 本って,読めば読むほど読みたい本が増えてきます(私の場合は).1冊の本を読めば,それに関連して読みたい本が何冊か出てくる.そんな調子で読みたい本はネズミ算式に増えていきます.碩学の域に達していればネズミ算の結果は膨大なものになるだろうと容易に想像できます. 「知の沃野がここにある.ここに踏み込まずして一生を終えるほどの痛恨事があるだろうか」.昔の某文庫本解説目録にあったどなたかの言葉です(正確には覚えていません).目の前に広がる沃野は果てしなく,どこまで行っても,まだ踏み込めていないという思いは残ってしまうように思います. 私は田舎住まいですので,読みたくて買い集めた本は倉にしまってあります.昔はその倉に入ると本当に楽しい気持ちになりました.人生の楽しみがこんなにたくさん残っている・・・.でも,最近は,ちょっと悲しいような,淋しいような気持になります.一冊一冊買い集めたこれらの本も読めずに終わってしまうのか,と.その内,倉に入るのを躊躇するようになるかもしれません. 「それらは喜悦を,おそらくはそれ以上のものを与えてくれた.記憶の中に芳香をのこしてくれた.しかし人生は永遠にそのそばを通り過ぎてしまった」(『H.ライクロフトの手記』).ここでいう「それら」とは,かって読んだが今は手元にない本ですが,読みたいと思って,読めなかった本についても同じような感慨があります.やっと手に入れた時の喜悦,読もうと思っていた頃の記憶の芳香.でも,人生は永遠にそのそばを通り過ぎてしまった・・・. 欲しくなって仕方がないけど絶対に手に入らない,そんなものがあったら,つい,目を背けてしまう・・・そんなことはありませんか.

トピ内ID:e20371c979d48318

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読書って

🙂
本はよく読みます。 通勤のとき、ホームで3分時間があったら、本を開く感じ。 電車の中でもスマホをいじることはなく、とにかく本を読んでいます。 自分にとって本を読むことは生きていく上で必要不可欠なもので、 さすがに「息をするのと同じ」とは言わないけれど、「水を飲むのと同じ」ぐらいは言えるかな。 だから、「趣味は読書」とも言わないです。 朝、6時半~夜7時半ぐらいまで職場にいますが、一日の終わりごろになると、禁断症状というか、 とにかく本を開きたくてたまらなくなります。 あまりジャンルにはこだわりなく、なんでも読みますが、いわゆる「名作」と言われるような、文学史に載っているようなものには食指が動きません。 そのせいか、自分を「読書家」とは思わないし、「矜持」もありません。 とにかく、読みたいから読む、それだけです。 「読書家」って、どういう人なんでしょう。 本を読む人は「矜持」があるものなのでしょうか。 読めないまま死んでいかなければならない本があるのは、たしかに残念だけれど、 本に囲まれているだけで、私は幸せです。 読む本がなくなることのほうが怖いです。

トピ内ID:3bd147e918cc65c7

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読書家ではなく批評家(評論家?)ならわかるのかも

🙂
なな
そこに山があるから登る みたいな読み方をする人もいるし 好奇心や疑問から芋づる式に読んでいく人もいるでしょう でも、批評家なんでしょ 評論などをする人は、ものすごく好きなことがあるか、渇いている人だとおもいます 小説家も似たようなものです その渇きは、癒やされることのない傷のようなもので、貪欲に求めて、貪欲に吐き出さずにはいられないのだとおもいます どんな人を読書家というのか前提条件がわからないけれど 《渇いた人》なら、限度がないので、読もうと思って集めたけれど読みきれないとなったら執着するでしょう 本を読む人の一部は中毒者です

