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身内がもうすぐ死んでしまうのに「めんどくさ」と思ってしまった

レス43
(トピ主 1
🐤
中3女子
ヘルス
今日、おばあちゃんがあと半年で膵臓癌で死んでしまうと知りました。その時、私は「あぁ…めんどくさくなるな」と、心の中で突然ふっと思ってしまいました。自分でもその後びっくりしました。しかもその話を聞いたのになかなか涙を流すことができませんでした。おばあちゃんのことが嫌いなわけでも、そんなにあってないわけでもありません。全然遊びに行くし、大好きでした。でもなぜかふっとそう思ってしまいました。私は、こんなことをなぜ思ってしまったのかわかりません。おばあちゃんが死んでしまうのに、こんな悩みをここに描いてる心情も分かりません。なぜ私は、おばあちゃんがあと半年で死ぬことよりこちらの方が引っかかってしまっているのかも分かりません。 変な文章になってたらすみません。どうかなぜなのか教えてください。

トピ内ID:2d801904598270cb

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レス

レス数43

もちろん身内が亡くなる悲しさとか寂しさも感じているんですよね

🙂
でも、中3だったら、今まではあらかじめわかっていることが起こるとか、自分で選んで対処できることがほとんどだったのでは?それに対して「祖母の余命半年」というのは、自分にはどうすることもできない人生のイベントという点で、今まで経験していなかったのではないでしょうか。。 特に半年後だと高校受験の前後になる可能性があるし、今まで自分で想定してきた流れ通りにはいかないかもしれない、イレギュラーなことが起こるかもという不安から、「面倒くさい」と感じたと思います。亡くなった時の通夜や葬儀のこともあるだろうし、それまで看病やサポートのために親が不在になったら、その分自分がやらなければいけないことが増えるだろうし。同居ではないようだからそういう間接的な諸々をまず想起したのでは? これが親だったり、兄弟だったらまた感じ方は違ったと思います

トピ内ID:9c4ea0b76ec2e113

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それが本当の気持ちかどうか

🙂
めんどくさくてもいい
もしかして感情がめんどくさいのかも知れないよ。 死ぬか生きるかって、生涯で一番大きな違いだし、 大変なことじゃない? もう二度と会えない見れない聞こえないことが 死ぬということ。 でもさ、まだ生きている私たちにはなかなか、 それがどういうことかわからないよね。 なのに先に逝く人に直面するということは、 時間差でもいろんな感情と付き合うことになる。 後ですごく寂しくなったり、悲しくなったり、取り返しがつかないんだと 実感して、体験したことのない感情と向き合わなくてはいけない。 それはとても、とても、 めんどくさいことだよ。 10代のあなたはそれをなんとなくわかっているんだよ。 だから、ああめんどくさい、ってまず出てきたんだよ。 おばあちゃんのことは、好きでも嫌いでもどっちでもいいんだよ。 どんな思い出があっても、あなたに無関係ということはなくて、 身近な人の死と関わるということは、 決して「どうでもいい」ことではないんだよ。 その人は目の前からいなくなってしまっても、 自分の心とは永遠に付き合って行くものだからね。

トピ内ID:19d28fa93bd79ddb

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日常が乱されるから

🙂
ラッキー
おばあちゃんが亡くなると今までの日常生活に乱れが生じることが予想されます。 悲しむ親、葬儀、埋葬などなど、今までトピ主さんが経験していないことが起きます。 それらを無意識のうちに予想して、しんどい、負担感、不安感があるといった感情を表すのに「面倒くさい」という言葉が出てきたのでしょう。

