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鉄道にまつわる思い出話、しませんか?

レス22
(トピ主 1
041
みかん色
話題
みなさんこんにちは。鉄道の旅が大好きな、みかん色と申します。

この春、国鉄が分割民営化され、JRに変わってから20周年を迎えます。
それを記念して、この春の青春18きっぷは、通常より3500円安く8000円とお得です。

そこで、鉄道が大好きなみなさん、そうでもないみなさん、鉄道にまつわる思い出話、しませんか。

ハンドルのとおり、みかん色の湘南電車(今はもう引退してしまいましたが)が大好きな私の思い出は、ボックスシートで家族で食べた冷凍みかん、です。

では、あなたのとっておきの思い出話、お待ちしています。

トピ内ID:6929793139

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はいっ

041
だてまき
鉄道ファン暦十余年です。この趣味とはあんまり関係ないのですが・・・ 遠方の人を好きになってしまい、何とか会える機会を作って新幹線のホームで告白したことがあります。 2年間の遠距離恋愛の後、距離以外の理由で別れてしまいました。でも、今でも忘れられない思い出です。彼、どうしているんだろうなあ。

トピ内ID:6557526623

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鈍行列車で九州へ

041
りゅうりゅう
トピ主様、初めまして。鉄道の思い出といえば今から約20年前、周遊券を利用して九州一人旅をしたことですね。湘南地方のとある駅から始発の東海道線を皮切りに鉄道を乗り継ぎ乗り継ぎしましたが(全て各駅停車でした)一日では九州に着きませんでした。下関の遥か手前の駅の待合室でダンボールに包まって始発を待ちました(本当は駅員さんに一度外へ出されましたが後からコッソリ、時効かと思います)。旅行開始二日目の午後三時にようやく阿蘇到着。それからは気ままに20日鉄道と徒歩で非常に楽しい旅行をしました。 また一人旅してみたいと思いますが今度九州へ行く時は家族にも九州の素晴らしさを教えてあげたいので、二度と一人旅はできないでしょうね。みかん色の東海道線大好きですよ、個人的には伊東あたりを走っている姿が好きです。小田原の酒匂川あたりも良いかも。

トピ内ID:4923032371

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列車は哀愁を乗せて

🐱
鯵の開きは恋の味
今を遡ること47年、秋田の田舎町から汽車に乗り、 心の駅と唄われた上野駅で乗り換え横浜に。 途中の夜景は3月なれど雪深く、寂寥たる一夜を 心に刻んだ10歳の冬でした。 心残りはただ一つ、少年の生まれる前からいた 三毛の事。 賢く可愛い少年の相棒でした。 この別離は今も痛恨の記憶として 鮮明に残っております。

トピ内ID:9496176358

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鉄道旅行ではなく"汽車旅"が好き

041
りゅう
青春18キップ、売り出された当時は「青春18のびのびきっぷ」と言ってましたねぇ。速攻で購入して博多から青森まで行って帰るという長旅に使いました。当時私は高校生でバイト代溜めての初の1人旅。 無理すれば青函連絡船で函館まで行けたのですが、当時普通列車としては最長だった、門司港5時20分発福知山着23時51分の824列車(約600kmを走破)にどうしても乗りたくて予定を立てたのでした。 夏休みだったので、強い日差しが反射する日本海の美しさを堪能。無人駅で特急追い越しのため停車するとセミの声しか聞こえない一種の静寂(ディーゼルや電車でないので列車そのものの音がしない)。鳥取では1時間近く停車するので余裕で駅前銭湯入浴。夜の餘部鉄橋では空中を列車走るような錯覚。という感じですっかり山陰本線のファンになりました。終着の福知山で車掌さんに「着きましたよ」と起こされたのはご愛敬です。 その後、キップが発売されるたびに購入して、高校時代の長期休みはほとんど鉄道旅行に費やしました。3年の夏休みは函館まで、そして大学受験の発表を見に行くのにもこのキップを使いました。ホント、懐かしいです。