トピ内ID:550e5b2159428a90

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わかりません

🙂
シッケムシ
読書家の定義がわかりませんが、私はきっと読書家ではないのかも。 私が本棚にカーテンかけるとしたら 1、本の日焼け防止 2、Hな漫画が並んでいるのを家族に見られたくない 3、犯罪の痕跡を隠す(ミステリー読みすぎ) 4、隠し通路をさらに隠す(冒険物読みすぎ) 批評家とかジャーナリストの仕事部屋って、本や資料がところ狭しと積まれていて、これで必要なものをすぐ引っ張り出せるのか?これは一種の自己満足ではないか?と思うような部屋もありますが、カーテンというのは初耳。 我が家にも買ったまま読んでいない本が結構ありまして、その最たるものは「マルクス・エンゲルス全集」。ほぼインテリアと化して存在を意識させないものになっています。隠密の技を身につけているのかもしれません。一方もうちょっと若い本「ソフィーの世界(一時期流行ったけど読んでいない)」とか「僕らは星のかけら」などは、まだ元気で存在をアピールしてきます。 カーテンで隠された本たちはカーテンの後ろで何を考えているのでしょうね。

トピ内ID:ef7b7095c1f8e9fc

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レスありがとうございます2

🐱
耳学問 トピ主
みなさま、レスありがとうございます。 >欲しくなって仕方がないけど絶対に手に入らない,そんなものがあったら,つい,目を背けてしまう・・・そんなことはありませんか. 本棚のまだ読んでいない本のタイトルを目にして、そのうち読んでみよう、でもいつになることやらとは思います。同じような感性の現れ方の違いかも知れません。 >読めないまま死んでいかなければならない本があるのは、たしかに残念だけれど、 >本に囲まれているだけで、私は幸せです。 読みたいと思って買った本に囲まれると自分の可能性を信じられる気がします。 >自分にとって本を読むことは生きていく上で必要不可欠なもので、 >さすがに「息をするのと同じ」とは言わないけれど、「水を飲むのと同じ」ぐらいは言えるかな。 矜持などと、つまらない言い方をしてしまったかと反省しています。 >本を読む人は「矜持」があるものなのでしょうか。 どうぞ、お気になさらずに。 >本を読む人の一部は中毒者です 頭の良いのは一種の病気、それともつながるでしょうか。 読書は、精神の清涼剤とおっしゃった方がいました。

トピ内ID:6ba3ccc062fa19d4

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歳取ると・・・

🙂
ソバス
二度目です.しつこくごめんなさい. > そのうち読んでみよう そう思えるうちは幸せなのですけど,読む機会はもう絶対に訪れないだろうって思ってしまう本が,年齢を重ねるうちにだんだん増えてきます. 時間がだんだんなくなる,字が見えにくくなる(私も,昔の文庫本の脚注番号が裸眼では読めなくなりました),息の長い論理展開を追う根気がなくなる・・・.この本は,読めないまま終わってしまうのだろうなぁ,と. でもね,その評論家の先生,ちょくちょくカーテンひらいては溜息ついていらっしゃるんだと思いますよ.本当に見たくなければ処分すればいいのだから.まだまだ未練たっぷり.だから「悔しい」のだろうと思います.

トピ内ID:e20371c979d48318

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ソバス様へ

🙂
耳学問 トピ主
レスありがとうございます。 >時間がだんだんなくなる,字が見えにくくなる(私も,昔の文庫本の脚注番号が裸眼では読めなくなりました),息の長い論理展開を追う根気がなくなる・・・.この本は,読めないまま終わってしまうのだろうなぁ,と. 虫眼鏡(拡大鏡)を使って本を読んでいる方がいらっしゃいました。出版社の記念品でもらったと仰ってましたので適当なものがあるのでしょうか。 もうずいぶん昔の話ですが、言語学の書籍を根気強く読んでいたら自分の意識の中で時間と空間が分離するのが分かりました。ただ、数年後には分からなくなっていたのであのときなぜ状態を書き留めておかなかったかと後悔しました。その本は本棚の奥にありますが、時間と優先度が許せば再挑戦してみたいとは思ってますが、もう無理かも知れません。 独り言をお許しいただいて ,本当に大切なものはそんなにないし、ものごとはどこかでつながっている、そう思うと読めない本があるのを許容できるようにも思います。 >でもね,その評論家の先生,ちょくちょくカーテンひらいては溜息ついていらっしゃるんだと思いますよ. なるほど。思い至りませんでした。

