本文へ

高齢者にとってすき焼きとは?

レス31
(トピ主 1
🙂
しろまるひめ
話題
昭和中期以前生まれ、特に戦前生まれの人にとって、すき焼きはどのような存在だったのでしょうか? 私が子どもの頃、母方のおばあさんの家に行くと、その日の夕食は必ずすき焼きでした。 当時私は肉を生卵につけて食べるということ、甘辛くて独特の味などからすき焼きという食べ物はとても不思議でいて少し苦手な食べ物だったりもしました。 それ以外でもその頃は、母方のおばあさんの家に限らず、年配の方がいる親戚の家に行くとすき焼きがかなりの高確率で出ていて憂鬱な気持ちになったものでした。 今では生卵こそ苦手ですが、気の合うスノーボード仲間と特に毎年1月に利用する宿泊先がすき焼きのために、すき焼きの苦手も克服できました。 また、最近では相手が高齢ということもあり、親戚の家に行くということは無くなりましたが、それでもあらゆる親戚の方がお年賀としてすき焼き向けの少し高級な肉を毎年送ってくださったりと、1月はとりわけすき焼きを食べるということがとても多くてそれもまた恒例行事となったものです。 一方で、親戚のうちでも若い親戚の家ではすき焼きよりは、どちらかというとピザやオードブルを食べるか、すき焼きではなく、カニすきなどの鍋料理をすることが多いです。 すき焼きは文明開化とともに食べ始めたとも聞いたことがありますが、たまたまかもしれませんが、親戚の家に行くと、年配が多い家庭ほどすき焼きになることが多かったように思います。 昭和中期以前、特に戦前生まれの人にとって、すき焼きというのはどのような存在だったのでしょう? 特別や憧れのような存在だったのでしょうか?

トピ内ID:df2460cfb665d345

これポチに投票しよう!

ランキング

レス

レス数31

満足。

🙂
nene
昭和の家庭ではごちそうの定番でしたね。 父は昭和ひと桁の生まれです。 特別すき焼きが好きだったようには記憶していませんけれど、母から煮えばなを一番に取り分けてもらいながら、父は家長としての満足を感じたのではないかと思います。

トピ内ID:af253fd04c444da9

...本文を表示

特別な存在

🙂
北国生まれ
その昔は、皆で牛肉をつつき合うすき焼きは、おめでたくもあり、特別な存在ですね。 昔の(コミックと呼ぶより)漫画の「トイレット博士」やTVアニメ版の「もーれつア太郎」でも、「今日は特別」な扱いでした。 また、めでたくはないですが、昔の日本映画「世界大戦争」では、これから核戦争が始まり東京にも核兵器の攻撃があるという状況で、フランキー堺の一家が「最後の晩餐」として家ですき焼きを食べていたと記憶しています。

トピ内ID:46b25acf57ff99b9

...本文を表示

御馳走。ワインも日本酒にもあうし~

🙂
鳥亭魯魚
東京在住ですが(大学時代以降)、実家は関西(神戸・京都)です。 神戸と言えば神戸牛。 結婚後初・神戸帰省時、少し遅れて神戸空港に降り立った夫「超忙しくって土産買う暇なかったよ。神戸牛でいい?」 まあちょっとした冗談で「O店のを〇万円分位でいいんじゃない?」。 それから帰省土産は何故か神戸牛。義実家(ご両親は名古屋と東京出身)にも神戸牛(松阪にもすき焼き屋さんがあってとっても美味しい)定番になりました。 位置づけとしては神戸牛〇万円なので、ごちそう、かな? 我家では松阪牛、伊勢の松阪市風(義実家に連れていかれた)神戸牛のすきやき、が、ごちそうすき焼きです。 実家の祖母はドイツ生まれのフランス育ちなんですが、すき焼きはとりわけ気に入っています。

トピ内ID:9f3ae90030d26dad

...本文を表示

ご馳走だと思います

🙂
そして、ふだんはなかなか高齢者家族だけでは食べないから、お客様の機会に、若い人なら喜んでくれるだろうと、高級な肉を奮発して出してくれていたのでは? またすき焼きのメニューなら、他のおかずなどあまり用意しなくてもテーブルがにぎやかになり、その場での調理がメインだから、準備が楽という面もあると思います。 親戚からすき焼き用のお肉をいっぱい贈られるなんて羨ましいです。

