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悲しみは半分、幸せは二倍ですか?

レス46
(トピ主 0
🐤
はな
ひと
読んでくださってありがとうございます。
50代既婚子供2人の女性です。

結婚式などにいくと、「夫婦でいると悲しみは半分、幸せは二倍」と言う言葉をきいたことがあります。皆さんどう思われますか。

私は最近、一人でいるより家族が多いほど喜びより悲しみや心配事が多いと感じます。
確かに今までを振り返ってみると嬉しかったこともあったけれど、自分や家族の心配をしたり家族に起きたことを悲しんだりすることの方がずっとずっと多いです。家族が多ければ多いほどその数も多くなり辛いです。皆さんはどうですか? 「悲しみは半分、幸せは2倍ですか?」

トピ内ID:0d8f507d6ca7703c

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まあ家族によりますけど

🙂
ウスター
例えばトピ主さんが深刻な病気になってしまった時。 親を亡くすとか辛い事が起きた時。 家族にすごく心配なことが起きた時。 それを一人でじっと耐えるのと、誰かが側に居るのとどっちが楽でしょうか。 もちろん辛い時に「おい、俺の飯は」「うるせえババア」というような家族なら一人で耐えてる方が楽でしょう。 でも別に何か慰めの言葉を言ってくれるわけじゃなくても、誰かが家に居て、ちょっとお茶入れてくれたり、「今日調子どう?」と聞いてくれたり、家族と今日あったことを話してるうちに気がまぎれたり、自分の事を我が事として考えてくれる人がいたり、他の人には言いづらい家族の心配事を一緒に同じだけ心を痛めてくれる人と話したりするだけでも随分楽になるのではないかと思います。 友達がいるから大丈夫、と言っても友達はやっぱり他人。そんなネガティブな話ばかり出来ないし、プライベートをさらけ出すわけにも行きません。 話を聞いた側も相談されてもやっぱり耳に優しい事しか言いづらいですよね。他人だから踏み込めないし、やっぱり「他人の事情」だもの。 家族とは運命共同体です。家族の数だけ心配は確かに増えます。 でもその心配を同じように共有できる仲間だし、「助け合う」という事に特別な理由も必要無い相手です。 だから、私にとっては「半分」かどうかは分かりませんが、一人だったらもっとしんどかっただろうなと思う事は沢山あるし、多分夫にとっても同じだと思いますよ。 やっぱり頼りにしてるし、心強いです。

トピ内ID:a16f7a66c9abe551

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数の問題じゃなく、量の問題かと思ってました。

🙂
言わぬが花
人数多いから、「数」が多いとか、少ない、という話じゃなく、 悲しい事があっても、支えてくれて、慰めてくれる存在が側に居てくれたら、 「悲しみの量(というか、重さ?)」が半分で、 喜ぶ事があれば、一緒に喜んでくれる相手が居れば、もっとうれしい、と いうことだと、思っていましたが。 トピに書かれている内容だと、 人数多いから、うれしいことが倍あって、 心配や、悩みは増える、という比べ方ですから、 話の筋が、微妙にズレているように思えました。 人によって、「悲しみ」「喜び」の数も、違っては来るでしょうが、 そういう意味でなく、 ひとつの大きな悲しみがあったとしても、 支えてくれたり、寄り添ってくれる人が居てくれれば、 乗り越えられる、、、 「喜ぶ事」があれば、一緒に喜んでくれる人が居たら、 喜びも、倍増、、、という例えじゃないのでしょうか?

