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母が亡くなりました

レス15
(トピ主 1
🙂
miii
ヘルス
30代男性です。母が癌で永眠しました。 長文乱文失礼致します。 忘れないようにと備忘と、皆様のご意見を伺いたく書き込みました。 母は1年と少しの闘病生活で、抗がん剤治療を行っていましたが腫瘍が小さくならず、手術が出来ずに亡くなりました。 最後の2週間は緩和ケア病棟に移っておりました。 緩和ケア病棟は自宅から近くだったので毎日出勤前に顔を見せていたのですが先週末に容体が急変、水の点滴だけを行うようになり会話も難しく、亡くなる当日はせん妄状態で会話は出来ず、段々と呼吸が遅くなり、最後にはすっと目を閉じその10~15分程して呼吸も止まりました。 その日が日曜だったのはこう言ってはなんですが幸運でした。 命の灯が消える最期の瞬間を父と過ごす事ができました。 また、会う約束していたのか母の友人が何人も来てくれました。 勿論亡くなった事はその場で知り、母の遺体を見て涙を流しておりました。 父、母とは一緒に暮らしており、母とは仕事から帰ってきて夕飯を食べながら話すのが楽しみでした。 趣味、仕事、交友関係、様々な事を隠すことなく話せる唯一の人でした。 また、様々なイベントや集まりへの参加、スポーツもするなどエネルギッシュな人でもありました。 そんな自身の人生と同じだけ共に暮らした人と会えないというのは、頭では理解しても気持ちが追い付きません。 ここまで早いとは思っていなかったので写真も碌に撮る事もできませんでした。 漠然と、母は強い人だから何とかなると思っていたんです。 少なくとも緩和ケア病棟に入った時には何かするべきでした。 馬鹿ですね本当に。 母と話がしたい。また、家の様々な所の母の私物で生活の名残を感じます。 こういった気持ちの特効薬は時間だと聞きますが、正直この想いは中々折り合いがつかないと思います。 皆様はどのようにしてこの喪失感と向き合いましたでしょうか?

トピ内ID:94f0effbf67275f5

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レス数15

亡くなって30年経ちますが

🙂
アナナス
まだ「生きていれば◯才だ」と、死んだ親の歳を数えています。 こればかりは仕方がない。 家を買った時は地味に堪えました。 特に私は単身で購入したので、 「もし生きていれば」手すりをここにつけて、親のスペースをこう取って、など。 場所も親が生きていた頃は高値で手が届かなかった、親が子供のころに親しんでいた地域だったので、「もし生きていれば」このお店で季節のおいしいものを食べてちょっと晩酌をして、とか、ここのお医者さんにかかりつけになってもらえたらあんなに不安がらせない看取りができたのに、とか、きっと毎朝この公園を散歩しただろうに、とか、まだふとした瞬間にそう思いますよ。 私が生まれた時の親の年齢を超えた辺りからは、あの時の親と今の私は同い年か、なるほど、こんなふうに考えていたのかもな、とか、そういうのが始まります。 三十三回忌にお坊さんに言われたのは、「結婚してお子さんを持つことで埋め合わされた気持ちになることはあるかもしれないけれども、そういう人だって親を亡くした悲しみ自体は消えないと言う方もいます。いい方だったからそうやってお子さんが偲ぶんです。立派な親御さんです」。 仕方ないですよ。 花が咲いたらそれを教えてくれる声を思い出すんです。

トピ内ID:1862f6357d31f434

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時薬と新しい家族

🐶
わすれなくていい
時間と自分自身の新しい家族を持つことだと思います。 親族の葬儀の時、お坊さんから、「ものには終わりがある」と諭されたことがあります。 お母様は若くして亡くなったので、良い思い出と共に永遠に生き続けるでしょう。 それはある意味羨ましくもあります。 私は、今まで短期間ながら親族の介護を3人した経験があります。 下の世話もあれば、単なる短期間の同居で洗濯、調理程度まで。 実体験から言えることですが、皆から惜しまれて逝くのが華と思います。 亡くなったばかりなのに、冷たい言葉で申し訳ありません。しかし現実なのです。 お母様は人に迷惑をかけるような人ではなく、立派に闘病され亡くなられたのです。 後から思えば、「あれもこれもしてあげたかった」「自分のやり方は正しかったのだろうか」は、身体の状態が悪くなり、伏せ、亡くなるまでの長短に関係なく、誰にでもあることです。 しかし、主様は、お母様がそんなに早く亡くなると思っていなかったのですから、お母様の回復を信じていいたのですから、死への準備が出来なかったのです。 お母様は心の中で生き続け、トピ主やお父様、トピ主の将来の家族をきっと見守ってくれるはず。 本当に申し訳なく、今は場違いかもしれませんが、私の周りでは、親が90を超え、100近くまで長寿で、介護にご苦労されている人は複数います。認知症の人達もいます。現実問題として、その場合は綺麗ごとだけでは済まされず、また異なる感情が湧いてしまうのです。 変な慰め方で申し訳ありませんが、良い息子さんを持ち、エネルギッシュに活動されたお母様は、花と散った、というイメージです。お母様に恥じない生き方をし、素敵な家族を持ち、お母様に報告することがトピ主の心の支えとなると思います。忘れるのではなく、心の中でお母様と対話してあげてください。

