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心の煤払い

レス9
(トピ主 1
🙂
ちか
話題
先日、宮部みゆきさんの『泣き童子』を読んでいて、「心の煤払い」という言葉に出会いました。なんだかこれが心に残って、年末という時期もあり、自分のことを振り返っていました。 心にかかる煤は、うっすらと、あるいは黒々と、あちこちにあるなあと思いました。 吹けばとぶような煤もあるけど、ちょっと重たい煤もありました。 今年の秋、半世紀以上の付き合いだった同級生の友人と距離を置きました。 とてもいい子で、楽しい時間を何度も過ごしました。でも、ときどき彼女のなんでもポジティブに捉えすぎる考え方に違和感を感じてもいました。(阿修羅像の頭さえ、全部前向きにしてしまうのではないかと思うくらいの前向きな子です) 彼女は自分の家族が大好きでした。私が親と言い争いになった、と彼女に愚痴をこぼすと「それは仲がいいからだよ。思いやりの喧嘩だよ。家族なんだもの、分かり合えないはずがないよ」と言うのでした。彼女のお母さんが亡くなったときは「私、何度でもお母ちゃんの子に生まれてきたい」と言っていました。 私はあまり自分の家族とうまくいかず、一番苦痛だったのが、彼女のこういう「家族なんだから」でした。(あまりの前向き思考もですが) もうトシですから、彼女も私もすでに両親はありません。彼女の愛は、隣人にも向けられています。気前もよく太っ腹で、よかれと思って、いろいろなことをしてくれる人です。 いい子だけど、私には辛い。 離れたい宣言をしてしまって、良かった。でも、寂しいな、と思うときもあります。 こういう気持を、夫にも言えないで(言わないで?)きました。ここでもうまく書けませんでしたが、言い表す言葉が見つからないんです。 皆さんも、心にたまった煤はありますか?  件の宮部みゆきさんの物語ではありませんが「書いて書き捨て、読んで読み捨て」で、煤を払えれば、と思いました。

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ありますよ

🙂
テンダネス
もぅ10年以上、溜まった煤なので心にこびりついます。 私は週に1度、あるコミュニティに参加しています。主催者の事務所で商品を仕入れる”集まり”です。そこに来る1人の女性に どうしても言いたい事があるのです。しかし言ってしまうとそのコミュニティには重く気まずい雰囲気ができるのは火を見るより明らかです。 何より主催者に迷惑をかけたくない。本人に直接、言えばいい…そうかもしれません。しかし私は彼女の狡猾さに傷付いたことを知って欲しい気持ちがあります。主催者やコミュニティに集まる人にも関係のある話だからです。 彼女がいない時に主催者や他の参加者に言うつもりはありません。相手に反論の機会が無いのはフェアではないし、ただの陰口になるからです。 この煤は10年以上 溜まっているので、ドス黒い澱のように いつも胸の中で燻っています。どうしたものか…。

トピ内ID:99ee82cd2da80868

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レスします

🙂
迷路の出口
ケンカは早いうちにせよ。 とかの名言があります。 それはどういう意味なのか? わかりませんが もしかしたらストレスを 貯めるな…という助言みたいな ものじゃないでしょうか? 人間関係は波長が合わないと 続きませんね。あと人生観が 違いすぎてもしらけるし。 相性や波長も大事ですね。 何年も言いたい事を我慢して 臭いものにふたを していると心の中のストレスが 腐った果実みたいになり… やがて二酸化炭素になり それが原因で自分自身が 体調を崩すかもしれません。 ケンカは早いうちにせよ。 は→果実が腐る前に >なるべく早めに 本人に直接話すのが よいのかもしれません。 (悪口や忠告)は周囲りには 言わずに本人に直接、言うのが いいかもしれません。 《でもなかなか言えない。》 言えないから自然と距離を置くようになりますね。 言ったところでよくもならないし...。 「言ってくれてありがとう!」 と友人に言われて ハッピーエンドになれば一番いいんだけど。 現実は厳しい。

トピ内ID:12f78cf44a8c7760

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私はバレエを習って長いのですが

🙂
りーず
クラッシックバレエのお稽古は 同じ動きを同じ順番で必ず行います。 バレエは一見華やかですが お稽古は坐禅や瞑想に近いものがあります。 毎回心も体もリセットしゼロにする作業に近いです。 ウクライナ国立バレエの方が 戦火の中自己責任で舞台に立つのは お客様の心を正す責任があるからだ。 その為に私達は命を削ったエネルギーを お客様に与える義務がある。 と語っていました。 バレエをするのもそうですが バレエを観る事は心の浄化に近いです。 聴いたり観たり読んだり歌ったり。 やり方は皆色々ですね。

トピ内ID:7690128ba7a1e91e

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いい言葉ですね

🙂
野鳥の来る庭に
心の煤払い、いい言葉ですね。 私はすすどころではありません。 知らないうちにカビがここにもここにも付いてしまった!洗剤!磨き粉!クエン酸と重曹!漂白剤!なんてあわてて、でも体が動かない........本当の掃除とよく似ている、そういうきたない心で生活しています。 そんな自分が気に入らない、それが私の「すす」です。 普通の掃除と同じように、毎日少しずつ埃をはらっていくしかないのかな。 今日からでも筋トレを真面目にやろうと思っています。気分が良くなるのです。