トピ内ID:2bf24b6a0812e98b

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2倍だと思いますが

🙂
わかめ
2倍だと思いますが、正論言っちゃうと、 現状家族(うちは夫と息子の三人)がいる以上、独身には戻れませんので、比べようがありません。 私は現在49歳ですが、この年齢で未婚の独身だったら、制限もなく自由で、楽しい時もあるとは思いますが、ふと寂しくて泣いている時間もある「かもしれない」。 ずっと独身で生きる自分は、もう私は経験できません。 だから、比べられない。 一人では経験できないことも、夫や息子がいるからできたこともたくさんあります。 例えば、三人でテレビを見ながら、ああでもないこうでもないと話したり、同じ場面で爆笑したりは、一人ではできません。 私は↑この瞬間が、幸せでたまらないんです(笑) 悲しみは(そもそもあまりないですが)、夫と息子とよく話し合って方向性を決められるので、半分で済んでいるかもしれません。 私の場合、結婚前(つまりは実家での生活)の方が辛く大変だったので、そこから抜け出せた「結婚」は、どんな些細なことでも幸せを感じる日々で、結婚26年過ぎました。

トピ内ID:a7988397b8d55f8c

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いささか意味を間違えていらっしゃるのでは?

🙂
幸せな人
>夫婦でいると悲しみは半分、幸せは二倍 それは「悲しみの数が半分で、幸せの数は倍」ととらえていらっしゃるからではないですか? そうではない。 その意味は「悲しい出来事は夫婦で分け合ってその悲しみを半分にし、幸せは二人でかみしめて倍にも感じる」ということでしょう。そして、まさしく、その通りだと思います。わたしたち夫婦はそうして人生を二人で分け合ってきました。古希を超え、その言葉通りに生きてきたし、きっとこれからも二人で分かち合っていくと思います。

トピ内ID:b37d32344b10c92f

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 悲しみも不満も洗濯物も電気代も2倍以上になりますね

🙂
テッド
いま夫が長期出張しており、数十年ぶりに一人暮らし状態です。 なんて心が平和なんでしょう!笑 スーパーに行く回数が激減、お金が全然減りません。 家の中が常にキレイで、掃除機も毎日かけなくて大丈夫です。 何時に起きても寝ても自由ですし、無理に一日3食しなくてもいいですし、涼しい季節なので風呂も洗濯も無理に毎日しなくて平気です。 とにかく心が常に穏やかで、とても静かで平和な日々が過ぎていきます。 一人暮らしって、こんな平和だったっけ? 夫がいると、悲しみも不満も洗濯物も電気代も2倍以上になりますね。 ただし、もし今の私の生活を小説やドラマにしたら全然面白くないと思います。 主人公は誰とも会わず静かで平和で何の事件もない毎日を送っていました。めでたしめでたし ・・・そんなストーリーに魅力は全然ありません。 夫がいることで悲しみや心配が何倍にもなり、私の人生が喜怒哀楽に彩られているのだと思います。 人生には、苦しみや悲しみが必要なんでしょうね、きっと。

トピ内ID:d62e8ce875ecd147

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夫婦が相手を思いやり、寄り添うならば

🙂
そらまめ
悲しみは半分、幸せは4倍6倍…という印象です。 家族が多ければ、不安も苦労も多いでしょうが、夫婦が力を合わせられるチームでいられるならば、辛いことは半分どころか笑いに変えられる事もあります。 この言葉は、夫婦に限った言葉だと思います。 そして、実現はとても難しい事とも思います。

トピ内ID:d267055b5a12af97

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失ってみればわかるんじゃないでしょうか

🙂
まち
>一人でいるより家族が多いほど喜びより悲しみや心配事が多いと感じます。 私などは大家族の同居嫁なので、多分結婚以来流した涙はかなりの量になると思いますよ。 でもトピ主さんの言う「一人」とはなんでしょう。 トピ主さんは本当に一人になった経験はないでしょう? 一時的に一人になることはあっても本当は家族がいる、そういう経験しかないんじゃないですか。 私もそうですが。 家族も親族もいなくて天涯孤独。 自分のことだけ考えていれば良いからお気楽でしょうか。 私には本当に天涯孤独の知り合いがいます。 話しやすい相手なのでつい家族の悩み事、それも結構深刻な悩み事を聞いてもらうことがあります。 話してしまってからハッと気づいて「贅沢な悩みですよね?」と聞くと「そのとおり」と言われ、もう何も言えなくなります。 それが答えなのでしょう。

トピ内ID:a31872e3ebd3beb2

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失うと分かるもの

🙂
もっさん
個人的な意見です。 幸せは悲しみと違って、脳みそに焼き付いて残り続けるような強烈なものではないと思います。 ご飯やパンのように毎日当たり前のように摂取して、ふとした時に心を潤してくれる。 そして無くなると酷く寂しく、辛くなるもの。 それが私にとっての幸せです。 トピ主さんはいかがでしょうか。 気付いていないだけで、結構な量の幸せがあったのでは?