トピ内ID:dff52a7e7b13bca7

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そういうときもある

🙂
ワン
私も似たようなことがありましたよ。 自分は薄情な人間なのかと思いました。 まだ14〜15歳ですよね。心身共に変化の大きい時期だし、よくわからない気持ちになるのは当然です。 もしかしたらショックを受けないように心が瞬時にシャッターを下ろした状態なのかもしれないし、 受け入れられなくて別のことを考えようと脳が働いているのかもしれません。 本当に面倒くさいのかもしれない。 それは今すぐ出せる答えではないです。数年後、もっとあとになってなんとなく分かるものです。 実際、面倒くさいことになっていくのも事実です。あなたの親御さんは特に。 毎日悲しくて泣いて過ごす、というのが正しい在り方でもないです。 ただ、膵癌は残念ながら早い人だと1ヶ月程度で亡くなります。 本当に半年なのか、誰にもわかりません。 若いあなたが毎日思い思いに元気に過ごして、そんな姿を見せてあげたらいいのかなあ〜、と看護師の私は思います。

トピ内ID:660d20eeebc50d94

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現実逃避、自然な感情のひとつ

🙂
おばちゃん
私自身は実母が余命わずかとなった時に、少し似たような気持ちになったので、トピ主さんが異常だとは思いませんよ。 一言で表すなら「現実逃避」です。 これから起きる事の全てがネガティブで、望まないことばかりとわかっているから、面倒という気持ちで目を背けたい、自然な感情です。 ただ、逃げ続けると後で後悔しますから、おばあちゃんには会って、これまでの感謝を伝えてあげてください。 私の母の時はコロナ禍で、意識があるうちに会えたのは1回、しかも3メートル以上離れて15分という制限つき。 認知症のせいなのか、がんの脳転移のせいか、私たち子どものことはきちんと認識できていないようでしたが、父親のことをよろしくとか、いい人生だったとか、たくさんのポジティブな言葉をみんなにかけてくれました。 次に会えたのは看取りでしたが、1回話してあったからか、自分でも不思議なほど心揺らされず、納得の行く看取りができました。 おばあちゃんは、お父様かお母様の実母だと思いますので、親御さんのストレスが少なくなるよう静かに見守ってあげてください。 私自身は、自分の子どもがとても大変な時期と重なってしまったのですが、少しだけ静かにしていてくれたことがありがたかったです。 長々書きましたが、自然な感情ですから気に病まずに、自分自身も大切にしてくださいね。

トピ内ID:7115fbcc16efa0e1

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「面倒くさい」は、不安からかもしれない

🙂
むいむい
トピ主さんが感じている、「面倒くさい」ような感覚は、不安感からくる逃げたいような気持ちからくる物ではないかと、感じます。 人は、未知のものや想像が追いつかない事に接したとき、無意識に逃げたくなり、その表面的な感覚が、「面倒くさい」だと感じる事があります。本当は不安や焦り、恐怖心なのですが、そこが自分でもよくわからず、「面倒くさい」と認識してしまうわけです。 まだ様々な経験が乏しい中学生では、祖母の余命宣告に際して、不安からくる「面倒くさい」を感じても、仕方ないと思います。 これから、祖母のことで実際に起こる出来事を体験していき、その後で悲しさを自覚するのではないでしょうか。 実を言うと、私もトピ主さんくらいの年齢の頃に、姉妹が入院して命に関わる状況ではありませんでしたが、「面倒くさい」と感じた事があります。心配もしましたが、イライラもしました。そして自分が冷たいのではないかと思い、ショックでした。 今なら、「そんな事もあるさ。不安なんだよね。いや実際大変だし、イライラもするよ…」と、あの頃の自分に言ってやりたいですが。 トピ主さんだけではありません。 トピ主さんは、全然おかしくない、普通です。安心してください。

トピ内ID:f274fad530c1c755

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若い人。

🙂
nene
人の死について自分の心の動きに驚いたのですね。 若い人らしい感受性だと思いましたよ。 これから始まる祖母の闘病に対して、あなたはとっさに「自分も何かしなければ」と役割を感じたのではないですか。 あなたには高校進学がありますので、不安になったのではないかと思いました。