トピ内ID:8724153151

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子供だった頃の昔々の話。

65歳
信号機の柱に昇って駅員さんに叱られました。 転鉄機の動きを飽きずに見ていました。 母の実家に汽車で行った時、母が買った牛乳一本を弟と代わりばんこに飲みました。 (貧しかったので牛乳を二本買えなかったのです) 景色を見ようと窓を開けると石炭殻が顔に当たったり目に入って痛かったです。 汽車がトンネルに入ると黒煙が流れ込むので、急いで窓を閉めました。 度胸試しで鉄橋の橋の真ん中にある板を歩きました。 レールに耳を当て‘ガタン・ゴトン'という響きを聞きながら汽車がどこまで来たか当てっこをしました。 近所のバアサンが「汽車往生」をしました。 駅の側に棟割り長屋の駅員宿舎が有ってネ。 家族みんなが逞しく生きていました。

トピ内ID:0955799116

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お母さんにむりにお願いして乗せてもらった

041
あーり
幼少のころ横浜線沿線でした。まだ昔のチョコレート電車が走っていたころです。 これに乗ると「東神奈川」という湘南電車も通過してしまう駅に出るのですが、その待ち時間に轟音とともにオレンジの矢のごとく走り去っていくカラフルな湘南電車にどうしても乗りたかったんです。 母は、「あれはお金持ちの人しか乗れない電車なの」とかなんとか言うのですが必死におねだりした結果、デパート帰りの横浜駅から川崎駅まで強引に乗り越し体験しました。 しかし肝心の自分は、車窓を見る事もなくすぐ爆睡しまったとの事。 引き上げてくる京浜東北の電車でずっとベソかいてたそうです。

トピ内ID:9656308047

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特急あさま

ひとで
10年ほど前のこと、上司と2人で長野方面に出張しました。 たまたまとれた特急の指定席は最後尾の窓際。 始発の駅から、停まる駅停まる駅、なぜか人だかりが。 そしてみんな、高そうなレンズを装着したカメラをこちら(?)に 向けているではありませんか。なぜ??? あとで判明したことですがその日は長野新幹線開業により なくなってしまう特急「あさま」の最後の営業日。最後尾に 座っていた私のすぐ後ろにあった特急の名前が書かれた プレートをみんな記念に撮影していたらしいのです。 全国の”てっちゃん”が持つ「あさま」の写真に、もしかすると 私がちらりと写り込んでいるかもしれません。

トピ内ID:2254215025

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なっ 懐かしい・・・

😀
ライオンズ
チョコレート電車 ありましたねー。 私は京浜東北線沿線にいたので乗ったのを覚えてます。 ドアをはいると真ん中に柱というかポールかありませんでしたか? あとは「ゆうづる」「はくつる」「瀬戸」の寝台車です。 寝台車は「旅」を演出させてくれました。 青函連絡船もよかったですね。 鉄道とは関係ありませんが改札係りの切符を切る手さばき が見事だったのが印象強いです。子どもながらに感心、尊敬 したものです。 国鉄時代がよかったなあ・・・

トピ内ID:3281691467

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「湘南色」にハマった契機

041
一鉄道ファン
 40年前,今は亡き母に連れられて叔母の結婚式に向かう途上,予定していた列車に乗り遅れてしまった。仕方がないので後続の列車で途中駅まで行き,目的地への列車に乗り換えたが,その列車が急行電車で「湘南色」だった。予想外のこの事態に私は大いに歓喜し,以来何年にも渡って「湘南色」の列車に乗りたいとの願望に取り憑かれ続けたのであった。今日ではこの色の列車を見かけることも少なくなったが,「湘南色」には一種独特の,「旅への誘い」といった雰囲気が或るように思われる・・・。  また,JR発足の翌年,奥羽線福島ー米沢間の4駅連続スイッチバックを訪れた時の印象も忘れ難い。そのうちの「峠」という駅では力餅を売っていて,「力~,力~」という声がホームにこだましていた。懐かしい思い出である。しかし,現在ではこの区間は山形新幹線が走るようになって,スイッチバックは姿を消してしまった。