トピ内ID:52828cef27dfab75

...本文を表示

高級といえば、すき焼き

🙂
ぎんねこ
一世一代のごちそうという感覚でしょうね。大晦日は、実家でも、名古屋の祖母の家でも、必ずすき焼きでした。大晦日にすき焼きをつつきながら、レコード大賞を見たものでした。 石川さゆりさんの津軽海峡冬景色を聞きながら、食べたすき焼きは、成長期であったので、すごいごちそうでした。 名古屋の祖母は、現在生きていたら、百十歳は行く人ですが、大晦日は、必ずすき焼き。すき焼きが終わると、紅白見ながら、おせちのお重を詰めていました。そのあと、おなか一杯になりながら、お蕎麦を食べていました。 やはり高級なのは、牛肉です。子ども心に、あるインスタントラーメンで、ビーフエキスがついているとなると、だまされて、喜んでいました。 世の中自体貧しかったから、牛肉、牛肉でした。 テレビを見てると、鳥すきがブームらしく、令和は牛肉牛肉ではないようです。 現在還暦過ぎですが、やはり牛肉、すき焼きですね。 おいしいお肉を京都から御取り寄せして、今年も大晦日を待っています。

トピ内ID:2415f402d7633386

...本文を表示

横ですけど,「ヘカ焼き」というのもありました

🙂
ソバス
お肉じゃなくてお魚いれるすき焼きです. 昭和の子どもの頃,すき焼きだと”御馳走”って感じでしたが,ヘカだと残念な気がしていました.お肉高いから安い魚で代用かぁ,骨とるのも面倒だしって感じ. ところが先日,その「ヘカ焼き」が”海辺の旅館の御馳走”みたいな感じでテレビ旅番組で紹介されていて,へぇって思いました.そういえば,最近食べていないなぁ・・・.いや,すき焼きも食べなくなりましたね.たいてい,焼肉で.どうしてでしょ?

トピ内ID:fb72c6397d4aeb0e

...本文を表示

我が家では鯨のすき焼きでした

🙂
おばはん
>昭和中期以前生まれ、特に戦前生まれの人にとって、すき焼き 私は現在アラカンで、母は昭和一桁、父は二歳下です。 我が家は極貧で、漁師だったので、すき焼きといえば“くじら”でしたね。 父は肉は好きではなく、両親共に子供の頃は戦争で肉を食べたことがなかったようです。 大人になってからも父は漁師で肉よりも魚を食べる生活。 母は父と暮らしてからはやはり魚。 母の実家では、母のすぐ下の戦前生まれの叔母が独身で、よくすき焼きをたべさせてくれました。 叔母は焼肉もよくやってくれました。 一キロの牛肉を買って呼んでくれて、兄と私でお腹いっぱい堪能していました。 母は父が必ず家にいるので、呼ばれて食べることはなかった。 母はよく「一度くらい美味しい焼肉やステーキを食べたい」と言っていましたね。 私が働くようになって、お肉食べようと誘ったら「お母さん、もう肉は食べたくないのよ」と。 その時、50歳くらいだったか。 母に美味しいお肉を食べさせてやれなかったことが、人生の最大の後悔の一つですね。

トピ内ID:b0cb827e4f12c6e6

...本文を表示

うちは焼き肉

🙂
匿名希望
うーん、私の実家は、別にすき焼きはご馳走でもなかったなあ。 あ・・嫌味ではないです。 ご馳走というのは、家族そろって、特別の日にいただくメニューですよね? 私(もうすぐ70)の実家は都内で、祖父母もいて、いわゆる「本家」と呼ばれる家。 年末など皆で食卓を囲む夜は、すき焼きでなく、同じ牛肉だけど、焼き肉でしたね。 昭和30年代の頃はまだ、自宅で焼き肉って少なかったみたいで、ホットプレートや鉄製の網?などもドイツ製?だったか、とにかく、外国のものでした。 明治生まれの祖父が特にこの焼き肉(鉄板焼き)が大好きで、喜んでゆっくりマイペースで食べていましたね。 隣で祖母が「これ焼けましたよ」とか「お肉取りましょうね」とか、せかせか世話を焼いて、祖父に鬱陶しがられていたっけ(笑 懐かしい食卓を思い出させてくれて、主さんありがとう。