トピ内ID:5dd26b58faba03b9

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それが普通

🙂
アロエ
あることに対して湧いてくる感情って、一つじゃないんですよね。悲しい100%とか嬉しい100%とかにはなりません。例えばあなたが片思いしていた男の子から告白されたとして、嬉しいのはもちろんだけど、本当なのかなと不安になったり、もしデートすることになっても可愛い服なんて持ってないと困ったりするでしょう? どんな場合でもそうだろうけれど、人の死のような重大局面では特にそうした「いろんな気持ちが混じっている自分」を自覚してしまうんですよ。そして「めんどくさい」と感じてしまうことに自己嫌悪を抱いてしまったりね。でもそれでいいんだと思います。いろいろな気持ちを同時に抱えていられるのは強さです。 めんどくさいのは嘘じゃない。悲しい寂しいのも嘘じゃない。両方同時進行でありです。「悲しいふりして実は面倒がっている」みたいに偽悪的になる必要もありません。ただ礼儀としては「めんどくさい」は言葉にすべきではない。そこだけ守っていればいいんだと思います。

トピ内ID:c298718d6699a996

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精神的に回避してるんやろな。

🙂
京都のクッキー28
お婆さんが亡くなることを第一に考えたら、メンタルがやられる!って無意識の自分が回避して、逃避してるのやないか? 臨床心理士の資格持ってるカウンセラーのとこに週一ぐらいで通って話してたら、泣けると思う。

トピ内ID:c4bc6c77779d1b22

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不適切ですね

🙂
ヨーコ
おそらく、自分の感情を表現するボキャブラリーが貧困なんですよ。 自分の中の感情を表現する言葉(語彙)の知識が少なすぎて、この状態を「めんどくさい」という言葉でしか表現できないのだと思います。 何か出来事があったときに、湧き上がる感情が複雑だと、表現するのが難しかったりしますよね。 是非、本を読むなどして語彙を増やしていってください。 正しい日本語の知識を沢山身につけて欲しいと思います。

トピ内ID:3e8679abec652276

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よくわかるよ

041
応援します
「身近な人の死」はストレス度で最大に近かったと思います。 トピ主さんはまだ中学3年生の思春期真っ只中、自分の人生についてもまだまだよくわからない年頃。半年後には高校受験も控えていますか? 勿論、悲しさや寂しさ虚しさ等ネガティブな感情を抱いた筈ですが、まだナイーブな心を守るためにシャットアウトしたのでしょう。現実逃避。無意識に自分を守ったのです。 ある日突然突きつけられた、自分の力の及ばない避けられない事実。長い人生ではこれから何度も遭遇する事態です。 殆ど全ての人がもがいて苦しんで乗り越えていく試練ですから、その時その時に感じた事を大事にしてください。自分を否定しなくていいんです。 私の最後の祖母は昨年亡くなりましたが、毎回会う度に感謝を言葉で伝え合っていたので、笑顔で見送ることが出来ました。 存命中には好きな時も正直少し鬱陶しく感じる時もありました。私は四十ですが、この世には祖父母はもういません。代わりに娘がいます。振り返ると全ての事が学びだったと思います。 これまでのトピ主さんの優しい気持ちは、お祖母様にちゃんと伝わっていると思いますよ。あと半年、後悔のないように。

トピ内ID:6c06fb85bf304828

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無題

🙂
ミートボール
今、中3なら半年後は卒業式や入学式、公立であるなら勿論、受験も被るかも知れない。あなた自身が忙しいさなかに身内が危篤となり、いつ呼び出されるか分からないような状況になったら、予定していた行事に参加出来ないかも知れない。それにご家族がそんな状況なら、本当は楽しい事も楽しめないし楽しんじゃいけないような心情なんじゃないでしょうか。 おばあ様の死は避けられない事なのに、それによって、あなたの未来までが制約されてしまう事実を突きつけられてそのように思ってしまったんではないでしょうか。 悲しくても涙が出ない事はあります。悲しくないのに泣ける事もあります。 出来る事なら、おばあ様とたくさんお話しして下さい。