トピ内ID:a4316d009e1fda2e

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ステキなお母様です。

🙂
るん
私の夫とは、夫が25さいで 母を亡くした年に出会いました 孤独な目をしてる気がしました。 きっと心にいつも想い出と 支えとして持ってるんだと思います。結婚して何年か経ち ふと夫の財布を見たらカード入れに母親の診察券がありました。ジーンとしました。 大切なかけがえのない人を みおくるのは表現できない程の 想いですね。

トピ内ID:d95666abde2f23cb

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気持ちを整理するには

😣
お悔やみ申します。お若くて亡くなられたのですね。私の母親も5年前に癌で亡くなりました。 癌では有りましたが、倒れる2週間前には、我が家に遊びに来て居ました。 結婚してからは、年に何回か、私の家族と旅行しました。 前前々から癌とは聞いて居ましたが、あまりにも元気でしたので、普通に過ごしていました。 最近頻繁に誘ってくるなとは思っていましたが、私が体調が悪かったり、子供が体調悪かったりで、断る事もあったので、もっと、あちこち出かければ良かったと思っています。 私は、5年経ちますが、母親が居てくれたら、今度は、成人した娘と3人でお芝居いけるのになーなんて思う事もありますよ。なので、泣きたい時は泣けば良いですし、お父様と、お母様の思い出の話をされても良いですし、子供の頃に行った所を父親と周ったりするのも良いかもしれませんね。お父様をお大事にして下さいね。

トピ内ID:232fd5ceacff10ae

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お母さんの思い出話沢山しましょう。

041
心の中に…。
例え頭では親は自分より先に逝くと分かって居ても辛いものですね。 時間が癒やしてくれると言いますが正直時間が経つほど辛いと思います。 話したくても居ないんだなあ切実に思うと言いますか。 ご存知かも知れませんが、人は二度死ぬなんて言いますね。 一度目は肉体的に亡くなった時。二度目は全ての人の記憶から忘れ去られた時。 つまり亡くなった人をしっかり心に刻み次世代に繋げて行こうという事ですが。 これからもお父様や御親戚、お母様を知っている人達とお母様の思い出話も沢山してあげましょう。 それもお母様への供養でもありますから。 何よりトピ主さんの心の中で生き続けて居ますから。 それと自分も親なので思うのですが。 自分を思ってくれるのは嬉しいけれど何よりも我が子には幸せになって欲しいですのでね。 未婚なら結婚して家族持ってとかそういう意味だけではなく、どんな形でも自分亡き後も幸せを感じ暮らして欲しいですね。 ただトピの内容からズレますけれど、比べるものではないのですがお父様は配偶者なので、より辛い気持ち有ると思うのですよ。 もしご両親が仲の良い夫婦だったら特にです。 配偶者が先に亡くなるって親が亡くなるとは別の絶望感ありそうなので。 高齢で亡くなる迄一緒に暮らそうと約束した夫婦ですのでね。 お父様の事も支えてあげてくださいね。 トピ主さんもお父様も、ご自愛くださいね。

トピ内ID:b116c6c2fa4e3ce6

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思いを形にし、糧にして進む以外にないです!

🙂
しまねっこ
お悔み申し上げます。 正直、ポッカリ空いた虚無感は時間が経っても埋められません。 でも、前を向いて歩みだすことはできます。やり残した後悔はあれど 他の方も助言されてるように、思い出話や遺った品や写真を集め 形として身近におくことはできると思います! 忘れるなんてことは、できないです。その形にしたものを糧に 歩み始めてください。 14年前に母を、4年前に父を亡くしました。 ある日、前触れもなく煙のようにいなくなりました 直接対話することは、できないけど夢の中ではいつでも対話できます。 立ち止まることは、お母さまは望んでおられない、息子だということを 誇りに歩みだしてください。