トピ内ID:d44ed1a61f0ce1f9

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ありますね

🙂
匿名
今年の初夏に、30年来の友人とお別れしました。 沢山の感謝の気持ちと愛情がありながら、年々遠慮のなくなる横柄な言動と絶妙な非常識さに悩む事が増えてきました。 トピ文を読んで、改めて今の気持ちを考えました。情がありすぎてなかなか別れられなかったダメ男とやっと別れたんだけど、寂しさなぜか罪悪感すら感じてしまったりします。 今でこそ気にして煤も払いますが、この年で気付いた汚れや、行き届かなかった汚れ。 この年で払えた煤や、この年だから払えた煤、偶然の出会いで払えた煤。 なんか面白いですね。 こびり付いた煤を無理に掃除しようとして、傷つけてしまったり、色が剥がれてしまったり失敗もしました。 でも、それも歴史と味わい。 そんなヴィンテージ者になりたいです。

トピ内ID:fe705ee93b9ef36f

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こんにちは。

🙂
私も主様と同じく身内とはあまり上手くいきませんでした。 でも向こうは全然私が悩んでいる事を知りません。 私がずっと心を殺して合わせてきたからです。 3年前に母を見送り、身内は妹だけになりました。 母が亡くなった時に妹から色々と言われました。 家族なのに家族やろ! 詳細は省きますが、あぁもういいや、絶縁はしないけど疎遠にしようと思いました。 相続の手続き、実家の売却を2年かけて1人でやってお金を折半して送金した瞬間に、 はい、終わり!って。 妹からのラインにも返事はしてません。 母は亡くなる時に姉妹仲良くしてや!と言いました。 きっと私は親不孝なんだろうなぁ、でも無理に仲良くしたら、 絶対に私の心が悲鳴を上げる、 自分を守れるのは自分だけ、 残りの人生は身内の呪縛から 逃げます。

トピ内ID:fe93990cf77f06ba

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誰にでもあると思います

🙂
匿名
そして、煤は、沈着しないうちにはたき落とすのがいいです でも、煤に無自覚なことが多いので、厚く粘り気を帯びてこびりついて初めて気づくことも 特に社会的弱者は……例えば、女はこうあるべきみたいなものに本人も囚われ疑問にも思わず受け入れ続け、身体や心に不調が現れて、紆余曲折を経て気づく はたから見ているとあり得ないでしょ?おかしいでしょ?と思っても、わからないんです 本当に不思議です 軽いうちに言葉にするだけでも違うおもいます 事情があり相手に直接言えなくとも 沸点の低い人は、気弱で、ちょっとしたことはガマンしてしまい、溜まっているから、ちょっとしたことで切れてしまうのではないかと感じます 個人的な話なら 子育てをしながら、何度も煤に気づきました 煤だとおもったら、シミだったり傷だったりなんてこともあります よい両親だったとおもいますし、周囲の評価も高かったです 気づかないほうが平和で幸せだったのか、気づいて乗り越えた先により良い世界が広がっているのか、未だ、わかりません

トピ内ID:8dbddf0dd9edaf05

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煤どころかヘドロ

🙂
しろ
心にびっしりへばりついてます。たまに掃除しても根が取れないからまた溜まります。 人間関係って一番の悩みだと思います。お金や健康なら自分の行動、気の持ちようになるけど、相手のあること、どっちが正しい間違いって決められないですからね。正しいことが良いことでもないし。 今はまだ責任があるので無理ですが、いつか全てから解き放たれたら、真っ白な心になれるのを夢見てます。それとも記憶喪失にでもならないと無理かな。

トピ内ID:36648e450aae9721

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みなさん、ありがとうございます

🙂
ちか トピ主
レスくださったみなさん、ありがとうございます。 私も60代後半になり、古い板張りの廊下のように黒ずんでてかてかしてきました。ヴィンテージ、という言葉をお使いの方がいらっしゃいましたね。良い感じに時代がついていけばいいなあと思いますが、ただのおんぼろになってきただけの気もします。 生きてりゃ煤もたまりますよね。「煤払い」と言ったって完全にまっさらにできるはずもなく、ただせめて風を通して、日に当てて、差し込む日の光の中できらきら埃が舞うのを見る、それだけでもいいように思うのです。 小さいころ映画館で、映写機の光の中に浮かぶ埃が好きでした。あれはなんだろう、と思い、埃だと知った後も、あんなにきれいなら埃も悪くないかも、と思いました。そして、埃は至る所にあるんだな、とも思いました。 実家に、母が使っていたオーブントースターがあるんです。ついこの前、それに付属しているフライなどを温めるトレイを洗いました。今まで黒い金属でできている、と思っていたんですが、金たわしでこすってみたら、なんとぴかぴかのステンレスでした。あまりに均一に、きれいに煤がこびりついていたので、鋳鉄か何か黒いものだと信じていたのです。取りきれないところもあるんですが、今はほぼ銀色に輝いています。(リアル煤払い、というか煤落としでした。爪が真っ黒になりました) みなさんも、私も、煤があることに気づいているから良かったですね。もともと黒いし、黒いのが当然、なんて思ってしまわずにすみます。中で光っているもののことを忘れずにいたいと思います。 ちょっと早いかな? 佳いお年をお迎えくださいますよう願っています。

トピ内ID:edadac48be2b6bbc

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