トピ内ID:fe02a7781883b89a

...本文を表示

すき焼きはご馳走ですよ

🙂
ミントソーダ
輸入の牛肉が出回る前の日本では、牛肉は高級品でした。砂糖も高度経済成長期までは、そんなに簡単に手に入らないものでした。 だから牛肉を甘辛く味付けたすき焼きは、一定の年齢以上の人達にとっては、特別な御馳走でした。 お正月にすき焼きを食べるのは、「特別な御馳走」ということもあるでしょうが、野菜等の具材で量も調整できるので、準備する方も楽だったからだと思います。 昭和の家庭にとっては、特別な御馳走でした。それは確かです。

トピ内ID:4dc983a08d5f2c4b

...本文を表示

たしかに

🙂
つぶあん
子どもの頃、お客さま一緒に食事となると、すき焼きでしたね。 私はその頃は牛肉が嫌いだったので、糸こんにゃくばかり食べていました。 結婚してからというもの、すき焼きは滅多にしません。 しゃぶしゃぶか(これも牛肉より豚肉ですることのほうが多い)、焼き肉。 子どもたちは、すき焼きの濃い味付けをあまり好みません。 昔の人は、牛肉と甘辛い味が好きな人が多かったのですかね。 やはり牛肉は一番のご馳走でしたでしょう。 今は健康志向で、あっさりした鍋ものが好まれているような気がします。

トピ内ID:cf1945e53f140ded

...本文を表示

すき焼きは大変贅沢なものでした、卵もね

🙂
学校で習わない?
ごちそう、憧れですね 私が子どもの頃の食卓には、そもそも牛肉と言うのがあまり出ませんでした 鶏かせいぜい豚でした 牛肉オレンジ貿易自由化1988年の日米貿易交渉というのは、教科書にも出てくるんじゃないのかな? これは日本の農業や市場に大変な影響を与えたんですよ

トピ内ID:c147466c4ece6d47

...本文を表示

親が戦前生まれです

🙂
はちみつ
昭和10年以降、20年までの生まれの人は戦時中ですからとにかく食べ物がなかったそうですよ。 うちの親は田舎の育ちなのでそれでも芋やカボチャはあったみたいだけど、そういうものは逆に食べ過ぎてあまり好きじゃないみたい。白米、卵、ましてや牛肉なんて贅沢品なのでほとんどてにはいらなかったみたい。蜜柑やリンゴさえ病気の時だけ食べさせてもらったんだとか。 すき焼きはものすごいご馳走なんでしょう。 私の親も特別な日の料理はすき焼きでした。大晦日とか、誰かのお祝いとかね。私の世代でも年2~3回くらいしか食べられませんでしたよ。

トピ内ID:0b229d613c9eebce

...本文を表示

年に1~2回の大ごちそう

041
うー太郎
50代男性です。 父(故人)は1930年代、母は1940年代生まれです。 私が小さいころ(1970年代)、牛肉はめったに食卓に上りませんでした。 牛肉の値段が今より相対的に結構高かったそうなのです。 普段の夕食は魚主体、肉と言えば鶏、豚、鯨のどれかで、合わせて多くても週に2回程度だったような気がします。 そんな中、年に1~2回出るすき焼きは家族全員にとって「牛肉を大っぴらに食べることができる」大ごちそうで、結構楽しみでした。特に父が張り切って具材を準備していました。 我が家のすき焼きは砂糖多め、「甘じょっぱい」と「甘辛い」の中間くらいの味付けで、生卵との相性もよかったです。 すき焼きの日は基本的に多めに作って、少し残ったものが翌日の夕食にもおかずに出て食べていました。残った具は殆ど野菜と白滝と豆腐でしたけど、それも楽しかった思い出です。