トピ内ID:3db5cd41afb4e868

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貴方の中に生きている

🙂
匿名
お母さんが言ってくれたこと、してくれたこと、貴方に影響を与えて貴方という人格をつくってますよね? お母さんの精神は教えや祈りとして貴方の中に流れ込んで生きています。 貴方が幸せになることが一番の親孝行です。 喪失感、心に穴が空いたような気がすると思うけど、無理に埋めようとしなくていい。その穴はお母さんが居た場所として、穴が空いてるよおーと泣けば良いんです。 泣きながらも、栄養あるご飯たべて、幸せに向かって進まなくてはなりませんけどね。それがお母さんののぞみだから。

トピ内ID:c251939b2c5a7e06

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無題

🙂
先月父を亡くしたばかりの40代女性です。 10年近くガンの闘病をしてきて、その精神力たるや凄いものがあったのだと感心しています。 後悔は(今はまだ)ありませんが、食べられなくなってしまったとき「さぞかし、何か口にしたかっただろう」と思いました。 救いだったのが、母と二人で父の最期を看取れたことです。 段々と静かな呼吸になって機械の表示も終わりを示していました。 父のことを忘れたことはありません。 「お父さん、天国でもお幸せに!」「会いたい人に会えましたか?」と心の中で呼びかけています。

トピ内ID:43b9b23b232beaf7

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ありがとうございます

🙂
miii トピ主
皆様、ご意見ありがとうございます。 確かに、沢山の愛を注いで育ててくれた母に対する一番の恩返しは、この先私自身が逞しく生きていく事なのかもしれませんね。 まだまだこの気持ちに折り合いを付けていくのには時間が掛かりそうですが、何とか前向きに進んでいければと思います。

トピ内ID:94f0effbf67275f5

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一番の供養は

🙂
果実の森の住民
いつまでも忘れない。 という事と、 主様が幸せになる。 ということです。 人は年を経ると誰しも”誰かの死”を背負って生きています。 親だったり、友だったり、恋人だったり…。 そういうモノを背負っているからこそ強く生きていけるのですし、 生きていかなければならないんです。 ですから、これからもお母さまの事は忘れず心に刻み込んで生きてください。

トピ内ID:528c735059ae7bc1

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泣くときは泣いて。頑張っている姿を見せて御母様を安心させて。

😢
きたあかり
私の母は今年、7月1日の早朝にくも膜下出血で意識を失い、今は重度の意識障害で、手足も自力で全く動かせませんし、目は開けてくれますが呼びかけには応じません。 ネットで色々調べたところ、もし次再発したら、多分命は助からないかも知れないと知り、心の中で覚悟をしながら毎日サ高住に5分でも世話をしに行っています。 頭を開く手術の時に、母の髪の毛を剃る前に髪の毛が欲しいので残してくださいと言えばよかった、 今まで写真は何枚も撮っていたが、母の動画を撮れる様に、頑張ってスマートフォンの容量を空けて動画を撮っておけばよかった、と色々後悔しました。 もしうちの母が亡くなったら、私は、言い方は悪いけど、私に乗り移ったと思い、母が今度は私の体に入って生きてくれているんだと思う様にしよう、 動植物も家電ですらも皆、物には終わりがあって、 遅かれ早かれ亡くなる事は決して不自然な事でもおかしな事でもない、 だって100年後には、新しく芽生えた命、幼子以外の殆どの人は存在しないのだから。 勿論、自分自身も含め。 それと、これは先にそれが原因で亡くされた方々には大変心苦しい思いではあるのですが、 南海トラフ巨大地震、それに伴う巨大津波に遭遇しなくて済んでよかった、と思うと思います。 父は同じサ高住で寝たきりになり、頭は働きますが、認知症もあり、時々おかしな事を言っています。 取り敢えず、親2人共が認知症や脳卒中を患ったので、同じ血が通っている私も気を付けなきゃと思い、近々脳ドックを受けてみようと思っているところです。隠れ脳梗塞とか既に起きた跡があるかも知れないし、物凄く怖いのですが、受けないよりはマシだと信じて勇気を出して受けに行くつもりです。 御母様の御冥福をお祈りいたします。

トピ内ID:edc0805305965f8a

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親の死を無駄にしない

🙂
線状興奮帯
心からお悔やみ申し上げます。 私の両親はいずれも80歳を過ぎて亡くなったので寿命と覚悟していましたが、それでも数年を経た今でも一抹の寂しさが付きまといます。幸いにも両親の臨終に立ち会うことができましたが、最後に呼吸と脈拍が止まって行く様は目に焼きついて忘れません。 でもこれは親が「死とは何たるか」を身をもって我が子に教える最大最後の教育だと思います。我々は普段命の大切さ、生命には限りあることを忘れがちですが、死を意識するからこそ一日一日を大切に過ごさなければならないということでしょう。 そして両親の魂は常に自分の身近にあると感じるようになりました。良く日本人は「お天道様が見ている」と自分の戒めにしますが、それは親があの世から常に見守っているということであり、だから親に恥じるようなことはしてはいけないと思っています。 もっと親孝行をしておけば良かったとの後悔はありますが、親の死を無駄にしないことが一番の供養ではないかと考えています。