トピ内ID:3513469495

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ある思い出

🐱
popipopi
高校生の頃、帰りの電車を待つホームから上りの快速電車がよく見えました。私は下り方面に帰るのですが、どういうわけか(私はこの快速電車に乗って結婚するのだ)と思うようになりました。 別に好きな男の子がそちら方面に住んでいた、という訳でもないのにです。 ちなみに、あの「はなーよめはー夜汽車ーに乗ってー」という歌は当時は知りませんでした。 それから数十年、本当に私は結婚して快速電車に乗った先にある町へ引っ越しました。 今でも実家に帰るとき、この電車に乗るとふと高校時代のことを思い出します。

トピ内ID:5591384489

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プチ放浪

041
max
ある天気の良い朝、7:00頃ブラっと家を出て電車に乗りました。終点の北千住で降りて東武線の特急に乗り換えてまた終点まで行きました。そこでローカル線で違う路線に乗り換えられる駅まで田舎風景(電柱も立ってない!)を楽しみ、降りた駅で次の電車の到着時刻を見たら3時間先(汗)。仕方がないので一つしかない改札を出て田舎街を散歩。畑にいたおばあさんにお茶をごちそうになり世間話。電車が来る時間になったので駅まで行き、また終点までノンビリ田舎風景三昧。着いた終点は新潟県。さすがにもう夜8時だったので新幹線で東京まで帰って来ました。 横浜→東京→福島→新潟→東京→横浜 食べたのはサンドイッチと駅ソバだけ 所持品はお金とタバコとライターだけ(携帯はウチで留守番) 何も計画せず気分任せ・時刻表任せに過ごした一日。なんかハマっちゃいそうです。

トピ内ID:5884931667

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今では使われない鉄道ことば

041
一人旅小僧
今から40年以上前ですが、列車の始発駅を言うときに、「○○仕立て」という言葉を老人から良く聞きました。 「坊よ、何時のキシャで帰るんぞよ?」 「4時や。」 「そうか。松山仕立てじゃけん座れらい。」(始発だから席は確保できるよ)という具合です。 列車を仕立てるというちょっよおおげさな言い方に、子供の私はうきうきしました。 当時でも通勤電車や近郊電車に対してはこういう言い方はせず、「仕立て」られるのは、一等車や寝台車を連結した中長距離列車でした。

トピ内ID:4025094501

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宇高連絡船、青函連絡船 今は昔

041
未だに好きです
貧乏で節約旅行だった私(女子大生)、バブル時代だったせいだか、合コン、ディスコ、ボディコンの同性たちとは話が合わず、もっぱら一人旅 親は心配しましたが、バイトでお金を貯めてはYHともっぱら鈍行(時刻表を調べて出来るだけ特急を使わない)ぼーっと外を見ていました。 宇高連絡船で食べたウドン、北海道へ深夜1200に青函連絡船に乗り換えた高揚感、朝靄に煙る洞爺湖を見て北海道の大地を感じました 今は息子をそそのかし、毎年春と夏には12時間かけて鈍行の旅を楽しんでいます。 今年は桜が異様に早そうなので伊東で来々週末、4月に信州でもう一度花見を目論んでいます

トピ内ID:9753914196

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18きっぷ

041
あき
大垣行/発の鈍行列車が、まだ東海道を走っていた頃の思いでを二つ。 五月の連休に帰省のため18きっぷで満員のこの列車に乗っていました。4人掛けボックス席の向かいは、どうやら遠隔地での研修の帰途の若い会社員二人組。禁煙でしたが、午前2時も過ぎると車内で喫煙する人もちらほら。この二人も「みんな吸ってる」と一幅。更にもう一幅。それが半分程になったところで、意を決して「あの~それ吸い終わったら、おしまいにしてもらえますか?」。二人とも「すみません」と即座に消してくれました。後でひとりが「はっきり言うのえらいっすよ~(ぼそぼそ)」もうひとりが「おい、よせよ、お前」。おかしかったです。 もうひとつは、昼間の鈍行にて。向かいに座った初老の男性が、暫くしてから囁くような声で「学生さんですか?」。「はい」「勉強ですか?えらいですね」(文庫本の小説を読んでいました)「あ、ちょっと読書です」。また暫くしてから「学生さん、これ食べますか」「(迷った挙句)...頂きます、ありがとうございます」。一時間ほどして、「学生さん、一生懸命勉強してくださいね」と言って先に降りてゆきました。今も時々思い出します。