トピ内ID:fabb9ce31d30b7c3

...本文を表示

ご馳走ですね

🙂
いとこん山盛り
50代の私が子供の頃でもすき焼きは滅多に食べられないご馳走でした。 すき焼きだけでなく、焼肉もご馳走です。 そもそも今みたいにお手頃な輸入の牛肉など無かったので、「牛肉」とは総じてご馳走だったと思います。 今は焼肉でも「ホットプレートでお手軽メニュー」の扱いですよね。 昔はお寿司だって高級品でしたが、回転寿司や持ち帰りすしチェーンの登場、さらに手巻き寿司の普及でこれもまた「お手軽メニュー」になりました。 トピ主さんがイメージするなら、お祖母さんたちは「100g3000円のブランド牛のすき焼き」を用意してくれた、ぐらいのおもてなし精神だったと思ってくださればいいのではないでしょうか。 若い親戚の方には「牛肉」そのものの特別感が無いので、華やかさ重視になったのではないかと思います。 多分50代ぐらいを境に、子供の頃に輸入牛肉が食卓に上がったかどうかで牛肉に対するイメージが結構変わってくるのではないでしょうか。

トピ内ID:7de6e7d32a27da2d

...本文を表示

秋から冬のご馳走は何と言ってもすき焼き。隙あらばすき焼き。

🙂
ダリヤ好き
○町で牛肉売ってるって聞いた!!と、飛び跳ねるようにして母に報告する父。 昭和31~32年あたりだったと記憶しています。 世の中にはギュウニクという素敵なものがあるんだと認識した瞬間です。 父は大正生まれ、母は昭和一桁の戦前生まれ。 私は昭和26年生まれなのでトピ主さんの問い対象に該当するかもと思うのでお答えしますね。 お豆腐はその場で切って半丁売り、卵は籾殻の中に入れてあったそんな頃。 朝の卵かけご飯は溶いてお醤油入れて真っ黒になったのを食していて、 お一人様あたり1個なんて事は無かった。 牛肉もいったいどこで売ってるやら。 あの頃は牛肉そのものが希な食品だったし(当時の居住地域では) 牛肉を食する習慣がある両親にとっては食べたい希求は大きかったんじゃないかなと。 世の中が豊かになるにつれて家のすき焼き頻度は上がりました。 ブランド牛を破格で売ってたからすき焼き。 あの肉屋の牛肉は良さげだと言う事で買ってきたからすき焼き。等々。 卵だって1人に1個どころか2個もOK。 希な贅沢からちょっと奮発してご馳走食す、となって、 すき焼きはいつしかメニューに悩まずに済むおいしいもの定番になったのだと思います。 現在、 暑い季節以外は子供や孫が来るとなるとすき焼き一択です。 特別な思い入れは無く、敢えて理由を挙げれば単に自分や子供も孫も牛肉好きだから、ですね。 すき焼きは材料を切っておけばあとは食卓で調理すれば良いし、鍋奉行にお任せも可。 大勢でも小人数でも食せますし。 あの、トピ主さんの親御さんやご親戚は、 私共のように元々牛肉を食べる習慣があった家系なのではないですか? 両親と同世代の方々の中にはすき焼きや牛肉に反応しない人も結構いましたので。 偶々トピ主さんの周囲がそういう環境だったのではないでしょういか。

トピ内ID:8d13ae2c72d72654

...本文を表示

昔も今もご馳走

🙂
ミケ
今の若い人でもすき焼きはご馳走なんじゃないですか? トピ主さんはあまり好きではないから、そう思えないだけで。ピザとは比べられない、ご馳走ですよ(笑) 子供たちが帰ってくる時は、すき焼きにすると大喜びです。すき焼きのお肉は高いし、お鍋のほうがお手軽というだけじゃない?