トピ内ID:6ba3ccc062fa19d4

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シッケムシ様へ

🐱
耳学問 トピ主
レスありがとうございます。 >カーテンで隠された本たちはカーテンの後ろで何を考えているのでしょうね。 「あしびきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝む」とか。

トピ内ID:6ba3ccc062fa19d4

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矜持?ではないような

🙂
いそじ
私自身も活字を読むのが大好きですし、本棚には劣化防止・埃除けとして 気休めのカーテンを自作してとりつけています。 トピ文に書かれている方がカーテンをつけている理由はわかりませんが、 もしかしたら、蔵書のタイトルからご自身の性格・嗜好などに対して 色んな憶測・想像をされることを嫌ってのことなのかもしれませんね。 それはそれで「そんなもんで自分をわかった気になるな。」という思いも 理解できます。格好つけるとかそういうことではなく、純粋に嫌なんでしょう、 勝手に「わかられちゃう(実際は違うかもしれない)」のが。 まあ、どんな意図なのかは、ご本人以外には真に理解できないでしょうね。 ただ、本好き(活字好き)が高じた人間って、一度は >これらの本を読めずに死ぬと思うと っていうことを考えるんじゃないかという気がします。そのあとの感情は 人それぞれで、悔しかったり、悲しかったり、辛かったりetcするのでしょうが。 ちなみに、若いころの私は、大規模書店や図書館で時折「ここにある好きな分野の本 全てを死ぬまでに読み切れるだろうか」と思っていました。 コンディションのいいときは「できる限り読みつくしてやる」とやる気が漲り、 悪いときは「無理だろうなあ、絶望するわあ」と落ち込んでいました。 それで自分のメンタルの調子が知れたのは、いい副産物でした。 実際、おばちゃんになって視力や体力、気力が衰えてしまい、その上に 紙媒体以外の活字も拾い出した結果、これらを読めずに死んでしまうんだろうなと 積ん読している本たちを見るたびに申し訳ない気持ちになります。 できるだけ読み切って死にたいものです・・が、次々気になる本は出てきますし 若い頃より本にかけられるお小遣いは増えていますし、で、難しいですね。

トピ内ID:d1682e8074c2a774

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知識よりも自分を幸せにするもの

🐤
blue moon
読書を他の表現をするとしたら、物を食べることにしたらわかりやすいかなと思いました。 ただ空腹を満たすために食べるのか。 あれを食べたいこれを味わってみたい、という脳の欲求のままに食べるのか。 自分の血肉として体を作るために感謝と共に食べるのか。 つまり本能、欲、自分自身の創造、みたいな感じに分かれると思うんですよね。 生きて行くのに必要な知識を得るため。 生業の道具として、他者の評価の道具として利用するため。 自分自身を成長させ、自分をより豊かにより楽しく満たすため。 その批評家にとっての読書は、2番目の要素が強いのかなと思いました。 老いと共に眼や気力や体力的に難しくなり、それが叶わない。 でも道具に対して執着があるから手放せない。 使うことができない自分が受け入れられないから、カーテンで見えないように遮断する。 矜持というのもあながち的外れでもない気がします。 誇りという方ではなく、虚栄心からの正当化の方のプライドなら当てはまると思いますから。 私が最初に感じたのは「愛がないな」です。 道具として役に立ってくれた本に対して、愛や感謝が感じられない。 おそらく立派な本棚に沢山の本が収められているのでしょうが、 その人にとってはやはり自分をより大きく見せる道具でありただのモノに過ぎないのだと。 老いを受け入れられず、今までのように道具を使えない負の感情をコントロールできない、 そんな自分の方を取り繕い守ることに必死なんだと。 ホーキンズ博士の意識レベルマップでいうなら、プライドはフォースとパワーの境目にあります。 その批評家も受容や愛の意識レベルで自分の現状を見ることができたら、 もっと穏やかな心持ちで過ごせるのだろうなと思いました。