トピ内ID:9110120661

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物心付いた時には「鉄」でした

🙂
青列車
トピ主様、いつぞやはお世話になりました。生家近くを走るSLの汽笛を子守唄に育って40+α年経ちました。鉄道にまつわる思い出は限りなくあります。乗る・撮る・作る(模型)・読む(文献)・遊ぶ(前記全て)…通勤通学出張用務旅行、常に鉄道は身近な存在でした。馴れ親しんだ車輛・列車達も何時の間にか世代交代、ついこの前新進気鋭と登場した車種が何時の間にか引退、乗るだけで自慢でき、プラチナチケットだった列車が廃止される…なんてこともしばしば。目的地は二の次、お気に入りの車種を使ったお気に入りの列車にただ揺られていればそれだけで幸せ。夜行列車で一晩過ごし、下車駅に着いてもまだ降りるのに未練を感じたり、青春18キップで乗り継いで、一晩座席夜行で過ごしてもまだその先に進んだり…時には海底トンネル内で列車が故障して、「海の底」で1時間閉じ込められたり、事故で夜行列車が足止めくらい、試験に間に合うか否か瀬戸際になったり、北海道旅行を諦め途中駅から引き返したり…色々ありました。それでもやっぱり!三度の飯より鉄道が好き!これからも、長距離移動は努めて列車を利用します。夜汽車で迎える朝のムードが好きです。

トピ内ID:9517995196

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東京駅

041
桃太郎
あの日の東京は日中雨でした。 英連邦占領軍司令官は夕刻参内し帰国のご挨拶を申し述べるとその足で東京駅へ向われた。電力不足で日没と共に当たりは真っ暗。 殆ど車も走っていない。 当時の東京駅は戦災で建物の半分も使われて居なかった。 中央ドームにはぽっかりと穴が開いており、月の光が差し込んでいた。 往き交う汽車も電車も無く、人影も途絶えていた。 未だ優に夕食の時間帯である。 構内の通路には各国の儀じょう隊が並び、其の先に一際目立つ英連邦軍の連隊旗の波。 突然闇夜に轟き渡るバッグパイプの演奏。 号令の怒号。 「捧げー銃ー!」。 床を打つ儀じょう兵の軍靴の音。 「右、前へーツ」。 私は両親の手を握り締めながらこの光景を恐る恐る眺めていた。 司令官は私の父や母とも二言、三言言葉を交わしていたが、私は恐くて何も言えなかった。 静かに駅を離れる2、3両編成の蒸気機関車が物悲しい汽笛を鳴らし乍ら暗闇へと消えて行く。 母の言うには、その軍用列車は数日かけて「クレ」と言う軍港迄司令官をお連れするのだとか。 遠い昔、私が見た初めての東京駅である。

トピ内ID:5500127900

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米軍の汽車

041
おら
トピ主さま ノスタルジーですね。嬉しいトピを立てていただきありがとうございます。 私もトピ主様、あーり様、先輩様の近く(?)に住む者です。 湘南電車、大好きでした。3等車で窓が木枠でしたね。 先輩様がおっしゃるように大船-横浜間はとても快適に思っていました。 もう少し遡りますが現本郷台駅付近が米軍のPXであった頃、そこから大船に向かって蒸気機関車が走っていました。日曜日のお昼頃、22インチの自転車に乗ってよく父と見に行ったものです。汽車が通り過ぎると向こうの山に横穴式住宅の跡が見えました。なつかしいなぁ~。

トピ内ID:1442070085

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みなさん、ありがとうございます。(トピ主です)