トピ内ID:7ec0806334f9a3c3

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わかります

🙂
多忙な正社員女性
私はトピ主さんの親より上の年齢ですがすごくわかります。親は80代で元気ですが、亡くなったら実際に面倒で疲れるんだろうなと。仕事が忙しいのに数日間会社を休まないといけないし、お葬式の雰囲気も苦手ですし、きょうだいや親と話し合わないといけないし、普通の生活が崩れるのは精神的に負担ですよ。 トピ主さんが冷たいとか非情とか全く思いません。感情は人それぞれで良いです。ただその気持ちを人に話したり同意を求めなければ大丈夫。

トピ内ID:7757e4a42098be61

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思うのはなんでも自由よ

041
でも口には出さないであげてね。理由はもちろんわかるよね。 私自身治らない病気にかかっていてたぶんあと数年しか生きられないので、家族にめんどくさって思われたらやっぱ傷つくなあ、、と思うし、実際家族は家族で大変だよねとも思うし。 病人本人もけっこうちゃんとわかっているのですよ、家族に負担かけてるのは。面倒だなって思われても仕方ないって。 でも口に出して言われたらつらい。それだけです。 口に出さなければ大丈夫。悩まなくてもいいんですよ。

トピ内ID:7730b2d491fdde4a

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純粋に自分を振り返ることができる感性

🙂
はな
まだ若い感性が豊かな方だと思いました。 心配しなくていいですよ。たぶんそれは「おばあちゃんが逝くことを悲しまない自分がいる」 ってことじゃないと思います。 「めんどくさ」 この言葉がキーワードなんだけど、大人の方がもっとひどく自覚もないと思います。 トピさんのように「あれ、私へんだな。おばあちゃんが逝くなんて悲しいことなのに」 が感じられる感性は素晴らしいと思います。 こう翻訳(?)しなおしたらいかがですか? 「めんどくさ」→「いつもとちがう日々がやってくる」「自分の心の平和が乱される」 大人なんてもっとひどいですよ。 いつもとちがうできごと、、、たとえば思うようにいかない彼氏だとか、転勤だとか、介護だとか、義両親との同居だとか、もちろん家族の病気だとか。 理屈じゃわかっていても、場にそぐわない感情だとわかっていても。 自分以外のことで「いつもの(平和な)ルーティン」マイペースを乱されるのをひどく嫌がります。 「いつもの(平和な)ルーティン」が穏やかであればあるほど乱されるのを嫌がります。 そして大人になるとトピさんのように「あれっ?!私って」と思うこともないまま、 マイペース、心の平和を乱す〇〇が嫌い、と他責思考になっていきます。 たぶん家族、社会で過ごす以上、マイペース、心の平和が乱されることはたくさんあると思います。 「あれっ?!私って」と純粋に自分を振り返ることができる感性がいつまでも続きますように。

トピ内ID:8e1ab74de7c0fdef

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面倒=負担がある

🙂
めるっこ
めんどくさいというのは、なにかしらの負担を感じる、ということだと聞いたことがあります。 身近な人が余命いくばくかならば、大小、様々な負担が実際に出てくると思います。 また、おそらく本能的な反応でもあるから、しょうがないかも。

トピ内ID:c05df519a6446188

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それが人というものです

🙂
柊hi-lite
普通です。 何故なのか…はわかりません。 皆、色々なことが頭に浮かびます。 色々な感情がかけめぐり、色々な気持ちになり、色々と考えます。 それが人の脳というものだと思います。 なんでもかんでも、トピ主さんのものです。 突然浮かぶ思いも、めまぐるしく変わる感情も、変わらない気持ちも、泣くことも喜ぶことも、泣けないことも、全部ひっくるめてトピ主さんのものですから。 怖くても冷たくても優しくなくても、温かくて優しくて悲しくても、感じることすべてがトピ主さんの身になっていきます。 自分の心情を考えることはとても面白いことで、一度はまるとやめられません。 引っかかりを覚えたら、いくらでもそこに引っかかって、考え抜くこともまた楽しいと思います。 考えて考えて、そしてそれを超えてくるのが現実だったりします。 本当におばあさんが亡くなった時トピ主さんは何をどう感じるのか? それは今誰にもわかりません。 その時が来て初めてトピ主さんが体験することです。 そしてそれはいずれやってくる親や最愛の人との別れとつながっていくのかもしれません。 今涙を流す必要はなく、それはもしかしたら50年後に何か気づくための引っかかりかもしれません。 めんどくさくなると思った、その気持ちを深く掘り下げてみても面白いと思いますよ。 具体的なことなのか、そうではないのか。 祖母の死という事柄で、トピ主さんは間違いなく学びを得るのです。