トピ内ID:f28e44734383765a

...本文を表示

ご馳走です

🙂
カオリ
すき焼きといえばある程度以上の年齢の人間にとってはご馳走ですよ。 牛肉ですし。 しかもすき焼き用は安くありません。 鍋だとメインの具材がその日に安かった魚、 冬場に安い野菜で、とにかく量が増やせますが、 すき焼きには牛肉が必要ですから。 義実家では正月の夕食はすき焼きでした。 トピ主宅同様、親戚から牛肉が届くそうで、 かなりのお値段の霜降りでしたが、 霜降り過ぎて私にはちょっとくどかったです。

トピ内ID:722114ed3f087afc

...本文を表示

すき焼きだよ。

🙂
割り下
すき焼きと言えば!御馳走。年に1回2回しか食べられないスーパー御馳走ですよ。 生卵も高価な時代。牛さんも死んでから食べるとか、馬肉で代用とかそれでも高価な御馳走に違いありません。 飽食の時代になったけど感謝して美味しく頂きましょう。

トピ内ID:9efcab2612dbc8d4

...本文を表示

還暦+ですが

🙂
久我重明
同じ世代の漫画家の方がエッセイ漫画で「牛肉で喜ぶ世代」ってのがあって思わず首肯してしまいました(笑)。 スキヤキ、ビフテキ(死語)、なんか特別感あるんですよ(笑)。 なので刷り込まれた女房も娘もその旦那も「関西風のすき焼き」大好きですよ。

トピ内ID:a3a7d5763255294c

...本文を表示

孫はすき焼き、食べない

🙂
トクメイ
小学生の孫たちすき焼き、食べないですね。 煮たお肉は美味しくないらしい。 なんと言っても肉なら焼肉!! 孫の家庭では、おうち焼肉は日常的なので、 (牛肉でなくても、鶏でも豚でも、ソーセージでもなんでもありだから、安い) 孫たちのご馳走といえば、お寿司かな。 特にウニとか、イクラとか、好きだよねえ〜 コレステロール考えなくてもいいのだから、羨ましい よって、我が家に来た時、新年会などは、お寿司! それと焼肉も付けます。 すき焼きが出ることはないです。 高齢者の夫はすき焼き大好物だけどね。

トピ内ID:656f877f4942f5c3

...本文を表示

大人はすき焼き好き

🐶
牛肉大好き
親が70代です。小さい頃から食べていました。 牛肉は普通に家で、卓上コンロですき焼き、しゃぶしゃぶ、ホットプレートで焼肉が定番で 小学生の頃の外食はいつもステーキでした。 もうあの頃の美味しい牛肉は味わえません。 鯨肉も鹿肉も普通に食べれて、鶏肉もささみの刺身を食べていた時代が懐かしいです。 今は結婚して、義実家に行くといつも連泊のうちの一夜はすき焼きが出ました。 そのうち子ども達があまり食べないのを見かねて、牛しゃぶに変わりました。

トピ内ID:f81533bb0a3103f7

...本文を表示

贅沢品

🙂
めぐ
すき焼きとしゃぶしゃぶは御馳走という認識ですね。高い牛肉を使うので。後、蟹の鍋も。 ステーキは高価すぎて(分厚いので)手が出なかった時代ですし、ピザ屋さんは、今80代の両親が大学生の時に町に初めて出来たそうです(物珍しさからデートで行って、変な食べ物だと思ったらしいです。その頃のピザは、本格的イタリアンとかではなかったですしね。) お寿司は、ちょっと違う高級感で、家族の御馳走としては、シャリとネタを用意しておいて、自分で巻くスタイル。お寿司屋さんの出前は、お客様にお出しするもの、という認識ですので、家族には出てこないですね。

トピ内ID:2da6e807f844104c

...本文を表示

すき焼きとは…

🙂
暇蝦
・すき焼きは「鍬焼き」と表記し、農機具である「鍬」を焚き火の上にかざして肉や魚等を焼いて食べた農村料理を起源とする。(諸説あり) ・現在一般的に食べられている「すき焼き」は明治期以降に広まった「牛鍋」を起源としている。 ・すき焼きを食べる際に生卵に浸けて食べるが、それは熱く焼けた食材を冷やして食べやすくするためである。 すき焼きは確かに高級料理と言うイメージはありますが、それは現在では一重に「牛肉の高価さ(効率の悪さ)」に起因すると思います。もし同じ量のたんぱく質を摂取しようとした場合、当然ですが牛肉の価格が高くなります。そしてこれは牛を育成する期間の長さ飼料や水の量の多さが豚や鶏を遥かに上回っているという、厳然たる事実に基づきます。別に牛農家さんがぼったくっているわけではなく、本当に長い時間や手間をかけて肉牛を生育している、その事実を知らないといけません。 だからこそすき焼きは現在でも高級料理であり、そして今後は更に高級化する事が予想されます、それが望ましいとは思いませんが、避ける事は出来ないと思います。