🛳
みかん色 トピ主
みなさん、思い出話をありがとうございます。 鉄道の旅、ほとんどは楽しい思い出ですが、ときに切ないものもありますね。みなさんのレスを読んでいて、日々当たり前のように線路の上を走る列車が、実は多くの人々の人生そのもを乗せているのだな、と思います。 あれは小学1年生くらいだったか。家族で親戚の家に行った帰り道。いつもは在来線に乗るのに、その日は母が奮発して新幹線に乗せてくれました。 東京駅で「チキン弁当」を買って、青いラインの新幹線に乗り込みました。座席に座って早速広げたお弁当にはオレンジ色のチキンライスとチキンのからあげ。 嬉しくて嬉しくて、唐揚にがぶりとかぶりつきました。その瞬間、激痛。骨付きチキンの骨を思い切りかじってしまったのでした。 楽しみにしていたチキン弁当、結局その後食べられなくて、残りは兄貴のおなかの中に入ったのかな。 あのときすごいご馳走に見えたチキン弁当、まだ東京駅で売っているのでしょうか。 今となってはおいしいものではないかも知れないけれど、もう一度食べてみたいと思うのでした。 そういえば熱海口のみかん色の電車、今日で引退だそうですよ。 また、寂しくなりますね。

トピ内ID:6929793139

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昭和50年の北海道で

ルート1
中学1年の夏、母が大奮発して初めて家族で北海道の親戚へ旅行しました。上野から夜行で青森、青函連絡船で函館。オホーツク沿岸の北見枝幸まで長旅です。 酪農農家の珍しい生活に思い出深い旅行でした。 ところが、その帰路。 折からの晩夏の台風で、札幌から先、函館までの鉄路が水害で遮断される事故が起こりました。旭川で足止めされ、道案内役の兄は途方に暮れておりました所、臨時列車が室蘭まで出てそこに青函連絡船が迎えに来ると教えられました。 岩見沢?で臨時列車に乗ろうとして、いきなりどっかで聞いたことのある甲高い汽笛。車両中が騒然となりました。当時でも珍しい蒸気機関車だったのです。思わぬ国鉄からのプレゼントと私は思い、途中駅では同乗の人たちとこぞって写真を取りに駆けつけました。 室蘭で降りると行列が港に続いていました。その先に巨大な青函連絡船!函館から助けに来てくれたと感じ、とても頼もしくカッコ良く思いました。恐らくは普段はフェリーなど接岸する所でない?と思われる波止場に、急な梯子車両がかけられ僕らは窮屈にフロアに押し込められました。 今では、貴重な体験であったと思っています。

トピ内ID:2408400501

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りゅうりゅう様へ。

041
古凝
私も東海道線大好きです。みかん色の電車。よく乗っていました。 住んでいる場所が湘南地方で羨ましいなと思います。 九州まで行ったのですか。凄いですね。 私は、最長で豊橋まで乗り継ぎをした事があります。 東海道線の景色でいいなと思う所は、 茅ヶ崎・平塚間の相模川を渡るところと、根府川を走るあたり、 それと、掛川の前後の畑の中をひた走るところです。 よく独りで根府川駅まで、東海道線一本で土日に小旅行もしていました。 根府川は、新幹線で見える景色ですが、トンネルに見え隠れしてあまり新幹線ではよく見られないので、東海道線に乗ると、窓から海が全貌できて、そこで得をした気分にいつもなっていました。

トピ内ID:4009389272

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やはり、SLが一番

蒸気機関車
 子供の頃、自転車で近くの陸橋に行って、SLを見るのが大好きでした。その陸橋は、始発駅から200mくらいのところにあり、SLは速度を上げる為に、猛烈な蒸気と煙を吐き出します。そして、陸橋に差し掛かった頃に、ピーという大きな音を出します。その迫力満天の姿が大好きだったのです。毎日のように見に行ったのを思い出します。

トピ内ID:3000488260

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時間の流れに・・・

041
ぽいぽい
初めて乗った列車が深夜を走る寝台列車 九州の片田舎から東京へ 通路の折りたたみ椅子に座り眠れない夜の不安 暗闇の中の小さな家の明かり 近づいては流れ行く踏切の鐘 初めてにも関わらず、何か自分の人生に置いて特別な夜と認識していたような そんな15の春でした それからもう40年が経とうとしています あの夜の同じ寝台列車に乗り合わせた人達はどんな人生を送ったんだろう?

トピ内ID:8882864314

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