トピ内ID:081ca4e582cfc3ce

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良いお母様

🙂
Uri
私50代前半には、息子がいるので、なんとなく息子をイメージしつつ読みました。 まだ20代半ばですが。 うちの息子も私が死ぬとは思ってないだろうな。 私も、あなたの母と同じように、息子には良き友だち良き人生の先輩、良き人生の指針であればいいなと思って関わっています。 所で、私は父親のように心の中で慕っていた人と、20年以上会えずに最後は亡くなったこともわからず半年、という経験をしています。 大きな喪失感に襲われました。しかし、ふと、その人が側に居なくても私生きられていたんだ、となりました。 寂しいのに代わりありませんが、その人のように生きたいと、いつでも心の中に居た。 そういう、尊敬できる人と出会えるのは、本当に幸運です。 というのは、私は両親にそういう親しみを感じずに生きてきたので。 きっと良いお母さんのだったんでしょうね。 きっと人生の様々な岐路で、助けられてきたのよね。お母様の想い出を噛み締めて、味わい深い人生を。

トピ内ID:5221c03d3d881f6b

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もう一度会いたいなぁ。

🙂
カーディナル
深いお悲しみ、お察し致します。 私の母は18年前に亡くなりました。自身高齢期に入りましたが日々思い出さない日は有りません。事あるごとに、会いたいなぁ、と今だに思います。寂しいと言う感情や喪失感では無く只々会いたいのです。 親を恨んだり蔑ろにする方々も多い中、主様はお母様をを心から大事に思われて居た息子だったのでしょうね。どうかその気持ちを大事になさって、お母様の事をずっと覚えて居てあげて下さい。喪失感を癒す方法は私には答えが有りませんが、彼女に対する感謝の気持ちと安らかな眠りを日々祈って差し上げて下さい。家族に愛されて惜しまれながら亡くなったお母様は、お幸せな人生をおくられましたね。そしてその家族になれた主様も同様です。暖かい思い出とお母様の笑顔が永遠に心の中に残ります様に。

トピ内ID:08f1ab3bcc246617

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私もそうです。

🙂
MANAM
私も30代です。61歳の母を癌で亡くしました。もう3年経ちます。 緩和ケアの様子、今でも思い出します。臨終間近に病院に駆けつけた時は、医療麻薬を投与され、顔が浮腫み、腫瘍のあった方の腕が腫れ上がり、なのに身体はガリガリで…せん妄状態の母はまるで別人でした。苦しそうに肩で息をしていて、もう話す事も目の焦点が合うこともなく、、家族の中で唯一私に最後のラインを送っていた履歴が残っていました。「母にたた」で途切れていました。 最期に何を伝えたかったのか、本当にもどかしくてもどかしくて…。今でも読み返すことはできません。 でも、今でも毎日母を思い出さない日はないです。心にぽっかり穴が開いて、それは誰にも埋めることはできません。 私も思いましたよ。もっと何かできなかったのか…。余命いくばくもないと知った時。理由が理由なので、仕事を休ませてもらって実家に帰って付きっきり母の看病ができなかったのか…。 悲しみは乗り越えるのではなく、向き合い方を変えていきましょう。 私は、働き者だった母が、元気だったら死ぬまで働きたい!と言っていたので、仕事に行く時は、「今日も一緒に頑張ろうね」と思うようにしています。 肉体は無くなっても、魂は消えません。トピ主さんの心にも、お母様は生きているのです。お母様も、こんなに早く逝ってしまって、悲しくて申し訳なく思っていて、でも、生きているあなたの中でなら、一緒に生きていける。 苦しく辛い時も、楽しくて幸せな時も、お母様は一緒に感じてくださいます。 「悲しむ気持ちは消えない」ことは悪いことではないです。その気持ちが土台になり、残された私たちに生きる力を色んな形で亡くなった方は力を与えてくれると思うんです。 泣きたい時は泣きましょう。お母様も一緒に泣いてくださいます。そして、前を向いた時に、お母様はこの先の人生を照らしていってくれるはずですよ。

トピ内ID:46e233176cc72840

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