トピ内ID:58f5c80b1b6f911b

...本文を表示

ありがとうございます

🙂
しろまるひめ トピ主
皆さんありがとうございます。 「すき焼きはごちそう」 確かにそうなのかなと思います。 昭和中期ごろはカレーもごちそうだったとか、桃缶は風邪の時しか食べることができなかったなどとは聞いたことがあります。 牛肉の輸入自由化はうろ覚えでしか覚えていませんが、今も昔も牛肉は豚や鳥と比べると値段もやはり高いのは変わりませんね。 母は濃い味が好きではないためすき焼きはあまり好きではないですが、父がとてもすき焼きが好きだったようでした。 よくすき焼きになると、父方のおじいさんがすき焼きをするのがとても上手だったこと。 当時(といっても、もう65年近く前でしょうか?)町内会長をしていたおじいさんの家で年末は役員慰労会のようなもので、役員ばかり集まって今でいう「すき焼きパーティー」なるものをしていたとか、そして子どもの頃の父は役員のみんなから「僕も一緒に食べなよ」とよく言われていたそんな懐かしいエピソードの話も聞きます。 その頃から時が流れ、おじいさんが生きてた頃はおじいさんがすき焼きを作っていたっけなと思い出します。 今はあまり見かけなくなったものの、少しいい肉だったら木の皮に包まれた肉だったりしますね。 そして、「へかやき」や鯨のすき焼きというのを食べていたという人もいるのですね。 すき焼きと言えば牛を想像しますが、地域によっては牛以外を使うところがあるとも聞いたことはあり、鳥のすき焼きは8年ほど前に鳥取で食べたことがありますが、魚系は初めて知りました。 やはり同じように生卵・・・なんでしょうか? 引き続いてまた色々すき焼きのお話が聞けれたらと思います。

トピ内ID:df2460cfb665d345

...本文を表示

ご馳走さま

🙂
御祭
すきやきは、肉体労働をしてきた昭和の日本人にとって血となり肉となる即戦力のご馳走だったと思います 1930年代生まれの両親は、鰻も寿司も好きですが、 昔は国産鰻も安かったし、父が子供の頃は河でスッポンを捕まえて金持ちの家に持って行くと買い取ってくれたそうです 昭和初期は、牛肉も卵も砂糖も高くても手に入る高級品ではなく、貴重品だったから隠れてこっそり親が卵を食べさせてくれたそうです 1960年代には、アメリカでもすき焼きが流行ったそうで、坂本九さんの上を向いて歩こうもSUKIYAKIでしたね 私が子供の頃には、牛肉は貴重品から高級品になってましたから、 うちの父親は、車で2時間近くかけて神戸牛や松坂牛を食べに連れて行ってくれていました 着いたらいつもすき焼きでした 近所のお肉屋さんでは、料亭の中居さんみたいに着物姿のおばちゃんが、牛肉を竹の皮に包んで売ってくれていて、恐らく看板娘の頃から80代まで店先に立たれてました 良いお肉屋さんの牛脂で作るすき焼きは格別で香りからして全然違います だからお肉屋さんのコロッケは美味しいんでしょうね お肉事情は 1980年代から、自宅でホットプレートで焼肉をするようになり、エバラのタレのおかげで美味しく頂けて、 1990年代には、鉄板焼きのお店が増え、また外食するようになり、 2000年頃には、自宅でも炭火で焼肉するようになりました うちの息子が子供の頃には、スーパーに外国産のお肉が並びだし、 息子は肉体労働もしないし高級なお寿司も食べさせたことがないけどお寿司の方が好きみたいです うちの両親は、今は近所にお寿司屋さんと焼肉屋さんがあるのでよく食べてるみたいですが、ハンバーガーも食べるので、すき焼きも作ったら食べると思います 食文化はその人が育った時代(思い出)を反映していると思います