トピ内ID:399294125fc67b2d

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1人だと

🙂
ゆで卵
喜びも悲しみも1人で感じる。 2人で、夫婦だと嬉しい事は2人で喜ぶから倍、喜ぶ。悲しいことは2人で悲しむから、悲しみは半分ずつになるという意味なので、家族が多いと悲しみも多くなると言うのはこの場合の意味とは違います。 人数が多いと嬉しいこと、悲しいことも多くなりますが、数の話ではないですよー。一緒に喜ぶから喜びは増え、 一緒に悲しむから悲しみを共有する、という意味です。

トピ内ID:0970b51ce17e08f8

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単なる「はなむけの言葉」

🙂
のん
トピさんも記しておられるように、主に結婚式等で使われる励ましというか「送る言葉」ではありますね。 結婚することの意味と言うか、だから二人で頑張ってそういう境地になってね、って伝えるあんまり(失礼ながら)能のない人が好んで使いたくなる言い方のように私は感じています。 私は他人はもちろん家族であってもそれほどどちらの感情も共有したいとは思わないです。 悲しみも喜びも一人で浸りたいです。

トピ内ID:de31cad60e4c52d0

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意味が違うと思うけれど

🙂
ももぞう
それね、悲しみの強さが半減される。なぜなら寄り添ってくれる人がいるから。 喜びは一緒に喜んでくれる人がいるから、より喜びが大きくなる ですよ。 回数の話じゃないです。 そういう意味では、結婚したら確かに悲しみは半分、喜びは2倍になりました。

トピ内ID:6280ea9f0b8e1a32

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自分ごとなら、そうかも。

🙂
posuyumi
たしかに。 幸せと心配は人数分。だと思います。 ただし。 純粋に「自分ごと」での悲しさは半分以下になったと思う。癒されるから。 というか、旦那のことで不安や心配はしたことなくて、子どものことで不安や心配が心を大きく占めます。そして私自身のことで思い悩むことほとんどなくなったなー。出産以来、悩みはほとんど子どものことかもしれません。

トピ内ID:e83e9ce578afcba1

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私もそう思う

🙂
sc
私はトピ主さんよりかなり年下ですし独身ですけど、それ昔からずーーーーっと思ってました。 子供の頃から。 喜びは2倍とか言いますけど、親が私の成果を喜ぶのが私は好きじゃなかったです。 なんか喜び方が汚くて。 よく小町でも子供の能力でマウント合戦みたいなのがありますけど、まさにあんな感じ。 父に至っては「子供が優秀とか言われたら親としてはいい気になっちゃうよな~」とド直球で言ったことがあって、私別にあなたのために頑張ったんじゃないんですけどと未だに思ってます。 逆に家族の成果を私は特に2倍増しで喜ぼうと思ったことはないです。 家族なんてどうせ他人ですし、友人の成果を喜ぶのと同じくらいのテンションでしか祝ったことないです。 逆に悲しみなんて、わかってもらえるものではない。 悲しみの理由は自分にしかない。 あとよく既婚者の女性が近隣とトラブルになったりなどの時に「夫に言ってもらいました」のようなことがあるみたいですが、なんと卑怯なことをするのかと思います。 自分が当事者なら自分で行けよと。 なんか既婚者って全体的に姑息な感じがするんですよね。 常にどちらかがどちらかの後ろに隠れようとするみたいな。 そういう人に限って「喜び2倍、悲しみ半分」のような言い方をしますが、それってつまり共依存なんだと思います。 自分を持ってない人が半人前を克服するために結婚してるのだと思うとわからなくもないですが。