トピ内ID:5dbdf058faa889ae

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あと半年

🙂
ぷ~パン
余命半年、もしかしてばあちゃん頑張ってまだまだ生きるかもよ。 生きる力が強いと意外とのびますからね。 余命1カ月よりマシです。まだ半年も時間があるのだから。 トピ主さんの感情は未知への不安からなんだろうね やったことが無いことだと 私もこわいなと思うこともあるから。 本社研修なんて言われたら何をするの?どういう対応したらいいの?って不安でしかないから。 大人の私でさえ思うのだから、トピ主さんも不安なのは当たり前。 まぁ面倒だけど、大好きなおばあちゃんなら、その時間を大事にし、おばあちゃんとお話しすればいいよ。 夏休みでこういう事をしたとか、料理にチャレンジしたとか。 いっぱい話すといいよ。笑い話になれば、笑うってお薬にもなるから。 いっぱいおばあちゃんを笑わせるといいよ。 今の時間を大切にして、おばあちゃんとの時間を楽しんで。

トピ内ID:6ddbc1590371f8b8

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トピ主より

🙂
中3女子 トピ主
このトピを描いたものです…アカウントが変わってしまって申し訳ないですが、こちらの方からお礼を言わせてもらいます…沢山の温かい言葉、核心をつく言葉、様々な言葉をもらい少し安心しました。私は、まだ涙が流れることがありません。しかし、おばあちゃんを大好きな気持ちは変わらないので少しでも支えられるよう頑張りたいと思います。そしてまだ実感が湧いてない、心の防御、語彙がない、など様々な自分ではわからなかったような言葉をかけていただき視野が広がったような気がします。本当に皆さんありがとうございました。まだまだ皆さんの意見を聞きたいです。

トピ内ID:a0812088d9fe49fd

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年齢と共に祖父母に無関心になる

🙂
ユーカリ
何となくだけど、興味がなくなったからじゃないかなって気がします。 私の祖父母が亡くなったとき、私は葬儀の手伝いをするような年齢ではなかったし、当然車の運転もできなかったから面倒とまでは思わなかったけど、学校休んでまで最後のお別れをしに行きたかったかと言うと、正直そこまでじゃなかったです。 小さい頃はあんなに大好きだったのに、だんだん会う頻度が減って関心がなくなっていったのは、自分でもよく覚えています。 一緒に暮らしてるなら違うのかもしれないけど、孫にとっての祖父母ってそんなものかもしれません。だって私は自分を冷たいとは思わないし寧ろあるあるな気さえします。 それでちょっと思ったんですけど、 孫と祖父母の関係が一般的にそんなものだとしたら、先々私に孫ができたとしても特に可愛がったりお小遣いをあげたりする必要ってないんじゃないかなって。 同じ家やすぐ近所で仲良くしてるならともかく、特に交流のない孫にお金を落とすのって実は物凄く勿体ない事なのかもしれないと、このトピ見てふと考えちゃいました。その時になったら又気持ちが変わるかもしれませんけどね。

