見た目の良さや肩書の凄さではなく、性格の本質的な事で「ああこの人の性根は真っ当な人なんだな」と思わせる友人がいます。それと同時に、自分の人間力の低さと比較して落ち込み不安になったり、やっかんだりしてしまっています。
私は40歳にもなって刹那主義で意志薄弱で考え方が幼く怠惰な性格で、道徳心や倫理観も緩い所があり、ゆる~くマイペースで上昇思考を持たないタイプの友人を、失礼ながら勝手に自分に近しいタイプだと思い込んで安心感を得、仲間意識を抱いていました。しかしながら交流をし10年経ってやっと、友人と私は表面上は近しいように見えて根底は真逆の人間である事が分かってきました。
例えば、友人は自分の意思や信念はしっかりありその上で「適当」「気楽さ」を選択しており、それがどんな結果になっても受け入れる強さと覚悟があり、失敗は学習し次に生かすタイプですが、しかし私は、自分の意思や信念も無く後先考えず一時的な感情や周りの意見に流され「適当」「気楽さ」を選択し、その結果を受け入れ切れずに嘆き後悔が多く、失敗の反省はするもの学習出来ず同じ失敗を繰り返すタイプ、等です。
最近友人と話していると、友人と自分との差をさまざまと感じる事が多く、ひとりで落ち込んだりやっかんだりしてしまいます。しかしだからと言って友人との交流を断ってしまうと、浮世離れしている自分の思考のみの世界なってしまい、それによる失敗や後悔が多発しダメ人間さが加速してしまいます。(コロナで交流出来なかった時に痛感)
友人への嫉妬や悲観も確かにあるのですが、友人との交流で自分の思考や言動の周囲とのズレや非常識さに気づかされる事も多いく、交流したい気持ちと交流が苦しい気持ちが常に一緒にある感じです。
皆さんはこんな経験ありますか?またこう言う時にその友人と上手に付き合う為の方法はありますか?
アドバイス貰えたら嬉しいです。
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