トピ内ID:b8214ece178da83b

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正解はない

041
アラフィフ
同年代、子ども二人、行き詰まり感、よくよくわかります。 独身とかシングルとかで楽しく暮らしているのを見ると、身軽でいいなあと羨ましく思います。 結婚して子どもを生んで、悲しみも幸せもどっちも増えました。 そして、孤独感と暇は激減しました。 家族でいても孤独感はありますが、独身の比ではないです。 正解はないですが、良くも悪くも結婚して、子どもを生んでみて良かったと思います。

トピ内ID:4acc46105481c200

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理解はするが解釈が違う。

🙂
さなま
トピ主さんの書いている事は解りますよ。 愛する人や家族が増えると心配事が増える。 本当ですね。 ただ、 悲しみは半分。喜びは二倍。 と言うのは、 家族(相手)に辛いことがあったとき、 私も半分悲しみを背負う、背負いたいと思う。 一人で悲しむより半分になったように思える。 喜びがあったとき、 私も同じように喜ぶから二倍だ。 という事で、 家族(相手)の悲しみ喜びがまずあるのです。 トピ主さんの考えは、 心配する家族(相手)が増えて、 私の心配事か増えたという、 自分の悲しみに視点を置いた考えなので、 言葉の解釈としては違うと思います。

トピ内ID:83c2ed0697c5a5b9

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うーん

🙂
のこ
確かに!と思う部分と、でもなぁ〜と思う部分と。 悲しみで言えば、自分1人なら我慢できるけど、子どものことになると耐えられないこと、確かにあるように思いました。 でも幸せな量を比較すると1人の時とも比べられないというか。子どもが存在してからは、存在しない世界とはもはや比較できないほど幸せですし… 結婚、特に子どもができると、幸せも悲しみも桁違い、と言ったところでしょうか。心揺さぶれること多いから覚悟してね的な笑

トピ内ID:7c16d58f00f15f0f

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そんな事ない

041
UMI
タイトルを見て、いやそんな事ない。と即思いました。 結婚式場のプロモーション的な言葉に聞こえる。 長く夫婦していたら、そう言う時期も老後にくる のかもしれないけど。 私の15年の結婚生活はイライラ倍増、ストレス 倍増mそして分かち合えない悲しみと夫婦で いても孤独というものです。 悪いことばかりではないし、お互いのいい所も認め 合ってます。普通に持ち家で老後の貯金もしていて 不自由はない生活です。夫でない人だったら とも思いません。楽しい時間も勿論あります。 ただ、これが一人なら別の孤独や不安もっと感じるの かなと思います。 私の中では独身も結婚するもどっちもどっちですね。

トピ内ID:6da2d4a55ad5aeb5

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そりゃ

🙂
ささ
そりゃ、表面的な観察で終わってるからでは? 家族に起きた悲しみや心配、で終わってるから。 乗り越えられた安堵や、フォローしてれば家族の絆になったり、成長できたとか、人として成長してくれたとか、何と言うかもう一つ上の視点から評価出来ないものですかね? 子供の人生がこうあってほしいってビジョンはない? 障害にぶち当たったとき、こういう乗り越え方、避け方をしてほしい。 その練習として、習い語や部活、勉学での、後ろ向きなことを乗り越えてほしいとか。 友人などの対人関係に向き合ってほしい、悩みを乗り越えてほしいとか。 やりたくないことやらずに容認されて、社会の壁にぶつかって潰れるような人生を望みますか? 大人になって初めて悲しい経験をして、親より先に後追い自殺しますが望む未来では無いでしょう。

トピ内ID:a7a61597b8e0e1fe

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真に受けたらあかんて

🙂
海老でんす
喜びは各人で享受するものよ。 家族での祝い事があっても単純に「嬉しい」と手放しで思えるのは本人だけよ。 たとえば誕生日。 本人は嬉しいと手放しで思えても周りはその日の特別な食事を準備したりプレゼントを準備したり、してあげることが増えますよね。 悲しみは、たとえば家族の入院。 本人はもちろん辛いけれど周りは身の回りの世話やいろいろな手続きに奔走しなければいけない。それに加えて何かあったらととても心配。 逆に考えても、喜びが2倍になることってなんだろうと思うし、誰かが居たからとて心理的に悲しみが半分になるなんてことはない。 正しいのは 一緒に喜べる。一緒に悲しめる。です。