トピ内ID:ed7d45bd6c3b8551

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ズレている

🙂
法蓮
失礼ですが、「矜持」の意味はご存知ですか? トピ主さんの使い方は、違和感があります。 ご丁寧に個別レスされてますが、それらもすべて、レス主さんの主旨からズレた回答になっている気がします。 たとえば、本棚の本の気持ちが「あしびきの」で始まる歌だということ。 これは、私の専門分野なので言及させて頂きたいのですが、蔵書は大量にあるわけなので、やはりズレている気がします。 (愛読書がたった一冊しかないなら、人麻呂の歌を出すのもわかりますが) 聞き齧りの浅い知識をひけらかしても、その道の人には分かるものですし、場合によっては滑稽だと思われることもあるということは、知っておかれたほうが良いのではと思いました。

トピ内ID:0889655902909e23

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法蓮様へ

🐱
耳学問 トピ主
洒落がお分かりになれませんか? ずれているのは承知です。

トピ内ID:6ba3ccc062fa19d4

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加齢は、全てを過去にさせるらしい

🐱
意地悪猫
平均寿命の年代の者です。長らく人間稼業を遣って来て思い至ったことが幾つかあります。 その一つは、どんな資産もどんな知識も命と共に失われ、あの世に持って行くことは適いません。 その二つは、どんなに知識を詰め込んでみても、それらを全て持ち続けて置くことはできない。加齢は、それを許しません。 多くの方が、知識の習得や教養を高める為に書籍を読み、積読をされているのではないかと想像します。リタイアしたら読むぞと勢い込んでいたものの、その時が来たら視力は失われ、忍耐力も失われています。沢山の書籍は、行き先知らずの状態ではないでしょうか。 所詮、人間は「生き物」なんだと思います。それ以上の何物でもありません。と思います。

トピ内ID:44e779311eb61c5f

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みなさま、レスありがとうございます。

🐱
耳学問 トピ主
「かっこつけるな」 この言葉でトピを閉めたいと思います。 自然との相互作用、それに比べれば、読書などいかほどの価値があるのでしょうか。 もっと気楽に考えても良いのではありませんか?

トピ内ID:6ba3ccc062fa19d4

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横ですが本はお手入れも大変ですね

🙂
なな
本棚に布カバーをつけて 本の上に塵除けを置いて 定期的に棚から本を出してホコリを払ったり風を当てたり棚を拭いたり 年をとったら辛いです 壁にくくりつけの棚を梯子無しでよじ登りつつ本を出して拭いて戻す 後付の棚は全部出して動かして裏もお掃除 もうできないです 基本、本は読んでから買うので、読んでない本はないです できたら朽ちさせるのではなく誰か役立ててくれそうな方にお譲りしたいと本気で行く末を案じる本は1冊だけです 他も気にはなるけれど、そこまでではないです 定期的に読み返したい本は沢山あるけれどヒトの時間には限りがありますから 背表紙に触れて懐かしみつつ全てを読み返すのは難しいかもです たとえ蔵書が少なくても でも、読んだ本も読まなかった本も選んだ理由があって そういうことも記憶に残っているので 何かきっかけがあれば、ビビビッときて 読んでないならすぐ読まなきゃとなった時に手元にあればすぐ読めるし あれってこういう意味だったの!?と感電したように解ったり、分かりかけたときに手元にあれば見直せるし あれ、あそこに書いてあった!と思っても手放して(あるいは借り読みで)書名が思い出せずに読めない(泣)なんてこともない 面倒なことも多いけど置いておけるものなら置いておきたいのが本ですね 業です なんで本を読むのか? 読みたいから なんで読みたいのか? 1つ読むと知りたいことが増えたり参考文献が書いてあって、なるべく全部当たりたいから 本当は、近づいて手に取ってしまったら気づけば読み終わっているから 若い時に読んだ本は、ただ読んだだけで、今読むと全く違う感慨を覚えます 自分なりの繋がりみたいなものができてきているのです 例えば、マイナカードのいざこざをニュースで読んで、同じだ!!と無性に(明治末期から)昭和初期の歴史関連本が読みたくなったりしましたよ

トピ内ID:550e5b2159428a90

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