トピ内ID:b94bd6d36ac7aa48

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面倒臭

😣
モッチー
私もトピ主と同じ感情を抱いた事があります。もしかしして、入院かなにか、していて、何度もお見舞いに行ってたりします?私は、母は病気で入院した時に、そんな感情を抱いてしまいました。大好きな母でしたし、実家にもしょっちゅう帰省していました。病気の事は前々から知ってましたが、入院して、2週間位ですかね?週に何度も何度も病院に足を運び、最後の方は、徹夜で傍についていました。幼い子供も居たので、義理母に預けたりはして居ましたけど、病院との行き来で、疲労が溜まっていたのかもしれません。多分、色々、大変だなー、葬式とか休まなくちゃいけないしなーとか思ったのかもしれませんね。でもね、私も後々後悔しましたよ。亡くなってから、ばぁ~と涙が溢れて来て、あー、もう会えないんだってね。そうならない為に、会えるうちに、会って挙げて下さい。

トピ内ID:515e7d2709b873de

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言葉の解像度

🙂
さるるるる
まだ言葉の解像度が低いから、現時点で感情にフィットしている言葉が「めんどくさ」だったんじゃないかな。 幼少期に体験した様々な出来事を思い起こす時に、あの気持ちはきっと焦燥感だったんだなぁ…当時はそんな言葉知らなかったけど、のように後からピタリとフィットする言葉が見つかることがあります。 トピ主さんの場合も後からより的確な言葉が見つかるのかも。 初めての身内の死への恐れや畏れ、生活や環境の変化を察知した煩わしさ、自信及び両親親戚など大人たちの感情の浮き沈みなどを予感して丸っと「めんどくさ」という言葉が出てきたのでしょう。 単に「おばあちゃんがいなくなっちゃうなんてヤだー!」と悲しみだけに浸る子供時代を終え、複雑な感情を抱える面倒くさい大人になりつつある証拠です。

トピ内ID:c9dcb63a0e0339f1

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周り(特に当事者)に振り回されるから

🙂
すもも
身内の重病や逝去といった事態では、その当事者や周囲の都合にどうしても振り回されます。 私も10代の頃「今日は祖父(母の父)のお見舞いに行くからね。」と母に言われて、その日は友人達とイベントに行く予定だったから嫌だと言ったら凄く怒られました。(よりによって何でその日なのか、お母さん1人で行けば良いのに。)と思ったものです。 その祖父が亡くなった時には母は準備に追われ、祖父には親戚が多かったためか火葬場には連れてってもらえず、何人かのいとこ達や母方でない叔父達と祖父宅で何時間も待っていました。葬儀の流れや慌ただしさをよく知らなかったし、母達がいつ帰るかも分からず食事もなく悶々とした時間が流れました。 大好きだった祖父が亡くなったことは悲しくて沢山泣きましたが、変に待たされた我慢したり自分にはどうにもならない空しさの中に放り込まれるのが嫌だと思ったものです。 主さんの言う「めんどくさ」はそういうところかなと思いました。でも文章を読んでいて、主さんは本当は心優しい人だという印象を受けました。今の自分に負い目を感じることはありません。 子供の頃は先々のことをあまり考えられなくて謙虚さもなく、特に将来的な失敗経験や不幸な体験を予測しない子も多いです。でもそのままの思考では健全に成長できません。おばあ様は主さんにそのことを気付かせてくれたようにも思います。

トピ内ID:dc3f06cc23f5e2e1

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確かにめんどくさい

🙂
とまと
トピ主は若いのに人が亡くなった時の諸々の手間をよく知ってるね? 確かに色々めんどくさいのよ。 トピ主は内孫?一緒にずっと住んでるの?どちらのお母様? もしそれが同居でなくて親の感覚が(めんどくさい)なら、当然娘のトピ主もめんどくさいと思うでしょう。 仮にお父様が余り実のお母様と上手くいってなかったとしたら、当然嫁のお母様も孫のトピ主も亡くなってもさほど喪失感は無いと思う。 喪失感、それなんですよ。 一緒にずっと暮らしてた人がある日居なくなってもう二度と会えない。 その寂しさです。 それも出来れば目の前で息が止まるのを見れば余計その人への愛着が強まると思う。 有名人がコロナで突然亡くなった時、幾らファンだったとしても(あ、そうなんだ)です。その時は感情的になって涙はするでしょうが日常に紛れる。 だけどずっと一緒にいる大切な人なら二度と会えない寂しさ哀しさに耐えられません。 そのために宗教がある位です。 トピ主のお祖母様は恐らく身近というほどではなかった。 多分ご両親のどちらかが内心(めんどくさい)と思ってます。 トピ主にもいつかめんどくさいなんて思わない死別が訪れます。 私は同居してた祖父の死は小1でしたが、母が大泣きしてたので悲しいこととして意識してめんどくさいとは思いませんでした。 でも親戚の従兄弟に会えて嬉しかったです。 トピ主は普通です。