トピ内ID:732db3a2f32dc9a7

...本文を表示

肉じゃがだと思っていました

🙂
カズちゃん
実家で子供の頃。 今夜はすき焼きとは言っても、豚肉が少しにジャガイモと玉ねぎとシラタキが入っていて鍋で煮たものでした。 で、卵を上から掛けていた。 普段と変わりないおかずでした。 なんでみんなすき焼きが好きなんだろう?と不思議だった。 ・・・本当のすき焼きを知ったのは成人になってからでした。 あ、ちゃんとご馳走なんだと認識できました。

トピ内ID:e2d1ed51139973bc

...本文を表示

鯨には生卵はつけませんでした

🙂
おばはん
クジラのすき焼きは、そのままいただいていましたよ。 醤油と酒と、お砂糖多めのタレに、水を適当に入れ煮立たせた後に、野菜(白菜、ネギ、しいたけ、春菊)を入れ、鯨は最後に入れていましたね。 くじらで注意しなければならないのは、アクをよく取ること。 煮過ぎないこと、です。 アクはね、鍋に鯨の赤身を入れた途端にぶくぶくと泡立つように出てきて、鍋中盤には恐ろしいほどアクだらけになっていました。 また、すぐに火が通り固くなってしまうので、火が通って味が染みる加減を見極めて食べるのがコツでした。 魚のすき焼き風もありましたが、うちの田舎のそれは幾分牛やくじらとは違ったすき焼きでした。 我が家では、まとうだいを水分多めのあまり甘くしない煮汁で炊いた、そこに夏の白菜のような菜っ葉が入っていたような。 あっさりとした風合いで、ご飯に汁をかけて食べたような記憶があります。

トピ内ID:2bb79420d48be24f

...本文を表示

はい

🙂
匿名係
確かに、昔年末母方の実家に行くと すき焼きでしたね 私は還暦過ぎています もう、五十年くらい前の話です 今日のは良い肉だよ的な 牛肉の自慢とかもしてた気がします 生卵が好きではなく、 普段は卵ご飯も食べませんでしたが すき焼きの時は卵につけて食べてました 懐かしいです もうすき焼きのご馳走感はすっかりなく 年末年始にも忘れてましたが なんだか食べたくなりましたね あの頃は すき焼きがご馳走でした

トピ内ID:74f269320590c75c

...本文を表示

家族でワイワイ

🎶
アイボリー
たまに食べるとすき焼きは美味しいですね。 個人的意見を書くと、 牛丼のつゆだくに卵を追加すれば、 すき焼きに似たような感じで安く食べれるけど、 それを続けて食べると、飽きるのですよね。 でも家族でワイワイ食べるのもいいものです。 ちなみに私の実家では、 親は牛肉よりも魚の刺身を好んで食べてたかも?

トピ内ID:05c3d4d07d53df7c

...本文を表示

ヘカには卵なしだったような

🙂
ソバス
「ヘカ焼き」のレスしたものです. 他の方もおっしゃっていますが,魚のヘカには卵はなかったような気がします.記憶曖昧ですが.それと,これも他の方と同じですが,砂糖控えめの醤油味で,すき焼きとは味も少し違っていたような気がします.その辺も子供にとっては,”な~~んだ,すき焼きじゃないのか”だったような(笑). 卵で思い出しましたが,すき焼きの時,卵は一つ.途中からなくなっちゃうんですが,来客時,あるいは逆に親戚の家などでごちそうになるときは,生卵が籠にもってあって,二つ目を取れました.なんだかすごく贅沢した気分だったのを覚えています.今なら,贅沢以前にコレステロールが・・・なんてとこですけど.

トピ内ID:fb72c6397d4aeb0e

...本文を表示
[PR]
気に入ったトピを保存するといつでも読み返せる
気に入ったトピを保存するといつでも読み返せる
使用イメージ
使用イメージ

マイページ利用でもっと便利に!

お気に入り機能を使う ログイン
レス求!トピ一覧