トピ内ID:0bf9a6b75eb8db26

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意味が違うような気がします。

🙂
サラ
少数派の思考かもしれませんが、 悲しみは半分、というのは「心配事や悩みを1人で抱え込まなくてもいい」という意味ではないのかな? そりゃ、人数が多くなれば一人暮らしよりは分母が増えるので、心配事や悩みも増えるに決まっています。でもそれを、家族と分かち合えるかどうか、ということでは? 我が家は子どもに軽度障がいがあり、わたしも持病がありますが、悩みを話せる家族がいるから負担が減っていると思っています。子どもは障がいはあれど優しい子で体をいたわってくれますし、夫も私の疾患や子どもの障がいに理解があります。 誰かに話すこと、誰かが辛い時は話を聞いて休ませるだいぶ楽になれます。私1人だったらそれはできませんし、親や友人にばかり頼る訳には行かない。基本は生活を共にする家族とわかちあうことだと思います。 幸せは2倍、というのも、他人から見たら些細なことでしょうが、私だけでなく夫や子どもが元気に社会に出られること、これだけでもありがたいことなんです。自分1人なら「そんなの当たり前」と思っていたかもしれません。 自分以外の家族が心身ともに健康で暮らせることに倍の幸せを感じ、心身問わず不健康な時に自分のぶんの悲しみもいたわりあえる家族であるかどうか、ではないですか。わたしはそういう意味に捉えていました。 上手く伝わらなかったらすみません。

トピ内ID:4edfaa9644207556

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解釈が違う

🙂
やりよる
私は主様とは解釈が違います。 夫婦でいると悲しみは半分、幸せは二倍 というのは喜び、悲しみを分かち合えると言うことだと思います。 悲しんでいたら同じ痛みを分かってもらえる相手がいて慰めてくれると言うことです。 ちょっと主様と感覚が違います。 そしてやっぱり喜びは二倍、悲しみは半分以下になれます。 思考の違いでこうも人生は変わるものですね。 ぼーっと生きてて良かったと改めて思いました。

トピ内ID:22447bc3453ac94e

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「悲しみ」=ではない「心配」

🙂
ちゃくろ
「人生における悲しみ」というと 死別とかそういうことですよね 死別などの「悲しみ」は 確かに家族がいることで だいぶ軽くなった実感があります。 その他の事  例えばこどもが苛められるとか そんな結構ディープなことも 悲しみ ではなく 心配事に分けられると思います。 親になると 特に母親になると こどものあれこれが心配だし 中年を過ぎるあたりになるとダンナもいろいろあるし 確かに心配事に足を取られることが多いですよね。 家庭に変化の多い今は「悲しみは半分になるし しあわせは二倍になる」のではなく 「悲しみは半分にしてあげたいし幸せは二倍に感じるようにする」時期なのかな と思います。 あれこれ心配することも多い時代ですが 一人であれこれ心配を増幅しないようにこころがけて  なにか心配ごとが出てきたら 都度動ける最善策を模索するようにしていれば 少なくとも単なる心配ごとと本当の悲しみがごっちゃにならず  ちょっとラクになっていくような気がします。

トピ内ID:a471ca16db4c963a

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現実はなかなか…

041
向日葵
たしかにそうですね。 3人の子持ちですが、私も子供が学生の頃は一人の問題が解決したと思ったら次は… みたいなことが多かったです。 子供がいなければよかったわけではないけれど、増えれば増えた分、心配や悲しみは多かった感じがします。 その頃は、夫も仕事が忙しく「悲しみは半分」というわけにもいきませんでしたしね。 子育てが終わった今、あの頃は幸せだったなぁってお互い思えるようになったので「幸せは二倍」になったのかもしれませんが笑