トピ内ID:b1334dea73b91128

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わかる

🙂
たぬ姫
私はなにかがあると、この後何が起こり、何をすべきか?を考えるタイプなので、メンドクサイと思う事も多々。 私も祖父母4人と父、姉を見送りましたが、全員悲しいよりもメンドクサイが最初に心に飛来してきましたよ。私も母方の祖父母はお世話になったし、大好きだったんですけどね。 んで、実際やること盛り沢山でメンドクサかった。 仕方ないよね。思考のクセなんて、そう簡単に変えられないし。 誰かの視線がある時は、悲しそうにする演技ができるんであれば、問題ないと思うよ。演技力に自信がないなら、今後の人生のために鍛えよう。 全部終わって落ち着くと、悲しみがドっと押し寄せてくるから、その時に備えて対処方法も用意しておこう。 感情に流されず冷静な判断ができるって、人生全般においてはかなりのアドバンテージになるので、そのままのトピ主さんでOK。 あ。ちなみに。 孫代表で送辞みたいなのを頼まれて書いたんだけど、周りが涙、涙になりました。本やドラマの悲しいシーンを思い出して、継ぎ接ぎしてから軽くアレンジしただったんだけどね。 そんな能力も研いておくと、周りから冷たい人扱いされるリスクが若干減りますよ。

トピ内ID:5dd5f558fabd240e

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同じでした

🙂
ね子
中学の時に可愛がってくれた祖母が、癌のため余命半年となりました。 その時の私はトピ主さんと同じでした。 涙は葬儀の時も出ませんでした。 棺に入った姿も、ドライアイスに囲まれて死後硬直の姿も「冷たそうカチカチだな」と思い「これが死体なのか」と見ていました。 その後も涙は出ませんでした。 今もなんだか会えないけど、遠くに住んでるモヤのかかった感じです。 人として欠落してる訳では無く、死を理解して無いから。シワシワで年寄りという別の生き物のように感じる。年寄りだから亡くなるのは当然の流れでも有るという認識と、余命がついて病院で衰弱し亡くなるまでの過程での死への納得感。 死を理解するには、もっと身近な存在が突如亡くなった時。20代過ぎてから死はだんだんと色濃く現実となっていきます。それまでは何処か他人事。遠くに引っ越した感覚。 よく遊んだ友の親やその兄弟、ペットなどの死を体験して来ます。悲しみや寂しさはそこで少しずつ理解して行く。 涙が出ないから悲しんで無いという安易な事では無い。それで人の悲しみを見た目ではかろうとる方が理解して無い冷徹な事なのです。 人それぞれなのです。みんな一緒ではない。悲しみ、その深さ、タイミング、全て人それぞれ。 今日隣にいて一緒に笑った相手が、明日死んだら思考停止にもなります。その瞬間には涙は出ない。 もう居ないのか、会えないのかと朝起きるたびに知るのです。 涙は心の最大の昇華です。思考と感情が一致して涙となります。 悲しみ方も人それぞれ。 今を生きているなら、それで十分です。様々な経験が出来ます。 泣いてるから悲しみが深いのでは無い。泣いてないから悲しく無いのでは無い。

トピ内ID:6dd1b55903698fcf

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好戦的な表現

🙂
やっば
さっぱり分からない トピ主さんと同じ年の頃 爺さんが秋から目に見えて弱ってきてから 大丈夫?なんでも言うてな とか言うようになった自分に ビックリしたことがある。 よく分からないな。貴方のおばあさんはいい人なんでしょ?かわいがってくれたと記述がある。 逆に私の爺さんは婆さんと一緒に いつも私をいびってたよ。 陰口を言ってるのを聞いてしまったり、「この子はバカ、どうしようもない」と言うのを私の母に伝言するの。 それでも なんでしょうね 秋から暮れにかけて 命の灯火がだんだん消えて行くのを目の当たりにして 可哀想で痛々しかった。 「いいきみだ」と思ってもお釣りが来るような関係性でしたが。 「起死回生があってほしい」と当時の ノートに書いてました(いいこぶってるといいたければ言ってね) 今の若い人って なんでもかんでも ヤバい、でしょ? すごく良くても、その逆でも。 そういう感性なんだろうね。私には使いこなせないわ。 誰かが傷ついたり 分かる人だけが分かればいいなんて感性、私は要らない。ダサくてもいいこぶってると揶揄されても。だからさっぱり分からない。お役に立てないのにレスしてごめんね 最後になりましたが おばあさんへ。 お大事になさってください。おとしをめしているとガンは緩やかだといいます。若い方ほど激烈さがなやましいとも。とはいえ 抵抗力が弱くなっておいでのはず。 トピ主さん、いっぱいおばあちゃんから教えて貰うことあると思う。 よく聞いて素敵なおとなになってください。

トピ内ID:67fdfa543437f651

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大丈夫

🙂
わらび餅
他の方も仰られているように、人の死に触れた時に起こる自然な心の反応の一つです。何も問題ありません。 私も知らなかったのですが、(特に身近な)人の死に対する心の反応って、悲しみだけじゃないんですよね。怒りや無関心、トピ主さんの仰る「面倒くささ」、或いは一種の解放感を覚える方もいますよ。 身近な人の死という大きな出来事がこれから来るのだという事実を前に自分の心が揺れ動いている、何らかの反応を示している… トピ主さんは漠然としながらもそうした自身の変化に気づき始めており、それが「めんどくさい」という言葉で表れたのでしょうね。普段宿題や片付けがめんどくさいと思うときの「めんどくさい」よりも深くて複雑な感情ですので、あまり言葉の響きに引っ張られなくても大丈夫です。悲しめないから薄情者なのか、などと思う必要もありません。 他の方のレスにもあった通り、「めんどくさ」と口に出さないようにだけお気をつけください。言葉通り受け取る方もいらっしゃいますので、口に出してしまうと反感を買うおそれがあります。

トピ内ID:b87ab660d14f57fe

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大丈夫

🙂
おじさん
「めんどくさ」と思っても良いんです。顔や口に出さなければ。 身近な人が亡くなるというのは、現状が大きく変化します。気持ちの上でも、手続きや金銭などでも(←これは主に大人)、大きな変革が起きます。 確かに、面倒と言えば面倒な出来事なんです。 それとは別に、いざ亡くなってみれば、違う感情も湧き出てくることでしょう。それらは両立します。 おばあさまは入院中ですか? 後で後悔するかもしれませんので一度だけでもお会いに行ったら良いと思いますよ。 面倒でも。

トピ内ID:300fc03857f84720

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余裕がないってことかも?

🙂
53歳
身近な人が亡くなることへのシンプルな怖さ、色々イレギュラーな事が起こることへの身構え。 おそらく亡くなる間際は自分の感情も揺さぶられる可能性が高いことへの警戒。 余裕が十分あれば受け止められることでも、自分のことで精いっぱいの時には、余計に「もう無理」ってなるのは、大人でもあることです。 つらいけど、おばあちゃんと最後に会話できるといいですね。 亡くなったら、おばあちゃんの記憶まで消えるわけじゃない。 むしろ、生前より身近に存在を感じたりすることもあります。

トピ内ID:4b874ff54961356c

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