トピ内ID:bf79449622d8e022

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苦しみを共有出来る人の存在は大きい

🙂
レモネード
いかに仲の良い友達といえども、言えることと言えない事があります。そういう意味では、運命共同体の家族がいるということは心強いです。 トピ主の年齢だとお子さん達はまだ自立していないですよね?だとすると、まだまだ大変な事が多いと思います。もう少し経つとお子さん達も便りになる存在になるはずです。 1人でいろいろ決めていくのは、自由で気楽ですが、とっても孤独なものです。 トピ主は御主人やお子さん達いる生活が当たり前だと思っているから、悲しみの方が多いと思うのでしょうが、悲しみを共有する人のいない孤独は、その比較ではありません。 あまり良い例ではないかもしれませんが、御主人にもしもの事があったときは、お子さん達の存在はとても大きいはずです。私は夫が逝った時、実母を亡くしたとき、息子達が支えになりました。息子達がいなければ立ち直れなかったと思います。 そういう意味では「悲しみは半分、幸せは二倍」は真実です。

トピ内ID:9861456883a1229f

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それはないね(笑)

🙂
もうオッサン
確かなのは孤独な感じはしない。 私はそれで十分。

トピ内ID:6db058a55ae1195d

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計量はできませんが

🙂
匿名san
イメージではその通りだと思っています。 確かに家族が多いと負担に思う事象は増えます。 しかし、それが何だと言うのでしょう? 悲しい時にそばにいてくれる人がいれば、つらさも少しは減るでしょう。 悩みを聞いてもらうだけでも、少しは気もちがラクになります。 問題を共有し、協力し合えば、負担は軽くなります。 1人で乗り越えるには私は弱すぎる。 一つの幸せを二人で喜べば、幸福感が共鳴して大きくなります。 共有の目標を達成できれば、その喜びは大きいでしょう。 1人で感じる幸せは、簡単に得られるけど簡単に醒めてしまう。 互いに幸せにし合えば、たくさんの幸せを感じられるでしょう。 負の事象だけ見れば結婚なんてするもんじゃないと私も思います。 ただ、小さな正の感情に気付ける人は、負の感情を簡単に凌駕できると思います。 確かに50代に突入すると更年期やら体力の低下やらで、気分が晴れない時間が長くなります。 コチラが小さな幸せに反応できなくなっているのだと思います。 結婚して20年も30年も経過すると、若い頃に感じた幸せに鈍感になってくるのだろうとも思っています。 幸せに慣れてしまって幸せに気づけない自分がいます。 ごちそうばかり食べていればそれが当たり前になって、少々味が落ちただけでも不満に思う。 そんな自分がすごくいや。 これから結婚する若い人に対しては、送っても良い言葉だと思う。 彼らの感性は幸せを感じるのに十分敏感だから。 でもまあ使われ過ぎて聞いても感動できないけど(笑) やだやだ。 感性が鈍くなったな・・・

トピ内ID:1f5154e9d87c1767

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一人で抱え込んでませんか?

🙂
チュン夫
>夫婦でいると悲しみは半分、幸せは二倍 65歳、既婚男性です。半分とか二倍とかの数値は当てになりません。 でも、夫婦で悲しみを分かち合えば、一人で悲しんで落ち込むより、悲観する度合いは少なくなります。嬉しいとき、楽しい時は一人で「はしゃぐ」のではなく、夫婦で喜び「はしゃぐ」なら、喜びの度合いは増大します。 夫婦でなくても、友人や仲間同士でも同じだと思うし、家族みんなで喜びや悲しみを分かち合えば、家族みんなでそうなると思います。 >自分や家族の心配をしたり家族に起きたことを悲しんだりすることの方がずっとずっと多い 子供が小さい時や、就職して独り立ちするまでは、心配することの方が多いと思います。子供が独り立ちしても、結婚して家庭を持っても、心配なことはあります。 子供の数だけ心配事が増えるのは当たり前です。 そういった心配事を夫婦で話し合い、相手の共感が得られたら「心配が少し和らぐ」こともあるし、別の見方を教えてもらい「そこまで心配するほどでもなかった」と分かる場合もあります。解決方法が見つかる場合もあります。 夫婦で話し合っても、相手の共感が得られなかったり、「忙しいので」と無視されるなら、一人で落ち込むしかありません。 トピ主さんは心配事を夫婦で話し合ったりしないのでしょうか?。ご主人が話を聞いてくれないのでしょうか?。 もしもトピ主さんがご主人に「愚痴ばかり」話しているのなら、ご主人も愚痴を聞くのが嫌になって、話を聞かなくなると思います。 「心配事」をご主人に話すと同時に、解決方法を夫婦で前向きに、時間をかけて話し合えば、話し合うだけでも心配の度合いは減るし、うまく解決できれば最高です。 ご主人に「心配事」を話すだけで「悲しみは半分」になるし、夫婦で力を合わせて心配事に立ち向かい、心配事を乗り越えて喜びが訪れれば「幸せは二倍」になるはずです。

トピ内ID:979090a57230fb23

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心が通じている関係ならそうだし仮面なら違うだけ。

🙂
匿名
依存でも共依存でもなく本当の信頼関係が出来ているなら、どの関係でもその言葉のとおりだと思います。 お互いに精神的に自立していて依存やマウントや張り合い、コントロール、心配の押し付け、がないのですから、悲しみは半分になり幸せは二倍でしょうね。 自立しているんですから。 家族であろうと境界が出来ていて巻き込まれず、自分のことは自分で解決できるのだからそういう2人が一緒にいたら隣に誰かがいてくれるということで途方もない奇跡だと感謝も出来るのだから悲しみは半減しますし、ひとりでいても自分で自分を幸せに出来る人が2人でいるのですから一緒になれば倍でしょうね。 そうじゃない人のほとんどは機能不全や自他境界線がなく家族に巻き込まれすぎ、自立の途中や共依存関係なのかなと思います。

トピ内ID:0b9fed8a67523378

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すでに今の時代には合わない価値観なのかもしれません

🤔
あや
「夫婦でいると悲しみは半分、幸せは二倍」 これが本当なら、日本は3組に1組が離婚しているような国にはなっていないかも。 私もトピ主さんとほぼ同世代ですが、若い人が結婚したくない理由の一つに 「親の姿を見てあんな風になりたくないから、独身で良い」 (仕事に追われ、家事に追われ、子供の教育費に追われ、個人の自由や幸せがない) というのがあって、考えさせられました。 今の若い子達にも親世代(40代~50代位)の大変さが伝わっているのでしょう。 「親には感謝しているけれども、親のように(家族に苦労する事は)私にはとても出来ない」 「なので結婚願望もあまりないし、子供は欲しいとは思えない」というのもありました。 もう、今の時代は「夫婦でいると悲しみは半分、幸せは二倍」 これは通用しないのかな・・・とも。 段々と個人が生きていくのすら、大変な時代になってきていますから。 トピ主さんがおっしゃる家族が多いほど・・の思いを今の若い子達も 感じ取っているのかな、と感じます。 私自身は家庭事情等があり、晩婚だったために子供が居ないので 夫との仲は軽い喧嘩はあれ落ち着いている気がします、が。 もし子供が居たならやはり自分勝手な夫に対してイライラすることも もっとあったと思いますし、心配事も絶えなかったかも知れません。 私は性格的に姪っ子にも心配するくらいの人ですから。 ただ、子供が居るからこそ家族の絆(幸せ)もあったのではないかと思います。 でもやっぱり、気楽なのはトピ主さんが言うように、一人の時と思います。 やはり、夫婦二人でも(親戚問題など)何かしらの問題が起こることも ありますから、夫は長男なので巻き込まれることもあるのです。 年齢的に幸せより、しんどい方が多いかも知れないです。 なので、なんとなく若い世代に結婚が敬遠されるのもわからなくはない、とも思います。

トピ内ID:15db08505928d291

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付け加えると

🙂
ねこ君
付け加えると。煩わしさは3倍ということです。

トピ内ID:aa2ee91277e4df62

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